僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

8 / 18
第8話 鉱殻蛞蝓(こうかくなめくじ)

「詰まっている物は、少々大きいかもしれない」

 

 白い通路の奥から、硬いものを引きずる音が続いていた。

 

 ずるり。

 

 ずるり。

 

 ポックは入口と、その先に伸びる通路を見比べた。

 

「まず、戻れるようにするぞ」

 

「甲冑が道を示している。迷う心配はない」

 

「その甲冑が途中で黙ったらどうするんだよ」

 

「そのときは、古代文明への評価をさらに下げよう」

 

「評価下げても帰れないんじゃ意味ないだろ」

 

 ポックは白墨を取り出し、開いた壁の脇へ印をつけようとした。

 

 白墨の先が滑る。

 

 もう一度強く擦りつけても、滑らかな壁には粉一つ残らなかった。

 

「汚れない壁か」

 

「美しいものは、汚れを拒むものだ」

 

「不便だな」

 

「その感想には同意できない」

 

 ポックは背負い袋から縄を取り出した。

 

 端を通常坑道に残された岩の出っ張りへ結びつけ、もう一方を腰へ巻く。

 

「センセイも持て」

 

「僕が?」

 

「おれが引っ張られたら止めろ」

 

「僕を杭として扱っていないか?」

 

「壁よりマシだろ」

 

「比較対象を建材から離したまえ」

 

 ルシアンは縄を握り、管理通路へ入った。

 

 天井の青白い灯りが、二人の進行に合わせて順に点灯する。

 

 背後では、通り過ぎた場所から静かに消えていった。

 

「僕を歓迎しているようだね」

 

「帰り道を暗くしてるようにも見えるけどな」

 

 壁も床も、磨かれた石より滑らかだった。

 

 埃はない。

 

 あるのは、床の中央に続く黒い粘液と、その左右へ刻まれた深い擦り跡だけである。

 

 ルシアンが足を下ろすたび、甲冑の内部へ新たな意味が届いた。

 

《異物性生体による閉塞を確認》

 

《共鳴導管を開放せよ》

 

「やはり生き物が詰まっているらしい」

 

「古代人は魔物も詰まり扱いか」

 

「僕も人間ではなく保全作業員扱いだ。彼らは分類が大雑把なのだよ」

 

 通路の壁に、細い溝が走っていた。

 

 奥から風が抜ける。

 

 溝の内側で何かが震え、金属音が響く。

 

 かあん――。

 

 通常坑道で聞いた鐘の音より近く、腹の底へ響いた。

 

「鐘って、これが鳴ってたのか?」

 

「共鳴導管とやらの一部だろうね」

 

「これが詰まってるから、音がおかしくなってる?」

 

「古代文明の配管事情まで僕に尋ねられても困る」

 

「甲冑に聞けよ」

 

「聞いても、詰まりを取れとしか言わない」

 

 実に融通の利かない作業指示だった。

 

     ◇

 

 通路の先は、円形の広い空間へつながっていた。

 

 正面の壁に、巨大な管が口を開けている。

 

 その大半を塞ぐように、灰黒色の塊が詰まっていた。

 

 最初は岩山に見えた。

 

 だが、岩の表面がゆっくりと上下している。

 

 節のある触角が伸び、黒い粘液を引きながら床を探った。

 

「鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》だ」

 

 ポックの声が低くなる。

 

「知っているのかポックン?」

 

「坑道の深い方にいる魔物だ。背中の殻へ鉱石を取り込む」

 

「蛞蝓《なめくじ》にしては、ずいぶん大きいな」

 

「普通は子牛くらいだ」

 

 目の前の個体は、荷車より大きかった。

 

 背中の殻には岩石だけでなく、錆びた金属片や、青白く光る鉱石が幾重にも食い込んでいる。

 

 身体の半分を導管へ突っ込み、完全に栓をしていた。

 

「食べすぎは美を損なう好例だね」

 

「センセイの鎧も似た体形だぞ」

 

「僕の中身は完璧だ!」

 

 蛞蝓《なめくじ》の触角が、二人の方へ向いた。

 

 柔らかな胴体が膨らむ。

 

「センセイ、前!」

 

 ポックの声と同時に、黒い液体が噴き出した。

 

 ルシアンはポックの前へ立つ。

 

 液体が胸部装甲へ浴びせかけられた。

 

 じゅう、と音を立てて白い煙が上がる。

 

「センセイ!」

 

「騒ぐほどのことではない」

 

《外殻への腐食性物質付着》

 

《外殻損傷なし》

 

 黒い装甲には、曇り一つ残っていない。

 

「僕の美貌を覆い隠す装具ではあるが、汚れを拒む姿勢だけは評価できる」

 

「今は褒めてる場合じゃないだろ!」

 

 鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》が、導管の中から身体を引き抜こうとした。

 

 重い殻が床を擦る。

 

 ずるり。

 

 先ほどの音は、この殻だったらしい。

 

 ルシアンは拳を握った。

 

「では、手早く終わらせよう」

 

《共鳴導管への衝撃を禁止》

 

「……」

 

「どうした?」

 

「殴るなと言われた」

 

「おれも同じこと言おうと思ってた」

 

「君たちは僕の長所を封じることに迷いがないな」

 

 ポックは蛞蝓《なめくじ》と導管の隙間を見た。

 

「殻も壊すなよ」

 

「今度はなぜだ」

 

「売れる」

 

「古代装置と君の要求を同時に満たさねばならないのか!」

 

「できるだろ、センセイなら」

 

