「早急に解決しなければならない問題がある」
放課後、対策委員会の一室にて。
コーヒーの入ったマグカップをテーブルに下ろしながら呟く。
「な~に? 改まっちゃってさあ」
「今のところ火急の問題はないと思いますが……」
「いや、奥空後輩。これは今すぐに解決しなきゃ───」
「それです」
「え?」
怖い顔で指を指さないで欲しいんだけど。
「あるとすればその呼び方です。やっぱり、ちょっと堅苦しいですよ」
「そうですね。アキラくんはもっと私たちと距離を詰めるべきだと思います☆」
「いや、いくら後輩っていっても距離感ってものがあるだろ? いきなり呼び捨てなんて……」
「どうでもいいことにこだわる。アキラの悪い癖」
「お前は呼び捨てでもいい気がするぜ、シロコ」
「ん!」
拳を掲げて抗議をするシロコは放っておいてだ。
今解決しないといけない問題は後輩との距離感じゃない。
「今解決しないといけない問題は───」
「「「「「問題は?」」」」」
「俺の仕事がないってことだ!」
書記としての仕事は奥空後輩がやってるからできないし、他の人の仕事を手伝おうとしたら「病み上がりは休んで」の一言で断られる。
バイトに復帰しようにも紫関の大将まで「病み上がりは休め」の一点張りだ。
しまいには短期バイトすら許してくれないなんて、これじゃあなにもやることがねえじゃねえか!
「……はい、解散解散~」
「なによ、もう結論の出てる話じゃない」
「ん、時間の無駄」
「アキラくんはしばらくお休みなので、仕方ありませんね」
みんな次々とそれぞれの仕事に帰っていく。
話、聞いてました?
「話してもこれかよ……奥空後輩」
「つーん」
「……アヤネ後輩」
「はい!」
「なんかないか? 借金だって解決したわけじゃないだろ? 俺一人休んでいるわけにはいかないよ……」
「……皆さんには内緒ですよ?」
手招きするアヤネ後輩に顔を近づけると、静かな声で話し始める。
「今回、先生にお世話になったじゃないですか。それで一人、シャーレ所属の生徒にしないかって話が出てるんです」
シャーレ……連邦捜査部S.C.H.A.L.E。
先生が所属する機関ではあるものの、そこに努める生徒は未だいないという。
そういえば、書類作業が溜まってるって死んだ目で呟いてたな……お手伝いくらいならできるか。
「俺、その話聞いてない……」
「アキラ先輩がいない所で話してましたからね……」
徹底しすぎだろ。どんな理由があってもハブられるのは心にくるぞ……
「じゃ、じゃあ俺がその生徒に───」
「ただし、条件があります」
「え? な、なに?」
アヤネ後輩の眼鏡が窓から差し込む光に反射して輝く。
「先輩は2年も昏睡していたんです。みなさんが、特にホシノ先輩が心配するのは当たり前のことなんですよ」
「それは……そうだろうけど」
「なので、先輩には定期連絡を義務付けます。これはノート。日報に使ってください」
「お、おう。それくらいならお安い御用だけども……でもホシノたちには」
「それなら安心してください。アキラ先輩は私のお手伝いでアビドス内のパトロールをしているということにしますから」
「そうか! ありがとうな、助かるよ」
「いえ……過保護が過ぎると私も思っていましたから。頑張ってくださいね、先輩」
「おう。じゃあ、早速行ってくるよ」
俺は窓を開けて、そこからD.U自治区を目指して飛び立った……
「先輩! 窓から飛んでくのは止めてくださいって言ったでしょ! またニュースになっちゃいますよー!」
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というわけで、シャーレのビルまでやってきた。
「でけえ……さすが連邦生徒会お手製ってところか」
透き通るような白さのビル。
この中で先生が勤務しているらしい。
「とりあえず……まあ、歩いていくか」
アヤネ後輩から怒られちゃったし。
正面玄関の自動ドアを潜るとエントランスに辿り着く。
受付にいた連邦生徒会の白い制服を着た少女に声をかけると、先生のオフィスへと案内された。
「せ、先生ーー!!」
俺は叫んだ。その理由は────
"あ、アキラ……おはよう……ガクッ"
書類の山に突っ伏す先生の姿が、そこにあったからだ。
俺はすぐさま駆け寄ると倒れ伏す先生を揺すり起こす。
「先生! いったい何が……まさか、毒!?」
"ち、違うんだ。ちょっと、眠くなっちゃって……"
眠くなったなんてレベルじゃない顔色ですけど!?
