東臣と言えばチヒロ、チヒロと言えば俺、俺と言えば逮捕。
何故バレたどうして分かったとは言わない、魔法のある世界で常識を語っても俺の知らない理屈が飛んでくるだけだ。
だから要点だけ。
俺、デモニアン帝国から捕縛命令出でるってマジ?
「さ、大人しく捕まってください、危害は加えないようにと命令されています、だから安心してください」
赤いスーツに身を包んだ男性ギルド職員はそう言うと俺へ手を差し伸べた、三歩以上離れている、俺はその言葉を信じ一歩前へ進め──
「おい」
襟首を引っ掴まれ強引に一歩下がった、見ればゼアーの腕が伸びていた、彼女は呆れていた。
「捕まえる奴の常套句を真に受けたとか、言わないわね?」
「……真に受けた」
「可愛らしいことで、そこもキュート」
なんなのお前……?
そんなゼアーは俺の前へと出ると弓を持ち出し既に矢をつがえ弦を目一杯張り詰めていた。
狙う先は男性ギルド職員、彼も彼で怖じけた様子はない、冒険者ギルドだけあって強いのだろう彼も。
「これは提案よ、私達のこと、見なかったことにして通して? そうすれば何もしないわ」
「ですがこちらも引けない理由があるのですよ、ご理解ください」
「アンタ含めて10人、隠れている奴が15人、どれもこれも有象無象……本気出せばさっさと逃げられるわよ?」
「随分と感覚が鋭いご様子で、流石ダークエルフと言ったところですか、それでもダメですよ、ギルドには治安維持の名目で動かせる実力者が何人もいます」
す、凄い……なんか緊迫のやり取りしてる……! 俺もあんなふうにやってみて〜……!
あ、でも胃が痛くなりそうだな……俺割と小心者だし……適材適所!
ゼアーが職員とバチバチに舌戦してる事をいい事に、マルガが俺を後ろへ引き寄せ耳打ちする。
「で、逃げる? 戦う? 捕まる?」
「悩んでる」
「決まったら教えてね、ボクがいい感じにする」
「ごっつぁんです」
とはいえ、悩む、俺は言ってしまえば悪いことしてない善良な元奴隷だ、捕まっても潔白を示せばいいし、逃げたとしても生きていくには困らない仕事を見つければいい、最悪なのは戦うかもな、武力に訴えたらゼアーも俺もマルガも──マルガは案外どうとでもなるかもだが──より危険なものとして警戒度が上がる。
この閃きの天才チヒロ様がウンウン唸って悩みになやんで……
──ゾクッ
この感覚……?! まさか奴が近くに……!
感覚が教えてくれるまま反射的に振り向いた、振り向いた先にあるのはギルドの入口、日が傾いて逆光が入り込んでくるそこに多くの人影……違う、甲冑姿の兵士たちが大挙して、両脇に列をなしている、まるで誰かを迎え入れるように。
先程まで騒がしくしていた気配がピタリと止んだ、異常な光景に皆が息を潜め静観しているようだ。
静寂を割る足音、ギルドの入口へと影が伸びる、その姿は…………悪魔。
「ご機嫌麗しく、皆々様……デモニアン帝国大使、プリメル・ヴァーグでございます」
来ちゃった……! 薄々分かってた……デモニアン帝国が俺を指名する理由……!
戦々恐々、それは俺だけでなく、ゼアーも、それと張り合っていたギルド職員、俺たちを囲んでいた冒険者たちも、皆、畏怖を顔に浮かべ片膝をついて頭を下げた……無礼を働いてしまえばそこで命が終わるような焦りを感じているようだった。
マルガはまぁ、コソコソと後ろへ下がってそれとなく俺を見守っている、なんとも思ってなさそうだった。
それ見て俺も膝をつこうとして……。
誰かが、俺の腕を取りそれを留めた。誰かと思えば。
「こんにちは、チヒロ様」
「ひ、久しぶり……っす」
ヤダ怖い……なんで? さっきまでお貴族様だったじゃん……! なんで急に壊滅的な恋愛主義者の顔になるの!? 普通の笑顔なのに影が濃い!
