搬送台まで戻ると、三人はようやく少し安心したようだった。
若い男をルシアンの背負子から下ろす。
仲間の二人が左右から支えた。
「本当に助かった」
最初に這い出してきた男が頭を下げた。
「三峰峡の中にこんな場所があるなんて、知らなかった」
「僕たちも今日知ったところだよ」
ルシアンは答えた。
ポックは怪我人の脚を見ていた。
「上に出たら、そのまま帰った方がいい。崩れかけの橋があるけど、無理せずに西壁道へ回れば帰れるよ。鳥の魔物には気を付けて」
「ああ」
三人が搬送台へ乗る。
ルシアンが近づくと、床の縁に青白い光が走った。
《退避対象を確認》
《西側搬送口への移送を開始》
「これで上まで行く」
ルシアンが伝える。
男が少し不安そうに足元を見た。
「降りた先は?」
「おれたちが入ってきたところに近い」
ポックが答えた。
「西壁道に出られる。入口までは普通の地図で戻れるよ」
それを聞いて、三人は頷いた。
搬送台が動き始める。
ゆっくりと上へ。
怪我人を支えた女が、最後までこちらを見ていた。
「ありがとう!」
声が縦穴へ響く。
やがて三人の姿は暗がりへ消えた。
しばらくして、声も聞こえなくなる。
ポックは上を見たまま待った。
「戻ってくるかな」
「台が?」
「ああ」
「戻ってこなければ困るね」
二人ともまだ中央保全拠点の中だった。
少し待つ。
上の暗闇から、青白い光が降りてきた。
搬送台だった。
ポックが息を吐く。
「よし」
それだけ言って乗り込む。
ルシアンも続いた。
◇
解除区画へ戻る道は、さきほどより静かだった。
北側で明滅していた灯りも落ち着いている。
警告音も聞こえない。
《北側経路・緊急保全要求なし》
《退避対象の移送を確認》
ルシアンは歩きながら、その内容をポックへ伝えた。
「三人とも上へ着いたらしい」
「なら大丈夫だな」
ポックは前を見たまま歩いていた。
その先。
曲がり角を一つ越える。
青白い線が見えた。
解除区画へ続く線。
まだ消えていない。
ルシアンは少しだけ歩みを速めた。
円形の扉も、開いたままだった。
その奥に白い台座がある。
「残ってたな」
ポックが先に入る。
「ああ」
ルシアンも続いた。
さきほどまでと何も変わっていない。
湾曲した台座。
左右に収められた細い器具。
腕や脚を固定する部品。
今度こそ、外すための装置。
ルシアンはその前まで行った。
《従事者解除区画》
《生体固定式外殻を確認》
《解除処理設備・待機中》
頭の内側へ意味が流れ込む。
ルシアンは台座を見た。
「まだ使える」
ポックは解除台の横を回った。
「すぐやる?」
ルシアンは答えず、装置を見ていた。
鐘鳴り坑道では、外れると思って台へ入った。
あのときは掃除されただけだった。
今回は違う。
外せる。
それはもう分かっている。
ただ、いざ脱げるとなると、妙な感じがした。
ポックは急かさなかった。
解除台の側面を覗き込んでいる。
「これ何だろ」
白い外装の一部に、細長い窓があった。
その奥に、小さな筒が並んでいる。
五本分の窪み。
四つは空だった。
一番下にだけ、青白い液体の入った透明な筒が残っている。
ルシアンも近づいた。
窓の横へ手を触れる。
《接続分離材を確認》
《残量 一処理分》
ルシアンは、その意味をしばらく黙って受け取った。
「どうした?」
「これを外すのに使うものらしい」
窓の中を指す。
「接続分離材、と言っている」
ポックが透明な筒を見る。
「あと一本?」
「ああ。一回分だそうだ」
四つの空いた窪み。
残る一本。
見れば、意味は分かった。
ポックは窓に顔を近づけた。
「補充できないの?」
ルシアンがもう一度触れる。
《補充要求》
少し間を置いて。
《補充経路・応答なし》
「今は無理らしい」
ポックはそれ以上聞かなかった。
ルシアンは解除台へ目を戻した。
一回分。
使えばなくなる。
だが、それは今のルシアンには大きな問題ではなかった。
外したあと、もう一度この甲冑へ入る理由などない。
そう思った。
「失敗したりは?」
ポックが聞いた。
「設備は正常だそうだ」
「ならいいか」
ポックは窓から離れた。
ルシアンも台座の前へ戻る。
白い面に、黒い自分の姿がぼんやり映っている。
顔はない。
いつもの丸い兜だけ。
これを見るのも、もう最後になる。
そう考えると。
思っていたより、感慨はなかった。
「ポックン」
「何?」
「外れたら、まず鏡を探そう」
ポックは少しだけ笑った。
「ここにあるかな」
「なくても地上まで我慢するよ」
ルシアンは解除台へ一歩近づいた。
足元に青白い線が灯る。
《解除処理準備》
《接続分離材 一処理分》
《処理後残量 なし》
今度は、はっきりと告げられた。
ルシアンは一度だけ、透明な筒を見た。
そして台座へ向き直った。
「始めよう」