ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
もう一度目を覚ませば、元のスライムの身体に戻っていた……なんてことにはならなかった。
視界いっぱいにどこかの建物の天井が見えていて、首まわりがふわふわで暖かい感触のものに触れている。ここはどこだろう?
ゆっくりと上半身を起こせば、僕の身体に大きな毛皮……違う布団が掛けられてベッドに寝かされていた。
あの夜にカリエスが着ていた鎧が近くに置いてあって、その横に剣もあった。やっぱあの木の下で見つけた時の持ち物だ。
ふと自分の右手を意味もなく見てしまった。
五本の指と大きくて硬くて、白い肌をした掌だ。握ったり開いたり、指の一本それぞれを曲げてみても、やっぱり思った通りに綺麗に動く。
「ぼくは、どうしちゃったんだろう」
寄生、そうあの町医者の人は言っていた。
結局寄生って他の誰かの身体を奪うってことなのかな?外側とか言っていたな。
外側かぁ。サニタスやリゴル、ルベラや……まだ会えていないヴェクタって人もきっとぼくの外側の僕、『カリエス』の顔を見て接してくれたんだろう。
だからみんな優しかったんだろうな、スライムが敵じゃないと思っているんじゃなくて。カリエスだから、ぼくを仲間だと思っているからなのか。
なんだか、目が覚めてから頭が良くなった気がする。でもなんだかぼくがぼくじゃないみたい。ちょっとだけ怖いな、別の記憶に染まっていくような感覚って言うのは。
「……、……」
「……、……。……」
下の方でサニタスと誰かの話し声がする、リゴルよりちょっと声が高いけど、人間の雄?違うな、そうだ!男性っぽい声。ちょっと気になるな、その声の主がヴェクタって人なのかな?
「降りてみよう」
ゆっくりとベッドから立ち上がろうとすると、サニタスがさっきつけてくれた革の……靴。そうだ、靴がある。ちょっと履いてみよう。
スライムには無い部位の足なのに、動かし方も靴の使い方も分かる、不思議な感覚だな。
足をゆっくりと穴の中に入れて、緩んだ紐を引っ張って締め付けて、なんとなく思いついたように二本の紐を絡めて解けないようにしていく。
初めてやるのに、身体が覚えている。方法が分からないのに指先が勝手に反応していく。足なんて使ったことがないのに、靴を履き終えて地面にしっかりと立つことができた。
冷静に考えれば歩き方もわかってたな、本当に気持ち悪い。
分からないのに分かるっていうこのなんとも言えない不気味さを早く終わらせたいな。寄生を辞めれば終わるのかな?でもどうやって?
「おい、カリエス。入るからな」
扉をノックして入ってきたのは、暗い顔をしてちょっとだけ猫背になっているリゴルだった。
「リゴル?お腹痛いの?身体、悪いの?」
「違うって、さっきのこと謝りに来たんだよ。その、前だって混乱しているだろうに、俺が矢継ぎ早に質問を投げかけたせいで嫌な思いさせて……えっと」
目線を泳がせ、困ったように頭を掻いている。ちょっと気まずそうに口が動いてる、でも中々続きが出てこない……結局なにが言いたいの?
「悪かったよ、焦るばかりに怖い思いをさせて」
「うん、リゴルがどっか痛くしてないなら、僕はそれでいいよ」
僕の言葉にちょっとだけ安心したようにため息を洩らし、胸を撫でて「忘れても、お前は変わらないな」と呟いていた。
頭にふっと浮かんだ言葉が気がつけば口から出ていた。慣れないな、早くお母さんの所に帰りたい。みんなは結局無事なのかな?
