ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
血痕を辿り谷を進んで行くと、一段と霧が濃い開けた場所に出てきた。どうやら谷の底なのか?空気が重く体の中に沈んでいく不快感を覚えてしまう。
それに加えてやけに湿っているな、ルベラが居たらはしゃぐかもな。自慢の炎の魔法が弱体化するだろうことも考えずに、跳びはねて……いかんまた余計なことを。
「おい、見てみろ。あれじゃないか?」
早速目標だった魔物に気がついたヴェクタが、声を潜めて指を差した箇所を見てみる。
霧が濃くてよく見えないが、暗闇の向こうで微かに蠢く黒いなにかは確かに見えた。リゴルは目を凝らしても見つけられない様子だ……実際真っ暗だ、あれを使うか。
「ヴェクタ、閃光弾を」
「だろうな……この前リゴルに作ってもらった奴があんぜ。火ぃくれ」
弓矢に括りつけられた閃光弾の導火線にランプの火をつけてやると、弓矢を速攻手に取って弓を引いた。
弦がはち切れそうな音が聞こえ、すぐに風を切って遠くに飛んでいった音に変わった。少し待てばどこかの岩壁に突き刺さり、そこから辺り一面が眩しい程明るくなった。
閃光弾……こういった暗闇で戦う前に火をつけて遠くに投げれば、事前に生成した液体に引火して激しい光を放つ代物。
しかもヴェクタはそれになにかを足しているようでよく光る、と自慢していた。
私には作り方も仕組みもよくわからん。一応皆と混ざって教えて貰ったが、パーティの中で唯一私のだけが光らんかった……物づくりはどうも、昔から性に合わん。
「うぉっし発光パーペキ!どっかの堅物のとは大違い!」
一生の不覚、同じ内容を考えていた……リゴルも慌てて口を手で押さえたのが見えた、お前も同じことを考えたのか?
光がどんどんと強まれば私達の影が長く伸び始めた、しかしすぐになにかの大きな影に飲まれていく。ようやくその姿を見ることが叶いそうだ……さて、どんなものかね?
「さ、サニタスさん。あ……あれって本当に、ただのキャッスルグリズリーっすかね?」
真っ先に見つけたのか、すぐに声を潜めてそう聞いたリゴルの言葉を耳にして改めて目を凝らした。
強大な山のような影の先に、屈強な肉体。四足歩行故の太い足の先に鋭い爪……極めつけは歯を剥き出して目を光らせ、視界に入るもの全てを殺そうとしているようだ。
特徴的な毛皮表面にある鉄の鎧のような体毛も健在そうだ、やはり『キャッスルグリズリー』で間違いないのだろう。ルベラを襲ったのもあいつか?
「デケェな……昔はヨロイグマとかってちょっとばかしデカい魔物だったのに。これが進化ってやつか?」
ヴェクタが弓矢を手に持って構えようとするのを止めさせ、音を立てないように全員でゆっくりと下がり、死角になりそうな岩陰に隠れた。
「にしては凄まじい大きさだ、確実にこの辺りの魔物じゃない……この前のマザー・スライムのボヤ騒ぎで逃げてきたのか?いや、キャッスルグリズリーは火を怖がらない。やはり魔石と魔力の関係性にはまだ謎が——」
「で、どうします?俺はいつでも大丈夫ですよ」
リゴルの言葉で考えの海から正気に戻ってこれた。魔力云々なんてどうでもいいのだ……『この三人で』倒さなきゃいけない。今はそれだけを考えろサニタス、お前の持論はここじゃ意味を成さないのだからな。
「とりあえずいつも通り、リゴルはカリ……ヴェクタのサポートを。弓で急所を狙えるようならば遠慮なく撃ってくれ」
「おっけ、リゴル。頑張れ」
「せ、殺生っすね。カリエ……スは居ないけど、なんとか倒せると良いですね……俺は、臆病だから……攻撃は期待しないで下さい」
恐怖で小さく震えてるリゴルの背中をポンポンと軽く叩き、軽い欠伸をするため口に手を当てているヴェクタ。
このふたりのやる気の無さと自信の無さ……いつも通りなのだが、今日だけは本気を出してくれ、私だって憂鬱なんだ……。
前線で怯むこともなく、瞬発的な指示にすぐ対応できたカリエス殿がいなくて、勝てないかもしれない不安が募るのは分かる。
でも居ない者を悔やんだってしょうがないだろう……私だって居て欲しいんだ、勿論ルベラにだってだ。
人数が多ければ隙は生まれにくいし、戦略の幅だって広げることができる……だがそんな贅沢は言えない。
魔物は倒さなければいけない、どんな脅威にもなり得るから。
どんな弱い魔物であっても、危険には変わりない。危険だと判断でき次第、徹底的に殺してやらないと。
「最悪私が魔法で支援を行う、雷魔法だけどな。あー……奴には有効か?効くといいんだがな」
