僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第36話 解除可能

 巨大な扉が、ゆっくりと開いていく。

 

 中央に刻まれた三本の線が左右へ分かれ、その隙間から青白い光が漏れた。

 

 ルシアンは動かなかった。

 

 これまでなら、扉が開けば真っ先に入っていた。

 

 ポックも先へ行こうとはしなかった。

 

 やがて扉が完全に開く。

 

 その向こうには、広い空間があった。

 

 天井は高く、奥までは見通せない。

 

 何本もの太い柱が一定の間隔で並び、その間を白い通路が縦横に走っている。

 

 壁の一部は暗い。

 

 床へ崩れ落ちた板。

 

 途中で途切れた青白い灯り。

 

 遠くでは、同じ明滅を繰り返している区画もあった。

 

 動いている。

 

 だが、完全ではない。

 

 そんな印象だった。

 

 ルシアンが一歩踏み入れる。

 

《中央保全拠点への入域を確認》

 

《保全従事者情報を照合》

 

 そこで、わずかな間が空いた。

 

《緊急保全要員・仮登録》

 

《生体固定式外殻との接続を確認》

 

 ルシアンは自分の胸を見下ろした。

 

「センセイ?」

 

「僕の登録を確認している」

 

 さらに意味が流れ込んでくる。

 

《保全任務状態を照合》

 

《未完了》

 

 その言葉には、もう慣れていた。

 

 鐘鳴り坑道でも何度となく聞かされた。

 

 だが今回は、そのあとが続いた。

 

《従事者登録解除設備――使用可能》

 

 ルシアンの足が止まった。

 

 ポックが数歩先で振り返る。

 

 ルシアンは黙ったまま、頭の内側へ届いた意味をもう一度思い返した。

 

 間違えてはいない。

 

「……使える」

 

「何が?」

 

「解除設備だ」

 

 ポックの表情が変わった。

 

「甲冑の?」

 

「ああ」

 

 それだけ答えるのに、妙に時間がかかった。

 

 ポックは黒い外殻を見上げた。

 

 八か月前なら、すぐに何か言っただろう。

 

 今は何も言わなかった。

 

 ルシアンも歩き出す。

 

 床の青白い線が一本、二人の前で灯った。

 

《解除区画までの経路を表示》

 

「道も出たよ」

 

 線は柱の間を抜け、中央保全拠点の奥へ続いている。

 

 二人はその光を追った。

 

     ◇

 

 中央保全拠点は静かだった。

 

 足音だけが大きく響く。

 

 途中、いくつもの通路と交差した。

 

 閉じた扉。

 

 半分だけ開いた扉。

 

 奥に何も見えない暗い通路。

 

 壁面を細い光が走っていても、途中で消えている場所もある。

 

 ポックは横を通るたびに目を向けたが、足は止めなかった。

 

 解除区画へ続く線だけを追っている。

 

 ルシアンも同じだった。

 

 何度目かの曲がり角を越えたところで、前方の壁に黒い染みが見えた。

 

 近づくと、焦げ跡だった。

 

 白い床の一部もひび割れている。

 

 その脇には、折れた細い部材が何本も転がっていた。

 

 ルシアンが通ると、壁の灯りが一度だけ明滅する。

 

《第三主路・一部損傷》

 

 それ以上は何もなかった。

 

 ポックは焦げ跡を避けて歩いた。

 

「まだ先?」

 

「ああ」

 

 青白い線は続いている。

 

 しばらくすると、通路の幅が広くなった。

 

 左右へ並んでいた柱がなくなり、正面に大きな円形の扉が現れる。

 

 鐘鳴り坑道で見た外殻保全台の入口に似ている。

 

 だが、こちらの方がはるかに大きかった。

 

 扉の前まで来る。

 

 ルシアンの頭の内側へ、すぐに意味が届いた。

 

《従事者解除区画》

 

 続いて。

 

《生体固定式外殻を確認》

 

《解除処理対象として照合可能》

 

 ルシアンは扉を見たまま立っていた。

 

「ここだ」

 

 ポックが横へ並ぶ。

 

 扉の中央には、見慣れた三本の線。

 

 ルシアンが手を伸ばす。

 

 指先が印へ触れた。

 

《解除処理設備を起動》

 

 低い音。

 

 扉の左右へ光が走る。

 

 その向こうで、何かが動き始めた。

 

 ルシアンの呼吸が少しだけ速くなった。

 

 甲冑はそれを律儀に拾った。

 

《装着者心拍数の上昇を確認》

 

「今は黙っていたまえ」

 

 ポックがルシアンを見た。

 

「何か言われた?」

 

「どうでもいいことだよ」

 

 扉が開く。

 

 中には一台の大きな装置があった。

 

 湾曲した白い台座。

 

 左右へ収納された細い器具。

 

 頭部、腕、脚を固定するための部品。

 

 鐘鳴り坑道で彼を磨き上げた保全台と、よく似ている。

 

 ルシアンの動きが少し鈍った。

 

「あれに似てるな」

 

「ああ」

 

 あのときは、外れると思って乗った。

 

 結果は洗浄と点検だった。

 

 今回も同じではないのか。

 

 そう思った直後。

 

《解除処理設備・正常》

 

《従事者登録解除後、生体接続解除を実行可能》

 

 ルシアンは動かなくなった。

 

「センセイ」

 

 ポックの声が近くから聞こえた。

 

「……外せる」

 

 今度は、はっきりと言った。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 甲冑の内部で、自分の声がわずかに反響した。

 

「今度こそ、本当に外せる」

 

 ポックが装置を見る。

 

 それからルシアンを見る。

 

「じゃあ――」

 

 その瞬間だった。

 

 遠くで、低い音が鳴った。

 

 二人とも振り返る。

 

 一度。

 

 少し間を置いて、もう一度。

 

 鐘ではない。

 

 短く、乾いた音だった。

 

 中央保全拠点の灯りが一斉に明滅する。

 

《緊急保全要求》

 

 ルシアンの頭の中へ、別の意味が割り込んだ。

 

《北側経路・構造損傷を検出》

 

《通行者を検出》

 

《安全区画への退避未完了》

 

 ルシアンは開いた解除区画の前で立ち尽くした。

 

 ポックには通知は聞こえていない。

 

 ただ、拠点全体の灯りが不規則に明滅しているのを見ていた。

 

「センセイ?」

 

 ルシアンは北へ続く暗い通路を見た。

 

「向こうで、何かあったらしい」

 

「何が?」

 

「人がいる」

 

 それだけ言うと、ポックも北側へ顔を向けた。

 

 少し遅れて。

 

 遠くから、何かを叩く音が聞こえた。

 

 金属を。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 ルシアンは、まだ開いたままの解除区画を一度だけ振り返った。

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