ミレニアム近郊の廃墟。
誰もいない寂しい場所なのかと思えば───
「ロボットだらけだな、おい」
武装した戦闘用ロボットが罅の入った無人のコンクリートジャングルを闊歩し、上空には機関砲を装備したドローンが巡回している。
どこの所属でもない機械たちが黙々と警備する様は、何かを守るようにも見えた。
「先生、そばを離れないでくださいね」
"う、うん。わかった"
「さすが立入禁止区域、危ないとは思ったけどここまでとはね……」
「ここまでとはね……じゃないよ! お姉ちゃん、ここは何なの!?」
「言ったじゃん……廃墟だよ!」
「質問の答えになってないぞ。もうちょっと詳しく話せ」
「うーん……私もヒマリ先輩に聞いただけなんだけどね。ここはキヴォトス中から忘れ去られたものが集まる、時代の下水道みたいな場所なんだって」
時代の下水道……比喩的な表現ではあるが、もしかしたら掘り出し物があるかもしれない。
リュックに入るサイズであってほしいが……
"アキラ。落とし物を換金するのは感心しないよ?"
「わかってますよ、先生……ちぇ」
「あはは……でも、ヒマリ先輩ってヴェリタスのヒマリ先輩? 全知なんて自称してるあの人が、「かもしれない」って言葉を使うのも珍しいね……でも、なんでそこにG.Bibleがあるって?」
「G.Bibleの捜索をヴェリタスに依頼したら、最後にG.Bibleの稼働が確認された座標を教えてくれたの。そこがここだったってわけ! 間違いなく、ここにG.Bibleは眠っているんだよ!」
興奮を隠しきれずに才羽姉は大げさなリアクションをとった……とってしまった。
「おいバカ、そんな大声を出したら────」
「■■■■■、■■■■」
巡回していたロボットの一体が気づけば、あとは芋づる式だった。
各地に点在していたロボットが次々と襲い掛かってくる。
「ああ、遅かったか……」
携行している機関銃を構えようとしたロボットの頭を拳銃で吹き飛ばし、ファーストアタックを奪い取る。
「え、今のなに!?」
「び、ビーム! ビームだよ、ミドリ! アキラがビーム撃った!」
「ええい、やかましい! ごちゃごちゃ言う暇があったら戦え!」
先生を背に庇いながら、前進してくるロボットの頭部を正確に狙い撃つ。
どれだけの性能があるかは知らないが、頭を潰せば動かなくなることは実証済みだ。
「先生、どんくらいいます?」
"どんどん数が増えてる……今、逃走経路を探るから、3人でできる限り時間を稼いで!"
「さすが……聞こえたな、お前ら!」
「オッケー!」
「行くよ、お姉ちゃん!」
姉妹の持つアサルトライフルがその連射速度を遺憾なく発揮して、前方の敵一列の脚部やホイールを射抜く。前列のロボットたちが転倒したことで、その後ろからやってきていたロボットたちは進路を一時的に塞がれた。
「ついでに喰らっとけ───かめはめ波!」
速度優先で半分ほどの威力のかめはめ波を放つ。
狙う先は転倒するロボットを乗り越えてでも進もうとする後続のロボットたちではない。
轟音と共に崩れ落ちたのは、ロボットたちの近くにあった半壊のビル。
致命的なトドメを刺されたビルは崩壊し、ロボットたちは辺り一面に立ち込める砕けたコンクリートの粉塵と土煙ですぐに見えなくなった。
これならロボットたちもやってくるのに時間がかかるだろう。
「「手からビームだーー!?」」
「うるさい! 先生!」
"この先に工場があるよ! そこでやり過ごそう!"
「了解! ちょっと失礼」
"わっ!"
