ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
胸が焼けるような熱さの中で目が覚めた。
真っ暗な部屋の筈なのに、どこかからの明かりが窓から入ってきて赤く照らしてくれていた……でも明かりじゃなさそう、火だ。
火がここまで来ている……どこまで?というかいつの間にこんな所に?ぼくは一体——。
「か、カリ……カリエス!どこだ!」
窓の外をぼんやり眺めていると、大きな足音と共に誰かが扉を蹴って開けて入ってきた。サニタス……じゃない、知らない人だ。ちょっとカリエスっぽいな、誰だろう?
「お父さん……どうしたの?」
勝手に口が動いて、目の前の人物に話し掛けた。お父さん……お父さんってなに?
「いいかよく聞けカリエス。魔物が攻めてきた……隣のリゴル君、分かるか?あの子と一緒に隠れてなさい、前見つけた場所に行くんだ!終わったら……迎えに行く」
お父さんと呼んだ人物はなにか言っている。魔物?それはぼくだよ……そう言ったつもりだったけど、向こうには届かない。これ、追憶?
「終わったら、狩猟に連れてってやる。もうすぐ秋だ、脂の乗った美味い魔物がこの辺りに集まるだろうな……必ず行こう」
優しく、でもどこか乱暴にぼくを抱きしめて手を握った。これ、なんの記憶?
考える隙も与えて貰えず、また大きな火花が目の前に散った。
ハッとして顔を上げれば、煙たい道を火を避けながら歩いていた。慌てて口元を隠そうとしたら、左手になにかを握っているのが分かった。振り返ればぼくと同じ位の人間の子供が、目元に溢れた水を一生懸命拭って、グスングスンと鼻を鳴らしてついてきていた。
まただ……オスピスに教えて貰った時には、こんなのなかったのに。
「リゴル、平気?」
まただ、また勝手に言葉が出てきた。ぼくが聞きたいのは「ここはどこなの?」ってことなのに……そうか、じゃあこれって——。
「グスッ……カリエス……父ちゃんと母ちゃん……それに……みんな、どこ行ったの?」
酷い顔だ。真っ黒に汚して、小さな身体なのに大人の服を着させられている……袖に腕すら通っていない、無理矢理着せられたのかな?
『リゴル』って名前を呼ぶ声が聞こえた。でもぼくの知っているリゴルよりとても小さい……ということは、これはカリエスの記憶。
その追憶にも似ているなにかが起きた状態なのかもしれない。
そういや、剣を握る前に一瞬だけ見えた景色って……これと似ていた気がする。
じゃあ、この記憶はカリエスが剣を握る理由になった記憶?それがなんで今くっきりと見えているの?
オスピスは強く考えて初めてできるって言っていたけど、ぼくは願っただけで考えてすらいなかった。分からない……分からないけど、今は逃げなきゃって思ってしょうがない。
「お父さんが言ってた、これが済んだら狩猟に行こうって!僕が頼み込んでリゴルも連れてってあげるよ」
「ほ、ほんと?……お、俺。まだ八歳なのにいいの?」
「僕もこの前で十一になった。大丈夫さ、お父さんは強い猟師なんだ。守ってくれるさ」
握る手の温度が少しだけ温かく感じた、周りはもっと熱くて苦しいのに。
小さなリゴルは、その言葉を聞いて少しだけ顔を明るくしていた……でも、なんで胸がこんなに痛いんだろう?どうして目線が下がるの?
カリエス……君、もしかして嘘ついちゃったの?
考えるよりも先に、また目の前に火花が散った。
また顔を上げれば、さっきまで歩いていたふたりは今はどこかの茂みに身を潜めているようだった。カリエスの身体に包まれて耳を塞いで縮こまるように震えながら、小さく歌を歌っているリゴルも居る。なにしているんだろう?
「カリエス……リゴル……」
「街が……燃えている」
カリエスの言葉に視界がはっきりする。ぼくが……ぼくが草むらで見ていたあの景色以上に大きく燃えた街が見える。
ルカタより立派な建物がごうごうと音を立てて、大きな火が空高く飛んでいくような、それ位の大きさにまでなっている。
遠くで誰かの悲鳴が聞こえた、きっと大人の人間だ。
「た、助けなきゃ!」
「あの死体はきっと近所のおばさん……いつもお使いを褒めてくれた。あっちで殺されているのはお医者さんのお兄ちゃん、いい人だった……」
「カリ……エス?」
「みんな、魔物に殺された」
目の先に映るのは、燃える街と人間の死体、そしてなにかを探している山のように大きな魔族が何体もいる。
もしかしたら、隠れているカリエス達を探しているのかも知れない。大きな斧が炎に照らされて赤く湿っているのが見えた、ポタポタと水滴が滴る音が不気味な程に大きく聞こえる。
「こ、怖いよ……か、カリエス」
「しぃ!……大丈夫だよリゴル、僕が守るよ。楽しかった夏の水浴びのことや、みんなで行った山のことでも考えなよ」
腕の中で震えたリゴルを強く抱きしめて、優しい口調で宥めている、カリエスはこういうことに慣れているんだろうな。
リゴルの頭を撫でてあげると、まだリゴルは小さく歌い出した。歌詞の内容的にピクニックの歌みたい、「みんなで食べたらおいしいね」……か。
「みんな……居なくなっちゃった。この歌をみんなで歌える日は、もう来ない……悲しいね」
「……そうだね」
カリエスの言葉に身体が大きく震えた。そしてゆっくり首を動かして、カリエスは……記憶の中の筈のカリエスは、
「どうして、君は僕の体に入ってきたの?」
まるで死んでいるような光の籠もっていない目の奥、微かに見える怒りの感情に戸惑ってしまう。
ここの記憶に飛んでから、ぼくの意識はカリエスから弾きだされて、彼が本来見ることのない外側を見ていた。
これが何を意味するかは分からない、それに……今ぼくはカリエスに認識された。これは追憶じゃないよね?じゃあなんでぼくとカリエスは会話ができるの?カリエスは生きていたの?
