ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
人間の朝は早かった、それに遅くまで起きていた。
まだ外は真っ暗で、ちょっとだけ紫の星が見える端っこに太陽が顔を出し始めている。あっちの山に太陽があるのなんて初めて見た、こんな朝早くだと景色はこうも変わるんだ。普通は寝ている時間なのにぼく達は、カリエスの仲間達は宿屋の前に集まっていた。
「おはよう、よく眠れたか?」
シャキッと髪を整えて、身支度が完璧なサニタスがみんなを見渡しながら全員の様子を観察した。
「ちょっとだけですけど……柔らかいのはなれないですね、爪引っ掛けるのが怖くって」
「布団が暑くて寝れなかった、もっと薄手のがよかった。何度言っても理想のは来なかったから布団無しで寝てやったぜ」
「俺は……死にそうです。はい……」
眠そうに目を擦っているルベラ、今更宿屋の不満を言うヴェクタ、そしてアンデッドのように干からびているリゴル。全員がちゃんと揃っている。もちろん僕も、カリエスもいる。
ずっと眠っていたから全然眠たくなくて、試しにカリエスの荷物にあった教本?ってのを読んでいた。剣術のと魔法のがあった。全然分からなかったけど、内容はちゃんと読めていた。文字ってすごい!なんでも学べる。書ける方は……まだまだ。試しに似たものを書いたけど、なんか違ったんだよなぁ。なんでだろう?
「いいかよく聞け。これから近くの谷を抜け、大都市カマアマに向けて進む。ヴェクタが教えてくれた谷にある洞窟で一晩休み、明後日には到着の予定だ……行くぞ」
荷物を持ちながらサニタスが先頭に歩き出す、それに続いてリゴルの背中を押すルベラとヴェクタが続いて、最後に僕が歩き出した。
みんなの背中を追いつつちょっとびっくりした。サニタスは片手で持てる位の四角い鞄、リゴルは大きな斧と甲羅みたいな麻袋を持っている。
ルベラは肩に掛ける鞄はあるけど武器を持っていない、戦わないの?そうだよね、女の子だもんね、危ないもん。
それにヴェクタは……変な渦巻きみたいな柄の矢筒に、大量の矢に見たことない位大きな弓。そしてなにが入っているか分からない位パンパンに膨らんだ鞄を背負っている。
身体が大きな魔物一匹がすっぽり収まるのかもしれない、背負えていて凄いな……なんかヴェクタが歩く度に軋んだ音がする。本当になにが入っているんだろう?
それとカリエスのはヴェクタに比べて驚く程に少ない。
下着という大事な場所を覆う布とか、本とか金ピカなお金とか、武器と鎧とかの手入れの道具があるだけ、すごく軽い。カリエスって物を大事にしないのかな?壊れたらすぐ捨てていたのかもしれない。だからかな、お財布も鞄に負けじと軽いのは。
「カリエスゥー!早く来いよー!おーいてーくぞー!」
「いきましょー!カマアマへー!」
気がつけばもう遠くに行っていたみんなに大きく返事をして、この街の門に向かう。
ふと、振り返ると。オスピスの病院が目に入ったけど……仲間達の元へ走り出した。心の中で小さく、「行ってきます」と一応言っておいた。もう戻らないし会わないかもだけど、色々教えてくれたお礼も兼ねて一応だけど。
街を出て僕達はゆったりと下っていく坂を降りるように、歩きやすいように調整された道を進んでいく。さっきの街はどうやらちょっとした山の上にあったようで、あの街以外に周りを見渡しても森ばかりだ。でもこの辺りは知らない、危ないから近寄ったことないんだろうな。
草木の揺れる音と共に葉っぱの青々とした匂いがする。地面を歩けば乾いた土を踏む感触と、石を踏む感触の違いがよく分かる。それにしては足が痛くない。石の道なら分かるけどこういうデコボコでもへっちゃらなんて……靴って凄い!身体を守る用だけじゃなくて、どこでも歩けるようにも考えて作っているんだ!感心しちゃうな。
「楽しみですね、授与式!カリエス様がようやく勇者になるんですね」
それは突然起こった。ルベラの上機嫌なたった一言で、僕を除いた三人が足を止め、その場の空気がなぜか重たくなった気がした。
「お祭りも楽しみです。前回の授与式は魔法の研究で遠出していて、わたくし初めて立ち会うんです!甘いもの食べ尽くしたいです!」
「ルベラ?おま……サニタスさんからなにか聞いてないのか?」
まるで恐ろしいものでも見たかのようにリゴルが恐る恐る尋ねると、まだよく分かっていない僕のように。目をまんまるにしたルベラがコクリと一回だけ頷いていた。
「サニィ」
ヴェクタの低く唸りを上げるような声に、ゾワッと全身になにかが走った。先頭のサニタスは軽い咳払いをして、何事もないように振る舞いつつ、振り返ることのないまま歩き続けていた。
「てんめぇ、本当にイチモツついてんのか?この玉無し神父」
「あるぞ、ソロヴォル様も驚かれる物がな。一応」
よく分からないやり取りに僕とルベラが顔を合わせ、リゴルが頭を押さえて唸り声を上げて小さくなっていた、軽く声を掛けて回り込んでびっくりした。さっきのリゴルより顔が真っ青になっていた……お腹痛いのかな?
