ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜   作:ワンダ・プレイア

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ぼくは、スライム②

「おい、おい坊主。いい加減起きろってんだ」

 

 乱暴に揺さぶられる感覚と、ガラガラとした低く唸るような声にゆっくりと視界が開けてきた。

 

 はっきりとした先で確認できたのは、人間の背中と蜂の巣のような壁になにかの容器が大量に並んでいる暗くてジメッとした、居心地の良さそうな場所だった。

 

 あれ、なんでこんな所にいるんだっけ?

 

 大きな木の下で眠っていた人間の口の中に入って……それからどうしたんだっけ?

 

「まさか勇者の身体を乗っ取る馬鹿がいるなんてな。同族として誇らしいと言うべきか、恥だと叱るべきか」

 

 くるりと振り返ったのは顔がオークみたいなのに、オークにあるたてがみがない。それに肌がピンクじゃないし。多分、人間だった。でも同族ってなんのこと?

 

「魔王もさぞ安心だろう、こんな間抜けが勇者になれるんだからな。また人間が無駄死にしにいくのか、ご苦労なこった」

 

「う……あ……」

 

 なにがなんだか分からなくて、色々聞きたいことがあるのに声を出そうとしてみたけど上手く喋れなかった。いつもは身体を震わせて話せる筈なんだけどな、なんでだろう?身体全体がすごく重たくて硬い気がする。

 

「よしよし落ち着け、今薬を飲ませてやる」

 

 そう言ってその人間は手に持った容器に入ったものをぼくに浴びせるのではなく、身体に開いた穴のような場所に流し込んできた。

 

 最初はびっくりしたけどドロリとした感触を我慢して耐えていると、ゆっくり身体が柔らかくなっているように感じてきた、身体の芯に熱が戻ってくるように感じた。顔もなんだか柔らかくなった気がする。

 

「どうだ?喋れそうか」

 

「あの、ここは——」

 

 喋りかけてはっと口を閉じる、今喋ったのはぼくだよね?誰の声なの?おまけに顔を触った手がぼくのじゃない。

 

 大きな五本の指、生き物の皮のような布みたいな腕、いつつけたの?なんでつけたの?

 

「お前さん、名前は?」

 

「え?ぼく?」

 

「あったりまえよ、その『外側』の名前聞いたって意味なかろう……親に名前貰ってないのか?」

 

 名前、ぼくの名前?

 

「ない、ぼくはぼくだよ」

 

「魔族の街を見つけたと騒いでいたが、そっから逃げ延びた生き残りだったか。しかもまだ名無しかよ。はぁ、面倒事になっちまった」

 

 空になった容器を置いて、別の場所からなにか平たい板のようなものを引っ張り出してきてぼくに差し出してきた。

 

「なにこれ」

 

「よく聞け坊主、お前がその身体で喋れているというのは……まあ見たほうが早い。それは鏡っていう姿を映すもんだ。覗いてみ?」

 

 その人間が握っているものを受け取って、覗いてみる。ただの滑らかに削られた木の板だった。

 

「きれい」

 

「逆だ、くるっとしてみ。その反対側が鏡だ」

 

 ふざけている訳じゃないのに、ちょっと目元に皺を寄せられて怖くなった。鏡というものをくるっと回してみせた。反対側は薄い板みたいなのが貼ってあって、その向こうにさっき木の下に座っていた人間の顔が見えた。

 

 でもこの人間は言っていた、姿を映すって……映すってなに?

 

 言葉がうまく理解できていないぼくに頭を抱えていた。

 

「ゆっくり息を吸え、そして理解しろ。お前はその人間、名前は『カリエス』というのに寄生してしまった」

 

「きせい?」

 

「そう、その人間の外側を奪ったってこと。内側はまんまスライムだと知られる事なく、お前はここに運ばれた」

 

 ぼくから鏡を取り上げて別の容器を持ってきて、中をなにかの棒で掬ってぼくの顔に塗った。

 

「うわぁ気持ち悪い、なに?」

 

「薬だ、人間の皮膚を綺麗に隠す奴な。人間に化けるなら傷は隠せよ、ただでさえ治りが悪いんだからな」

 

 なにからなにまで分からない、結局ここはどこで、ぼくはどうなってんの?

