「ミレニアムですか?」
シャーレ、先生のオフィス。
書類作業がひと段落したところで外出の予定があると言うから聞いてみれば、先生の口から出たのはミレニアムサイエンススクールの名であった。
ミレニアムは俺でも知る科学の学校である。
日夜科学者たちが怪しい実験をしていると噂のミレニアム……一人で行かせるわけにはいかないよな。
あそこ、日常的に爆発事故が多発しているらしいし。
先生の体じゃ万が一ってこともある。
「じゃあ、俺も行きますよ」
"いいのかい?"
「これもシャーレ所属生徒のお仕事ってやつですよ。先生は貧弱なんですから、護衛の一人くらいはいないと」
"ありがとう。助かるよ”
「今からですか?」
"うん。今日の書類は片づいたからね。アキラは大丈夫?"
「いつでも大丈夫ですよ。行きましょう」
椅子から立ち上がり、背もたれにかけたブレザーを羽織る。
ミレニアムに行くのは俺も初めてではある。
ちょっとワクワクするな……
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「わくわく未来都市って感じですね」
直通のリニアカーに乗って辿り着いたミレニアムの自治区は、当然ではあるがアビドス市街とはがらっと違う街並みだった。
ガスを吐かない電動の車が道路を走り、掲示板は3Dの立体映像でできている。
空には段ボールをアームに持った宅配ドローンときた。
高層ビルが立ち並ぶところはD.U自治区に似ているけど、中身は小難しそうな機械でいっぱいなんだろうな……
「会うのはゲーム開発部でしたっけ?」
"うん。廃部の危機にあるから、助けを必要としているみたい"
ゲーム開発部か……聞くだけなら面白そうな部活だ。
たかが学生が作ったゲームとは侮れない。
無名の人物が作ったフリーゲームが人気を獲得して映画化までこぎつける時代だ。
いったいどんなゲームを作って───
「おっと」
先生の頭に飛来した物体を掴み取る。
"うわっ!? な、なに?"
これは……プライステーションか?
俺は持ってないが、テレビにつないでプレイする大型のゲーム機だ。
それがなんで先生の頭上に?
「プライステーションは無事!?」
何やら騒がしいと思えば……聞き捨てならない言葉があったぞ?
声の主はミレニアムの校舎の窓から覗いている猫耳をつけた少女たちだ。
「おーい! そこのゲームクラッシャー姉妹!」
「え!? わ、私たちのことー?」
「私も一括りにされてる……」
「こんなでかいゲーム機を放り投げる奴はそう言われても仕方ないだろ……」
俺がキャッチしてなかったらあわや大惨事だぞ。
どう言ったものか頭を悩ませていると俺が掴んでいる物を指差して、ピンク色の猫耳の方が叫ぶ。
「あー!? 私のプライステーション!」
「いや、ゲーム機よりも先に投げつけたことを謝れよ……」
これがゲーム中毒の成れの果てか。世間の親御さんがゲームを禁止する理由がちょっとわかったかも。
"アキラ、アキラ"
「なんです先生?」
"もしかしたらあの子たちがゲーム開発部かもしれないよ"
「え!? あのゲーム病末期患者どもが!?」
「誰が末期患者だ!?」
「やっぱり私もお姉ちゃんの同類扱いされてる……」
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驚くべきことにゲーム機を放り投げてきやがった姉妹は、件のゲーム開発部だった。
今はゲーム開発部の一室にお邪魔している。
部屋の棚に並ぶのは小難しい機械の本……ではなく、ゲームの攻略本やパッケージ。
テレビには一時停止中のゲームの画面が映っている……いかにもオタクって感じの部屋だ。
「とりあえず、これは渡しとくぞ」
「あ、ありがとう……そしてごめんなさい」
「お姉ちゃんを止められなかった私も同罪です。本当にごめんなさい……」
"いいよ。私は大丈夫だしね。でも、物を投げつけるのは止めた方がいいよ。人に当たったら大変だし"
「大事なもんなら投げんじゃねーっての」
「「ごもっともです……」」
あんまりしょんぼりされるとこっちが言い過ぎた気分になるな。
まあ、実際はこの姉妹が100億%悪いんだけども。
「まあ、この話はこれで終わりにしよう。被害者の先生が気にしないって言ってんのに俺がこれ以上突っつくのもおかしいしな。ほれ、先生に用があるんだろ?」
「う、うん! 私たちの送った手紙を読んでくれたんだね!」
「来てくれてありがとうございます、先生。それと……あなたは?」
「鳩川アキラ。シャーレの生徒だ。先生の護衛みたいなもんだよ」
「……あれ、もしかして男の子?」
「ああ、そうだけど」
「「男!?」」
気づくの遅くね?
