「じゃじゃーん! 見て見て二人とも! 学校の倉庫を探してたらこんなものを見つけたんだよ!」
あのオアシス探索から3ヶ月が経った。
今日も今日とてユメ先輩は平常運転。ぼろきれにしか見えないものを天高く掲げているとマジでバカっぽく見える。
「先輩、その手のネタは二回目になるとウケが悪いんすよ。前も図書室から宝の地図だなんだって言って、結局ただの備品目録だったじゃないですか。もうちょっと頑張ってください」
「漫才をやってるわけじゃないよ! 今度こそ間違いないって! これはアビドスの先輩が残してくれた遺産なんだよ!」
「……」
あれから3ヶ月経つというのにアビドスの抱える状況は未だに解決の目途が立っていない。
まあ、簡単に解決できる状況じゃないが、とにかく進捗は芳しくないのである。
オアシス跡で見つけた尺玉を最後に宝は見つからず、地道にバイトをこなして利息を払い続ける日々。
ユメ先輩が打ち出す斬新過ぎるアイデアもほとんどが虚しく空を切り、どでかい起死回生の策とはいかなかった。
「……私、今日バイトがあるので」
ホシノがそう言って席を立つ。
珍しいな。ホシノがバイトで欠席するなんて。
「え!? ホシノちゃん行っちゃうの?」
「ごめんなさい……今日のバイトを休むわけにはいかないんです」
「そっか……うん、わかった! 頑張ってね!」
「……はい。アキラ、先輩のことは任せましたよ」
「あいよ……気をつけてな」
ホシノは頭を下げると、生徒会室から出ていった。
「今日は二人っすか」
「そうだね。ホシノちゃんの分まで頑張らないと!」
「で、その汚いぼろきれがなんだっていうんです?」
「ちっちっちっ……じゃじゃーん!」
ユメ先輩はぼろきれを得意げに広げる。
そこには───
「……地図、ですか」
「そーなの! どう? 胸がワクワクしてこない?」
これまた変なものを拾ってきたな……
所々がかすれたり、虫食いにあったりして読み取れない部分があるが、確かにアビドスの地図だ。
気になるのは散りばめられた7つの赤い点。
「この点は?」
「うふふ、いいとこに気づいてくれたね! これがアビドスの宝の在処なんだよ!」
7つの場所ねえ……
「ドラゴンボールみたいな?」
「ドラゴンボール?」
「……嘘でしょ? ドラゴンボールをご存じない? 尻尾の生えた主人公の漫画ですよ?」
「う~ん、聞いたことないかなあ……」
「……まあ、知らないでしょうね……わかっちゃいましたけどさ」
ドラゴンボールは俺の愛読書の一つ。このキヴォトスでは数少ない少年漫画だ。
7つ揃えれば願いが叶う不思議な球を巡って、尻尾の生えた主人公「孫悟空」が冒険を繰り広げる。
ちょっと序盤がギャグテイストというか、エッチというか、女には好まれない表現が多いから、あまりキヴォトスで人気はない。
漫画もとっくに絶版で、中古の書店にしか売っていないのである。
かくいう自分も全ての巻に目を通しているわけではなく、いわゆる「ピッコロ大魔王編」までの話が描かれた巻しか持っていないのだが。
……いや、今はそんなことはどうでもいい。
「その宝ってのは、いったい何なんです?」
「それはね。アビドス博物館に展示されてた物品なんだよ」
「博物館なんかとっくの昔に展示物の全てを売り払っているんじゃ……」
「これは博物館の倉庫の座標を現した地図みたいなの。ひょっとしたら、何か残っているかもしれないし。探してみよう!」
「……まあ、いいですけど」
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「ひぃん……こんなに探しても何もないなんて……」
二人で歩く夕暮れの道。
肝心の宝は7つ、全て空振り。
まあ、わかってはいたことだが、ここまでなにもないといっそ清々しい。
ミレニアムに行けば、レーダーみたいな宝探しに使えそうなものでもあるかもしれないが、あんな大手にそんなものを頼める金はない。
以前の尺玉の金も借金を少しだけ返せただけで、もう残ってないし。
どうしたものか……
「ううん……次は何をしようかな……」
「もう次のこと考えてるんすか? まだ学校に帰ってもいないのに」
「今日はダメでも明日は違うかもしれないでしょ? 落ち込んでる暇なんてうちにはないよ!」
……このポジティブパワーの源は何なんだろうか?
