チヒロとは俺のこと、ぜひ覚えて帰ってくれ。
俺はあのプリメルとかいうゲキヤバお嬢様に屋敷へ引きずり込まれた、獣の腹の中で俺ができることは大人しく言うことを聞く、だ。
プリメルは屋敷の中では俺にとやかくいうつもりはないようで、待ち構えていた執事に俺を預けさっさとどこかへ行ってしまい、何と言うか驚くほど拍子抜け。
そして俺は服を着替えている、燕尾服に袖を通し、今まで来ていたボロ雑巾は処分となった、処分となったんだよ俺の一張羅が! ボロボロになる前には俺の……俺の……唯一のオシャレ着だったのに……! 1週間でボロボロにされた挙句捨てられて……可哀想に……。
未練なんぞないがな! ガハハ!
そんな事よりこっちの服じゃ、燕尾服は肌触りが良く柔らかいのに型は崩れず着やすい、黒一色だがまぁ燕尾服はそんなもんだ。
「案外似合うな、俺……おほん……こんにちはマドモワゼル、私はこの屋敷の執事のチヒロ、以後お見知りおきを……」
「チヒロ様?」
「ぴやぁぁぁっ!?」
「……意外と多いですよ、そういう方」
慰めになってないわ!
おほん、こちら俺を案内してくれた老執事、ほとんど居ない男性の召使いだ、初老の人間に見える、俺よりも燕尾服が似合うナイスダンディ。モノクル、当然着けてる。
「お着替えが終わったようですね、では姫様のお部屋へご案内します」
「姫?」
「はい、姫様です」
「普通はお嬢様とかじゃないですか?」
「ご存じではなかったですか……これも姫様から直接説明がなされると思います、まずは姫様の元へ向かいましょう、こちらです」
と言うとナイスダンディ執事はくるりと回って部屋を出ていく、俺もそれに付いていく、疑問と言う疑問でもないが、答えてくれるなら考えずに取っておこう。
歩きながら屋敷を見てみると絵画やら壺やらが飾られて高級感があって俺は場違い感を感じて縮こまりそうになる、床には複雑な紋様の絨毯が長く長く敷かれている、清潔で新しい靴とは言え歩くの躊躇した、老執事曰く「慣れないのは同じ」だそうだ、心が軽くなった。
「こちらです」
屋敷の中の一つ、周りと比べても普通という他ない扉の前に到着した、出発した部屋からそれほど離れていないが、ここがプリメルの部屋と言うにはなんかおかしい気がする、考え始めたら俺の疑問が渦巻いて絡まった毛糸みたいになったので、これはひとまず無視した。
老執事が軽く腰を折り頭を下げた、新人なのに礼儀正しく接してくれて良い人だと思った……同時になぜ礼をするのかと怖くもなった。
「私めはこれにて失礼します、そう、一つ助言がございます」
老執事はスッと音も無く近寄ると耳打ちする。
“この部屋のこと、くれぐれもご内密に……旦那様にもです”
くるりと回って廊下の奥へと消えていった。
「…………マジかよ」
帰りたくなってきた、帰る場所はないけど。
俺は意を決して、5分くらい掛けて意を決して、ドアノブに手を掛けた。
──ゾッとした。
はい、来ました悪寒。まだドアノブですよ、目を合わせたら氷像にでもなるのかよ俺。
だが、俺はもう覚悟した、したんだ、そう言い聞かせてノブを捻り扉を開け、直ぐに身を滑り込ませて閉じた。
暗い部屋だった、そこに一つろうそくの明かりだけある、風もないのに火は揺れているのはその奥に彼女が座っていたから。
揺らめく火に照らされた影、彼女の顔を恐ろしく演出している、鋭角な口角、それも美しいと言える、それよりも恐怖が来る。
目が怖い、今にもビームとか撃たれそうなほど爛々と光ってる、感情を表すように白目の部分が赤くなった時を見た、アレは暗闇でも発光しているようだった。
「さぁ、そこへお座りください」
その言葉に抗えない、たった今恐れが消えた、と言うよりも消された、何かの作用がある声だったに違いない、それを俺は感じ取れないが。
ゆっくりと彼女の対面に座る、笑顔が消え真っ直ぐ俺を見る彼女、気まずさから目を逸らすと、ろうそくの火が消えかかる……彼女の興奮したような荒い息がかかったようだ。
このろうそくの明かりに慣れてきた、少し周りを見ると、後悔が俺を殴る、精神を守る法律は崩れ去った、脳裏にある国会は踊り狂い、そしてプリメルの言葉が全てをリセットした。
「ここはかつて、処刑人の館と呼ばれておりました……これはその名残……さぞ悲鳴が響き渡り、赤く染まったことでしょう…………ロマンがあります、ねっ」
「ねっ? って何? いきなり可愛い声だしてんの? 俺の許可取った?」
……俺は静かに狂っていた。
──もはや精神の秩序などどこにもなかった、株で大損こいた人間に未来がないように俺の明日も無くなる、思考を取り締まる警察が崩壊し出口を目指して線路を外れた暴走列車はいの一番にたどり着いた、そして満足そうに事故を起こしてサヨナラだ、意味を知ったのは数秒後である、もうどうにでもなれ、しかしあまりにも大きな事故に警察は従う法が無くとも己の正義に団結するのだ、取り締まりが始まると、あらゆる思考の秩序は落ち着きを取り戻し、そして事故の被害が浮き彫りになってくる。
俺は何を言ってるんだ……?
と、とにかく口に出した時点でもう取り返しがつかない、俺は恐る恐るプリメルを見る、ろうそくだけが頼りだ、そのろうそくが荒く揺れる。
「…………いい」
な、何がでしょうか? 何が『いい』んでしょうか? 怖くて自分では聞けないのでできれば教えてほしいかな〜なんて……アハハ。
お願いですから俺を辞める方向で怒ってくれませんか! 何かとてつもなく恐ろしい化け物を呼び覚ました気分なんですけど!
しかし! そんなもん言わないと伝わらない、この場に限り言っても伝わらない。
もうなんか言葉にしたら対象年齢ぶち上がるくらいに『溶けてる』、抑えきれない欲が溢れて理性が千切れて本能が飲み込まれ、ただただ欲が『零れ滴る』。
良い子は逃げろ、悪い子も俺が殿を務めるから逃げろ!
「このワタシに……完全に、完璧に、究極的に……『一致』する、そう『一致』ワタシは……僥倖を得た、遂にワタシを理解する者が現れた……神よ……あは、神よぉ…………“ゴシュジンサマ”……アハハ……ハハハァァァァ〜……アァ……」
おれ、まじで、もらした。
脱兎のごとく逃げる!
『逃げるな』
しかし逃げられなかった!
いつの間にか移動していたプリメルが俺の腕に絡みつく、その目は濁っていた、まるで噴き出したマグマが蠢くような、そんな目をしていた。
俺は怖い、逃げたい、話が何も見えてこなくて恐ろしい!
そして、遂に、叫んだ。
「た、たたた、た…………助けてくれぇぇぇぇ!!!!」
しかし、誰も来なか──
“そっち行くね”
──―俺の視界が暗転した。
次回はストーリが見えてくるはずです!お願いです!見捨てな(赤い液体によって塗りつぶされている)