揃って声を上げた二人がなにやらひそひそと話し始める。
「ど、どうしようミドリ。私、男子となんて一回も話したことないよ」
「それは私も同じだよ、お姉ちゃん。というか、キヴォトスに男子っていたんだ……」
なんだ、この珍獣を見たみたいな反応は……でも、よくよく思い返してみると俺以外に男子生徒を見たことはないな。
あれ、俺って意外とレアな人間だったかもしれない。
「先生、よかったですね。いきなりURの生徒が来てくれて」
"え!? いきなりソシャゲの話?"
「お、オホン! 私はゲーム開発部、シナリオライターの才羽モモイ!」
「私は妹のミドリ。イラストレーターで、ゲームのビジュアル全般を担当しています」
「あとは今ここにいない企画周り担当の部長、ユズを含めて、私たちがミレニアムゲーム開発部だよ!」
そう言って決めポーズをとる才羽姉妹。
会話の端々でも察しが付くが、ゲーム開発部は中々愉快な部活のようだ。
3人が作るゲームにもちょっと興味が湧いてきたぞ。
「さ、先生とアキラも来てくれたことだし、廃墟に行くとしよっか!」
「おい待て」
二言目がそれでいいのかゲーム開発部。
そのセリフが許されるのは廃墟探索系配信者だけだぞ。
「先生をどこにつれていくつもりだ?」
「そ、そんなに睨まなくてもいいじゃん! これにはちゃんとした理由があるの!」
才羽姉はそう言って、経緯を語り始めた。
「えっとね。私たちゲーム開発部は今までは平和に16ビットのゲームを作ってたんだけど、急に生徒会に襲撃されたの!」
「ほう」
「一昨日には冷酷な算術使い、ユウカから最後通牒が───」
「誰が冷酷な算術使いですって?」
才羽姉のセリフが途中で遮られる。
聞き慣れない声に振り返ると、そこには菫色の髪をした少女が立っていた。
見てわかるくらいの怒気を纏った少女を見た才羽姉が変な声を上げて後退る。
「で、出たな! 冷酷な算術使いの異名を持つ生徒会の会計、ユウカ!」
「勝手に人をRPGの敵キャラクター扱いしないでくれるかしら。失礼ね……それよりも先生、こんなところで会うなんて……?」
仮称冷酷な算術使いのユウカさんがこっちを向いて固まった。
「えっと、あなたは……?」
「シャーレ所属の鳩川アキラだ。よろしく」
「ええ、よろしく……男の子、よね?」
「ああ、そうだけども……そんなに珍しい?」
「ごめんなさい、不躾な視線だったわね」
「気にしないでくれ。不快に思ったわけじゃないから」
「……そう、ありがとう。先生のこと、よろしくお願いね……さて、モモイ」
ユウカさんは才羽姉の方へと向き直る。
「往生際が悪いわよ。切羽詰まったからって先生を頼るなんて……」
「往生際じゃない! ゲーム開発部は不滅だー!」
「廃部はもう決まったことよ。覆ることはないわ」
「まだだよ! ユウカが言ったんじゃん! 既定の部員数に達するか、ミレニアムの部活として見合う成果を出せれば……」
「それができなかったら廃部、部費も部室も没収するって言ったわよね? もうそう宣言して何ヶ月も経ってるんだから、廃部になっても何も異議はないはずだけど?」
「異議あり! すごくあり! 私たちは常日頃がんばって部活に励んでるの! 上場……関係とか、そういうのがあってもいいはず!」
「それを言うなら情状酌量よ……あなたの言うがんばるっていうのは、校内にカジノ会場を無許可で設立したり、レトロゲームを探すと言いながら古代史研究会を襲撃する……そういうことを言うのかしら?」
……なんだろう。
今のところ、ゲーム開発部が全面的に悪いようにしか聞こえないんだが。
行動力は大したものだが、やってることは空回りどころの話じゃない気がするぞ。
「言いたいことは山ほどあるけれど……ありすぎてまとめるにも時間がかかるから、今はいいわ。でも、ミレニアムは結果が全て」
「でも、ゲーム開発部なんだろ? 作ったゲームの成果はどうなんだ? なんかの賞をとったりとか……」
そう聞いてみると、うなだれていた才羽姉が水を得た魚のように元気を取り戻す。
「ある! もちろんあるよ!」
「テイルズ・サガ・クロニクルはちゃんと、受賞歴が……」
……ん? テイルズ・サガ・クロニクル?
