僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第4話 バディ結成

「稼げるぞ」

 

「ポック!」

 

 再会した知人が異形の甲冑に閉じ込められている。

 

 普通なら、まず身を案じるところだろう。

 

 しかしポック・トバルは、黒い外殻を見上げたまま、すでに別のことを考えていた。

 

 ポックは甲冑の周囲をもう一周した。

 

 擦り切れた袖から伸びた指で、腕の装甲を軽く叩く。

 

 硬い音が返った。

 

「少し強く叩いてもいいか?」

 

「なぜ再会したばかりの知人を殴ろうとする?」

 

「強度を確かめる」

 

「僕は鍋ではない」

 

「痛くないんだろ」

 

「痛くなければ殴ってよいという理屈にはならない」

 

 ポックは落ちていた小石を拾った。

 

 ルシアンが止めるより早く、黒い脛へ打ちつける。

 

 小石が砕けた。

 

「なるほど」

 

「なるほどではない!」

 

「兄ちゃん、本当に痛くないのか?」

 

「まったく痛くはないが、気分は悪い」

 

「中で血が出たりは?」

 

「甲冑によれば、生体状態は良好だそうだ」

 

「甲冑が喋るのか?」

 

「意味が直接頭へ流れ込んでくる。こちらの話はほとんど聞かないがね」

 

 ポックは少しだけ眉を寄せた。

 

「身体と繋がってるんだよな」

 

「神官によれば、この外殻まで僕の身体の一部として扱われているらしい」

 

「無理に壊したら?」

 

「僕まで傷つく可能性がある」

 

「……そっか」

 

 ポックは手に残った小石の欠片を捨てた。

 

 先ほどまでの商人の目が、一瞬だけ少年のものへ戻る。

 

「苦しくないのか?」

 

「呼吸はできる。痛みもない。疲れもほとんど感じない」

 

「飯は?」

 

 ルシアンは黙った。

 

「食べてないのか?」

 

「昨日の朝から何も口にしていない」

 

「腹は減ってない?」

 

「言われてみれば、減っていないな」

 

 二人はそろって、黒い胴体を見下ろした。

 

「……大丈夫なのか、それ」

 

「神官は身体に異常はないと言っていた」

 

「神官もよく分かってないんだろ」

 

「その点には僕も不満がある」

 

 ポックはしばらく甲冑を見つめていたが、やがて大きな背負い袋を担ぎ直した。

 

「とりあえず、鑑定所へ行こう。ここで立ってても仕方ない」

 

「初めからそのつもりだ。案内したまえ」

 

「偉そうだな」

 

「僕が君を迷わせないためだよ」

 

「町を知らないのは兄ちゃんだろ」

 

     ◇

 

 ポックは人混みを縫うように歩いた。

 

 ルシアンがその後ろをついていくと、人々は自然に道を空ける。

 

「便利だな、兄ちゃん」

 

「僕の存在感は以前からこの程度だったよ」

 

「前は女の人しか避けなかっただろ」

 

「あれは道を譲ったのではない。僕を正面から見るために立ち止まっていたのだ」

 

「同じじゃねえか」

 

 ポックの背負い袋は、十三歳の少年が持つには大きすぎた。

 

 鍋、縄、古びた毛布。隙間には採取したらしい草や、小動物の角が詰め込まれている。

 

「それで」

 

 ルシアンは尋ねた。

 

「君はなぜ、そのような格好をしている。父上はどうした?」

 

 ポックの足が、ほんの少しだけ遅くなった。

 

「死んだよ」

 

 短い答えだった。

 

「少し前にな」

 

「……そうか」

 

 ルシアンはそれ以上の言葉を続けられなかった。

 

 父を失った相手に、どのような顔を向ければよいのか。

 

 普段なら鏡の前で憂いを帯びた表情を作ることもできた。だが今は、その顔さえ誰にも見えない。

 

「ルシアンの親父さんも死んだんだろ」

 

「ああ」

 

「屋敷と畑は残ったんじゃないのか」

 

「残った」

 

