僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第5話 冒険者登録

 ラドメル冒険者組合は、酒場と倉庫を一つにしたような建物だった。

 

 広い一階には受付台が並び、剣や弓を背負った者たちが行き交っている。壁には依頼書が貼られ、奥からは酒と煮込み料理の匂いが流れてきた。

 

 ルシアンが入口をくぐると、室内のざわめきが一度だけ弱まった。

 

「注目を集めているな」

 

「そりゃあ、でかい虫が入ってくれば見るだろ」

 

「甲冑だと言っている」

 

 ポックは人々の視線を無視して、空いている受付へ向かった。

 

 受付台の向こうにいた女性は、近づいてくる黒い巨体を見上げ、手元の書類をそっと置いた。

 

「本日は、どのようなご用件でしょうか」

 

「この人の冒険者登録」

 

「こちらの……方の?」

 

「ルシアンだ」

 

 ルシアンが名乗ると、受付係は甲冑の頭から足先までを見た。

 

「兜を外していただけますか」

 

「取れるなら、冒険者になる必要はなかった」

 

「本人確認ができないのですが」

 

「村の神官からの紹介状がある」

 

 ポックが背負い袋から紹介状を取り出した。

 

 受付係は封を確かめ、中身を読む。

 

 途中で一度ルシアンを見上げ、もう一度書面へ目を戻した。

 

「ルシアン・イモターレさん。成人男性。古代遺物と思われる甲冑と生体接続状態にあり、取り外し不能……」

 

「最後の部分を、あまり大きな声で読まないでもらいたい」

 

「申し訳ありません」

 

 すでに周囲の冒険者たちは、聞き耳を立てていた。

 

「ポック・トバルさんは、この方をご存じなのですね?」

 

「昔から知ってる。声も中身もルシアンの兄ちゃんで間違いない」

 

「中身という表現はやめたまえ」

 

「他に言いようがないだろ」

 

 受付係は少し迷ったあと、登録用紙を取り出した。

 

「では、必要事項を確認します。これまでの職業は?」

 

「美の探究者だ」

 

「無職だよ」

 

「ポックン」

 

「働いてなかっただろ」

 

「日々、自らの美を磨いていた」

 

「金をもらってないなら職業じゃない」

 

 受付係は筆を止めたまま、二人を見比べている。

 

「護衛業と書きたまえ。今日から僕はポックンの用心棒だ」

 

「まだ一度も仕事してないけどな」

 

「契約は成立している」

 

「では、護衛業見習いとしておきます」

 

「見習い?」

 

 ルシアンは不満を口にしたが、受付係はすでに次の欄へ進んでいた。

 

「武器の使用経験は?」

 

「ない」

 

「魔物との戦闘経験は?」

 

「ない」

 

「対人戦闘は?」

 

「村人に槍と斧で襲われた」

 

「それは戦闘経験に入らないだろ」

 

「一方的に攻撃を受けたのだぞ」

 

「反撃してないなら殴られただけじゃないか」

 

「すれば死んでいたかもしれないからね」

 

 受付係の筆が、また止まった。

 

「その点も含めまして、登録前に簡単な実技確認を受けていただきます」

 

「僕の実力を疑うのか?」

 

「戦闘経験のない方が、ダンジョンへ入ろうとしていますので」

 

「疑われても仕方ないな、センセイ」

 

「君はどちらの味方なのだ」

 

「安全な方」

 

 登録料はポックが立て替えた。

 

 銅貨を受付台へ置くと、すぐに小さな帳面を取り出し、金額を書き込む。

 

「今のは何だ?」

 

「センセイへの貸し付け」

 

「契約したばかりの相手から利息を取るつもりではないだろうね」

 

「取らないよ。今のところは」

 

「今のところ?」

 

     ◇

 

 組合の裏手には、板塀に囲まれた訓練場があった。

 

 地面には砂が敷かれ、木製の標的や訓練用の武器が並んでいる。

 

 二人を待っていたのは、片耳の一部が欠けた中年の男だった。

 

 腕は太く、使い込まれた革鎧を着ている。

 

「実技を担当するバルドだ」

 

「ルシアン・イモターレ。世界でもっとも美しい男だ」

 

「自称の肩書きは評価しない」

 