でも、これがユメ先輩だ。無鉄砲で、お人好しで……放っておけない。
ホシノも俺も、この先輩がいなければ生徒会に集うことはなかっただろう。
もしかしたら今でも他人行儀だったりしたのかもしれないな。
「……次は、どこに行くんです?」
「どこにしようかな……まずは下調べからだね。次はホシノちゃんも来れるといいんだけどな~」
「俺一人じゃ、ユメ先輩は重いっすしね」
「──それ、どういう意味?」
やべ、地雷踏んだ。
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珍しい怒り心頭のユメ先輩をどうにか宥めた俺は、一人で家路を歩いていた……のだが。
「鳩川アキラさん、ですね」
家にもうすぐ着こうかという所で、変なヤツに声を掛けられた。
「やはり興味深いですね……このキヴォトスで唯一の男子とは」
足を止めた俺は、そいつの姿を見る。
簡潔に言うのならば、黒いスーツを着た黒いもやだった。
変なヤツに絡まれたな……とは口に出さないが、俺はこいつが気に食わない。
いきなり話しかけてきたと思えば一人で何をブツブツ喋ってんだ。
「誰です? ヴァルキューレ呼んでいいですか?」
「おっと、すみません。私としたことが知的好奇心を隠しきれず……私のことは「黒服」とお呼びください」
「帰っていいですか?」
「まあ、待ってください。鳩川アキラさん。アビドスが抱える負債について、あなたに話がありましてね」
なんだ、カイザーローンの業者か。
アビドスの抱える借金の返済先であるカイザーローンの奴は毎月の返済日にしか来ないはずだが……
「すみませんけど、借金の話なら全員が揃った場でしてくれませんか? 俺一人で決められることは何もないんで」
「いいえ、これはあなた個人に対する提案です。彼女たちとは関係ありません」
そう言った黒服は俺に向き直り、手に持つバッグから紙を一枚取り出した。
差し出されたそれを受け取ることなく、腕を組んで睨みつけていると、黒服は勝手に話を進め始めた。
「率直に言いましょうか。貴方たちの抱える負債を半分、こちらで肩代わりする用意があります」
「……無償の善意ってわけじゃないですよね?」
「もちろんです。貴方には私の研究のために手を貸していただきたい」
「研究? なんの?」
「貴方のもつ神秘に関する研究です……と言っても、神秘というものから説明しなければなりませんね」
神秘?
「──これのことですか?」
手のひらに神経を集中させると、青い光の玉が現れる。
「……これは驚きました。あなたは神秘を任意でコントロールできるのですか?」
「まあ、ちょっとした自己練習の産物っすよ」
ガチでかめはめ波を撃とうと練習していたら、何かわからないものが出せるようになったなどとは、この初対面のやつにわざわざ言ってやるつもりはなかった。
とにかく、この青い光が「神秘」というらしい。
「こんな隠し芸程度のことがそんなに珍しいんですかねえ……?」
「多くの生徒は銃弾に込める形で無自覚に使用していますが……持つ神秘は平凡なれど、ここまではっきりと使うことができるとは。是非とも私の研究に協力して頂き───」
「お断りします」
「……なぜです? あなたにとっても悪い取引ではないはずですが」
まあ、そうなんだけども。
青い光を散らすと、俺は断った理由を述べる。
「初対面の癖にこっちの都合も聞かず、一方的に契約を持ちかける怪しい大人の話は信じられません」
あの膨大な額の負債を半分も肩代わりする引き換えが俺一人の協力だと?
