僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第38話 一回分

 搬送台まで戻ると、三人はようやく少し安心したようだった。

 

 若い男をルシアンの背負子から下ろす。

 

 仲間の二人が左右から支えた。

 

「本当に助かった」

 

 最初に這い出してきた男が頭を下げた。

 

「三峰峡の中にこんな場所があるなんて、知らなかった」

 

「僕たちも今日知ったところだよ」

 

 ルシアンは答えた。

 

 ポックは怪我人の脚を見ていた。

 

「上に出たら、そのまま帰った方がいい。崩れかけの橋があるけど、無理せずに西壁道へ回れば帰れるよ。鳥の魔物には気を付けて」

 

「ああ」

 

 三人が搬送台へ乗る。

 

 ルシアンが近づくと、床の縁に青白い光が走った。

 

《退避対象を確認》

 

《西側搬送口への移送を開始》

 

「これで上まで行く」

 

 ルシアンが伝える。

 

 男が少し不安そうに足元を見た。

 

「降りた先は?」

 

「おれたちが入ってきたところに近い」

 

 ポックが答えた。

 

「西壁道に出られる。入口までは普通の地図で戻れるよ」

 

 それを聞いて、三人は頷いた。

 

 搬送台が動き始める。

 

 ゆっくりと上へ。

 

 怪我人を支えた女が、最後までこちらを見ていた。

 

「ありがとう!」

 

 声が縦穴へ響く。

 

 やがて三人の姿は暗がりへ消えた。

 

 しばらくして、声も聞こえなくなる。

 

 ポックは上を見たまま待った。

 

「戻ってくるかな」

 

「台が?」

 

「ああ」

 

「戻ってこなければ困るね」

 

 二人ともまだ中央保全拠点の中だった。

 

 少し待つ。

 

 上の暗闇から、青白い光が降りてきた。

 

 搬送台だった。

 

 ポックが息を吐く。

 

「よし」

 

 それだけ言って乗り込む。

 

 ルシアンも続いた。

 

     ◇

 

 解除区画へ戻る道は、さきほどより静かだった。

 

 北側で明滅していた灯りも落ち着いている。

 

 警告音も聞こえない。

 

《北側経路・緊急保全要求なし》

 

《退避対象の移送を確認》

 

 ルシアンは歩きながら、その内容をポックへ伝えた。

 

「三人とも上へ着いたらしい」

 

「なら大丈夫だな」

 

 ポックは前を見たまま歩いていた。

 

 その先。

 

 曲がり角を一つ越える。

 

 青白い線が見えた。

 

 解除区画へ続く線。

 

 まだ消えていない。

 

 ルシアンは少しだけ歩みを速めた。

 

 円形の扉も、開いたままだった。

 

 その奥に白い台座がある。

 

「残ってたな」

 

 ポックが先に入る。

 

「ああ」

 

 ルシアンも続いた。

 

 さきほどまでと何も変わっていない。

 

 湾曲した台座。

 

 左右に収められた細い器具。

 

 腕や脚を固定する部品。

 

 今度こそ、外すための装置。

 

 ルシアンはその前まで行った。

 

《従事者解除区画》

 

《生体固定式外殻を確認》

 

《解除処理設備・待機中》

 

 頭の内側へ意味が流れ込む。

 

 ルシアンは台座を見た。

 

「まだ使える」

 

 ポックは解除台の横を回った。

 

「すぐやる?」

 

 ルシアンは答えず、装置を見ていた。

 

 鐘鳴り坑道では、外れると思って台へ入った。

 

 あのときは掃除されただけだった。

 

 今回は違う。

 

 外せる。

 

 それはもう分かっている。

 

 ただ、いざ脱げるとなると、妙な感じがした。

 

 ポックは急かさなかった。

 

 解除台の側面を覗き込んでいる。

 

「これ何だろ」

 

 白い外装の一部に、細長い窓があった。

 

 その奥に、小さな筒が並んでいる。

 

 五本分の窪み。

 

 四つは空だった。

 

 一番下にだけ、青白い液体の入った透明な筒が残っている。

 

 ルシアンも近づいた。

 

 窓の横へ手を触れる。

 

《接続分離材を確認》

 

《残量 一処理分》

 

 ルシアンは、その意味をしばらく黙って受け取った。

 

「どうした?」

 

「これを外すのに使うものらしい」

 

 窓の中を指す。

 

「接続分離材、と言っている」

 

 ポックが透明な筒を見る。

 

「あと一本?」

 

「ああ。一回分だそうだ」

 

 四つの空いた窪み。

 

 残る一本。

 

 見れば、意味は分かった。

 

 ポックは窓に顔を近づけた。

 

「補充できないの?」

 

 ルシアンがもう一度触れる。

 

《補充要求》

 

 少し間を置いて。

 

《補充経路・応答なし》

 

「今は無理らしい」

 

 ポックはそれ以上聞かなかった。

 

 ルシアンは解除台へ目を戻した。

 

 一回分。

 

 使えばなくなる。

 

 だが、それは今のルシアンには大きな問題ではなかった。

 

 外したあと、もう一度この甲冑へ入る理由などない。

 

 そう思った。

 

「失敗したりは?」

 

 ポックが聞いた。

 

「設備は正常だそうだ」

 

「ならいいか」

 

 ポックは窓から離れた。

 

 ルシアンも台座の前へ戻る。

 

 白い面に、黒い自分の姿がぼんやり映っている。

 

 顔はない。

 

 いつもの丸い兜だけ。

 

 これを見るのも、もう最後になる。

 

 そう考えると。

 

 思っていたより、感慨はなかった。

 

「ポックン」

 

「何?」

 

「外れたら、まず鏡を探そう」

 

 ポックは少しだけ笑った。

 

「ここにあるかな」

 

「なくても地上まで我慢するよ」

 

 ルシアンは解除台へ一歩近づいた。

 

 足元に青白い線が灯る。

 

《解除処理準備》

 

《接続分離材 一処理分》

 

《処理後残量 なし》

 

 今度は、はっきりと告げられた。

 

 ルシアンは一度だけ、透明な筒を見た。

 

 そして台座へ向き直った。

 

「始めよう」

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