「この町には想像力の乏しい者が多いな」

 

 バルドはルシアンの周囲を一周した。

 

 甲冑の胸を拳で叩き、肩や肘の動きを確かめる。

 

「重さは?」

 

「知らない」

 

「動きにくいか?」

 

「多少は。だが、甲冑が身体を動かす力を補っている」

 

「武器は?」

 

「まだない」

 

「正解だな。下手くそに刃物を振られちゃ余計な死人がでる」

 

 バルドは訓練場の中央に置かれた標的を示した。

 

 藁を束ね、その上から厚い革を巻いた人型の標的である。

 

「まず、軽く殴ってみろ」

 

「軽くとは、どの程度だ?」

 

「壊さない程度だ」

 

「曖昧な指示だな」

 

「普通の人間なら通じる」

 

「僕も美しすぎるという点を除けば普通の人間だ」

 

「なら、普通にやれ」

 

 ルシアンは標的の前に立った。

 

 拳を握り、慎重に腕を引く。

 

 今まで石壁や扉を壊したのは、すべて力加減を誤った結果だった。

 

 今度こそ、優雅に制御してみせる。

 

「この程度か」

 

 黒い拳が、標的の胸へ触れた。

 

 破裂音がした。

 

 人型の標的が支柱ごと地面から抜け、訓練場の端まで飛んでいく。板塀へ激突し、藁を撒き散らして崩れた。

 

 沈黙。

 

《出力補助、十二パーセント》

 

「十二パーセントだったそうだ」

 

 バルドがゆっくり振り返った。

 

「残りの八十八パーセントは、絶対に人へ向けるな」

 

「僕も今、同じことを考えていた」

 

「本当に軽く殴ったんだよな?」

 

 ポックが壊れた標的を見ながら尋ねる。

 

「ああ。指で押す程度のつもりだった」

 

「センセイの指示を変える。魔物を見ても、勝手に殴るな」

 

「まだ試験は始まったばかりだろう」

 

「もう十分わかった気もするけどな」

 

 バルドは別の標的を用意させることを諦めたらしい。

 

 訓練用の木剣を手に取り、少し離れた場所へ立った。

 

「次は動きを見る。俺に一撃入れてみろ」

 

「怪我をしても知らないぞ」

 

「当たってから心配しろ」

 

 挑発的な言葉だった。

 

 ルシアンは片足を引き、姿勢を整えた。

 

「構えはそれでいいのか?」

 

「もっとも美しく見える角度を選んだ」

 

「見た目を気にするな。隙だらけじゃねぇか」

 

「僕から美を取れば、何が残る」

 

「その鎧だろ」

 

「それは僕ではないではないか!」

 

 バルドが横へ動いた。

 

 ルシアンも追う。

 

 甲冑の脚が砂を強く蹴り、黒い巨体が一気に前へ飛び出した。

 

「速い――」

 

 ポックが言い終える前に、バルドは半歩だけ横へ避けた。

 

 ルシアンの拳が空を切る。

 

「おっと」

 

 止まろうとしたが、身体の勢いを殺せない。

 

 そのまま訓練場を横切り、先ほど標的がぶつかった板塀へ肩から突っ込んだ。

 

 板が数枚まとめて外れた。

 

《周辺構造物に重大な損傷》

 

「報告しなくていい!」

 

 ルシアンは壊れた板塀から身体を引き抜いた。

 

 外殻には擦り傷すらない。

 

「力はある。速さも、見た目ほど悪くない」

 

 バルドは木剣を肩へ載せた。

 

「だが、曲がれない。止まれない。当てられない」

 

「初めてなのだから当然だろう」

 

「相手は初めてだからと待ってはくれん」

 

 今度は、バルドが攻める側になった。

 

「動かずに受けてみろ」

 

「避けなくていいのか?」

 

「避けられるなら避けてもいい」

 

 木剣が振るわれた。

 

 ルシアンは身を引こうとしたが、間に合わない。

 

 乾いた音とともに、木剣が胸部装甲へ当たった。

 

 そして折れた。

 

 半分になった木剣を、バルドが無言で見つめる。

 

「痛みは?」

 

「ない」

 

「衝撃は?」

 

「触られた程度だ」

 

 バルドは折れた剣を捨て、今度は長い柄のついた訓練用の槌を持ってきた。

 

