僕の美しさが見せられない!   作:柿木杮

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第9話 ピッカピカのセンセイ

 台座の奥で、細い器具がゆっくりと展開した。

 

 一本。

 

 二本。

 

 さらに左右の壁からも、節のある白い腕が伸びてくる。

 

 先端には小さな鉤、刷毛のような束、鋭く尖った針が取りつけられていた。

 

「……ポックン」

 

「なんだよ」

 

「これは本当に、外すための装置に見えるか?」

 

「鎧を分解する道具かもしれない」

 

「最後の針は何に使う」

 

「甲冑に聞けよ」

 

「僕が聞いても答えないから、君に尋ねているのだ!」

 

 ルシアンが台座へ近づくと、その足元に青白い線が灯った。

 

《外殻保全台への接続を開始》

 

 背中を支える湾曲した面が、わずかに開く。

 

 黒い甲冑が収まるための空間は、ルシアンの身体へ合わせたようにぴたりとした大きさだった。

 

「入れってことか?」

 

「そのようだ」

 

「外せるかもしれないぞ、センセイ」

 

「無論だ。見たまえ、ポックン。僕の苦難も、ついに終わる」

 

 ルシアンは胸を張り、台座へ足を踏み入れた。

 

 背中を白い面へ預ける。

 

 直後、両腕と両脚へ器具が伸びた。

 

 がちり。

 

 太い外殻が固定される。

 

「待て」

 

 胸と腰にも帯状の部品が重なった。

 

「待ちたまえ」

 

 兜の左右へ、針のついた器具が近づいてくる。

 

「ポックン!」

 

「動くなって!」

 

「また針が刺さろうとしている!」

 

「鎧の外側だろ!」

 

「前回もそう思っていたら、内側から刺されたのだ!」

 

 逃れようと腕を動かすが、固定具はびくともしない。

 

《外殻保全処理を開始》

 

 針の先端が、兜の継ぎ目へ触れた。

 

「やめ――」

 

 痛みはなかった。

 

 針は外殻の隙間へ入り込み、蛞蝓《なめくじ》の粘液を細かく掻き出していく。

 

 続いて刷毛のような器具が回転し、黒い表面を磨き始めた。

 

 別の腕が関節へ透明な液体を吹きつける。

 

《腐食性付着物を除去》

 

《駆動部の状態を確認》

 

《外殻表面を洗浄》

 

「……掃除か?」

 

 ポックが台座の周りを歩きながら、器具の動きを眺めていた。

 

「掃除だな」

 

「外すのではないのか」

 

「外殻保全台って言ってただろ」

 

「保全の過程で外す可能性もある!」

 

 白い腕が胸部装甲を叩いた。

 

 硬い音が返る。

 

 別の器具が肩から腕、胴体、脚の順に滑っていく。

 

《外殻損傷なし》

 

《駆動補助機構、正常》

 

《生体接続状態、安定》

 

 ルシアンは動きを止めた。

 

「生体状態も調べているらしい」

 

「中の身体は?」

 

《装着者生体状態、良好》

 

《筋組織、最適状態を維持》

 

《皮膚、毛髪、爪の保全状態、良好》

 

「ポックン!」

 

「今度はなんだよ」

 

「僕の美貌は無事だ!」

 

 固定されたまま、ルシアンは可能な限り胸を張った。

 

「髪も肌も、最適な状態に保たれている!」

 

「よかったな」

 

「反応が薄いぞ! 世界最高の芸術品が、この中で完全に保存されているのだ!」

 

「見えないけどな」

 

「それが最大の問題なのだ!」

 

 外殻を磨く器具が、兜の口吻を念入りに擦った。

 

 ポックは腕を組み、少し離れた場所から眺める。

 

「前より光ってきたぞ」

 

「中身ではなく、なぜ外側を美しくする!」

 

「元のセンセイだって外側ばっかり気にしてただろ。いいじゃないか、ますます黒くて艶々してきたぞ」

 

「虫としての完成度を上げるな!」

 

 器具はルシアンの抗議を無視し、外殻を磨き続けた。

 

 やがて、白い腕が次々と台座の奥へ戻っていく。

 

 最後に胸と腰の固定具が外れた。

 

《外殻保全処理、完了》

 

 ルシアンはすぐに台座から離れ、背中へ手を回した。

 

 外殻は開いていない。

 

 兜も閉じたまま。

 

 当然、顔も見えない。

 

「……終わったのか?」

 

《外殻保全処理、完了》

 

「外殻を解除したまえ」

 

《解除条件未達》

 

「その返答は聞き飽きた!」

 

 ルシアンは白い台座へ向き直った。

 

「この装置で外せるのだろう?」

 

《当保全台に生体接続解除機能はありません》

 

 沈黙が落ちた。

 

 ポックが台座を見上げる。

 

「何だって?」

 

「外す機能はないそうだ」

 

「じゃあ、何のために入ったんだよ」

 

 ルシアンは自分の腕を見下ろした。

 

 磨かれた黒い外殻が、青白い灯りを美しく反射している。

 

「虫としての艶を増すためらしい」

 

「きれいになったな、センセイ」

 

「慰めるな!」

 

     ◇

 

 ルシアンは台座の前へ立ったまま、しばらく動かなかった。

 

 期待した分だけ、失望も大きい。

 

