ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
現状でなにが起こったか、ルベラがなにをしたのかは分からない。当の本人はサニタスの治療を受けながら、ブツブツと呪文のような言葉を繰り返している。
焦点があってなくて、手足に力が入らないまま口だけ動いているのを離れた場所から見ていた。
「畜生、こんな所で魔力の暴走かよ……しっかりしろ!ルベラ!帰ってこい!」
ルベラをこのままにしてはいけないと、僕達は本来休む筈だった洞窟に身を置いている。
臭いの少ない場所にルベラを寝かせて?見張りでリゴルが外に出ていて、サニタスとヴェクタが介抱に当たっていた。
身体を地面に寝かせているのに、目を見開いているのって寝ているという言葉であっているのかな?分からないや。
なにもできない僕が、僕だけが遠巻きに見ているだけだった。
「おいルベラ、自分がどこにいるか分かるか?」
「ホソリには、みんな大好き大きな魚の魔物。『クラマイ』というのがいます、お米のように身がほぐれるお魚さんです。香辛料と炒めて食べます」
「自分が、どういう状況か分かるか?」
「わたくしのママは人間なんです。歴史の勉強をする旅をした先で、サラマンダーのパパに一目惚れされて結婚しました。わたくしは五人兄弟の末っ子ちゃんです」
「……かなり発狂してやがるな。おい、お前はなんの魔法をぶっ放した?敵はどんなんだった?」
「オオトカゲ、コトカゲ、トカゲモドキ……あは、あはははは」
ちゃんと喋れている辺り、大丈夫なんだろうけど……ルベラはどうしちゃったんだろう?
なにかしてあげたいけど、変わり果てた彼女の姿に怖くて動けなかった。
「埒が明かねぇ……調べ損なった所見てくるわ。変化あったら教えてくれー」
ルベラの治療が一段落ついたのか、腰を上げて暗い洞窟内の奥へ行ってしまった。ヴェクタってひとりでなんでもできるんだな……いいなぁ、羨ましい。
「驚かれたでしょう……」
ルベラの手に包帯を巻いていたサニタスが、僕に話しかけてきた。だから慌てて意識を戻して大きく頷いた、なんでルベラがこうなったか僕には想像ができないから。
魔法となにか関係があるのかな?でも魔族の間だと、魔法を使っただけでこんなおかしくなることはなかった。だから人間特有のなにかかもしれない。
「ルベラだけじゃない。魔法使いと呼ばれる者達が、強い魔法を使った際に起こる反動の一種です……普通の人間に魔法使いがほとんど居ないのは、この反動に耐えきれず『発狂』と呼ばれる症状で精神が病んでしまうからと言われています」
「発狂?」
「幻覚、幻聴、虚言……今のルベラのように精神的異常を起こしたり。酷い倦怠感、吐き気、発熱に襲われる肉体的異常もあります。ようは魔力の沸騰が原因だと考えられる、人類に魔法が扱えない一番の要因なのですよ」
難しい言葉ばかり出てきたけど、簡単にまとめると「人間は、魔法を使いすぎると頭や身体がおかしくなる」ってことなんだろうな。オスピスが魔法の発達?がどうこう言ってた原因はこれか、だから攻撃にしか使えないんだ。
「それで、ルベラは治るの?」
「時間が経てば落ち着きます……精霊族は私達より魔物に生体が近く、体内の魔力も濃く発狂しにくい……それに、反動を緩和できる魔石さえあれば発狂は起こらないのですが」
そう言ってさっきルベラの指から取り除いた指輪を見つめていた。
すっかり黒く焦げて、魔石があったと思われる場所がボロボロに割れている。つまりルベラが強い魔法を使ったから、反動に耐えきれなかった魔石の指輪が駄目になって、ルベラも発狂してしまった……じゃあなんで使ったんだろう?