先生を抱えると、俺は遠くに見えた廃工場に向かって飛び立った。
「「飛んだーー!?」」
「いいからはやくついてこい!」
敵性ロボットの襲撃をなんとか振り切り、俺たちは廃工場へと逃げ込んだ……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふう、なんとかなったな」
「なんとかなったな……じゃないよーー!!」
うるさっ、建物の中だから余計に声が響くな……
「さっきの失敗を反省しろ。大声を出すんじゃない」
「それは本当にごめん。でもお願い、ツッコませて! ビックリ人間ショーを繰り広げた人を前に黙ってられるほど達観してないよ!」
「ごめんなさい。今回ばかりはお姉ちゃんに賛成です……!」
詰め寄ってくるんじゃないよ、まったく……
「で、なに?」
「その拳銃はなに? ただのベレッタじゃないよね?」
「いや、これはただのベレッタ92A1だぞ」
元々使っていたリボルバーが壊れた時に買ってから使い続けているものだ。
ホシノに勧められて買ったが、取り扱いがよくて中々の優れものである。
「見せて! お願い!」
「……しょうがねえな」
ショルダーホルスターから取り出した愛銃を才羽姉に渡す。
「むむむ……あれ?」
「普通のベレッタ……だよね?」
「撃ってみていい?」
「厚かましいな……一発だけだぞ」
アビドスでは弾丸も貴重だというのに……
「よぉし! えい、出ろビーム!」
発砲音と共に弾丸が発射される。
コンクリート製の壁に弾痕ができたが、ビームは出ない。
「あれぇ……?」
「もういいだろ」
茫然とする才羽姉の手からベレッタを取り上げた。
「……そうか! 銃じゃなくて、アキラが特別───」
「にしても広いな、この工場……」
なんの用途かわからないが、たくさんの配管が走っている。
外観はかなりの大きさだったが、それに反して中の通路は狭いときた。
低い天井の裏にいったいなにが詰まっているのか……
「何事もなかったかのように探索を始めるなーー!!」
あっ、おい!
「しがみつくんじゃねえ! 猿かお前は!」
「レディーに猿って言うな!」
いてっ! 髪を引っ張るんじゃないよ髪を!
「なんだってんだ! 何がそんなに不満なんだか聞いてやるから降りろ!」
なおもしがみつこうとする才羽姉を強引に引きはがす。
べしょりと地面に叩きつけられる才羽姉。
「ぐえ……全部!」
それでもめげずに才羽姉は俺に不満を現した。
「ぬう……」
さっきは早期の戦線離脱を図るためにうっかり使ってしまったが、それがいけなかったらしい。
人間、あるものは自然と使ってしまうというが、こうなることは予想できたのに。
しかし、参った。ホシノからはあまり他校に目をつけられないよう、俺の神秘の技術に関してはできるかぎり隠し通すように言われているのだ。
初っ端にゲヘナとトリニティの前で披露していまさらという感じではあるが、それを話すホシノの目は笑っていなかった。
できれば、知る人間は少ないほうがいい……のだが。
「「じーーー」」
この姉妹を納得させないと話が進まない、か。
「人には神秘という力がある。俺はその神秘を自由にコントロールできる。ビームを出すのも空を飛ぶのもその応用だ」
「……私たちにも教えて!」
「機会があったらな。今は廃部回避が優先だろ」
「むう、正論……仕方ない、今は飲み込む!」
才羽姉は納得したようだが、才羽妹はなにやら考え込んでいるようだ。
「かめはめ波……かめはめ波?」
「どうしたのさ、ミドリ?」
「お姉ちゃん……ドラゴンボール。そう、ドラゴンボールだよ! 前にリサイクルショップで買ってきた漫画!」
「え……ああーー!! かめはめ波ってそれ────」
「接近を確認。対象の身元を確認します」
何かを思い出した才羽姉の言葉は無機質な声に遮られた。
おかしい。この辺りに人の気配も神秘も感じないぞ……
「才羽モモイ」
「えっ?」
「資格がありません」
「なっ、なに?」
「才羽ミドリ。資格がありません」
「建物の内部に響いてる……」
「鳩川アキラ……判断を保留します」
「「え?」」
いや、俺の方を見られても。
聞きたいのはこっちなんだけど。なんで才羽姉妹はだめで、俺は保留?
自動音声っぽい声だけど、何を判断材料で資格のありなしを区別してるんだ?