「じゃあ、なんで銅貨六枚しか持ってないんだよ」

 

「なぜ知っている?」

 

「さっき門のところで革袋の中を見た」

 

「人の財布を勝手に覗くものではない」

 

「財布って呼べる量じゃないだろ」

 

「一時的な資金不足だ」

 

「香油か?」

 

「なぜ分かった」

 

「兄ちゃんだから」

 

 ひどく雑な理由だったが、反論できなかった。

 

「君は父上の商売を継がなかったのか」

 

「継ごうとしたよ」

 

 ポックは前を向いたまま答えた。

 

「でも、おれはまだ子どもだ。親父の得意先も、荷馬車も、まともに相手にしてくれなかった」

 

「見る目のない者たちだ」

 

「商売だから仕方ない。信用も金もない十三歳に、大きな品物は任せられない」

 

「それで冒険者に?」

 

「見習いだけどな。荷物持ちをしたり、採取した素材を買い取ってもらったりしてる」

 

 自分の父を亡くしてからも働かず、遺跡へ財宝を探しに行った男。

 

 父を亡くしたあと、子どもながら生計を立てようとしている少年。

 

 並べて考えると、いささか分が悪い。

 

「僕も働かなかったわけではない」

 

「何したんだよ」

 

「遺跡を探索した」

 

「一日だけだろ」

 

「結果として、非常に希少な古代遺物を発見した」

 

「着ちゃったあげくに、脱げなきゃ意味ないだろ」

 

 ルシアンは黙った。

 

     ◇

 

 古代遺物鑑定所は、石造りの小さな建物だった。

 

 窓には鉄格子があり、入口には壊れた剣や石板が並べられている。

 

 店内に入ったルシアンを見て、机の奥にいた鑑定士が立ち上がった。

 

「持ち込み品は、そちらの台へ――」

 

「持ち込まれたのは僕ではない」

 

「……着用品か?」

 

「脱げない」

 

 鑑定士は眼鏡を上げ、黒い外殻を観察した。

 

 胸部。背面。腕。脚。

 

 やがて、肩の装甲に刻まれた小さな印の前で目を止める。

 

 円の中に、三本の短い線が並んだ印だった。

 

「見たことのない形式だ。かなり古い」

 

「外せるか?」

 

「調べてみなければ何とも言えない」

 

「では調べたまえ」

 

「精密鑑定は銀貨三枚。前払いだ」

 

 ルシアンはポックを見た。

 

 ポックもルシアンを見た。

 

「いくら持ってる?」

 

「銅貨六枚だ」

 

「本当にそれだけ?」

 

「紹介状もある」

 

「金にはならねえよ」

 

 鑑定士は咳払いをした。

 

「銀貨三枚だ」

 

「この僕を鑑定できる機会を与えるのだから、むしろそちらが料金を払うべきでは?」

 

「帰ってくれ」

 

 交渉は一瞬で決裂した。

 

     ◇

 

 鑑定所の外へ出ると、ポックは甲冑の肩へ顔を近づけた。

 

「さっきの印、もう一回見せてくれ」

 

「好きにしたまえ。ただし傷はつけるな」

 

「傷つかないんだろ」

 

「扱いの問題だ」

 

 ポックは円形の印を指でなぞった。

 

「やっぱり、似てる」

 

「何にだ?」

 

「親父の帳簿で見た印だ」

 

 ポックの父は、行商のかたわら、冒険者から素材や古い遺物を買い取っていた。

 

 帳簿には品物の絵や、見つかった場所も記録してあったという。

 

「鐘鳴り坑道から出た遺物に、こんな印があった」

 

「鐘鳴り坑道?」

 

「町の北にあるダンジョン。浅い場所は初心者向けだ」

 

「そこへ行けば外せるのか?」

 

「そこまでは分からない」

 

「使えない情報だな」

 

「でも、同じ印なら、同じ古代文明の物かもしれない。外し方の記録や道具が見つかる可能性はある」

 

 ポックは指を一本立てた。

 

「それに、ダンジョンで素材を取れば金になる。鑑定料も稼げる」

 