「カリエス様ー!リゴルー!ヴェクさんのご飯が完成しますよー!」
遠くからルベラが僕達を呼ぶ声が聞こえる、適当な返事をしたリゴルがみんなの元へと引っ張ってくれた。
慣れない足の感触、腕を引っ張られる痛み、そして目線の高さ、きっとこれは寄生のせいだ。
でも不思議だな、ちょっとだけ楽しいのかも知れない。
「ご飯、なんだろうね?」
「そうだな、多分鉄パンの残りだろうな。それに腸詰めも付いてくるかもな、楽しみだな」
リゴルが言った言葉に、気づかれないように顔に力を入れてぼそりと呟いてしまった。
「てつぱん?」
やっぱ怖い、知らないことが多すぎてなにで正体がバレるか分からない恐怖がずっとあるなんて。足が震えて腰が抜けそうになる。
隙を見て、いつか逃げなきゃな。
リゴルに引っ張られながら階段を降りていくと、カウンターに立っていた男性が挨拶をしてた。
リゴルが愉快そうにルベラ達の行方を聞いていた、その男性はにこやかな笑顔を向けて建物の外を指さしていた。
その先は建物の庭のような場所だった。サニタスとルベラ……そして見慣れない男性の背中があった。きっとヴェクタだろう、サニタス位大きな背中が見える。火の前に座って鍋の番をしているようだった。
「ヴェクタさーん、今日の昼飯なんすかー?」
「いつものー!」
店主に頭を下げている間に、リゴルが我慢ならなさそうにみんなの元に駆けていった。
ゆっくりと後を追うと、僕に背中を向けていた男性がふいに振り向いた。サニタスとは違う、綺麗に整った凛々しい顔を見て、僕の思考は一瞬にして固まった。
「カリィ、色々大変だったな。流石に腹減っただろ。もうちっとで出来るからそこに座れ」
キリッとした鋭い目、真っ白な髪に反して泥のような色の肌、そして長い耳。エルフ……そういう種族の名前が思い浮かんだ、でもそれ以上に驚いたのは——。
「ヴぇ、ヴェクタ?ヴェクタなんだよね……あれ、あってる?」
「おう、そうだ。なんだ?狐にでも騙されたみたいな顔をして、記憶がなくなるってのは苦労が多いんだな」
女性だった、ヴェクタは女のエルフだ。隣に座って鍋をワクワクしながら膝を抱えているルベラと比べたら、確かに胸も大きいし大人って感じがする。
でもなんでだろう、あぐらを掻いているからってのもあるんだけど、なんでサニタスよりムキムキなんだろう。
カリエスの記憶をひっくり返そうとしてみても、こんな女性やエルフは出てこなかった。
なんていうかオーガみたい、耳が長いけど角がないオーガだ、すごく強そう。
「……はぁー美人は辛いな、また惚れられちまったぜ」
僕が困惑しているだけなのに、ヴェクタは見惚れていると思ったのか、照れくさそうに顎を指でさすって照れていた。変だ、絶対変なエルフだ。
「ヴェクさん、カリエス様は可愛い女の子の方がタイプです。だから可愛いお洋服を着れば、カリエス様はイチコロですよ!わたくしが見繕いますね」
「そこまではしたくねぇな。しかしオレを好いてくれるのはやっぱリゴルと賽と、あとスパイスと酒とスープと弓と——」
「ヴェクタさん多いですって!そ、それに俺は……とにかく、違いますからね!」
ヴェクタの言葉に急に顔を真っ赤にしたリゴルが怒って反論していた、その様子を他の三人は楽しそうな笑い声をあげて見守っていた。
なんでリゴルが赤くなって、みんなが笑ったんだろう?人間の考えてること、喜ぶことが分からない。
カリエスの記憶を借りたとしても、感情の読み取りまでは理解できないな、とても難しい。
「まあ冗談はともかく座れよ、スープが出来るぞ。カリィの復活記念で塩も入れといた、鉄パンもちっと怪しかったからここで消費してくからジャンジャン食えよ」
「明日、日の出と共にここを出て。大都市『カマアマ』に向かうからな……各自、ちゃんと荷物は纏めておくように」
鍋にドロリとした麦の色をしたスープがポコポコとしている、ほんのり脂の匂いと香ばしいスパイスの匂いがしてきた。
急に空腹を感じて回ってきた器を覗き込んで、中に入ったスープを観察してしまう。
