僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第42話 それぞれの道

 翌朝。

 

 ポックは荷馬車を買った。

 

「決めるのが早いね」

 

「昨日見たから」

 

「買い物というものは、もう少し心を躍らせながらするものではないのかね」

 

「車輪が歪んでないか見る方が先だろ」

 

 中古の二輪荷馬車だった。

 

 荷台の縁には何度も補修した跡があり、板の色も場所によって違う。

 

 だが車軸は太い。

 

 車輪もまだ使える。

 

 前の持ち主が荷運びに使っていたらしく、荷台の四隅には縄を掛けるための金具も残っていた。

 

 ポックは車輪を一つずつ蹴った。

 

 次に荷台へ乗る。

 

 床板を踏む。

 

 しゃがんで下を見る。

 

「どうだね」

 

「悪くない」

 

「昨日から何度も聞いている気がするな、その評価」

 

 ポックは荷台から飛び降りた。

 

「悪くない物を買うんだよ。すごくいい物は高いから」

 

 それから売り手と値段の話を始めた。

 

 最初に紙へ書かれていた額より、少し下がった。

 

 代わりに予備の車輪はつかなくなった。

 

 油差しと、荷台へ掛ける古い布は残った。

 

 ルシアンは横で聞いていたが、途中からよく分からなくなった。

 

 金額が上がったり下がったりするたびに、ポックの表情だけは変わらない。

 

 最後に握手をして、銀貨が渡された。

 

「買った」

 

「おめでとう、ポックン」

 

 ポックは荷馬車を見た。

 

 少しだけ口元が緩んだ。

 

「ああ」

 

     ◇

 

 馬は、その日の昼前に決まった。

 

 茶色い牝馬だった。

 

 若くはない。

 

 だが脚は太く、荷馬車を引くことには慣れている。

 

 ポックは口の中を見て。

 

 脚を触り。

 

 背中を見て。

 

 最後に少し歩かせた。

 

 ルシアンは柵の外から眺めていた。

 

「美しさなら、隣の白馬の方が上だと思うが」

 

「あれは乗用馬」

 

「白い方が目立つ」

 

「荷物を運ぶんだよ」

 

「商人にも華は必要だろう」

 

 ポックは茶色い馬の首を撫でた。

 

「こっちでいい」

 

 馬は一度だけ鼻を鳴らした。

 

 その日のうちに馬具も揃えた。

 

 新品ではない。

 

 革帯の一部だけ交換し、擦れていた金具を直してもらう。

 

 ポックは何度も取りつけ方を確かめた。

 

 御者台へ座り、手綱を持つ。

 

 少し進ませ、止まったり、ゆっくりと円を描くように回らせた。

 

 最初の一周は、かなり大きく曲がった。

 

 二周目は少しましになった。

 

 三周目で、荷馬車はほぼ同じ場所へ戻ってきた。

 

「どう?」

 

 御者台からポックが聞いた。

 

「君が馬を操っているというより、馬が君に付き合っているように見えるね」

 

「ちゃんと戻ってきただろ」

 

「それは認めよう」

 

 ポックは満足そうに手綱を緩めた。

 

     ◇

 

 午後からは、荷を買った。

 

 最初から大きな取引はしなかった。

 

 乾燥させた豆。

 

 オルディナで織られた布。

 

 瓶詰めの香草。

 

 木箱に入った細かな日用品。

 

 どれも一つ一つは高価ではない。

 

 荷台にも余裕がある。

 

「もっと載せられるのでは?」

 

「載せられるけど、売れなかったらそのまま持って帰ることになる」

 

 ポックは帳面へ値段を書いた。

 

「ある程度売れそうなものはわかってるつもりだけど、実際には、どれが売れるか確かめないとな」

 

 仕入れ値。

 

 個数。

 

 売る予定の値段。

 

 道中の宿代。

 

 馬の餌。

 

 荷馬車を買ったばかりなのに、すでに次に使う金まで分けている。

 

 ルシアンは荷台の横に立っていた。

 

 以前なら。

 

 こういう荷物は、ほとんど自分の背中に載せられていた。

 

 今は布の包み一つでも、何個もまとめればそれなりに重い。

 

 ルシアンが木箱へ手を伸ばす。

 

「それ、重いよ」

 

「見れば分かる」

 

