ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
サニタスが衣服を整えて、リゴルが準備運動をして、ヴェクタが弓の糸……弦か、弦を張っていた。僕は、僕はというと……。
「ルベラ、痛くない?」
「七つの卵、山のふもとに植えると死者の世界とわたくし達の世界を繋げて、生者と死者の混沌まーぜまぜが……」
「い、痛くないんだね」
まだ正気にならないルベラの左手と僕の右腕が、ヴェクタが縛ってくれた縄で繋がっている。右手に縄が食い込んで痒い、でも痛くはない。それでもちょっとだけ痒い。
「では、カリエス殿。私との約束、覚えていますか?」
サニタスが確認のために、さっきの作戦の内容を聞いてきた。戦いの前だから、どことなく冷たい目をしている……だから反論する気も起きず、もう一度繰り返す。
「ルベラと……ルカタに戻る」
「そうです、そこで適切な治療を受けさせてあげて下さい。数日、私達が帰って来なかったら……その手紙を教会宛に」
鞄がずしりと沈むように重たくなっている、サニタスがくれたお金のせいだ……小さな袋にいっぱいに詰まっている金ピカの丸い金属。そしてサニタスの首飾りと一緒になった手紙、あれだけ空っぽだった荷物にこのふたつが入っただけで随分と重たくて、持っていて嫌な気分になってしまう。
「ほら、ランプ一個持ってけよ。それと腹が減ったらこれ、砂糖漬けのモルフを食べるんだぞ。ここからだとちょっとあの街までは遠いしな……迷うなよ」
「魔物に遭遇したら、姿勢を低くして居なくなるまで待つんだぞ……と言っても、これはカリエスから教わったことだけど。忘れてるだろうから念には念で」
ヴェクタからは瓶に詰まった干からびて変色したモルフ、リゴルからは魔物への対処法を教えて貰った、貰ってしまった。
「ではここでお別れです。生きていれば、また……」
サニタスの突き放すような言葉に、喉が締め付けられる感覚がした。でも、どうしてだか、僕はとても安心した気がした。そして悪い考えも浮かんできた。
これ以上、みんなを騙さなくて良くなるって。
だから引き留める言葉も、別れの言葉も出せず、ただ俯いてみんなを視界に入れないようにしてしまった。
「では、行こう」
「おっけい、終わったら秘蔵の酒を出してやるからな。いっちょぶちかまそうぜ」
「またまた……出すにはちょっと早いんじゃないっすか?」
目の前からみんなの足がすっと消えて、楽しそうな会話と足音がどんどん遠くなってく。
霧に紛れてしまったみんなの姿は、やっと顔をあげた時にはどこにも見当たらなかった。
「あ……みんな……」
ようやく絞り出したのに、その次の言葉のどれがカリエスとして正しいのか、自分でも分からなくなってしまう。
置いていかないで?僕も連れていって?死なないでね?……違う、本当に言いたいのは「さよなら」なんだろうな。
お母さんに会いに行くために、勇者になって世界を旅して、元の身体に戻る方法を探す。
でも、それはみんなとじゃなくていいし。ましてや勇者になんかならなくてもいいんじゃないのかな?
オスピスがそう言っていただけで、勇者じゃなくても世界を回れる……そこで同族に会えればそれでいいじゃん。僕は……ぼくはそんなに頑張らなくて良かったじゃん。
そうだ、戦わないでいいんだ。みんなに嘘をついて、人間のことを勉強しないでいいんだ。
「勇者に、なれないのなら……ならないでいいじゃん。だってぼくは……ただの——」
「再生の子」
はっとして続きを言いかけた口を閉ざした、なんだって?今のどういう意味なんだろう。
繋がれた縄の先を見れば、あんなに焦点が合っていなかったのに今は真っ直ぐ僕を……違う、全然知らない目線を向けていた。これはカリエスにいつも向けられた尊敬の目じゃない、その奥に居る、異質な存在の
「る、ルベ……ラ?」
「やっと思い出した。マドお祖母ちゃんが言っていた御伽噺を……死んだ始まりの栄光に、再び命を灯したお話。割れた卵の殻に別の中身が入ってしまうような、潰えた希望を引き継ぐ黄身のような存在」
確実に、これは絶対に正体がバレた。ルベラに殺されちゃう。
顔が青くなるよりも先に、慌てて縄を解いて逃げようとして、片手でなんとか結び目を取ろうとしてみた。でもヴェクタの器用さと力技で縛られた、この紐の結び目が分からない。どうやって縛ってたっけ?どうしよう……逃げなきゃ。
「そ、そうだ!切っちゃえばいい!剣……剣を抜けば!」
「生き物はいつか死んでしまう、それがなにであっても。でも忘れてはいけないよ、強い意志に引き寄せられて……叶えられなかったその願いを、代わりに引き継いで叶える存在がいるんだって」
急に語りだしたルベラをそっちのけで、自由が利く左腕で剣に触れて鞘に引っ掛かりつつも少しだけ刃の部分を出すことに成功した。
「やった!これで逃げられる……ちょ、るべ……ルベラ。力込めないで、ちょっと!やめて!ぼく逃げたいんだ。止めないで!」
後は縄を切ればいいだけなのに、肝心のルベラの腕を動かして剣に近づけることができない。
カリエスの身体、持ってちゃうの怒ってるのかな?しょうがないじゃん、ぼくだって身体の返し方なんてわからないんだから、可能ならばすぐ出てくのに!