「もう一度だ」

 

「道具を壊したいだけではないだろうね」

 

 槌が黒い脇腹へ叩き込まれた。

 

 ルシアンの巨体がわずかに揺れる。

 

 それだけだった。

 

 槌の頭には、大きな亀裂が入っている。

 

《損傷なし》

 

「まったく問題ない」

 

「鎧としては最高だな」

 

 バルドは亀裂の入った槌を地面へ置いた。

 

「戦士としては最低だ」

 

「昨日まで戦士ではなかった男に対して、ずいぶんな評価だな」

 

「なら、今のお前は何だ?」

 

 ルシアンは胸を張った。

 

「ただひたすら美しいだけの新人だ」

 

「前向きなとこだけは褒めてやる」

 

     ◇

 

 バルドはルシアンの登録を認めた。

 

 ただし、当面の活動範囲は鐘鳴り坑道の浅層に限られた。

 

 刃物の使用も禁止。

 

 人の近くで全力を出さないこと。

 

 そして、ポックから離れないこと。

 

「なぜ僕が、ポックンの言うことを聞く前提なのだ?」

 

「見たところ、その少年の方が判断力がある」

 

「短時間の試験で人間の本質を決めつけるべきではない」

 

「あの内容じゃ言われるだろ」

 

 ポックは訓練場の砂へ棒で線を引いた。

 

「センセイ。坑道では、おれより前に立つんだ」

 

「契約どおりだね」

 

「でも、魔物を勝手に追いかけるな。おれから離れるな。勝手に攻撃しないこと」

 

「僕を置物にするつもりか?」

 

「動くとあちこち壊すだろ」

 

「反論しにくい事実を持ち出すのは卑怯だぞ」

 

「敵が近づいたら、まず身体で止める。殴られても避けなくていい」

 

「僕の才能を防御だけに使うのか」

 

「今、一番有効なのがそれだからな」

 

 ポックは黒い胴体を指で叩いた。

 

「センセイには、殴られる才能がある」

 

「生まれて初めて、褒められて嬉しくない言葉を聞いたよ」

 

 受付で、ルシアンは木札を受け取った。

 

 名前と登録日が刻まれた、新人冒険者の証だった。

 

「これで明日から鐘鳴り坑道へ入れる」

 

 ポックは自分の見習い札と並べ、満足そうに頷いた。

 

「明日?」

 

「今日は必要な道具を揃えるんだ。地図も買う」

 

「僕の美貌を救う旅が、地図一枚のために延期されるのか」

 

「迷ったら帰れないだろ」

 

「僕が進む方角こそが正しい道だ」

 

「さっき思う存分壁に進んでただろ」

 

「壁が私を呼んだのだ」

 

 組合の外へ出たときには、日が沈みかけていた。

 

 ポックがふと足を止める。

 

「そういえば、センセイ。今夜泊まるところは?」

 

「ない」

 

「金は?」

 

「君が持っている」

 

「銅貨六枚から登録料を引いた残りだけだぞ」

 

「宿代としては不足か?」

 

「普通の部屋なら足りるかもしれない」

 

 ポックは、丸く大きな黒い胴体を見上げた。

 

「でもセンセイ、宿の扉を通れるか?」

 

 ルシアンも、通り沿いに並ぶ宿屋の入口を眺めた。

 

 どれも神殿の扉より狭く見える。

 

「……建築というものは、もう少し多様な美へ配慮すべきだな」

 

「それから飯だ」

 

「腹は減っていない」

 

「昨日から食ってないんだろ。食べられるかどうかくらい確かめないとな」

 

「兜を脱がない食べ方ということか?」

 

「兜が開かないなら、どこから食うんだよ」

 

 二人はそろって、甲冑の口吻を見上げた。

 

「ポックン」

 

「なんだよ」

 

「それは君が調べたまえ」

 

「自分の口だろ!」

 

 新人冒険者の最初の難題は、魔物ではなかった。

 

 

 

 

 

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※作中の度量衡や数値表現は、読みやすさを優先して現代日本語に置き換えています。甲冑が示す「パーセント」も古代語の語彙ではなく、神経接続を通じて伝わった「百を基準とする割合」を便宜的に表記したものです。

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