「先生……資格を確認しました。入室権限を付与します」
「ええ!? いつの間に先生はこの建物と仲良くなったの!? これが先生のあふれ出るコミュ力の成せる技!?」
"いや、私も何がなんだかさっぱり……"
「先生も戸惑ってる……なんでだろう?」
……わからん。何をどうやって判別しているのか。
大人と子供の差か? だとしたらなんで俺は保留になったんだ?
「才羽モモイ、才羽ミドリの両名を先生の「生徒」として認定、同行者である生徒にも資格を与えます」
「あれ? じゃあ、アキラは?」
才羽姉の戸惑いの言葉に応えるように無機質な声は続けた。
「……鳩川アキラの資格を保留から承認へ。入室権限を付与します」
やっぱり、才羽姉妹とは別枠……先生の生徒としてではなく、個人として権限を与えられたようだ。
この違いはいったいなんなんだ……?
俺が頭を悩ませていたその時だった。
「下部の扉を開放します」
「下部? この目の前の扉じゃなくて?」
才羽妹の疑問を聞き、思わず床を見た……この床、薄っすら扉みたいな筋が走って───
───ガシャン!
突如として、床の筋はぽっかりとした空洞に変わった。
「あっぶね」
すぐそばにいた先生を右手で掴み、左手に才羽妹を抱える。
「私はァーー!?」
落下していく才羽姉。
床にあいた空間に飛び込んだ俺は、咄嗟に才羽姉を両足で挟み込んだ。
「ぶえ……なんか、雑じゃない!?」
「文句言うな。落っことすぞ」
「やめて!」
いったいどんな地下空間だと身構えてゆっくり下降してみると、底は意外と浅かった。大体5mといったところか。
あっという間に地面についてしまった。
全員を体から離す。
「ふう。肝が冷えたよ」
「……」
"アキラ、ありがとう"
「モーマンタイっすよ」
咄嗟の対応としては中々上出来だったと思う。
「才羽妹も無事か?」
「……は、はい! 大丈夫です!」
「うん、ならいい」
「ちょっとちょっと、私との対応が違い過ぎるんじゃないの~?」
「お前は別枠だ。才羽姉……いや、モモイでいっか」
「いっかとはなんだー!」
あっ、こら、髪を引っ張るんじゃない。
俺の髪はゲームのコントローラーみたいに気軽に買い替えることができないんだぞ。
「お、お姉ちゃん! 失礼だから離れ───え!?」
「どしたのミドリ───え!?」
才羽姉妹が固まる。どうやら、俺の背後を気にしているようだ。
「いったいなにが────」
「ダメーー!!」
いてぇ!
モモイの野郎、何を血迷ったのか、俺の目に指を刺しやがって……
「てめえモモイふっざけんな! 俺の目を潰すつもりか!?」
「ごめん! でもダメなものはダメ! あそこに生まれたままの姿の少女が!」
「なにぃッ!?」
「先生もあっち向いてください!」
"う、うん”
先生に声をかける才羽妹の様子から察するに、モモイの戯言というわけではないらしい。
だとしてもなぜこんな所に全裸の少女が?
「と、とりあえず私の予備の服を着せるよ」
「あれ、予備の服なんか持ってきてたんだ……て、それ私のパン────」
「止めてよお姉ちゃん! これは私の───ていうか、男の人の前でする話じゃないよ!」
……なんでもいいから早く服を着せてやってくれ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
手術用のベッドに似た清潔感のある白い椅子に座らされた少女は、まるでマネキン人形のようだった。
目を瞑るその表情が揺らぐこともなく、人間のように呼吸で胸元が僅かに動く気配もない。
死体よりも、元からそうであるように作られた人形のように見える。
しかし、そうだとしたらあまりにも精巧すぎる。いったいどんな技術で誰が作ったのだろうか。
「……返事がない、ただのしか───」
「モモイ、洒落にならんぞ」
「お姉ちゃん……」
「う、悪かったよ……不謹慎だった」
まったく、これだからモモイは。
まあ、それは置いておいて今はこの少女だ。
「ねえ、なんか椅子に書いてるよ? え、えーえるあいえす……アリス?」
「お姉ちゃん、これ全部ローマ字じゃないんじゃない?」
才羽妹の言う通り、俺にはAL-1Sと書いているように見える。
しかし、これは恐らく型式番号……彼女はアンドロイドなのか?