彼女は俺から手を離さず、頭を下げる一人、あの赤服ギルド職員へと目線を移した。
「ご苦労様でした、ギルドマスター……ご無理を言ったかと思います」
「いえいえ、もったいないお言葉」
「貴国に礼を……帝国としても、私個人としても」
「過分なお言葉、連盟長も喜ばれます」
あの人、ギルドマスターだったんだ……!
一介の職員にしては肝の座り方半端ねーとは思ってんだ、やっぱり実力者だったんだな、ギルドマスター。
え? ちょっと待ってくれ、デモニアン帝国大使って国の運営する冒険者ギルドに直接干渉できるの? 普通に内政干渉できるのヤバくない? 俺の思ったより大使ってヤバい立ち位置なの?
「さぁ
思考が嫌な現実に引き戻される、濁った目をしたプリメルが俺を見る、あの日より数段、濁ってる、目が赤く光ると言うよりも鈍く輝いて、その中にも赤い光が脈打ち、若干の興奮を伝えてくる。
あの日の続き、というのはやはりアレだ、拷問部屋で何かされようとした日の続きということになるな……俺、拷問趣味はないんだ、お前の隠している倒錯した趣味にも関わりたくない、それに怖い、怖いんだ、意味の分からない未知の理由で送られる大きな好意。
「さぁ」
腕が引かれる、抵抗するが力負けして足が床をこする。
俺の短い一生をこの女の玩具で過ごすつもりはない、だからといって逃げられると思わない……
頼りのゼアーはプリメルに屈した様子だし、マルガは自分でなんとかしろって目線で訴えてくる。
「これからずっと一緒です、ね?」
甘ったるい声で、恥ずかしげもなく言う彼女の言葉で、俺は唐突に、しかし確実に、ひらめいた。
逆に考えるんだ、仲間にしちゃってもいいさ、と。
そう、仲間にするんだ、冒険者の、狂った発想だと笑われてもいい、だがこの女の一番の武器はなんだ、権力、立場だ、力が強いよりも厄介なのは権力が強いってことだ、一度権力の檻に囚われたら最後抜け出すことはできない。
だから、俺はそれを封じる、俺のチームに入れることで権力から遠ざける、これは彼女の俺への謎の執着心を利用した綱渡りな作戦だ、だが成功する、綱を飛び越えてくる彼女は。
あとは言葉をどう選ぶか、効果的で俺が不利にならない言葉を選ぶんだ。
よし、やるぞ。
「待ってくれ、プリメル」
「……! はい、何でございましょう」
彼女の気配が変わった、動揺、だろうか。
「実は、俺冒険者になろうと思ってる」
「ダメですよ、ワタシと共に愛のある生活を、共に暮らすのです」
「それは……つまらないだろ?」
「……」
睨まれた、だが怯えるな、背後で何人かが悲鳴あげてひっくり返ったが来にするな。
「俺は楽しいことがしたい、俺の楽しいことは未知を探すこと、不思議な発見をすることなんだ」
「それはワタシも与えられるものですね、望むなら世界中のあらゆる物を」
「違う」
分かってないな、与えられるよりも与えたい、探してもらうよりも探したい、つまらない日常よりも刺激的な非日常、男の子は半永久的拉致監禁に燃えないんだっ!
「一緒に行こう、ただのプリメルとして仲間になってくれないか?」
打算を込めてある、けど心からの言葉、絞り出すように言った言葉が何処まで通じるか、少しくらいは響いていると──
彼女は大粒の涙を目に浮かべていた、なぜ?
「うっ……うう…………うぇぇぇ〜〜ん……!!」
な、泣いちゃった…………!?
泣いたまま俺の胸へと飛び込んできた彼女は、何と言うか背徳……ではなく、とても幼い子供のような無垢さが感じられた。
瞬間、俺へものすごい視線が送られてきた。
『あいつ、“デモニアン帝国第二皇女”に、何をしたんだ』と。