目の隈が刺青みたいな濃さに変わってる……
「びょ、病院! 病院に行きましょう!」
"いや、いつものことだから……"
「これがいつものこと!? 連邦生徒会に労基はないんですか!?」
明らかに満身創痍。とっとと寝ろ。
まだ仕事をしようとする先生を両腕に抱え、ソファーへと下ろす。
「人、呼びますからね」
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人を呼んだら連邦生徒会のお偉いさんがきた。
連邦生徒会長代理の七神リンさんは、詰みあがった書類の山を眺めながら頭を抱える。
「まさか、ここまで業務が流れていたとは……」
「把握してなかったんですか?」
「ええ……まさか外部の生徒に助けを求められるとは思いませんでしたが」
「外部じゃない」
「?」
「今日からシャーレ所属になる鳩川アキラだ。今後はこんなことがないようにしてくれ」
「そうですか、あなたが……今回の件はこちらの手違いです。申し訳ありませんでした、先生」
"いや……私は大丈夫だから"
「大丈夫って言葉を辞典で引き直してきてください」
過労死で死ぬなんて人間の死に方じゃないっての。
たくっ、アビドスからの恩返しのつもりできたら張本人が死にかけてるとは思わなかったぞ。
「しかし、なぜこれだけの書類が……」
"頼みごとを聞いてたらこうなっちゃって……”
「「少しは断ることを覚えてください!」」
"はい……"
まったく。先生には困ったものだ。
「で、どうするんです? この書類の山、3人じゃどうしようもないですよ?」
「ご安心ください。援軍は既に呼んでいますから」
七神さんの言葉に続くように廊下から人が走ってくる音が聞こえてきた。
オフィスの扉が勢いよく開かれる。
そこには───
「お待たせしましたー! 梔子ユメ、参上です!」
見慣れたアビドスの制服ではない、白い制服を着たユメ先輩が立っていた。
「七神さん。なぜユメ先輩を呼んだんですか? もっと他に良い人がいたでしょ」
「ちょ、ちょっと待って! それはどういう意味かな!?」
「もっと他に仕事ができる人がいたでしょ」
「ちょっとー!」
え、本当になんでこの人を連れてきたの?
書類仕事は確かにやってたけど、そんなに得意な方じゃなかったはずだが……
「ふふん! アキラくんの知ってるポンコツな私はもういないんだよ! 連邦生徒会での私はできる人で通ってるんだから!」
「本当ですか?」
試しに七神さんに聞いてみよう。
「ええ、仕事はできる方です」
「仕事は?」
「仕事は」
それ以外はどうなんだと聞きたくなるな。
まあ、キャラがあまり変わってないから、なんとなくは察しがつくけど。
「まあ、いいっすよ。とりあえず、3人でこの山を片付けましょ」
このあと、未だかつてないほどの書類作業地獄を体感した。
ユメ先輩の仕事の速さに舌を巻いたり、七神さんの添削に頭を抱えたりといろいろあったが、なんとか日が暮れるまでに終わらせることができた。
先生のため込み癖はなんとかさせないとな……
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帰り道。
ちょうど自分の仕事も終えたというユメ先輩と帰ることになった。
「先輩、本当に変わったんですね。ぽわぽわした先輩を返してください」
「反応に困るよぉ……今の私は嫌い?」
「好きです」
前の先輩も、今の先輩も好きだ。
その気持ちに変わりはない。
「そんな決め顔で言わないでよ……勘違いしちゃうから」
「何を?」
「……だと思ったよ。私は大人になったんだからね」
なにをぶつぶつ呟いているんだろうか?