その腕に触れてみる。
「状態の変化、および接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
聞き覚えのある無機質な声が響いた。
「この声、さっきの?」
「でも、今のはこの子から聞こえた気が……」
すると、閉じられていた少女の瞼がパチリと開いた。
「め、目を覚ました……?」
少女は虚空を見つめて呟く。
「状況把握……困難」
次はそばにいた俺に目を向けた。
「会話を試みます……状況の説明をお願いできますか」
「……君は、誰なんだ?」
「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」
少女ははっきりと、しかし感情を感じさせない声で答える。
ここが何なのか、少女が何者なのか。少女が言うことが確かならば、それを本人に聞くことは無理そうだ。
「すごい。こんなに私たちに似てるのに、ロボットなんだ……」
"接触許可対象ってなんのことかわかる?"
「回答不可、本機の深層意識における第一反応が発生したものと推定されます」
問いかける度に謎のワードが返ってくる。
増えるのは疑問だけで、答えには一切辿り着くことができない。
彼女の消えたデータに答えはあったかもしれないが、今となってはどうしようもないことだ。
「うーむ。工場の地下、全裸の少女、おまけに記憶喪失……ふふっ、良いこと思いついちゃった」
「いや、何を思いついたのお姉ちゃん。そのキーワードは心配になってくるよ……」
「そこまでにしておけよ、モモイ」
「???」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……で、部室に連れて帰ってきちゃったけど、どうするの?」
「仕方ないじゃん。あんな恐ろしいロボットの巣窟に置き去りなんてできないし……」
──モグモグ……
生まれたての赤子みたいだな。
なんでもかんでも目に入ったものは口に入れるらしい。
「ああ、私のWeeリモコン口に入れないで!」
「それは食い物じゃないんだ。ほら、口を開けな」
少女はそれを聞くと無言で口を開けた。
才羽妹のものであろうリモコンがぽとりと落ちる。
「ああ……歯形がついてる」
「すごい力だな……」
「本機のパワーをもってすれば粉砕することも───」
「しなくていいの!」
「了解しました」
「うん……やっぱり放っておくわけにもいかないよ」
少女の様子を黙って見ていたモモイがなにかを決心したようにそう呟いた。
「お姉ちゃん……でも、ヴァルキューレに連絡した方がいいんじゃない?」
「私たちのやるべきことが終わった後にね……」
「何をやる気だ?」
俺の問いにニヤリと笑ったモモイはウインクで返答する。
「ふふん……まずは名前が必要だね。アリスって呼ぼう」
「それ、お姉ちゃんが間違って読んだやつじゃん……」
「呼びやすくていい名前じゃん。アリスはどう?」
「……肯定。本機、アリス」
「どーだい見たか! 私のネーミングセンスが輝いてる!」
モモイの戯言はともかくとして、少女……いや、アリス本人が乗り気ならばそれでいいのだろう。
いつまでも名無しのままでいさせるわけにもいかないしな。
「それじゃ、次のステップに行ってみよっか」
「お姉ちゃん、一体何を……」
「ふふ、ミドリ。私たちが危険を冒してまで、G.Bibleを探してた理由はなんだっけ?」
「それは……良いゲームを作って部活を廃部にさせないためでしょ?」
「そうだよ。でも、良いゲームを作るためには部活の維持が最優先。そのためには二つの条件のうち、どっちかをクリアしないといけない」
「……お姉ちゃん、まさかこの子をうちに入れる気なの!?」
「その通り。アリス、私たちの仲間になって!」
──モグモグ……
「ああっ! 私のゲームガールズアドバンスSP食べちゃダメっ!」
「食欲旺盛だな……」
「ロボットでもゲームは食べないと思うんですけど……」
「ちょっと二人とも! 特にアキラぁっ! 私の時だけなんか雑!」
モモイがアリスの口からゲームソフトを取り上げる。
かくして、アリスはこの崖っぷちのゲーム開発部へ入ることになったのだった……