俺は
ま、冗談は置いといて。
どうすんのこれ?
「…………」
現在、物凄い形相でヴァーグ様に睨まれている、冒険者ギルド本部の2階、来賓をもてなす筈の豪奢な部屋が今は人生の墓場に見える、比喩ではなく死んでもあの世で殺されそうな迫力だ、その直接原因はヴァーグ様の射殺さんとする目と全身から立ち上るオーラのような湯気、感情の高ぶりからかなり発熱しているのだとか。
俺の隣に座り、悠々とティーカップを傾けるプリメル・ヴァーグがそう教えてくれた。
どんな肝っ玉してたら俺の横でそんな余裕かませるの!?
「…………」
ヴァーグ様の視線がいよいよ矢や鉛玉になって飛んで来そうだぞと、俺は怖くて下腹部に力を入れた、漏らすものか。
何故こうなったのか、何故……アレは……ホントになんでだ?
俺の認識では、あの後プリメルが大号泣して周囲の騎士やらギルド職員やら冒険者が一斉に固まったように見えた、おそらく混乱だ、場を支配していた女が泣き出したんだもんな、そして俺は彼女を支えながら堂々とギルドから出ていこうとして……
「ヴァーグ様、あの……何か仰ってくださいませんか?」
「…………」
捕まった、目の前の巨漢に。
いっそ襲いかかってくれる方が良かったが、恐ろしいほどに丁寧に囲まれ、無言の睨みで俺の気持ちが殺された、心折れた俺はギルドに逆戻りして、今ここにいる。
かれこれ一時間、ずっと無言。娘であるプリメルは茶を愉しむのに忙しいのか、単に父親だから怖くないのか、何も考えてなさそうだ。
じゃあこの時間は一体何? 新手の拷問? 親子揃って拷問趣味なの? 娘が肉体的なら父親は精神的拷問? 嫌な家族だなおい。
そろそろ不敬が限界突破してきた所でやっとヴァーグ様に動きが見えた。
「さて…………プリメル」
「はい、何でしょうお父様」
「
「全部お話しなさい」
な、なんか違和感あるな……娘なのに他人行儀な……仲悪いのか? 貴族ってそんな感じ? いや大使とか言ってたな、大使……大使????
住んでる所が処刑人の館とかいうぶっ飛んだ大使館を持つぶっ飛んだ趣味の娘の父親だし気にしないでおこう。
「おほん」
ヴァーグ様の咳払いで思考を中断し、今から言うことに耳を傾けた。
「初めに、話は全部聞いていた」
「ど、何処から何処まで?」
「君がギルドに現れてからここに至るまで」
「全部じゃん……」
「だから全部と言った」
ヴァーグ様は深刻さを隠そうとせずに顔に出し、前のめりに話し出す。
「娘を……いや、
「…………えっと? 何が?」
「……君、まさかと思うがプリメルがただの娘だとは」
「お、思ってないですけど……そんなもう終わりだ……って顔するくらいに……?」
「……………………そうだ」
そうなんだ……。
ヴァーグ様は、呆れ目をしていた、よく見る目だ、俺が転生者なばっかりにこの世界の事情に詳しくないから……っ! だって! 社会情勢なんて知らないだろ普通! 俺は一般常識を覚えるのでやっとだってーの!
……口に出そうになった訴えは心の中で留めておいた、ヴァーグ様の話が今は大事だ。
「いいか、教えてやろう……プリメルは大使の娘、だけではない、デモニアン帝国の第二皇女なのだよ」
「ふざっ……はぁ〜〜…………けんな!」
「それは何処の文化の言い回しだ?」
「故郷に伝わる言葉です、無視してください」
「そうか」
ありがとうヴァーグ様、流してくれて。
でだよ、意味がわかんねぇ〜〜〜! 大使の娘でありながら帝国の第二皇女ってなに? 社長の血筋のクセに支店長やってんじゃないよ!!!
どういう理由で大使で第二皇女になんのよ!? 説明しなさいよぉっ!
「まぁそうだろう、その百面相を見れば君が政治に疎いことは分かる…………一から説明しよう」
「あ、はい……」
「昔、私は大使に任命される前、陛下の身辺警護をやっていた、で付き合っていた女性がいた、その人がプリメルの母になる、当時は何も知らず、知ろうとしなかった……後から知らされた、陛下の娘だと……」
「変な話ですね……? 身辺警護してたなら、わかりそうなものですけど」
「隠し子だったんだ、妻は、皇室からも外されていた」
「あー……」
「色々とややこしい顛末を経て、娘は第二皇女となった」
「詳しく聞けます?」
「話が長くなる、端的に言うが……跡継ぎの多い第一皇女に権力が集中しすぎている中、カウンターとして娘が第二皇女になった……構造としては第一皇女は内陸貴族派、娘は外縁貴族派だ、救いがあるとすれば第一皇女本人は対立を望んでないと言うところか」
ヴァーグ様が背を伸ばした、俺もつられて背中を伸ばし一呼吸おいた、緊張感で喉が渇く。
丁度プリメルが茶を飲み終わって新しいく注いでいたので便乗して俺も一杯貰う、ヴァーグ様も予め配膳された茶に手を付けた。
「でだ、娘が第二皇女としていきなり認められたわけだ、反応は酷くてな、暗殺未遂さえあった、娘を守る為……私は大使として異国で娘と暮らしているのだよ、大使は外交の要だ、本国と言えど排除しようと大きく動けない、大きく動けないなら我々で何とかなる、いざとなればヒューマン連合国も動いてくれる」
「外交の切り札、実際は人質ってところですかね、扱いは」
「実際はこちらが優位だがな、帝国の首根っこを押さえてやる代わりに、この国での自由な振る舞いを許してもらっている」
「強か〜……あの、それで奥様は? 帝国に残してきてよかったんですか?」
「軽い軟禁状態だが、権力闘争の武器になるのは嫌だと本人が望んだものだ、それなりの暮らしをして快適だと手紙も来ている」
俺は茶を飲み干した後カップの底が見つつ、話を頭の中で俺なりに整理していく、つもりだったけどプリメルの笑顔の給仕により満タンにされた茶を見る。
ヴァーグ様のカップは既に空、しかし、プリメルは一向に注ぐ気配はない、少し、ヴァーグ様が寂しそうに見えた。
「あのちなみに第一皇女様ってのはどんな方なんです?」
「妻の実姉、陛下の第一子だ」
「……じゃあなんで奥様は隠し子に? 義理でも腹違いでもなく直系じゃないですか、なら奥さんが皇女として認められても……」
「既に娘を産んだ後だったからな、皇女の政治的意味合いは、ほとんどは政略婚だ、その役目を妻は果たせないと見限られたのだろう、実際には第一皇女を担ぎ上げる者たちの策謀だろうがな」
「うへ〜〜」
「そう言うな、その恩恵に預かる民として感謝するべきだぞ」
「た、確かに……」
嫌な感じだが、平和の恩恵に預かる以上、簡単に否定するものではないか。
それはそれとして、喉の奥につっかえるような不快感わ流すように茶を飲んだ。
「それに……君に無関係の話ではない、プリメルの選んだ
──ブゥッ!
