ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
全てが分かったわけじゃない、今だって現状なんか理解できない。でもなんでだろう?頭の中に誰かの声が聞こえてくるような、その人の顔を見るとぼくは知らないけど、僕が知っていることが分かってくるようだ。
少し先の方で嬉しそうに鼻を鳴らして先頭を進むサニタスと、その隣で楽しそうに話をしながら歩くリゴルを見つつ、その先の光景を目に入れてみる。
石畳の壁が一面に見えて、果物の甘い匂いが街中に漂っている。確か『モルフ』という一般的な果実だ、リンゴより安く買える赤いまだら模様の柔らかい実で、低い位置に花をつける。
人間はジャムにしたり乾燥させたりして、冬とかの厳しい時期の食料にしている。この実のことはスライムのぼくでも知っている、そのまま食べても美味しい。ベリーっていう植物の仲間なんだって……あれ、ベリーってなんだ?
「しっかし、ルベラが今のお前を見たら発狂するかもな」
「ふふっ、「カリエス様!わたくしをお忘れなのですね」と言って穴という穴から液体を捻り出すのかもしれないな」
「またはあのチビスケ、人目もはばからずひっくり返って駄々こねるのかもな。「わたくしを思い出してぇ!」って」
冗談を言い合うサニタスとリゴルが大きな口を開けて笑っていた。な、なんなんだ?穴という穴から液体を捻り出す存在……ルベラってなんなんだ?
なにかの道具?そんな魔族が仲間に居るってこと?人間なのに、魔族を仲間にだって?……勇者も結局なにか分からないのにまた分からない言葉がどんどん出てくる。
記憶がないってことになっているしそれっぽく聞いてみようかな?
空を仰ぎながら呑気そうな声でリゴルに試しに聞いてみた。急に知らない名前を出されたし、おかしい行動じゃないよね。
「ねえリゴル」
「なんだ、カリエス?」
「る、るべ……ルベラってなに?」
優しそうな顔を向けてくれたリゴルの顔が一瞬で曇って?サニタスも驚きで顔をしかめていた。
ふたりにとっても、カリエスにとっても大事なものの名前なの?どうしよう、なんか変な空気になっちゃった!とりあえず乗り切らなきゃ。
「おい、カリエス?」
「ご、ごめん!ちゃんと思い出すから」
聞いてもぼんやりとしか浮かばない単語を、なんとか記憶に結び付けようとやってみる。
ぼくが分からないと言っただけで楽しげな空気が一瞬で変わったのが怖くなって、必死に頭の隅々の記憶を思い出そうとしてみる。
でも、どうやって?
勝手にするりと出てきてたカリエスの記憶を、欲しいものってどうやって引っ張り出せばいいの?壺の中のものを取り出すように簡単じゃない筈なんだけど。
ふたりの冷たい視線が全身に突き刺さるようだ、バレたらどうなるんだろう?僕は……スライムのぼくは、本当は魔族でカリエスじゃないから。怖い、なにがあるか分からないからすごく怖い。
バレたらどうなるんだろう、カリエスじゃないってこのふたりに知られたのなら——。
「カリエス様ぁ!お目覚めなのですねぇ!」
柔らかい声が聞こえたかと思えば、僕の身体が大きく揺れてお腹の所に生暖かいなにかが触れた。
驚いて意識が戻ってきた時、全身がびっしょりと濡れて内臓が空気を求めるように大きく震えていた。
危なかった、ちょっと強引だったけど危機は切り抜けられた。
あれ……なにが危なかったの?