「カリィ!ルベラ!聞け、オレ達はな!勇者御一行にはなれないのさ、試験に間に合わないからな!」
「おいヴェクタ!待て——」
「ゔぁ〜か、日和ってんならオレが言ってやんよ。討伐目標の魔物を倒し損ねてた、だから手ぶらで帰んなきゃいけなくなってんだ!それがこの帰り道だ!今更他所に探しに行く時間もねぇ!まさに崖っぷち……いや、もう崖から落っこちてんだ!」
怒るサニタスに片方の下瞼を引っ張って舌を出したヴェクタが、僕とルベラに向き直って身体が震えそうな大きな声で叫んでいた。
畳みかけられた言葉の意味がよく分からないけど、つまりカリエス勇者になれないんだ、そっか。
秘密を吐き出して満足そうに笑うヴェクタはリゴルとサニタスに羽交い締めされていた、人間ふたりで止めているのにヴェクタが抑え込まれていない……エルフって人間の種族のひとつなんだよね?人間ってこんなに強いの?そりゃあお母さんが「近寄っちゃ駄目」っていつも言うわけだ。
勇者になれないならどうしよう、なれなかった時は考えてなかったや。
「あらまぁ、そうならそうと言ってくれれば良かったのに」
隣のルベラはキョトンとした顔のまま、それだけを言ってポケットから一枚の紙を取り出していた。なにか獣系の絵が描かれている、ルベラが書いたのかな?絵が上手なんだな。
「じゃ、行きましょう!キャッスルグリズリーを倒しに」
無邪気な笑顔を振る舞う姿を見て、みんなは苦笑いをしているのに。サニタスは急に膝から崩れ落ちて、全身で絶望と後悔を表すかのように叫び出した。
「おのれ、おのれヴェクタ!こうなるのを分かってたからタイミングを計っていたのだ!ルベラを……ルベラを説得する苦労をお前は知らんからそう安々とやってのけるのだ!この罰当たり!この愚か者め!貴様の野蛮人さに嫌気が差すぞ、そこに正座しろ!大体お前という奴は!」
僕以外はまた始まったと言いたそうに呆れた雰囲気で誰も止めない。
あんな落ち着いていたサニタスの変わりように正直ドン引きだ。まあサニタスも危ない人間だしね、そんなもんだよね。それにしては……うん、よく喋るんだなぁ。
ルベラの新しい提案が嫌なのかな?サニタスが勇者になるべきーって僕に言っていたから、ルベラの意見に喜ぶなら分かるけど怒って喋りだすだなんて、変なの。
「泣かねーんだな、チビスケ」
「うふふ、精霊族では未成年ですけど。カリエス様よりお姉さんなんです、今年で三十ですのよ」
「え、俺……もしかして、最年少!?」
今度は別のやり取りでダメージを負ったリゴルの顔がまた青くなっていた、他人事みたいな顔をしたヴェクタが僕の側にまで来て軽く耳打ちをした。
「そろそろ飯にしようぜ」
現状が滅茶苦茶にこんがらがっちゃったけど、とりあえずあの美味しいスープが食べられるのが嬉しくて素直に頷いた。