怪しすぎるにもほどがあるだろう。
「……なるほど、確かにもっともな意見です」
「黒服さん。うちは確かに貧乏です。来年、新入生が来てくれるかもわからない崖っぷちの学校です」
こいつが提示するであろう取引の内容を詳しく聞くことは考えなかった。
それがどれほどこっちにとって有益だったものだとしてもだ。
「だからこそ、ウチでは「信用」は重い。たとえどれほどこっちに利益のある取引でも、簡単に信用を置くことはありません」
ユメ先輩は例外だろうが、俺もホシノもそれは同じだ。
信用を積み上げることを疎かにする人間を、俺たちは信じない。
……実利で人の心を操ろうとする人間なんか、もってのほかだ。
「取引がしたければ他を当たってください。この程度のことができる奴なら、キヴォトスを探せば何人かいるでしょう」
俺はそれだけ言い残して踵を返す。
振り返る気は無かった。
「ククク……信用、ですか。しかし、時には実利を優先しなければならない時が来ますよ」
黒服の言葉を聞き流し、俺は家路を急いだ。
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「───ていう話があったから、お前も気をつけろよ」
翌日。
学校であったホシノに俺は昨日のことをすべて話した。
あのミスター不審者が俺以外にも声を掛けないはずがないからな。ホシノは俺以上に強いから、持つ神秘も大きいのかもしれないし。
帰りに寄った図書館で調べた限りでは、神秘とはキヴォトス人が持つ銃撃や爆撃に耐える耐久力といった生徒が持つ力の全般を指すようだ。
戦車の砲弾が直撃してもケロッとしているホシノなら、あの黒服に目をつけられる可能性は高い。
そう思って話してみたのだが……
「……そうですか、アキラもアイツにあったんですね」
「……もしかして、昨日の用ってのは」
「はい。黒服に呼び出されて、取引の話を持ちかけられたんです」
「なんて言われた?」
俺の問いにホシノは口ごもった。
その様子を見て、俺はなんとしてもホシノからその内容を聞きださなければならないという焦燥感に追われる。
こいつもユメ先輩に似て、思い込んだら一直線に突き進むタイプだ。
自分が犠牲になる代わりに学校を救えるという状況に追い込まれたら、置いてかれる側の気持ちなんて気にせずにその身を差し出しかねない……
「ホシノ」
「……私をカイザーで雇いたいそうです。兵士として」
「どれくらいの期間だ?」
「……多分、一生」
「そうか、わかった。お前は絶対に行くなよ。絶対にだ」
「アキラ……」
「いいかホシノ。足元を見て取引を持ちかける連中なんてロクな奴らじゃない。自分たちの利益のことばっか考えて、こっちの利益のことなんかこれっぽっちも考えない汚い大人ってやつだ……信じるなよ、あいつの言葉を」
「……わかっています」
「ならいい……いなくなるなよ。一人で卒業するのは、寂しいからな」
「ええ……卒業するなら、きっと二人で」
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……その約束を、私は破った。
黒服が告げる。すべては私を手に入れるために自分達が仕掛けた罠だったことを。
たとえ私が身を差し出すことで借金のほとんどが消えても、アビドスはカイザーに支配されると。
公的な機関であった生徒会が機能不全で消滅したことで、アビドス高等学校はその運営能力がないとみなされ、カイザーがじきに自治区を乗っ取る。
「……」
……私がトドメを刺した。
カイザー理事に借金の利子を引き上げられ、保証金に3億を請求されて、焦って────その結果が、これだ。
「……アキラ。ごめんなさい」
一緒に卒業ができなくても、彼が帰る場所を守りたかったのに。
たとえ目覚めても、その時には既に────
「みんな、ごめんなさい……ごめんなさい……!」
守れなかった。
卒業したユメ先輩に託された学校を。大切な後輩たちも。彼との約束も────
「アキラ……アキラぁ……」
目じりから溢れ出した涙が情けなく顔を濡らす。
縛られた体では拭うことさえできない。
この暗い部屋の中で私は、取りこぼしたものを後悔し続けるしかなかった。
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「ホシノちゃん……」
D,U自治区の病院、その一室で。
私、梔子ユメは先生からの一報を聞き、ホシノちゃんの身を案じていた。
本当ならば自分も銃をとり、戦いへと駆けつけてあげたかった。
先生や後輩がどれだけ頼りになるとか、そういう問題じゃない。
今頃、苦しんでいるであろうホシノちゃんを今すぐにでも抱きしめに行きたかった。
でも……
「アキラくん……」
未だに眠りから覚めないアキラくんを放っていくわけにはいかなかった。
微動だにしないその手を握る。
「ホシノちゃん、アキラくん……!」
なんで、こんなに二人が苦しまなきゃいけないの────二人はなにも悪いことなんかしてないのに。
噛みしめた唇から血が滴る。
私はアビドスを卒業して、連邦生徒会に入った。
すべてはアビドスのため。
アキラくんをこんな目に遭わせた私ができることならなんでもすると誓って、私はアビドスを旅立った。
連邦生徒会としての立場を使って、許される範囲でアビドスを支援した。
先生が来たときは、真っ先にアビドスに行ってくれるようにアヤネちゃんの手紙を先生の机の目につきやすい場所に置いた。
……でも、今の私には何もできない。
ここでアキラくんを守って、ただ待つことしかできない。
「アキラくん……私、何も変われてない」
ずっとあの時のことを後悔してきた。
あの風の強い日に無理に探索になんか出かけなければ。無鉄砲で無謀な考えを思いつきさえしなければ……今も、アキラくんはホシノちゃんの隣に立って、支えていてくれたはずなのに
「アキラくん……会いたいよ」
「……ユメ先輩、変わりましたね」
「───え?」
──伸ばされた指が、私が零しそうになった涙を拭きとった。