ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
さっき歩いてきたかもしれない道を、今はひとりで戻っている。
さっきみんなで火を焚いて鍋を囲んでいたであろう場所を、今はひとりなのに見つめていた。
あんなに空っぽだった鞄に、お金や食べ物……色んな物を詰めた状態で。真っ暗な道のりをちっちゃなランプでなんとか照らしながら……そう、僕は……違う、ぼくは逃げた。
「こ、これで……いいんだ」
何度目か分からなくなった言い訳を誰も居ない場所に向けて飛ばし、また重い足を引きずって道を戻っていく。
戻っている途中で、どこかが明るく光りだしたのが見えた。多分太陽でも、ましてや火でもない……ぼくが知らない人間の道具かもな。だから、きっとあそこで戦っているのかもな。
だからって、なにもできないんだけど。
最初はルベラに追いつこうとした、あんなまともじゃない状態で戦えないし、あれ以上魔法を撃ったらどうなるんだろう?最悪死んじゃうんじゃないの?って思ったら走り出していた。きっとカリエスもそうするのかも知れないから……でもやめちゃった。
もし、キャッスルグリズリー?ってのとみんなが戦っていて、ピンチに駆けつけられたとしても、剣も抜けないぼくはどうするの?みんなの邪魔しちゃうかもしれない。
最悪ぼくを庇って……お母さんみたいに居なくなっちゃう。みんな、ぼくの前から。
「みんな……居なくなっちゃうんだ」
人間は大嫌い、ルベラと話していた時につい言ってしまった八つ当たりのような言葉。
なんてことのない言葉だった筈なのに、今は考えるだけで顔に力が入って目を瞑ってしまう。
ちょっと待って、そうだ。
人間は本当に嫌いなのに、この気持ちは本物なのに……なんでこんなにみんなのことを心配しちゃうんだ?ぼくは彼らと出会ってまだ一日とちょっとなのに。
みんなと食事をして、ちょっとだけ話しただけ。みんなが好意的なのだってぼくの外側が『カリエス』だったから、みんなが優しく丁寧に教えてくれるのは……ぼくが僕だから。
ぼくが記憶喪失のカリエスの
発狂していつも通りじゃなかったとはいえ、ぼくがカリエスじゃないって分かった。多分オスピスが言っていた魔力の流れが見えたのかもしれない。
それを知っているルベラが、みんなに言っちゃうかも……そしたら、ぼくは殺されるのかもしれない。
みんなに恨まれて、「カリエスの身体から出ていけ」って怒られるんだろうな。ぼくも……ぼくも叶うなら出ていきたい、この身体の主のカリエスだって困ってるだろうから。
「そういえば、カリエスって生きているのかな?」
考えつかなかった疑問がつい口にでてしまっていた。そうだ……オスピスは言っていた、「死体に寄生して生きる」って……死体?
カリエスっていつ死んだの?今のこの状態って生きているのと死んでいるのとだと、どっち?
試しに自分の胸に手を当ててみる……と言っても鎧越しだから直接じゃないけど、集中してみると小さく音が聞こえた気がした。トクン……トクンって!
これも、ぼくの能力なのかな?死んだって、身体が完全に動かなくなることでしょ?死体はお肉の別の言い方……じゃあぼくって、カリエスって死体?
「違うんじゃないかな?……じゃあ、カリエス。君は生きているの?」
試しに声を掛けてみた、でもやはり反応はない。ただ真っ暗な谷の中に消えていくだけ、それでもぼくは諦めずに声を掛けてみる。
「君の……君の仲間のルベラ、リゴル、サニタス、ヴェクタが戦っているんだ」
カリエスの声が、どこかに跳ね返って返ってくる。ずっと慣れない声……本当にぼくが喋っているなんて信じられない、でも続けなきゃ。そしたらぼくが今一番欲しい答えにたどり着けるのかも知れない。
「ぼく……ぼくね、本当はみんなの敵だけど、ぼくもみんなに死んでほしくない。みんなを助けにいきたい!旅を……お母さんを探しに行く旅をするのなら、ぼくはみんながいい!でも、今のぼくは……戦えない」
強い風が吹いて、ランプの火が大きく揺れた。そんなのには目もくれず、もしかしたらに賭けたい、だから声を張り上げた。
「お願い!ぼくに剣の使い方を教えて!君は勇者になりたいんでしょ!?ぼくも……ぼくもなるよ!君の身体を、借り続けることになるけど……それでも、ぼくも協力する。魔王……はなにも悪いことしてないと思うけど、ちゃんと倒すために進むから!」
胸の音が早くなって顔が熱くなってきた、それでも反応はない……そりゃそっか。
カリエスの返事を待っているのはぼく、つまりカリエスなんだから。カリエスがカリエスに答えるなんてできないよな……駄目だったな。
「じゃあやっぱカリエスは——」
諦めかけたその時、目の前に激しく火花が散った。この感覚をぼくは知っている、でも深く考えたり、強く願ったりもなにもしていない。それに——。
「追憶……ちが……う!」
追憶をした時に似たような火花が散ったけど、意識は飛ばなくて。代わりになにかの映像が一気に頭の中に流れ込んできた。
燃える街、手を引かれる小さな男の子、その子を抱きかかえて……燃える街と、魔物を……。
駄目だ。酸っぱくて喉が焼けるようなものが喉まで迫って、口の中に溜まってそれどころじゃない。
「おえ……うぇ……」
頭をなにかで滅茶苦茶にされて立っていられない衝撃と、口の中のなにかをビシャリと吐き出して、一旦考えるのを止めた。
鼻にまで上がってきた酸っぱさを感じながら、残りを全部吐き出して粘っこいものを咳き込んで吐き出し、大きく息を吸う……周りが真っ暗で良かった、戻したものが見えないから。
鼻から垂れた液体を袖で拭いながら、歩いてきた道を振り返る。遠くでほのかに光る場所から、まるで雷のような耳に突き刺さる音が谷中に響いていた。ランプを掲げてみれば、険しいけど道がある……あの道を通れば。
「そうだ。ぼくは……結局戦えるのかな?」
剣に手を触れようとしたら、また遠くから別の大きな音がした。駄目だ、のんびりしてる暇はない!もしかしたら、みんなは——。
「か、考えないぞ!大丈夫かもだけど、勝てるかどうかは分からない。なら、ぼくが!」
ランプを片手に慣れない場所を駆け出した。肩に掛けた鞄が激しく揺れて走りにくい、なにかに躓いて転びそうになっても足は止まらない。
前が上手く見えなくて壁に何回かぶつかった、足場がなくて遥か下に落ちそうになった。
魔族が使うような、細くて人間が歩くには難しい道もあった、でも足は止まらなかった。
どんどん光が強くなって、糸が張り詰める音、何かがぶつかる音、大きな地ならしみたいな音……全てが大きく聞こえてくる。
「リゴル!ヴェクタ!」
みんな無事かな?生きてるのかな?