「おれが持つ」

 

「そこまで衰えてはいない」

 

 両手で持ち上げる。

 

 持てた。

 

 だが腕に力を入れる必要がある。

 

 十歩ほど運んで荷台へ載せた。

 

「どうだね」

 

「普通」

 

「普通に持てた、という意味だね」

 

「うん」

 

 ルシアンは腕を軽く振った。

 

 少し疲れた。

 

 それも、久しぶりの感覚だった。

 

 ポックはもう次の荷物を運んでいる。

 

     ◇

 

 日が傾き始めるころには、準備が終わった。

 

 宿の裏手に停められた荷馬車。

 

 荷台には木箱と包み。

 

 御者台の脇には水と保存食。

 

 投索器は、すぐ手の届く場所へ括りつけられている。

 

 長縄もあった。

 

 冒険者として使っていた道具を、すべて捨てたわけではない。

 

 ポックは荷台の後ろへ回り、縄の張りを確かめた。

 

「明日の朝、出る」

 

「ミルダへ?」

 

「ああ」

 

「そこからラドメル」

 

「売れ方見てからだけどな」

 

 ルシアンは荷馬車を眺めた。

 

「いよいよ商人だね」

 

 ポックは答えなかった。

 

 荷台の端を一度押す。

 

 動かないことを確認して、ようやく手を離した。

 

 ルシアンは少し離れたところへ置かれた自分の荷物を見る。

 

 服。

 

 旅支度。

 

 それほど多くはない。

 

「僕も、そろそろ帰ることにするよ」

 

 ポックが振り返った。

 

「村に?」

 

「ああ。屋敷を八か月も空けているからね」

 

「誰か見てるんだろ?」

 

「最低限はね」

 

 父から受け継いだ土地と屋敷。

 

 以前のルシアンなら、戻ったところで何をするでもなかった。

 

 今も、畑仕事を始めるつもりはない。

 

 だが。

 

 一度くらいは、自分の目で見ておくべきだろうと思った。

 

 それをポックへ説明する必要はなかった。

 

「明日は僕も東門まで行こう」

 

「見送り?」

 

「君が初日から荷馬車をひっくり返さないか確認するためだよ」

 

 ポックは縄を片づけた。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 東門の外には、すでに何台もの荷馬車が並んでいた。

 

 商人。

 

 農夫。

 

 荷運び人。

 

 護衛の冒険者。

 

 町を出ていく者たちが、順番に門を抜けていく。

 

 その中に、ポックの荷馬車もあった。

 

 茶色い牝馬がゆっくりと前へ進む。

 

 御者台に座るポックは、昨日より少しだけ様になっていた。

 

 ルシアンは門の外まで歩いた。

 

 荷馬車が街道へ入ったところで止まる。

 

 ポックも馬を止めた。

 

「じゃあ」

 

「ああ」

 

 それだけだった。

 

 八か月。

 

 毎日、ほとんど同じ場所にいた。

 

 朝起きて。

 

 道を歩いて。

 

 ダンジョンへ入り。

 

 荷物を運び。

 

 宿を探し。

 

 次の町へ向かった。

 

 別れると決めてみれば、話すことは意外と少なかった。

 

「商売が上手くいくことを祈っているよ」

 

「ありがと」

 

「ただし、安売りしすぎるのは感心しないね」

 

「しないよ」

 

「身なりにも多少は気を配りたまえ」

 

「昨日髪切っただろ」

 

 ポックが手綱を軽く動かした。

 

 馬が歩き出す。

 

「またな、センセイ」

 

 ルシアンは手を上げた。

 

「またね、ポックン」

 

 荷馬車は街道を進んでいく。

 

 木箱。

 

 布包み。

 

 その横に括られた投索器。

 

 少しずつ小さくなる。

 

 やがて、他の荷馬車に混じった。

 

 ルシアンはしばらくその場に立っていた。

 

 風が髪を揺らす。

 

 黒い外殻はない。

 

 頭の中へ届く声もない。

 

 隣を歩く少年もいない。

 

 それでいい。

 

 甲冑は外れた。

 

 ポックは商人へ戻った。

 

 二人とも、欲しかったものを手に入れた。

 

 ルシアンはオルディナの町へ振り返った。

 

 そして、一人で歩き出した。

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