「サニタスさん、魔法……使えるんですか?」
「おい指示厨、なんで今まで隠してた。実戦でバンバン使えよ」
「精度も回数も実戦では使えん。ルベラのようなエリートとは違うクソ魔法だからだ……だからこれは最後の手段なんだ。私が魔法を使う時、お前らは私を置いて逃げろ……いいな」
隠し持っていた魔石の指輪を左手の人差し指にはめる。久々に装着したが、少しサイズがキツい気がするが……だからといって使えんことはないだろう。
これでいい、準備は整った。
「始めようか……リゴル、ヴェクタ」
「ま、任せてください!」
斧を構え岩陰から身を乗り出したリゴルを合図に、ヴェクタが弓を張り詰めていく。
お目当てがよそ見をした首元にまっすぐ矢が突き刺さった、駆け出したリゴルが同じ場所に斧を振り下ろした。
でも致命傷にはならず、外の分厚い毛皮を掠めただけだった。小さな切れ込みを入れただけで、斧はズシンと重たい音と共に地面に突き刺さった。その衝撃か、ヴェクタが放った矢も力なく抜け落ちた。
「かってぇ……岩切ってるみたい」
「リゴル!すぐ下がれ!」
痛みで私達の存在に気がついたのだろう……リゴルが斧を引き抜く間もなく、キャッスルグリズリーがこちらを確認することもなく、大きく痛みのする方へ体当たりをしてみせた。
ただの横に重心をずらしただけ、だとしても人を突き飛ばすには十分だったようで。引き抜こうとした斧と一緒にリゴルが吹き飛んだ。
小さな悲鳴と共に転がっていくのを助けてやろうとするも、奴がこちらにも気がついた。
正面を見ればよくわかる、目がギラギラとして首の下側がほんのり焦げて赤く染まっている……ルベラの魔法で爆ぜた跡だな。あそこを狙うのも手か。
「リゴル!」
「行くな!そんな軟な男じゃない。ヴェクタ、私が前に出る。首筋の焦げている箇所が見えるか、そこを毒矢で狙ってくれ」
「矢があんな所まで曲がって飛ぶかよ、それにお前の短剣でどう対処すんだよ」
「なんとかする……頼んだぞ」
懐から短剣を取り出し、キャッスルグリズリーの正面に立った。手負いだとは思えない位には落ち着いてこちらの出方を伺っている、無我夢中で突っ込んでくれば楽なんだが。
短剣を構え、いつでも動けるように足を大きく開いて姿勢を低く保つ……すると私に向かって右手を大きく振り上げたのが見えてすぐさま躱す、紙一重でよけたつもりだったが頬に爪の先端が掠めた途端鋭い痛みを感じた。
考える時間もないままに握った短剣をキャッスルグリズリーの左目に突き立て、奴が痛みでよろめいた隙に転がるように背後に回り込むことに成功した。まずは片目を潰せた、我ながら現役だな。
「当たるなよ!サニィ!」
矢を番えた弓を強く引き絞り、私に続いてもう片方の目を狙うも片目が急に痛み暗くなったことに混乱したのだろう。
頭を強く振ったせいで結局当たらず、カランと音を立てて床に落ちてしまった。
「畜生!毒矢が当たればこっちのもんなのに……」
「慌てるな、死に急ぐことになるぞ!」
もう一本の短剣を取り出して構え、今度は腰付近に突き立てた……ダメージは与えられているのかも知れない。効いてるとは到底思えない、やはり決定打が欲しい。なにか強烈な一撃があれば……どうすればいい。
「大人しく……しやがれ!」
気がつけば立ち上がっていたリゴルが斧を振りかぶって、キャッスルグリズリーの足の筋に切りかかった。
肉に届く嫌な音が響いたが、骨で止まってしまったようだ。さっきの最初の一撃より強く斧が突き刺さっているようだ……これで奴は必要以上には動けないだろう。あとは時間を掛ければなんとかなるのかもな。
「リゴル!このまま仕留めるぞ!」
「ちょ、ま!……骨が硬すぎて、抜け……」
リゴルがキャッスルグリズリーの足に食い込んで抜けない刃を懸命に引き抜こうとしても、まるで元から一体化したようにビクともしない……魔物の骨に刺さったからってそんな、いやまさか。
「おい、まさか……サニィ!リゴル!屈め!」
目の前の獣は異様に静かだった。それが死を悟ったのか、なにかを待っていたのか……答えは簡単。後者だった。
三本目のナイフを取り出して、リゴルがようやく斧を引き抜けた瞬間。目の端に電撃が走った。
谷全体を大きく揺らす程に低く、腹の奥に反響するような獣の唸り声が聞こえた瞬間。キャッスルグリズリーの近くに居た私とリゴルに雷が直撃した。
ただの天気ではない、それに私のでもない……明らかにキャッスルグリズリーが放ったものだ。狙ってたのか、偶然なのか、こちらに明らかなダメージが入ってしまったのを理解した。