この状況は分からないことばかりだ、どうしよう、なんて話そう?
「おいスライム……質問に答えろ」
「ぼ!ぼくは……お母さんに会いたくて、殺されたくなくて……この
「オスピス……」
カリエスって、みんなから聞いていたよりずっと怖い……そりゃそうか、敵のスライムだもん。嫌だなって考えるよね。
「なんで、ぼくとカリエスは話せるんだろうね?」
「分からない、でも結果的に良かったよ。君が変なことをしないで、無知で馬鹿な奴だって分かったから……」
「まだ生まれて一年?経ってないんだって……ねぇカリエス、君は生きているの?それなら、この身体から出て行った方が良いよね?」
ぼくも聞きたかった、カリエスに話せれば聞いておきたかった事実を……意識があるのなら、ぼくは出ていくべきなのかって。
実際、ぼくは寄生する魔物で、居ることでカリエスが嫌な思いをするのならって思った。
でも意外にもカリエスは首を振った。目の光を失ったまま、口元を吊り上げて、ゆっくりと呪いを吐き出すように理由を教えてくれた。
「気にしないで使いなよ、これで良ければ。魔物を殺し続けるのならね」
「え?でも……いいの?ぼく、君達がいう魔物なんだよ……本当に?」
「うん、いいよ」
カリエスの不気味な物言いはともかく、これでまだみんなと旅が続けられる。
お母さんを探しに行けるのが嬉しくて、安心で身体が震えた。こんなぼくだけど、カリエスは許してくれたんだね。魔族だからって差別しない……嬉しいな。
「だからね……」
「なに?カリエス」
目線を上げれば、カリエスに抱かれて震えていたリゴルは消えていた。不思議に思って声を掛けようとしたけど、カリエスがぼくを掴んで引き寄せて……優しく抱きしめた。
「わ!な、なんだよ!」
「冷たい……でも動いてる……オスピス、君は生きているんだね」
小さな腕を精一杯包んで、ゼリー状のぼくの身体を抱きしめている。
苦しくはない……でも安心ができない、なんだ?この恐怖は。
「僕のお父さんね、さっき大きな魔物に殺されたんだ……罠を作らせたら大陸一番だって褒められたことがあるのに、一瞬で胸を槍で突かれて死んじゃった」
ゆっくりと語り出すカリエスの言葉に口が挟めない……いつなんだろう、あのベッドから起こして貰った後になにがあったの?きっと辛かったんだよね。それなのに、リゴルの手を普通に引いていたの?
カリエス……君は一体、なにを考えているの?
「目の前でだよ?僕……怖くて動けなかった。大好きなお父さんなのに……僕は弱くて、情けないから……なにも……なにも……」
ぼくの身体に、カリエスの小さな液体が垂れてきた。目から水が溢れている……人間は、苦しいと目から水が出るの?なんで苦しいのかな。
隠れるのだって生きるために大事なことなんだよ、悔しくないよ、恥ずかしくもないよ。カリエスはちゃんと逃げて生きてるじゃん。なのになんで……そんな痛そうなの?
「カリエス……痛いの?大丈夫、ぼくがいるよ」
「だか……だから……このチャンスが……もう一度立ち上がれるチャンスが巡ってきて、僕は嬉しいんだ……」
ぼくを抱きしめる力が段々と強くなっていく。慌てて逃げ出そうとしたけど、人間の小さな身体にしては随分と強い力で抱きしめられている。
苦しい……どうしてって顔を見れば、炎の中で小さく縮こまっていた子供じゃなくて。
あの日、木の下で目を瞑っていた……鎧姿の、スライムのぼくが目にするのが二度目になった大きなカリエスの姿になっていた。
「ありがとう……僕の夢だった
人間と呼ぶには恐ろしく、魔物と呼ぶには純粋な顔をしたカリエスに小さな悲鳴を上げてしまった時。また火花が大きく散った。