僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第35話 中央への道

 崖の一部が、ゆっくりと横へずれていく。

 

 石と石が擦れる重い音が、谷へ響いた。

 

 見えてきたのは洞穴ではなかった。

 

 人一人なら余裕をもって通れるほどの、細長い通路。

 

 入口付近こそ岩と土に埋もれているが、数歩先から壁の表面が変わっている。

 

 白い壁。

 

 青白い灯り。

 

 これまで何度も見てきたものだった。

 

「間違いなさそうだな」

 

 ポックが板をしまった。

 

「ああ」

 

 ルシアンが先へ入る。

 

 その一歩後ろを、ポックがついてきた。

 

 通路は緩やかに下っていた。

 

 外から差し込んでいた光が遠ざかる。

 

 左右の壁には、ところどころ茶色い染みが広がっていた。

 

 天井の一部は割れ、隙間から細い根が垂れている。

 

 床にも土が入り込んでいた。

 

 三峰峡を埋めた土砂崩れは、この奥まで影響しているらしい。

 

 ルシアンが歩いていくと、止まっていた灯りが順に点いた。

 

《第四保全区・西側中継路》

 

《保全従事者の通行を確認》

 

「第四保全区で間違いない」

 

 ルシアンが伝える。

 

 ポックは頷き、壁や床へ目を走らせながら進んだ。

 

 八か月探していた場所だった。

 

 もっと喜ぶかと思っていたが、実際に辿り着いてみれば、二人とも妙に静かだった。

 

 道が見つかっては、探し、違っては新しく見つけ。

 

 この八か月、そればかりを繰り返してきた。

 

     ◇

 

 通路の先は、小さな広間になっていた。

 

 中央には何もない。

 

 代わりに、正面の壁全体へ細い青色の線が走っている。

 

「地図だ」

 

 ポックが近づいた。

 

 沈み庭でも見た。

 

 文字ではなく、線と図形だけで作られた図だった。

 

 ただし、今回のものはずっと広い。

 

 無数の細線が四方へ伸びている。

 

 途中には円や四角。

 

 いくつもの線が途切れ、灰色になっている場所もあった。

 

 その中で一つだけ、小さな光点が明滅している。

 

「ここがおれたちか」

 

 ポックが指先を近づける。

 

 光点から一本の線が東へ。

 

 もう一本が南へ。

 

 そして一本が、壁面の下へ向かって伸びていた。

 

 ルシアンが壁へ手を触れる。

 

《第四保全区・経路照合》

 

 いくつもの意味が続けて流れ込んできた。

 

《東側接続路・閉塞》

 

《南側接続路・応答なし》

 

《中央保全拠点への接続経路を確認》

 

 ルシアンの手が止まる。

 

「ポックン」

 

 ポックは壁を見たままだった。

 

「見つかった?」

 

「ああ」

 

 ルシアンは下へ伸びる線を指した。

 

「この先が、中央保全拠点へつながっている」

 

 ポックの目がその線を追う。

 

 第四保全区から、ほとんど真下へ。

 

 途中で何度か折れながら、壁面図の下端へ消えている。

 

「ここから行けるのか」

 

「少なくとも、経路は残っているらしい」

 

 ルシアンはもう一度、壁へ意識を向けた。

 

《中央降下路・接続維持》

 

《西側入口・閉鎖》

 

《保全従事者による開放を許可》

 

 ルシアンはしばらく黙っていた。

 

「何て?」

 

「開けられるそうだ」

 

 ポックが地図を畳んだ。

 

「じゃあ行こう」

 

 短かった。

 

 ルシアンも頷いた。

 

     ◇

 

 中央降下路は、広間の奥にあった。

 

 壁面図の下へ続く線をたどると、何もない壁の前で止まる。

 

 そこにも、円の中に三本の線。

 

 ルシアンが触れた。

 

 今度はすぐに反応した。

 

 壁の中央へ細い隙間が走る。

 

 左右へ開く。

 

 その向こうは、真っ暗だった。

 

 ポックが入口から覗き込む。

 

「階段じゃないな」

 

 床が、数歩先で終わっている。

 

 その向こうには巨大な縦穴。

 