「…………むぅ」
思わず噴き出した茶がヴァーグ様に振りかかる、瞬時に体温を上げ蒸発させたがその顔は不快感が滲み出ている。
わりぃ、俺、死んだ。
と言うかいっそ殺してくれ! 権力争いの巻き添えで惨めに死ぬくらいなぁ!
目を閉じ何秒かしても死が来ないので、片目を空けて見るとヴァーグ様はどことなく不安そうになっていた、情緒ジェットコースターか?
顔は変えず、そのまま俺を見る、品定めと言うよりも憐れみ、同情、共感……多分そっち系の可哀想な奴を見る目だった。
スッと立ち上がるとヴァーグ様は俺へと頭を下げる、目上に礼をされるのはこの上なく居心地悪いなぁ……。
「前途多難だが、どうか娘をよろしく頼む……!」
ただその姿は娘を心配する何処にでもいる父親だ、と思うと、俺はシッカリとその言葉を受け止めなくてはいけない。
「…………婚約者って初耳なんですけど? 合意とかって?」
「必要ありません、ワタシ、お母様に似て愛することは人一倍自信がありますわ」
「先に言うとか……」
「必要なし」
「ねぇ……プリメルさん?」
「ワタシがルール、ワールドイズマイン」
それ母親譲りかよ……なんかもう逆に帝国で軟禁されてる方が良いだろその母親……。
助けてヴァーグ様!
「…………っ」
目を逸らすなぁ! 思春期か己はぁっ!
ええい仲間に引き入れるとかやめときゃ良かった! そうだ、困った時のマルガえもんだ! 何でもできそうなアイツに頼んでこの話なかったことにしてもらおう!
「もし娘を受け入れてくれるなら、冒険者としての活動をサポートしよう、多少の便宜も図ってやれるぞ」
そんなもんで俺の心が揺れるか! 冒険者やるだけにこんなヤバい爆弾抱えててられるか!!!!
俺は興奮を抑えきれず立ち上がり、ヴァーグ様、いやヴァーグ睨む、こんな理不尽あるかと。
そして全ての元凶に目をやると……。
「チヒロ様」
珍しく濁ってない、変なルビのない名前呼びで……捨てられた子猫のような目で、俺見るんだ……やめろ……そんな目で見るな……クソ……やめてくれ……俺は状況と情に流されやすいんだ……やめろ……やめろよ……
──ぞくっ。
俺のなかに、いけない何が目覚めた。
今までプリメルに感じていた悪寒ではない、もっと別種の……そう、情熱的で甘美な……欲望、本能を刺激するような…………これは……
──パァン!
「チ、チヒロ様……?!」
痛い……よし、邪念は去った。俺は一時の感情に左右されて判断しない、そう俺は賢者であり閃きの天才であり、大冒険者となる男だぞ! 魔法を使いたくてたまらない中途半端な男だ! 魔法より先に小手先の権力に溺れそうになって何が冒険者だ!
爆弾の一つや二つどうってことないわ! 今思い出したけどゼアーも爆弾持ちだし今更ぁ!
「娘さんのこと、お任せください」
「おお! では!」
「婚約者の話は無しにできないですか?」
「…………難しいな、もう本国に報告済みだ、正式に」
「は?」
「すまん、私は大使だが、権限は第二皇女の娘が上だ、逆らえなくてな……」
今からでも第一皇女が全権握ってくんねーかな。
「チヒロ様、ワタシに至らぬ所があるなら何なりと仰って下さい……どうか共に、共にいさせて下さい」
「じゃあ一つ、強引なのはいけない、無理強いも無し、強制もしない、あと極端なことはしない!」
「はい、守ります、命懸けで!」
「それをやめろっ言ってんだよッ!」
「……アハッ」
スイッチ入ってんじゃね──────っ!!!!
もう、いろいろ面倒になった俺は、ヴァーグの言葉もプリメルの言葉も全部頷いてやった。そして、寝た。ヴァーグの用意してくれた最高級宿で不貞寝してやった。
なぁ、いつになったら冒険者になれるの……?