もし、ルベラだったのなら。あと数回しかちゃんと使えないと言われた魔法を、無駄に使いたくはない。それに強力な魔法を使ったと言うならば、どうしても使わなきゃいけない状況下だったのかもしれない。
急な出来事に驚いた、または怖くて手加減することも難しかったのなら……そしてこの洞窟とサニタスの話から自分なりに考えてみた。
もしかしたらこの谷に前から住んでいる魔族じゃない、ましてや人でもない。ならやっぱり——。
「キャッスルグリズリーが……ここまで来ていた?」
「……でしょうね、大きく生息地から外れているのが気になりますが。悲しいことに、合っているでしょう」
「糞の中をチェックしてみたぞー、獣の骨みたいなのの他に植物の種や魚の鱗もあった!確定であの熊野郎だろうな」
戻ってきたヴェクタが汚れた弓矢を振り回しながら、調べてきた情報を教えてくれた。流石にウンチは素手で触れないもんね……でもすごいな、そこまでして相手の情報を調べるんだ。
敵がどんな相手か分かれば、対処や作戦がやりやすいんだろうな……すごい。
だからこそ、些細なカリエス
「同じ獣のオオカミ系統の魔物は肉しか食わんからな……おい、その弓矢をこちらに向けるな。不潔だぞ!」
「直で魔物なんかの死肉を触るお前が言うのかね……ぽいっ」
持っていた弓矢を遠くに投げて、手をパンパンと払っているヴェクタを信じられないものを見るように睨んでいた……スライムのぼくからしても、信じられない行動はサニタスなのにね。
「こうなってしまえば問題が変わってくるな……このまま放置してカマアマへ向かうことはしたくはないな」
「ルカタが襲われるって言いたいのか?キャッスルグリズリーだってもっと森の自然が豊かな所で暮らしたい筈だぜ?安全な場所で産みたいってここを選んだんだろうし、一匹産んだら帰んじゃねーの?」
ついさっきサニタスが言っていた、もしかしたら繁殖期なんじゃないかって。
ふたりの会話を聞く限りだと、繁殖期って赤ちゃんをお腹の中で育てる時期のことだと思う。スライムはそんなことしなかったけど、獣の魔族はお腹で赤ちゃんを育てるって近所のコボルトおじさんが言っていたな……コボルトおじさんもお腹で赤ちゃん育ててたのかな?
「……見ろ、へその緒も胎盤もついたままの幼体を見つけた。だいぶ前に息絶えている」
「お、おいおい!それこそ素手で掴むなよ気持ち悪いな……やめろ!近づけんなし!」
「死んでいるのに、今更怖じ気づくのか?予想だが難産だったか。産まれた時に母親が上手く我が子の対応ができなかったか……どちらにせよ、子が駄目になったことが重要だ。これのせいで気性が荒くなっているのかもしれないぞ」
さっきの爆発音で近くに捨てたキャッスルグリズリーの赤ちゃんを掌に乗せて、試しにとルベラにも近づけていた。
今までキリッとして頼もしかったヴェクタが顔を青くして、長い耳を垂れ下げてまで怖がっている。
人間の中でも異常な行動なんだろうな、なんで平気なの?この中でサニタスが一番よく分からなくなってきた気がする。
「とにかく、作戦会議をしよう……リゴル!見張りはいい、とりあえず戻ってくれ!」
「うーっす……なんで、サニタスさんが異常なまでに血まみれなんすか!?」
「死体、ベッタベタ、イカれ神父のいつもの」
斧を手に持ったまま洞窟に顔を覗かせたリゴルの顔が一瞬にして引きつった、説明を部分的に口にしたヴェクタの話で納得できたようで苦笑いしていた。やっぱりリゴルもヴェクタと同じ顔をする……人間って病気に強いのかな?絶対悪いバイ菌入るじゃん。
「リゴル、ヴェクタ、そしてカリエス殿……今後のキャッスルグリズリー討伐についての話し合いを始めましょう。ここで倒しておかねば、きっと人害が出てしまう」