 

「失礼、街医者。カリエス殿の調子はどうだろうか?」

 

 誰かこの場所にやって来たようだ。振り返ると今度は背が高い人間が立っていた。

 

 見上げなければいけない位の大きさの人間に恐怖で声が出なくなった、ぼくの顔を見た背が高い人間は嬉しそうな、安心したような表情をしている。この人間はぼくを知っているの?

 

「カリエス殿!ようやくお目覚めなのですね。して、なにか異常はありませんか?ルベラもリゴルも、そしてヴェクタも心配しているのですよ?」

 

「あ……えと……」

 

「あなた様の身になにかあればと考えてしまうと、つい居ても立ってもおられず……あなた様がいらっしゃらないと魔王討伐の道が潰えてしまいますからね」 

 

 一気に訳の分からない言葉が目の前の人間から畳みかけられてくる。この場所も、人間のこともなにも分からないのにまた分からないことが増えちゃった。

 

 なんて言えばいいんだろう。そもそも魔王がなんで今話に出てきたの?それに勇者って?ぼくになにも関係ないのに。

 

「神父サニタス、勇者殿は混乱されておりますぜ?多分記憶の方も、大部分なさそうですよ」

 

 街医者と呼ばれた最初から居るオーク顔の人間が、サニタスと呼んだ大きな人間とぼくの間に割って入った。

 

 慌てながらぼくから下がって、サニタスは小さく謝って頭を下げていた。真似をして頭を下げたら嬉しそうに頬が緩んでいる、サニタスって人間は優しそうだな。

 

「サニタス様、一旦お仲間に会わせみてはいかがでしょう?なにか思い出すかも」

 

「そうかもしれませんね。カリエス殿、立てますか?」

 

 サニタスの大きな手がぼくの前に差し出された、よく分からないまま握ってみると大きくて暖かかった。人間って体温が高いんだなぁ。

 

 どうやらなにかの上に寝かされていたようで、そこからゆっくりと地面に脚をつけてみた。でも身体がものすごく重たくて、ふらりとよろけてしまった。

 

 慌てたサニタスがぼくを支えてくれたお陰で倒れずに済んだ。

 

 でもなんでだろう?目が覚めてから身体が言うことを聞かない。これもキセイって奴が原因なのかな?

 

 なんて考えている間にサニタスが脚になにかを被せてきた、とりあえず抵抗することもせずにされるがままに受け入れた。革でできたなにかがある、なにこれ?

 

「まだ調べたい箇所がありますので、お話が済み次第戻ってきて下さいね」

 

「分かった、行きましょうカリエス殿」

 

 なにも分からない、なのになんか勝手に話が進んでる。どうやらぼくはどこかに連れていかれちゃうらしい、なんで?ぼくなにか大変な目に遭っちゃうの?

 

 目が覚めてから訳も分からないまま、サニタスと呼ばれた人間に引っ張られるがまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石を四角く切って作った建物が並んでいる、地面にも赤い石が並べられていて歩きやすい。まるで人間の街みたい。

 

 あちこち見渡せば人間が楽しそうに会話したり食べ物とにらめっこしていたりしている。みんな身体が曲がっていて長い木の枝をついていて楽しそうだ。

 

 街を歩いて、人や建物が増えてくるとほんのり果物の爽やかな匂いがしてきた……ちょっとだけ鼻が利いてきた気がする。視界もさっきよりはっきりしてきたみたいだ、暗い場所で目が覚めたから慣れなかったんだ。急に明るくなると眩しいもんね、それと一緒だ。

 

 たまにぼくに頭を下げて話しかけようとしてくる人間を、サニタスが追い払ってくれる。誰もぼくを見て怖がるどころか、キラキラとした視線を向けているのはなんでだろう?

 

 ただのスライムに好意的な人間が多い街があったってこと?

 

 とりあえず今は黙ってサニタスの背中についていく、今はそれしかぼくには出来ないから。なにが待ち受けているか分からないけど。

 

 本当は早く逃げ出して、お母さんに会いに行きたい。誰も知り合いが見当たらない人間の街から出てしまいたい、ぼくに戦う力はないし……喧嘩したくないしね。

 

「いやはや、あれからもう三日ですね。授与式にはなんとか間に合いそうでよかった」

 

「え、あの……その……」

 

「まさか本当に、なにも覚えていらっしゃらないのですか?」

 

 歩いていたのを急に止めたせいで、大きな背中にぶつかって後ろに倒れてしまった。大きく身体が倒れたせいでズキンと全身に電撃が走った気がした。

 

 まだうまく動かせない身体のままだから、どうやって立てばいいかわからない。なんで?スライムの時はこんなことなかったのに……これも全部寄生のせいなの?