なんとも魔物の魔法は強い、これが
一瞬だけ体に激しい痺れが走った、うまく力が入らず膝を付きそうになるのを根性だけで踏ん張った。
魔法とはいえ電撃が体中に走ったからか、心の臓に違和感を覚えて咳き込んでしまった。
「ゲホッ……かハッ!……」
煙草の吸いすぎなのもあるのだろうな、上手いこと呼吸ができず息が詰まる。痰が絡まる喉が痛い……そろそろ年だから、辞めておけばと何度思ったことか。
顔を上げれば、魔法を撃った反動なのかキャッスルグリズリーがふらついている。一種の魔力の暴走だろう。
魔物といえど、強い魔法の扱いはご法度なんだろう。どちらにせよ今がチャンスだ。
「攻めるぞ!リゴル、ヴェクタ」
「リゴルは駄目だ!感電した!」
ヴェクタの声と共に矢が飛んできたものの、キャッスルグリズリーに刺さるどころかくっついてしまった。ちらりと視線を移せば、斧を持ったまま白目を向いて放心状態になっていた。
「一番強く魔法を喰らったな、耐性もない癖に……」
「弓が効かねぇし!それにリゴルも……おい!サニタス!逃げろ!」
珍しくヴェクタが私を本名で呼んだ。だからナイフを持った手ではなく、指輪をはめた左腕を突き出すように構えた。予想はすぐできた、だからやるべきだと思った。
目の前のキャッスルグリズリーは前足を地面から離し、その巨体を二本の太い後ろ足で支え、その見上げる程大きな体を見せつけてきた……「これからが本番だ」と、そう言っているようにも私には見えた。
「くそ……この、災厄共が」
怒りと共に強く口の中に力を入れたからか、鉄の味を感じる。ふぅと息を吐いて腹の下に力を溜めるようなイメージと共に左手に魔力を集中させた。
小さく空気が弾ける音がし始め、貧血に似たような症状を感じる……魔法を撃つ手前でもうこれか、自分の才の無さが嫌になる。
十分溜まりきったら拳に力を込め、キャッスルグリズリーの懐に駆け出して力の限り思いっきり殴りつけた。
毛皮の奥、その皮膚にめり込んだのを感覚で理解すれば力を一気に入れて魔力を流し込んだ。
ルベラの実体化の魔法と違う、相手の魔力に影響を与える……私の場合は相手に触れていないと発動しない。それに一回の発動に魔力を大きく注ぐことになる、だから——。
「ぐぅ……久々に撃てば、すぐこれか……」
キャッスルグリズリーにダメージが入ったかどうかより、魔力の暴走によって鼻の中にドロリと温かい感触を覚え視界の端から黒ずんでいく。
魔法は発動した、しかしそれは諸刃の剣……辛いことに敵を前にして膝をついてしまった。
ナイフを握る力が弱まり、手から溢れ落ちてカタンと音を立てた。私の全力の魔法を直に喰らった筈なのに大したダメージは与えられなかったようで余裕そうに唸る声だけが聞こえる。
すぐに動かないから倒しやすいと考えたのか、すぐさま右手を上げて全力で私に振り下ろすのだろう。見えはしないものの、鈍い音だけ聞こえれば予想するのは容易かった。
もはやここまでか、そう腹を括って目を瞑った。
ドォン!となにかの爆発音と共に、キャッスルグリズリーが唸り声を上げてまたよろめいた。それがなにを意味しているか、嬉しい反面申し訳なかった。
「すまない、ルベラ!……ルベラ?」
その爆発の正体はやはりルベラだった。両手をキャッスルグリズリーに突きつけて、先ほど巻いてやった包帯が黒く焦げている……それにカリエス殿と縛りつけていた筈なのに縄がない。
と言うことは真実はひとつだろう……しょうがないのかもしれない。記憶喪失でいきなり戦いに向かった仲間だと自称した連中から金を渡されたならば、欲が出て……なんてことかもしれない。
あの金品に目が一切向かない男が、目が眩んだなんて考えられないが、だとしても怖くて逃げた……それだけの可能性は残る。
そうか、あいつは逃げたのか。
本当は悔しい気持ちが勝つ筈なのだが、私の胸は嬉しさで一杯だった。ああ、この矛盾が気持ち悪い。
「ルベラ!治りかけ悪いが、支援は任せるぞ」
まだ虚ろな目が閃光弾に照らされているが、叫ぶように指示を投げかける。小さく頷いたのか、ただ首が傾いただけなのか……とりあえず真実はいい。
勝敗は大きくは変わらない。でも思わぬことに、このピンチにルベラが駆けつけてくれた……もしかしたら全員生還で帰れるのかも知れない。
「いくぞ……必ず、倒すぞ!」
袖で鼻血を拭い、体に残った気力だけで立ち上がり、再度短剣を取り出して強く握る。誰のためでもない、自分自身がそうでありたいがために声に出して決意を固めた。
「この身を賭けて、必ず」