「キャ……スル?え、なんで?」
「それも説明してやる、よそ見リゴちゃん。お静かにな」
口元に指を一本立てて片目を閉じたヴェクタがそんな仕草をすると、混乱したのか顔を赤くさせて俯いていた……嫌だったんだ。
倒したい敵が寝泊まりしている場所で、その敵を倒すとかいう……異様な作戦会議が始まった。
サニタスが簡単に調べた情報をまとめて、理解が詰まれば僕とヴェクタが噛み砕いて説明してリゴルに教えていた。
その間に、ルベラが急に立ち上がって、ふらふらと何処かに行こうとしていたのをみんなで止めたりもした……これも一種の魔力の暴走なんだって。
どれだけ声を掛けてもルベラはずっと家族や故郷の話を続けていた。
呆れたヴェクタが荷物から縄を取り出してルベラの足を縛っていた……ちらっと見えたけど、滅茶苦茶に色んな物が詰まっていた。どこになにがあるか分かってるの?整頓したらもっと分かりそうなのに。
「ふぅ……私達が説明できるのはこれくらいだろう。外にはなにか見つけたか?」
「こっちはルベラが立っていた場所に、爆発の跡と魔物の血痕がありました。遠くまで続いていそうですし、手負いになっているっぽいですけど肉片とかは……霧が濃くなっていて、遠くまで探しに行きたくなくて、見つけてないです」
情報の共有として、外の様子を教えてくれたリゴルの声がどんどん小さくなって元気が無くなっていく。
それでも言葉を吐き出し続けるリゴルは辛そうだった、よそ見をしていたから……そう思っているのかな?
「しゃーないさ。お前のことだから、グロッキーになってるルベラの代わりに辺りを警戒していたんだろ?その死角で……ってことだ。責任は感じるなよ、お前だけが悪いわけじゃない、目を向けられなかったオレ達も悪かった」
リゴルの頭に優しく手を置いて、大胆な性格の筈のヴェクタがそっと撫でていた。少しだけ、お母さんみたいだなって考えちゃって、リゴルが羨ましくなってしまった。
「か、勘弁してください。俺もう25っすよ」
「オレからみりゃみーんなガキンチョだよ、ほら泣くなら胸かしちゃる!来い!」
「行けないですって!」
ヴェクタの手を払い除けて、ちょっとだけ元気を取り戻したリゴルの様子をみんなが笑ってた。僕も顔の力が抜けた感覚を感じた……そうか、安心すると顔の力が抜けるんだ。覚えておこう。
「では作戦を考えよう。出血が見られるということは、少なからずダメージを負っていることは分かる。だが、これは利点とは限らないな……」
顔に力を入れたサニタスは、顎に手を当ててじぃっとなにかを考え始めた。
みんなで答えを待つのかなと思っていたら、ヴェクタが鞄から瓶と弓矢を取り出して数え出して。リゴルは大きな斧を包んでいた皮製の鞘のようなものを取り除いていた。
「毒薬は心許ないが、強力なのが一回分。矢の方も数は十分ありそうだ」
「斧はちゃんと研いでいたんで、こっちも問題なしです……仕掛けはなにか使います?」
「今回は罠など意味がない。片付けてくれ」
なにを話しているか分からないのに、みんなはなにをするか理解しているからなのか、淡々と話が進んでる。
僕が口を挟む隙も与えてもらえず、それぞれが準備を進めている。それっぽく振る舞った方がいいのかと思って、剣を抜こうとする手を止められた。
乾いた血の臭いがする、顔を上げればサニタスが悲しそうな目で見つめていた。なにを言われるか構えていると、サニタスの口がゆっくりと開いた。
「貴方には、別の仕事があります」
「え、なんで——」
「大事な仕事ですので、お願いできますか?」
どこか嫌な圧を感じて、言葉にしにくい後ろめたさを感じたけど、大人しくしてたほうがいいなって思って黙って頷いた。