「ん……ん?! どこだ!」
確か俺はプリメルに腕を掴まれて……うっ……思い出すだけで悪寒が…………深呼吸だチヒロ、深く吸って…………吐いて〜…………よし、リセットの速さだけは人一倍だ。
改めて周りを見る、どうしてか誰かの書斎にいる、窓がないが扉はある、壁一面棚であり雑に本が並ぶ、足元には魔法陣が輝いていた。
正面には幅広のデスクと背もたれの大きい椅子がある、デスクの上には古めかしい本が積み重なり、よく見れば床にも本が散らばっている、この部屋の主は大雑把だと理解するのにこれ以上の証拠は必要ないかもな。
呑気に考えてると、デスクを挟んで向こうの椅子が揺れる、くるりと回って俺の方へ向くのだが、完全に本の山に隠れて見えない。コツンと音がした、俺は一歩引いた。
「やぁやぁ、危な──」
──本の山、雪崩を起こす。
「ぎゃぁぁぁ! 本がボクを襲うよーっ! 助けてーっ!」
──背後にあった棚も連鎖を起こして崩れる。
「いやーっ! こっちもだーッ! 生き埋めだーっ!」
──数秒足らずで部屋中の本という本が崩れ、山になった。
「あぷ……あぷ……たすけ…………」
顔見る前に助けを求めらることあるんだ……今はそんな事言ってる場合じゃねぇや。
声の感じから幼い少年と見た、あの量の本の山に押しつぶされては本当に死んでしまう! 俺は焦って本を掻き分け、声を頼りに掘り進めた。
よし! 体が見えてきた、あとは頭だ!
最後の一つをパッと取る。
「大丈夫か少ね…………ん……? んん?」
「いつつ〜、やっちゃったな〜〜……ん? どったのお兄さん? ボクの顔なんかついてる?」
「あー……ごめん、どっち?」
「どっちってなに?」
「性別」
「男かな……と言うか普通名前が先じゃない?」
「なんか、あんまりにも浮世離れした美人さんだったんで……つい……」
「許してやろう、ボクは寛大が服着たような人間だからね! …………ねぇちょっと引っ張ってくんない? 起き上がれなくてさ」
おっと、こんな姿勢でする話じゃないな。
俺は彼へと手を伸ばして、彼は俺の手を取った──
「よいしょ」
「うおっ!?」
──ぐるんと立場が入れ替わる、俺が寝転び、彼は立った。
力を入れていたのに! まさか合気道の使い手か!? 異世界にも合気道があるのか!?
「さて、色々と話したいこと聞きたいことあると思う、だけどまずは自己紹介、ボクはエンシェント、マルガさ。あ、エンシェントってのは歴史の語り手、あるいは万年暇な読書家の種族なんだ、よろしくね」
にっこり笑顔でよろしくされた、だがその顔に美少年でありながら老練な気配を感じる、おそらく見た目年齢と実年齢が大きくかけ離れているとおもう、ゼアーよりも。
自己紹介をされたからには俺も自己紹介を返すのが礼儀、それに助けてくれた恩もある、確認してないが彼は救世主だ。
「俺は」
「チヒロ、24、転生者……どや」
小生意気に彼はフフンと鼻を晴らして笑った。意外と様になる、いわゆるガキンチョ仕草がなんか板についてる気がする。
「えーと……合ってます、なんでご存知で?」
「最初からキミを見ていたからさ、転生者は珍しいけどいないことも無いし、面白そうだから目を付けてたんだ、そしたら情けな〜い声で助けてーって言うから助けてあげのだ、感謝せよ」
「まことに助かりました、マルガ様〜っ」
「よきにはからえ〜っ! ガハハ! ガハハハ!」
ひとしきり笑った後マルガはスッと表情を消して、手を何もない空中にかざす。
すると部屋が一人でに動き出し、本、家具、棚、壁さえも定められた位置へ帰る、一瞬の光景だった、部屋は元通りになり、あの悲劇がなかったかのようにスッキリと整頓された。
そして俺は俺はいつの間にか一人用のソファに腰掛けている、対面では同じソファに腰掛けメロンソーダを啜るマルガの姿が。
……待って? 色々待って? なんか一気に異世界っぽいことしないで? 脳が処理できない情報をバンバン叩き込まないで?
「ず〜……うめ〜」
「あの?」
「はいはい、分かってます、エンシェントなので、事前に知りたいであろう情報を纏めておきました、これ読んでから質問どうぞ」
メロンソーダ啜りながら投げ渡された紙束はクリップで留められていて、整然と文字が並んでいる、少し暖かく、印刷機で印刷しましたって感じのとても現代的文書が来た。
タイトルは
“貴方の質問答えちゃうよ! なぜなに白書〜! ”
「…………」
俺は無言でページを開いた。
「え〜突っ込んでくれよ〜ずずっ」
──問一 この世界は?
創造の神アルメルの世界、『アルメル界』と呼ぶと良い。
「いい奴らしいよ、見たことないけど」
──問二 このボクは?