視線を落とせば、薄いピンク色の髪の毛が頬擦りしている。鼻を鳴らして鎧の上に嬉しそうに顔をくっつけている、見る限り人間だな。でもサニタスともリゴルとも違う匂いがする。
甘いような、生臭いような、魚みたいな匂いがこの人間から漂ってくる。なんでだろう?見るからに魚じゃないのにな。
「こらルベラ、はしたないぞ!」
「だって、カリエス様のお目覚めなのですよ?飛んでいかねばです。サニタスさんだってご飯食べてからすーぐ飛び出して行ったのに」
「サニタスさんはお勤め、お前はストーカー、全然違うだろ。ほら離れてやれよ、ほらチビスケ!」
僕にくっついていたルベラと呼ばれていた人間をリゴルがひっぺがしてくれた。ぼくが壁に強く当たってゆっくり落ちた時みたいに、距離を取ったルベラの顔が若干へっこんでいた。
寂しそうな顔をしているルベラを見て息を飲んで、記憶がはっきりしてきた。
「ルベラ……ルベラだよね!?火の魔法がと、得意で半分人間の」
「え?どうされましたか、カリエス様。そんな今更なことを……ふふふ、そうです。わたくしのパパが精霊族ですよ」
数歩後ろに下がって全身を見ることができたルベラの全身は、ぼくからみても可愛かった。
例えるならやせっぽちのサキュバスみたいな小さな人間、体の凹凸が少なくてサキュバスみたいな大きな胸じゃない。もっと子供なのかな?
薄いピンク色の髪は肩までの長さで柔らかそうな頬とまんまるで綺麗な赤い目、マントの付いた服。なんでか足の付け根が見えそうで見えない短さの腰布……じゃなくて花びらみたいに何枚も布が重なったスカートを履いている。
制服……そういう名前の服だ。正直寒そうだ、でもそれ以上に——。
「手袋をしている、その手の中は大きな爪があるんだよね。精霊族のサラマンダーの血筋で、よく爪に色を塗っていた!赤色がお気に入りだったね!一緒に色を選びに行った、そうだ!ルベラはサラマンダーなんだ!」
分かった嬉しさのあまり大きな声が出てしまった、でもこれで大丈夫。もうみんなは怖い顔をしない筈だ!
「え、えぇ……あの?どうして今。そんなことを大声で——」
「ルベラ、ちょっと来なさい」
でもルベラはなぜか両手を僕から隠すように胸元に持っていって、困ったように眉を下げていた。焦ったサニタスが引っ張ってちょっと遠くでなにか話し始めてしまった。
ちゃんと思い出したのに、なんか間違えたことを言っちゃったのかな?
「おかしいな、リゴル合ってるよね?ルベラが精霊族だって。半分だけだけど、能力で姿が——」
「カリエス!記憶喪失だからってデリカシーがないぞ。あんま大きい声で言うな」
黙って話を聞いていたリゴルが僕の話を止めてしまった、険しい顔をしてちょっと怒っているらしくこちらを睨んできた。
正しいことを言えたのに、なんで怒るんだろう?
「ちゃ、ちゃんと思い出せたよ!それにもう忘れない!ルベラが強い魔法使いで、サラマンダーのパパがいたって覚えた、ちゃんと!仲間だって!」
さっきルベラをすぐに思い出せなかったから、怒っているのかもと思ってすぐに言い訳をした。でもリゴルが怒っているのは別の理由だった。
「ちが!いい加減に口を閉じろ、ここはそうでもないが精霊族を下に見る地域はまだあるんだぞ!常識だろ」
声は小さく潜めるように僕の身体を引き寄せ、耳に声を入れてきた。ぞわぞわする感覚が背中を駆けていく……でもなんで急に怒りだしたんだろう?
「おい、正直どこまで思い出した。勇者については?ソロヴォル聖教会の授与式のことは?」
「あ、えっと——」
「剣術は?罠の作り方は?俺達の故郷のことは?これは流石に忘れてないだろ?な?」
畳みかけられるリゴルの質問に頭が沸騰しそうになる、頑張って色んな壺や樽をひっくり返すように記憶を辿ろうとしても。リゴルの質問の渦のせいで間に合わない。
どうしよう、頭が強く殴られたように激しく揺れて気持ちわるい。鼻からなにか暖かい液体が流れた気がするけど、とりあえず今は思い出さなきゃ、じゃないと。
スライムだってバレて殺される。
あれ?ころ……されるってなにに?
「リゴル!やめんか!」
質問し続けるリゴルを力の限りぼくから、違った。僕から引き剥がしてくれたサニタスが見えた。
鼻から垂れた液体を一生懸命に拭き取ろうとしてくれている、真っ青な顔のルベラが目の前にいるのに声が上手く出せない。
それでもめのまえが、ぐらりとせかいが、ゆれているのをさいごに。まっくらになった。