 褒められているようで、完全に作業を押しつけられていた。

 

「どうすればいい」

 

「詰まりを取るんだろ。引き抜けばいいじゃないか」

 

「見れば分かる。どこを掴めばいいと聞いている」

 

 ポックは灯りを近づけ、殻の左右を調べた。

 

「この縁なら手が入る。真っ直ぐ引けばいい。ひねるなよセンセイ。管を壊したら何が起きるか分からない」

 

「注文が多いな」

 

「殴るより簡単だろ」

 

 ルシアンは粘液を踏まないよう足を開き、鉱殻の縁へ両手をかけた。

 

 指先が岩と金属の隙間へ食い込む。

 

「引くぞ」

 

「ゆっくりな」

 

「僕はすでに繊細な力加減を身につけている」

 

「鼠を壁に埋めた奴が言うな」

 

 ルシアンは脚へ力を込めた。

 

 蛞蝓《なめくじ》の身体がわずかに動く。

 

 しかし導管の内側へ吸いついた腹が、低い音を立てて抵抗した。

 

「むっ」

 

 さらに引く。

 

 太い腕の装甲が駆動し、床へ黒い脚が食い込んだ。

 

《出力補助を増加》

 

「ふぬぬ!」

 

「センセイ、止まるな!」

 

「止まっていない!」

 

 鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》が触角を振り回した。

 

 一本がポックへ伸びる。

 

「ポックン!」

 

 ルシアンは右手を殻から離し、腕で触角を受け止めた。

 

 粘つく肉が装甲へ絡みつく。

 

 片手になったことで蛞蝓が導管へ戻ろうとする。

 

「そのまま押さえててくれよセンセイ!」

 

 ポックが黒い身体の脇へ回った。

 

 露出した柔らかな腹へ短刀を突き立てる。

 

 一度。

 

 蛞蝓が大きく震えた。

 

 二度目の刃が入る。

 

 触角から力が抜けた。

 

「今だ、引け!」

 

 ルシアンは再び両手で殻を掴んだ。

 

「ふんっ!」

 

 鉱殻蛞蝓の巨体が、導管から一気に抜けた。

 

 黒い粘液が糸を引き、巨大な殻が床へ転がる。

 

 ルシアンは勢いのまま後ろへ数歩下がり――。

 

「止まれ、センセイ!」

 

「分かっている!」

 

 脚を踏ん張る。

 

 背中が壁へ触れる寸前で、どうにか止まった。

 

 ポックが目を丸くする。

 

「止まれた」

 

「当然だ。壁との距離感は学習済みだと言っただろう」

 

《歩行安定性の向上を確認》

 

「君まで褒めなくていい」

 

     ◇

 

 蛞蝓《なめくじ》が塞いでいた導管から、強い風が吹き出した。

 

 黒い粘液が壁から剥がれ、床の細い溝へ流れ込んでいく。

 

 導管の内側で複数の部品が動き始めた。

 

 かあん。

 

 遠くで一つ。

 

 かあん。

 

 別の方向でもう一つ。

 

 やがて鐘鳴り坑道の奥から、いくつもの音が連なって響いた。

 

 先ほどまでより澄み、長く続く音だった。

 

《第一支線の閉塞除去を確認》

 

《共鳴導管、正常稼働》

 

《保全指示、一件完了》

 

「終わったな」

 

 ルシアンは胸を張った。

 

「では、外殻を解除したまえ」

 

《保全任務未完了》

 

「一件完了と言ったばかりだろう!」

 

《未処理の保全指示が存在します》

 

「何件ある?」

 

《情報取得不能》

 

「自分たちが残した仕事の量すら分からないのか!」

 

 ルシアンの声が円形の空間へ響いた。

 

「古代文明は労働環境まで劣悪だったらしい!」

 

「とりあえず、一件は終わっただろ」

 

「僕が求めているのは達成感ではなく、この鎧の解除だ」

 

 ポックはすでに鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》の方へ向かっていた。

 

 殻へ付着した鉱石や金属片を、一つずつ確認している。

 

「センセイ、これ高く売れるぞ」

 

「そうなのか?」

 

「普通の鉱殻蛞蝓《こうかくなめくじ》より、取り込んでる鉱石がずっと多い。青い部分は古代遺物に使われてる金属かもしれない」

 

「僕の解除には近づかなかったが、収入にはなったということか」

 

「持って帰れればな」

 

 殻は荷車ほどある。

 

 ポック一人では、少し動かすことすらできないだろう。

 

 ルシアンは両手を差し入れ、巨大な殻を持ち上げた。

 

「軽いな」

 

「やっぱり稼げるぞ、センセイ」

 

「最初に会ったときと同じ目をするな。その眼つきは美しくない」

 

 そのとき、導管脇の壁から低い音がした。

 

 白い面が左右へ開く。

 

 内部には、黒い甲冑一体が収まるほどの大きな台座が設置されていた。

 

 腕と脚を置く窪み。

 

 背中を支える湾曲した面。

 

 形は違うが、ルシアンが最初に甲冑を見つけた部屋とよく似ている。

 

《外殻保全台を利用できます》

 

 ルシアンは動きを止めた。

 

「どうした?」

 

「外殻の保全に使う台だそうだ」

 

 ポックが目を輝かせる。

 

「それ、鎧を外す装置じゃないか?」

 

 ルシアンは抱えていた鉱殻を静かに下ろした。

 

 白い台座へ向き直る。

 

「ようやく古代人も、自らの過ちを認めたようだな」

 

 台座の奥で、細い器具がゆっくりと展開した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。