 保全任務を一件終えた。

 

 魔物を倒した。

 

 巨大な詰まりまで取り除いた。

 

 それでも甲冑は外れず、代わりに外殻だけが念入りに磨かれた。

 

「帰るか?」

 

 ポックが尋ねる。

 

「待ちたまえ」

 

 この装置には、甲冑の状態を調べる機能がある。

 

 ならば、解除についての情報も持っている可能性があった。

 

「解除手順を照会する」

 

 返事はない。

 

「生体接続の解除方法を提示したまえ」

 

《解除手順照会》

 

 これまでとは違う感覚が、甲冑の奥へ流れ込んできた。

 

 短い定型通知ではない。

 

 台座へ接続されたことで、保管されていた手順の一部が引き出されたらしい。

 

《保全任務完了後、中央保全拠点にて生体接続を解除》

 

 ルシアンは黙った。

 

「センセイ?」

 

「外せる」

 

「え?」

 

「この甲冑は、本来なら外せるものだ」

 

 ルシアンは白い台座へ一歩近づいた。

 

「任務を完了したあと、中央保全拠点と呼ばれる施設で解除するらしい」

 

 ポックの顔が明るくなる。

 

「その場所は?」

 

「今、聞く」

 

 ルシアンは台座へ向かって告げた。

 

「中央保全拠点までの経路を提示したまえ」

 

《中央保全拠点との接続を確認できません》

 

《経路情報、取得不能》

 

「場所は分からないそうだ」

 

「ほかのダンジョンかもしれないな」

 

「その可能性は高い」

 

「でも、外せる場所はあるんだろ?」

 

「ああ」

 

 そこだけは、これまでの推測とは違う。

 

 神官も鑑定士も、外せるとは言わなかった。

 

 同じ文明の遺物があれば手掛かりになるかもしれないと、ポックが考えただけだった。

 

 今は違う。

 

 解除設備は存在する。

 

 この甲冑は、永遠に装着者を閉じ込めるためのものではない。

 

「任務を全部終わらせれば、外せるんだな」

 

「そのようだ」

 

「あと何件?」

 

「それも聞いてみよう」

 

 ルシアンは台座へ顔を向けた。

 

「未処理の保全指示を、すべて提示したまえ」

 

《現在地周辺の未処理保全指示、取得不能》

 

「では、総数は?」

 

《情報取得不能》

 

「完了までの見込みは?」

 

《情報取得不能》

 

「君は何なら分かるのだ!」

 

《外殻保全処理、完了》

 

「それはもう聞いた!」

 

 ポックが吹き出した。

 

「笑い事ではないぞ、ポックン」

 

「だって、センセイだけきれいになって、何も分からないままだし」

 

「何も分からないわけではない」

 

 ルシアンは、磨き上げられた黒い拳を握った。

 

「中央保全拠点へ行けば、この外殻を解除できる」

 

 場所は分からない。

 

 終わらせるべき任務の数も分からない。

 

 それでも、昨日までは存在するかどうかさえ不明だった出口が、確かにどこかにある。

 

「必ず見つけるぞ、ポックン」

 

「もちろんだ」

 

「僕の美貌を世界へ取り戻すために」

 

「それと、金を稼ぐためにな」

 

「君はもう少し崇高な目的を持てないのか?」

 

「鑑定料も旅費も必要だろ」

 

「……現実的な目的も必要だな」

 

     ◇

 

 二人は巨大な鉱殻を持ち帰ることにした。

 

 ポックが荷物をまとめている間に、ルシアンが殻を両腕で抱え上げる。

 

 青白い鉱石を取り込んだ殻は重かったが、甲冑の補助があれば苦にはならない。

 

《運搬負荷、許容範囲内》

 

「これは保全任務ではなく、僕たちの戦利品だ。余計な口を出さないでもらいたい」

 

「何を言われてるのかわからないけど、甲冑に張り合うなよ」

 

 管理通路を戻る。

 

 二人が通過すると、青白い灯りが順に消えていった。

 

 入口へ結んだ縄も問題なく残っている。

 

 通常坑道へ戻る直前、ルシアンは一度だけ白い通路を振り返った。

 

「また来ることになるだろうね」

 

「仕事が残ってるみたいだしな」

 

「次は、もう少し美しい仕事を用意しておくよう伝えておきたい」

 

「誰に?」

 

「古代人にだ」

 

「もういないだろ」

 

「だから労働環境が改善されないのか」

 

 二人が通常坑道へ出ると、岩壁はゆっくり閉じた。

 

 何事もなかったように、土埃のついた行き止まりへ戻る。

 

 ポックが壁へ手を触れた。

 

「これ、おれたち以外には開けられないのかな」

 

「僕がいなければ、だろう」

 

「じゃあ、センセイは本当に鍵なんだな」

 

「鍵ではない。選ばれた保全従事者だ」

 

「蛞蝓《なめくじ》の詰まりを取る係だろ」

 

「肩書きの一部だけを抜き出すのはやめたまえ」

 

 巨大な殻を抱えた黒い甲虫と、その前を歩く小柄な少年。

 

 二人は再び、鐘鳴り坑道の入口へ向かって歩き始めた。

 

 甲冑を外す場所は、世界のどこかにある。

 

 まだ名前しか分からない。

 

 それでも、昨日までよりは確かに近づいていた

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