「なるほど」

 

 甲冑を外す手掛かりを探しながら、金も得られる。

 

 理にかなった話だった。

 

「では、君が行って調べてきたまえ」

 

「一人じゃ入れない」

 

「なぜだ」

 

「おれは見習いで十三歳だ。成人の冒険者か、正式なパーティの同行が必要なんだよ」

 

「ほかの冒険者と組めばいい」

 

「組んでるよ。荷物持ちとしてな」

 

 ポックは背負い袋の紐を引いた。

 

「連中の指示どおりに荷物を運ぶだけだ。おれが欲しい素材を取りに行ったり、手掛かりを探したりはできない」

 

 そして、黒い甲冑を見上げる。

 

「でも、兄ちゃんが冒険者になれば話は別だ」

 

「僕が?」

 

「成人で、力があって、前に立てる」

 

「戦った経験はないぞ」

 

「殴られても平気なんだろ」

 

「精神的には傷つく」

 

「おれが道を決めて、売れる素材を選ぶ。兄ちゃんは前に立って、魔物を止める」

 

「ずいぶんと僕の負担が大きくないか?」

 

「前に立って殴られるだけなら、センセイにもできるだろ」

 

「センセイ?」

 

「用心棒のセンセイって意味だよ」

 

 ルシアンは胸を張った。

 

「なるほど。僕ほどの人物なら、敬称が必要なのは当然だね」

 

「そういう意味じゃねえよ」

 

「悪くない。今後はそう呼びたまえ」

 

「……本当に分かってねえな」

 

 ポックは呆れたように息を吐き、それから手を差し出した。

 

「おれが案内と金の管理をする。兄ちゃん――センセイは前で戦う。稼ぎは七対三だ」

 

「僕が七か、悪いね」

 

「おれが七」

 

「なぜだ!」

 

「登録、入洞料、食料、道具、地図、素材の査定、売却交渉。全部おれがやる」

 

「攻撃を受けるのは僕だぞ!」

 

「痛くないだろ」

 

「精神的には痛いと言っている!」

 

「それにセンセイ、金の管理できないだろ」

 

「失礼だな」

 

「銅貨六枚」

 

「あれは美への投資の結果だ」

 

「一枚も回収できてない」

 

「僕の肉体には今も価値として蓄積されている」

 

「誰にも見えねえだろ」

 

 痛いところを突く少年だった。

 

 しばらく言い争った末、二人は経費を先に引き、残りを半分ずつ分けることで合意した。

 

 ただし、金はポックが管理する。

 

「なぜ君が財布を持つ」

 

「銅貨六枚になるまで使った奴には任せられない」

 

「僕は成人だぞ」

 

「おれは商人だ」

 

「見習い冒険者だろう」

 

「商人でもある」

 

 ポックはルシアンの手から革袋を取り上げた。

 

 軽さに眉をしかめ、背負い袋の奥へしまう。

 

「では、契約成立だな。ポックン」

 

「ポックン?」

 

「君は昔から、小さくて丸い顔をしていたからね」

 

「やめろ」

 

「僕をセンセイと呼ぶなら、君はポックンだ」

 

「その呼び方、契約に入ってないぞ」

 

「今、追加した」

 

「勝手に追加するな!」

 

 ルシアンは歩き出した。

 

「さて、ポックン。鐘鳴り坑道へ案内したまえ」

 

「その前に冒険者登録だよ、センセイ」

 

「うむ。その呼び方は実に悪くない」

 

「やっぱり腹立つな」

 

 小柄な少年と、巨大な黒い甲虫。

 

 二人が並んで歩くと、町の人々は不思議そうに振り返った。

 

 だが今度のルシアンは、視線を浴びても立ち止まらなかった。

 

 鏡に映る自分は、もう見たくもない姿だった。

 

 それでも隣には、その外殻の中身を知る少年がいる。

 

「急ぎたまえ、ポックン」

 

「センセイがでかくて歩きにくいんだよ!」

 

 二人は言い争いながら、冒険者組合へ向かった。

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