種族名はエンシェント、名前はマルガ、キミの恩人であり、キミの救世主であり、キミを面白半分で眺める暇人。キュートで可愛い生意気後輩系だぞ、構え!
「ずっずっず〜……あ、無くなった、おかわり〜」
──問三 アルメル界とは具体的に?
キミに分かるように言うとクソデカ超大陸にあらゆる種族がひしめき合う魔境、東西南北を四大氏族が纏めているよ。
北、エルフ王国
南、ビープル連邦
西、デモニアン帝国
東、ヒューマン連合国(現在地もここ)
「その四つ以外は椅子取りゲームに我関せずの種族っす〜」
──問四 椅子取りゲームとは。
大陸中央の未踏領域を巡る争い、豊富な資源、広大な土地、まだ見ぬフロンティア、そして神宿る山、公然の秘密だが、そこを巡るバトルロワイヤル開催中、それに伴い冒険者が人気職。
特に神宿る山に辿り着いた者は何でも一つ願いが叶うという、過去そういう事例がいくつか確認されているから嘘じゃないことは確かだ。けど生半可な人にたどり着ける場所じゃない。
「冒険者、おすすめだね! お兄さんは向いてるよ、トラブルを引き寄せる運があるからね、冒険者として大成間違いなし!」
これで最初のページは終わりだ。どうにも次を読む気が起きなかった。
俺はソファに深く腰を沈め、ゆっくりと息を吐いて背もたれに体重を預けた。
「もっと平穏で……普通で…………少しの幸運と、無視できる不運だけの生活はないかな……無いよな…………あったら……いいのにな……」
「で、お兄さんこの後どうするの?」
「え?」
手のなかでくるくるとストローを回す彼は俺を見て、じっと見て、微笑んでからこう言う。
「別にこのままここにいてくれてもいいよ、でも暇になるよ、本しか無いからね…………で? 進路決まった? せっかくの異世界だよ? 何かしたいんじゃない?」
「随分と俺に良くしてくれるんだな」
「当たり前じゃん、キミのように儚くて短い、それでいて強烈に興味を引く人間はいないもの、特に長い時を生きたボクら長命種にとってはね、それだけで好意の対象になるよ」
おかわりのメロンソーダの上に、アイスクリームを一つ落とす、シュワシュワとメロンソーダに溶けて消えていく様をマルガは楽しそうに見ていた。そして全てを飲み干した後、まだ意味もなく残った氷は何の感慨もなく捨てた。
マルガの言い分はそういうことだった。
俺はそれをペットと同列に人間を見ているのではないかと反射的に聞いていた、ほとんど無意識だった。
「そりゃペットに向ける愛情と一緒じゃないか?」
「近いけど違う、長命種にとってキミら短命種は良き友人であり、儚い時を必死に生きるかけがえの無いものだよ、隣の芝が青く見えるのさ、自らの人生に必死さや儚さを感じられない長命種であるほど余計にね」
「寿命が長いってのも考えものだな」
「まぁね、こう言うボクも何万年と生きて暇になっちゃったから、いよいよ自分で死んじゃおっかと考えてたんだ、そこにキミが現れた、僥倖だったね」
「人知れず命を救ったのか俺……って何万年……!? スケールがデカいな……」
「実際に寿命まで生きる長命種は少ないよ、大体は寿命の半分で自殺を選んでる」
なんか可哀想になってきた……と言うかそもそも万年暇人なのが悪いんだろ、本ばっか読んでないでフィールドワークもしなさい! 誰目線だこれ。
うーん……俺も、異世界で生きていく指針というものを決めて行かないとな、だらだらと過ごしていてはそれこそ目の前の長命種の好意を無碍にしてしまう、それに異世界へ転生することを決めたのは俺だ、目一杯楽しんでやろうじゃないか。
そういえば冒険者が一番熱い職業なんだったな、じゃあそれをやろう、きっと冒険者として様々な種族の人間が見れるし、未知の発見、探索は何より楽しいはずだ。
「冒険者になるぜ、そして未知を発見してやろうじゃないか」
「ほほー、なるのか、いいね」
「それでだが、一緒に来ないか?」
「え? ボクをかい? どうして?」
心底意外そうに首をかしげた。
「死んじゃおっかとか言い出す奴をそのままに出来ないし、それに遠目で見るより近くで俺を見たらどうだ? 俺も一人じゃつまらないと言うのが本音だけどな」
「…………なるほど、一理あるね……ま、暇だし久しぶりに外界に降りようかな、キミがありとあらゆるトラブルを引っ張ってくることを楽しみにしているよ!」
俺がトラブル男みたいな言いがかりは辞めなさい! 俺だってトラブルはない方がいいんだから!
ただ、まぁ、無理なんだろうな、平穏無事の生活というのは、主に長命種の方々の手によって崩れていくような気がする。
助けてくれ、長命種が俺を狙ってる……。