"すごいじゃないか! 受賞歴があるなんてすごいゲームなんだね!”
「……ああ。いや、先生」
"アキラ?”
「確かそのゲームって、とんでもないゲームだって話じゃなかったっけ?」
そこまでゲームをしない自分でも知っているその名前。
シロコに貸してもらった雑誌に載っていたあるランキングで、堂々の一位を獲得していたはずだ。
そのランキングは確か……
「アキラくんは知っているようね。そう、確かにテイルズ・サガ・クロニクルは受賞歴がある……今年のクソゲーランキング第一位のね」
「わ、私たちはネットの悪意には屈しない!」
"え! 一位!? すごい気になるそのゲーム!”
「「……」」
先生の純粋な声が、才羽姉妹の心を傷つけた……
「……とにかく。あなた達のような部活は一刻も早く廃部にしたほうが、学校の名誉のためなの。他の一生懸命な部活に部費を回す方がとても有意義だわ。それでも廃部が嫌というなら、成果を証明なさい」
「ふ、フフフ!」
不敵な笑みを浮かべた才羽姉がユウカさんを指差す。
「そう言われると思って! 既に私たちはテイルズ・サガ・クロニクル2の開発に着手しているんだよ!」
「おお」
「それで今回のミレニアムプライスで入賞を果たす……それなら文句ないでしょ!」
"ミレニアムプライス?”
「確か、ミレニアム中の部活がこぞって成果物を出し合うってやつじゃなかったっけ」
「ええ、その通りよ……でも、わかっているのかしら? モモイ。 それは高校球児がいきなりメジャーリーグに出るような、雲を掴むような話……でも、いいわ。待ってあげる」
「ほんと!?」
「ミレニアムプライスまであと2週間……どんなものができるか、楽しみにしてるわ」
もう数ヶ月も待ってるのに、あと2週間も待ってくれるのか。
冷酷な算術使いというか、温情の算術使いでは?
「先生、アキラくん。それではまた」
温情のユウカさんはゲーム開発部の部室を立ち去っていった。
「もー! ユウカめ覚えてろー! 絶対に腰を抜かすようなゲームを作ってやる!」
「出ていってから言うのかよ……」
「これがお姉ちゃんなんで……」
ともかく、先生がこいつらのお手伝いをしなければならない背景は見えてきた。
新たなゲーム開発のため、廃部回避のために先生に助けを求めたのだろう……だが。
「才羽姉。なんで廃墟に行く必要があるんだ? まさかネタ探しってわけでもないだろ?」
「よく聞いてくれたねアキラ! 廃墟……ミレニアム近郊の謎の領域には、G.Bibleが隠されているんだよ!」
"G.Bible?”
「昔、ミレニアムにいた伝説のクリエイターが残したそれには、最高のゲームを作れる秘密の方法が入っていると言われているんだよ」
「……まあ、ミレニアムならなくはないか?」
ミレニアムには伝説の古代兵器が眠ってるとかきな臭い噂も多いからな。
「いや、いくらミレニアムにもそんなものはないと思うよ」
「ミドリ。G.Bibleはある。必ずあるんだよ! ヴェリタスの先輩からもらったこの座標にね!」
才羽姉が抱える端末には地図と赤く光るマークがあった。
これがG.Bibleの地点なのだろうか……
「ていうか、ヴェリタスってなに?」
「ミレニアムが誇るハッカー集団だよ。情報収集で右に出る者はいないの!」
ハッキングって犯罪じゃなかったっけ?
「ともかく、善は急げ! いざ、廃墟へー!」
「お姉ちゃん!? 急に走り出さないで!」
バタバタと走り出す才羽姉を追って、俺たちはミレニアムの廃墟へと向かうのだった……