 上も下も暗く、どこまで続いているのか分からない。

 

 壁に沿って、太い柱のような構造物が何本も下へ伸びていた。

 

「これは……」

 

 ポックが少し身を乗り出す。

 

 ルシアンが肩を掴んで戻した。

 

「危ないよ」

 

「分かってる」

 

 縦穴の手前には、四角い床が一枚だけ突き出していた。

 

 石ではない。

 

 白く滑らかな板。

 

 二人が乗れる程度の大きさがある。

 

 ルシアンが近づく。

 

《中央降下路・搬送台》

 

《保全従事者を確認》

 

 床の縁へ青白い光が灯った。

 

「これで下りるらしい」

 

「どこまで?」

 

「そこまではなんとも、だね」

 

 ポックは縦穴を見下ろした。

 

 何も見えない。

 

「……深そうだな」

 

「君は高いところが苦手だったかね」

 

「高いところが好きなやつが変わり者なんだよ」

 

「それはそうだろうね」

 

 ポックは一度だけ入口の方を振り返った。

 

 それから搬送台へ乗る。

 

 ルシアンも続いた。

 

 黒い巨体が乗った瞬間、床がわずかに沈んだ。

 

 ポックが足元を見る。

 

「大丈夫なんだろうな、これ」

 

「僕を乗せるための設備なら問題ないだろう」

 

「センセイ専用とは限らないだろ」

 

 青白い線が一周した。

 

 低い音が鳴る。

 

 床が動き始めた。

 

「おっ」

 

 ポックがルシアンの腕を掴んだ。

 

 搬送台はゆっくりと下降していく。

 

 入口が上へ離れていった。

 

 縦穴の壁へ、一定の間隔で灯りが点く。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 下へ。

 

 さらに下へ。

 

 思っていた以上に深い。

 

 三峰峡の谷底より、なお下へ潜っているように感じた。

 

 ポックは途中から壁を見ていた。

 

「センセイ」

 

「何だね」

 

「これ、ずっと使われてなかったのかな」

 

 壁面の一部には土が入り込んでいる。

 

 途中で折れた部材。

 

 閉じたままの横穴。

 

 灯りのつかない区画もあった。

 

「さあね」

 

 ルシアンは下を見た。

 

「少なくとも、僕たちを運ぶくらいには働く気があるらしい」

 

 搬送台は降り続けた。

 

     ◇

 

 やがて、下から光が見えた。

 

 青白い。

 

 一本の線。

 

 それが次第に太くなっていく。

 

 搬送台の速度が落ちた。

 

 床が静かに停止する。

 

 目の前には、幅の広い通路が伸びていた。

 

 これまでの保全経路とは違う。

 

 天井が高い。

 

 黒いルシアンが二人並んでも余裕がありそうな幅。

 

 左右の壁には、何本もの溝が走っている。

 

 その先。

 

 かなり離れた場所に、巨大な扉が見えた。

 

 飾りはない。

 

 白い壁の中央へ、ただ大きな円が刻まれている。

 

 円の中に、三本の線。

 

 ルシアンが搬送台から降りた。

 

 その瞬間。

 

 頭の内側へ、今までとは違う重さで意味が流れ込んできた。

 

《中央保全拠点・外周接続部》

 

 ルシアンは立ち止まった。

 

 ポックが数歩進んでから振り返る。

 

「どうした?」

 

「着いたようだ」

 

「ここが?」

 

「ああ」

 

 ルシアンは巨大な扉を見る。

 

「中央保全拠点だ」

 

 ポックも扉へ顔を向けた。

 

 しばらく、何も言わなかった。

 

 鐘鳴り坑道から始まった。

 

 沈み庭。

 

 転輪城。

 

 八か月の探索。

 

 三峰峡。

 

 ようやく、その先まで来た。

 

「センセイ」

 

「何だね」

 

「これで、脱げるかもしれないな」

 

 ルシアンはすぐには答えなかった。

 

 巨大な扉の中央で、三本の線が青白く灯る。

 

「ああ」

 

 黒い手を見下ろす。

 

「ようやくだ」

 

 扉の奥から、低い機械音が響き始めた。

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