「ねぇあなた、お名前は?」
「言ってたまるか!どうせサニタスにぼくの正体を言ってみんなで殺しちゃうんでしょ!ぼく、君達になにも悪いことなんかしてない……本当だよ、ぼくは……お母さんに、会いたいだけなんだ……」
外側がカリエスだからだと言っても、あんなに優しく接してくれて、一緒に笑いあったルベラに。今とても酷いことを言ってしまっている。
「お名前は?」
「言わないよ!ぼくは……人間なんか大嫌いだ!」
強く叫んだ言葉が洞窟に跳ね返って、ゆっくりと小さくなっていく。呼吸が乱れて顔が熱くなって、本当に今すぐ縄が解けたのなら逃げてしまいたい。
怖い、早く終わりにしたい、ぼくはただ、お母さんと一緒に普通に暮らしていたかっただけなのに……なんでこんな目にあうんだよ。魔物が……ぼく達魔族が、人間に一体なにをしたんだよ。
「だからお願い……ぼくは、カリエスじゃない。方法が分かればこの身体も返す……だから今は見逃して」
なんて言われるか怖かったから、ちらりと顔を見れば、まっすぐぼくを見ているだけだった。
だけどその目に光が戻ってない、そんなルベラが優しく笑っていた。
まだ正気には見えない。ねぇルベラ、君は一体なにを企んでいるの?君の尊敬する、カリエスじゃないって分かったでしょ?
「じゃあサニタスさんも、リゴルもヴェクさんも。みーんな、死んでもいいのね」
「そ、それは……なんでその話になるんだよ。ぼくは戦えないのに」
まるで夢の中の人物と話してる気分だ、言葉が通じるけど。意味が通じないのがずっと続いてる……ルベラはぼくにどうして欲しいの?
「いいの?みんなカリエス様のように、再生の力は貰えないかもしれない」
「再生の力って、ぼくはただこの身体を借りているだけだよ……だからカリエスのように剣も握れない。弱い、スライムだよ」
ふと剣を引き抜く手が止まり、ストンと音を立てて鞘の中に剣が戻ってく音が響いた。だからなのか、ルベラが右手で縄を掴んで力を込めれば縄が急に燃え始めた。
「あっつ!ルベ——」
「わたくしは行きます、みんなを……死なせたくない。わたくしは勇者じゃないけど、みんなのことが大好きだから」
黒い煤になった縄を払い落とし、まだ意識がおぼつかないのに……その濁った目の奥に確かな決意を感じ取れた。
「さようなら……お名前も分からない魔物さん」
それ以上はなにも言わず、サニタス達が進んでいったように霧の中へ消えていった。
いま、ぼくの中にあるのは……大量のお金と、手紙と、食べ物。そしてカリエスの身体、それだけ。
こ、これだけあれば……逃げてもしばらくは大丈夫そうだ。お金の使い方はなんとなくだけでも知っているし、このまま上手いこと解決の糸口も見つかるのかもしれない。
「こ、これでいいんだ……逃げることは、悪いことじゃないんだから」
でもなんでだろう?この心に深く刺さるものは……どうすればいいんだろう?
カリエスなら、どうしたんだろうな。