まあいいか。それにしても───
「本当に連邦生徒会に入ったんですね……結構似合ってますよ、その制服」
清潔感のある白も似合う。
まあ、元が整った顔とモデル顔負けの体系だから、何を着ても様にはなるんだろうけど。
「えへへ……私にできることをしようと思ってね。前の私は、みんなのお荷物でしかなかったから」
「それはない」
先輩は確かにおっちょこちょいの勇み足で、悪い大人にすぐ騙されるお人好しだけど、お荷物だと思ったことは微塵もない。
まとまりのなかった俺とホシノを引っ張ってきたのはユメ先輩の力だ。
そういう俺の意図が伝わったのか、照れくさそうに頬をかく先輩は再び口を開く。
「……でもね、アキラくん。私は前の私じゃいたくなかったんだよ。それこそ、二人を守れるくらいの力をつけたかった……だから、連邦生徒会に入ったの」
「自分を磨くために?」
「ううん、権力を手に入れるためだよ」
……ん?
「連邦生徒会に入ってその中枢までいけば、アビドスに有利に傾くようにできるからね。援助の要請にもいくつか答えられるようにしたし、カイザーの地上げ活動にストップをかけることもできた。それに先生の机にアヤネちゃんのお手紙を目立つように置いたりとかもできたし……やっぱり世の中、権力で乗り切れることは多いんだよ」
ほ、本当に変わったな、先輩。前はこんな発想を思いつく人じゃなかったのに。
「まあいいですけど……無理はしないでくださいよ?」
ユメ先輩のことだ。先生並みとはいかないまでも、頼まれたことを断れない性格なのは変わらない────
「無理はしないよ。できることをするだけだもん。できないことは請け負ったりしないし」
……あれ?
「頼みごとをされたりとかは……」
「するけど、自分にできないことはしないよ。できないのに受けるのも無責任だしね。丁重にお断りします……まあ、そんな話はともかくだよ! どう? 紫関ラーメンに行かない?」
「いいっすね。行きましょう」
ついでにバイトの復帰についてもう一回掛け合わないと。
俺たちは紫関ラーメンの屋台に続く道をゆっくりと歩いていく……
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「へい、らっしゃい! って、ユメちゃんにアキラか! よく来たな!」
紫関ラーメンの屋台。
前はちゃんとした店舗があったが、不慮の事故によって爆散したらしい。
最初に屋台を見た時、驚いて大将に「何があったんですか!?」と詰め寄ってしまったことは記憶に新しい。
もうすっかり夜だが、いつも来ているはずの仕事帰りの人たちは既に屋台を去ったあとのようだった。
席の一つに腰掛ける。
「うっす、大将。ついてそうそうなんですが───」
「復帰の話は今度にしろよ?」
「えーーー」
「えーじゃない。少しは体を労わってやんな。お前さん、目が覚めてからまだ一ヶ月も経ってないんだろう?」
「まあ、そりゃあそうですけど……」
「お前さんの気持ちは嬉しいが、今は休む時だ。なーに心配すんな、店はちっとばかし小さくなっちまったが、お前さんが戻るまで潰れたりはしねえよ」
「大将……」
「さ、注文を聞こうか」
「じゃ、紫関ラーメン、大盛で!」
「私も私も!」
「あいよ!」
久しぶりに食べる紫関ラーメンの味は、前と変わることのないうまさだった……
・梔子ユメ
本来ならば死んでいたはずの少女。
砂漠で後輩を失ったことをきっかけに自分の無力を呪い、変わることを誓った。
連邦生徒会に入ったのもアビドスに失われた権力をその手に掴むため。
愛する後輩たちのためならば、どんな相手であろうとも叩き伏せる強さを彼女は手に入れた。