 

「お、起きれない。どうしよ」

 

「カリエス殿!?申し訳ございません、私としたことが……」

 

 青ざめた顔でぼくの方に振り返り、ぼくの身体に腕を回そうとしてきた。なにをするか分からなかったから咄嗟に顔を守ろうと腕で守ろうとしてしまった。

 

 ぼくの様子をサニタスはちょっと困ったような顔をして一旦後ろに下がった。

 

「だ、大丈夫ですよ。危害を加えるつもりはありまえん……ああどうしましょう、どうすれば怖がらせなくていいのか」

 

「サニタスさん、どうし……カリエス!おま、やっと目が覚めたんだな」

 

 後ろからサニタスに話しかける声が聞こえたかと思えば、ぼくの身体は大きく持ち上がってまた地面に足をつけることが出来た。

 

 一応顔を見たくて振り返ってみた、けどやっぱり知っている顔じゃなくて内心がっかりしてしまった。それが目の前の人間にも伝わったのか、ちょっとだけ頭を傾けていた。

 

「おい、俺だって!なんで幼なじみの顔忘れんだよ」

 

「リゴル殿、本当に忘れているようなのだ」

 

 リゴルと呼ばれたぼくとおんなじ位の目線の人間は、ちょっと目を見開いてぼくの身体の隅々をじっくりと上から下まで見始めた。

 

 なにかを観察しているの?やっぱりスライムは珍しいってそういうことだよね?

 

 たてがみ……違う、髪の毛は茶色で短くて服……そう、道着。リゴルがお世話になっていた養父のおじさん。その人が教える斧の防衛術の道着、それを旅の為に仕立て直してるんだ。

 

 ちょっと待って、なんでこんなに思い出せるの?思い……出せる。なんで、ぼくは一体どうしちゃったの?

 

 道着って、防衛術ってなに?なにかは分からないけど、リゴルの顔を見ていればなんとなく頭に言葉が浮かんでくる。

 

「おいサニタスさん。嘘だって言って——」

 

「リゴル……斧でいつも守ってくれる、みんなを」

 

 顔を曇らせて、ショックを受けて頭を抱えていたのにぼくと目を合わせてくれた。リゴルの澄んだ緑色の目の奥がきらりと光った気がした。

 

「カリエス殿?もしかして——」

 

「ソロヴォル聖教会の神父さん、「神々を裏切り、我ら人の子の未来を囲み守り続ける神に感謝を」……いつも色んなまぞ……魔物に詳しいんだよね。でも今は眼鏡をかけていない、なんで?」

 

 後ろで驚いて固まっていたサニタスについて曇った空が綺麗に晴れるように分かってきた。

 

 髪は焦げた鉄のような色に白い毛が何本か混ざっている、神父の服だけど旅の仕様に丈夫な素材と織り方で作り直している。胸の蛇のリングみたいなのは……分からないや、なんだっけ。

 

 なん、だっけ?

 

「教会より賜った称号なだけですから、夜目だって利きますもの……想定より記憶の戻りが早いのかもしれない」

 

「きおく、ぼくの?」

 

 ぼくを『ぼく』と呼んだら、リゴルとサニタスの表情が一瞬で硬くなっていた。ぼくだってそれは同じだ。

 

 多分ふたりは、ぼくの……違う。さっきからずっとあった違和感の正体はきっとこれだ。これに驚いて固まってしまっているんだ。

 

 震える手で、ゆっくりと顔に触れてみる。きっと……いやぼくが今置かれている、『キセイ』の正体にようやく触れることになった。

 

 ひたりと手が……違う、指先がスライムとはまた違う柔らかい頬に沈んだ。

 

 いつもみたいなひんやりとした身体とは違う、別の生き物の身体に触れるのはこれで二度目になってしまった。

 

 あの夜、倒れていた人間の顔に触れた。鉄のような匂いと冷たい顔に触って、怖くて逃げて隠れたその口の奥に潜ったのがはっきりと覚えている。そして、あの鏡に映ったぼくの顔……ぼくは、僕は——。

 

 

 

「僕は……カリエス。勇者だ」

 

 

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