チヒロです。
お母さん、お父さん、俺は異世界で奴隷になっています、同じ檻に入れられていたアイス狂いのダークエルフから解放され、俺はほんの少しの寂しさと大きな安堵を感じています。
あのまま一緒に居たらアイス洗脳されてアイス同化されそうだった、出会った時はそんな事言ってなかったのに……200歳児はもう忘れよう、もう出会うことはない。
さて、これからのことだ。
「えー、なんだっけ、ヴァーグ・ヴァーグ様、買っていただいてありゃりゃした」
大きな屋敷の前に広がる大庭で俺はとある人物と対面で立っていた、その人物、俺からしたら恩人だ。
名前をヴァーグ様、黒目が真一文字の目、ヒビ割れ赤みがかった肌、獣毛のような質感の髪、そして立派な一対の角、そした何よりガタイがよい、太くたくましい四肢と厚い胸板、それを押し込めるために着ているのかと言わんばかりに仕立てのよいズボンと背広が悲鳴を上げていた。何なら弾けそう、風船みたいな。
「……なんだその言葉は? いかなる文化の挨拶だ?」
「あ……えー……気にしないで欲しいですね……」
「そうか……吾が娘の慈悲により奴隷の身分から掬い上げてやったのだ、よく働くように」
「ははぁ〜、粉骨砕身の努力でやらせてもらいます!」
「…………それはいかなる文化の言い回しだ?」
「ん──……ウッス、頑張ります!」
「ま、良い、頑張り給え」
ヴァーグ様が大扉を片手で開いて屋敷の中へ消えた、その場に残ったのは俺と……ヴァーグ様の娘。
「ごきげん麗しゅう、我が名はプリメル・ヴァーグ……ワタシの名前はしっかり覚えるように、貴方はワタシの下僕、ですのでね」
「ええと……チヒロです……ウッス……」
どうしてか俺に恭しくドレスの端をつまみ上げ礼をしていた、顔の雰囲気はヴァーグ様に似ている、父親に似たんだな。
彼女は女性的なボディラインと控えめなスタイル、ただ肌にヒビが入ったような模様が走り、それがタトゥーのような、歴戦の戦士が持つ傷のような威圧感を放っている。
背の高さは俺より低く、165程度と目算するが、角を含めると高さは同じくらいだ。
だがドレスの着こなしなのかデザインの勝利なのか、身長が高くスマートに見せている、肩から掛けたメッシュのマントは高貴さを演出していた。
見た目年齢、同じくらいかな〜……いや〜〜異種族とは言え同年代だ、あのゼアーのせいで予想される外見と内面の齟齬が激しくてな……落ち着く。
オレが言葉も発さずにぼけ〜と見ていると彼女は少し笑い腕を見せるような前へ突き出す、袖をめくり上げられた腕にはヒビ、いやクモの巣状の亀裂がある。
「ワタシの肌が気になりますか?」
「ええと、まぁ」
「質問に答える前に、一つ聞いても?」
「え? あーはい、どうぞ」
彼女は背中を見せると留め具を取りマントを外した、マントが無くなると肌が見え、背中が丸見えであった。
背中には痛々しい傷、治りかけを入れても百以上はあるそれは……大多数が不自然な傷に見えた、元のヒビ割れ肌としてもおかしな擦り傷、切り傷、ミミズ腫れのようなものもある……それが全て同じ方向から傷つけられているように見える、まさか自分でやったなんてことはないだろうし……だとしても誰かに虐待されているようなこともなさそうな感じがした。
プリメルの口がニヤリと笑った。
「如何……ハァ……ですか…………フフッ……」
──ゾッとした
背筋が凍りそうになる、俺の背筋がだ、大抵のことは慣れたと思った俺の脊髄が今すぐここから逃げて奴隷に戻れと反射的に命令を飛ばす、しかし理性はそれを受け入れない、目の前の女の情報の処理に追われていたから。
「ハァ……ハァ…………どう思いますか……ワタシを」
ただでさえ赤い肌が燃えるような赤に代わり、呼吸は荒く、肩が上下する、ヒビ割れてはいるが女性の艶のある肌が彼女の興奮を……そう興奮を伝えている。
俺はゼアーの顔を思い出した、そして目の前の女もといプリメルの背中越しの顔を見た。
アイスのほうがマシじゃないか? だって、だって目の前の女……明らかにヤバいじゃん、表沙汰に出来ないことに倒錯しちゃってるじゃん、じゃじゃんじゃんじゃん?
逃げたい、逃げたいな……でもだ、奴隷の身から解放してくれたヴァーグ様の言葉を無視するほど恩知らずではないんだ、俺は……でもこれ恩は一旦置いといて逃げたほうがいいって気もする。
そろそろ答えを出さないと彼女が俺をどうにかしそうだ、だが答えって何が正解? 分かんなすぎて味噌ラーメン食べたくなってきた。
と、取り敢えず褒めればいいか? 肯定しときゃ間違いないだろ……多分……。
俺は頑張って絞り出した掠れ声で、肯定を示した。
「キ、キレイかな…………いいよね…………うん……」
「……えっ」
あ、なんか間違えた。絶対ヤバい答えの時の「えっ」だったよね?
──ゾッとした
本日2度目の背筋の悪寒、それは彼女の顔を見ればわかる。
「…………アハッ」
三日月よりも深い笑み、深淵よりも深い目が俺をじっとりと見つめている、俺は一歩後ずさった、彼女はその場から動いていない、ゆっくりとこちらへ向き直り、マントを肩に着けた。
──その目は異様だった。
白い部分が朱に染まり、充血ではない何か感情の高ぶりを示しているような気がした、それもかなり俺に不都合でドン引きしたくなるような方向の。
「さぁ、こちらへ……屋敷の案内を致します……」
そう言われて俺は逃げるわけにも行かず、ビビって後ずさった足を叩いて屋敷と世界を隔絶する大扉へと歩いていく、少し彼女から遠回りして歩いただが彼女は突然俺へ踏み込み腕を握り俺の耳が彼女の口元へと位置を無理やり合わされた。
“ゴシュジンサマ”
「アハッ」
まただ、また三日月のような笑い方をした。
言ったよね、ゴシュジンサマって、言ったよね。
「そういえば質問に答えてなかったですよね、このひび割れた肌はいわば種族的な呪い……デモニアンの肌はとても、とても……環境に弱いのです…………
絶対変なルビ振られてるよこれ。
こ、こ、こここ…………怖いよぉぉぉぉぉぉぉっ! なんなのこの子! なんなのこの子ぉぉぉぉぉぉっ!
助けて! 助けて! ゼアー! 助けてくれぇぇぇぇ!!!
しかし俺の心中穏やかではないことと、彼女に腕を掴まれ剛力で屋敷に引きずり込まれていくのは何の関係のないことだったのだ。