「サニタス!」
逃げてごめん、もう逃げないよ。
「ルベラ!」
ぼくね、決めたんだ。
「ぼくも、戦う!みんなと……みんなと一緒に居たいから!」
光の先に飛び込むのと同時にランプと鞄を投げて、剣を握った。
あんなに抜くのすら一苦労で、触るのだって初めてなのに、剣が助けてくれたのかのようにスッと鞘から姿を現した。
剣と言うには白い金属、薄い筈なのに折れることが考えられないまっすぐな姿がそこにはあった……君も手を貸してくれるんだね。
「いこう!」
使い方なんか理解していないのに、今はそれが手に馴染む。強く、離さないように力を込めて光の中へ飛び込んだ。
目を開いていられない程に強い光の中に飛び込めば、鼻を襲う血となにかが焦げるような臭いがしてきた。短く荒くなっていく呼吸を止めないで、光に慣れるように目を凝らせば……いた!みんなだ。でも——。
「みんな……ボロボロだ」
小さな剣……多分サニタスの短剣が何本も刺さって、脚が傷だらけ、立っているのもやっとなキャッスルグリズリーを囲んでみんなが居た。
リゴルは前に立って斧を構えているけど、体中が所々焦げているし。ヴェクタはふらついているルベラの治療に専念して、サニタスはちゃんと立てないのか近場の岩に身体を預けている。いつやられてもおかしくない、だからぼくが……僕がいかなきゃ。
「でもやっぱ……いや、いくんだ!みんなと旅を続けるんだろ!」
考えればすぐ後ろ向きになって足が止まる、だから考えないように悪いことを振り払って、力強く最後の一歩を踏み出した。
足がもつれそうになりながら、キャッスルグリズリーの一撃を躱し、大振りな左手の振り下ろしを受け止めたリゴルの前に立って、剣先を敵の無防備なお腹に向けた。
「え!?おま……カリエ——」
「遅くなってごめんね!僕も戦うから!」
両手で柄を強く握って、深く突き刺させるようにもう一歩を踏み出した。切れ味のいい刃が、どんどんキャッスルグリズリーのお腹に沈んでいく。
かなりいいダメージが入ったのか、雄叫びを上げて大きくよろめいた。
それをチャンスとして、リゴルは斧を振りかぶって喉元に傷をつけた。あと一手だ、あと一手で倒せる!
考えるより先に剣を腹から抜き取って、今度はリゴルが斬りつけた場所めがけて剣で貫いた。
肉に沈む感覚と共に、切り口から噴水のように赤い血が吹き出し始めた。顔に掛かる度に熱さと嫌な臭いでめまいを起こしそうになる。
キャッスルグリズリーの血液の温度に反して、ゆっくりと、そして確実に動かなくなりつつあるからか、強大な身体の全体重が僕によりかかり始めていた。
あ、逃げなきゃ。
なんて呑気に考えている間に、完全に動きが止まったキャッスルグリズリーの下敷きになってしまった。
視界が一瞬で暗くなって、到着したばかりでなにが起きているかさえ分からないのに、早速下敷きになって動けない!逃げたから罰が当たったんだ!
という感じで軽いパニックになってしまい助けを求めた。
「お、重い!暗い!や、やだやだ!お願い、助けて!」
「なーにやってんだ、格好つけて登場してさらっと終わらせたのに……ヴェクタさーん!カリエスがー」
「いま、行く!おいサニィ、お前は寝てろ……ルベラ!どっか行くな!おーい!」
「か、カリエ……カリエヌ殿。わた……私が……うぅ……鼻から血が出ている、すごいはっけん……うふふ」
「寝てろ!混乱野郎が!」
呆れるリゴルの声と一緒に、呂律が回ってないサニタス、そしてヴェクタの怒鳴り声、誰かの足音も聞こえる。これはルベラかな?とりあえずみんな無事でよかった。
「よかったみんな無事で。僕が、倒せ——」
倒せた?僕が?
僕に覆いかぶさったままのキャッスルグリズリーを軽く持ち上げようとしてもビクともしない、それに上げようとすれば斬った場所からまだ血が出てきて止まらない。
力が入ってないそれはどんどん熱を失っていく、触れた箇所が硬くなり始めている……死んでる。
そりゃそうか、僕が……ぼくが?
「ぼくが、殺したの?」
どうしよ、考えないようにしてたのにな。
そんなタイミングを見計らったかのように、目の前に大きな火花が散った。