ぺちゃんこな野菜となにかの魔族の肉、ちょっと繊維質な肉だ。きっと獣系の魔族の肉なんだろうな。あとは香ばしいスパイスが入っていそうな匂いがする、人間も魔族を食べるんだ。ちょっと意外。
魔族は知能が低くて社会性のない別種族の魔族を捕まえて食べることはあった。スライムのぼくだって喋ったことのない魔族を食べたことがある、とても美味しかった。それはともかく、人間も人間を食べるのかな?人間って美味しいのかな?……鎧とか変な服着てるし美味しくなさそうだけど。
ルベラから木のスプーンを受け取って早速掬おうとしたけど、みんなが目を瞑って両手を合わせて胸の前に持ってきていた。
リゴルもルベラも、サニタスもヴェクタもみんな同じようにしていた。だから怪しまれないように、ゆっくりと器を足元に置いて隣のリゴルの真似をして両手を合わせて目を瞑った。
「皆の前に配膳がされたな……では、今日こうして食事にありつけることを。我らが人の神ソロヴォル様に感謝して、いただきます」
「いただきます」
「いただきまぁーす」
「糧を、我が生の血肉にさせて貰う。いただきます」
順番にリゴル、ルベラ、なぜか言葉を付け加えていたヴェクタが初めて聞く言葉と共にスプーンをスープに突き刺していた。
いただきます?ってなんだろう、人間の食べる前の習慣なんだろうな。食べるなんて当たり前なのに、毎回感謝するんだ……変なの。
「い、いただきます」
意味を考える暇もなく、言葉だけをとりあえず真似て早速スープを掬って口に運んでみた。
ドロッとした舌ざわりと、硬い肉に魔物肉特有の脂身の苦さ、それに比べて野菜はぐにゃりとした変な感触……でもそれ以上に——。
「美味しい!このスープ、すごく美味しい!」
美味しさに驚いて、思わず大きな声を出してしまった。急な大声にみんなびっくりして僕の顔を見ていた、でもそれどころじゃない……人じゃないぼくにとってはとんでもない真実だったから。
魔族のスープって、肉を入れて薬草と一緒に煮込んだものが一般的だったけど、これはそれの比じゃない位美味しい。
とろっとしているのに不快じゃないし、肉を噛むほどに味がする。野菜だって食感は変だけどすごく甘くて美味しい、人間の食事ってこんなに美味しいの?すごい発見だ。
「ほ、本当かよ。そんな喜んでくれるだなんて……三日も寝たきりなら、鉄パンの味も忘れるのかね」
器に入ったスープを全て舐めとる勢いで平らげてしまった、人間ってこんな美味しいものを毎日食べているんだ。初めて人間の姿で良かったって思っちゃった。
あんまり良くないんだろうけど、この味を知っちゃったらなぁ……鉄パンって美味しいんだ。
「ほら、おかわりを入れてやろう。カリィがオレの飯をこんな褒めてくれるなんざ。夢みたいだぜ」
「あまり食事に興味が無かったからな。昔のカリエスはよく言ってたぜ、「胃に入ればなんでもいい」って。ひもじい冬の時期にその辺の草引っこ抜いて食ってたな。よく毒に当たって悶えてたけど」
「まぁ危なっかしい、次やるのならばわたくしを呼んでくださいね。薬草の鑑定は得意分野ですから」
「精霊族って草食ってたの?海藻じゃなくて?」
空っぽになったお皿にヴェクタがおかわりのスープを注いでくれた、しかもさっきよりも多く……嬉しい。ヴェクタは変なエルフだけど、良いエルフなんだな。
「さて、楽しい食事の最中に水を差すようだが……カリエス殿。あれからなにか思い出しましたかな?」
スプーンの手を止めて、質問を投げかけてきたサニタスの顔を見た。
真剣な眼差しで僕を見ていて、ちょっと気の抜けていた気持ちを切り替えて頭の中を探し回ってみた。それで色々引っ張り出してこれた記憶をとりあえず口にしてみる。
「えっと……リゴルは十歳までおねしょしてた、サニタスは夜更かしが好きでよく散歩する、満月の夜が好き。ルベラは鳥型の魔物がちょっと苦手、小さい頃追いかけ回されたから……あと、ヴェクタ!この前の街でお金賭けてがっぽり稼いでた。三倍にしてた」
「おま!そんな恥ずかし記憶なんか思い出すな!」
「てんめカリィ!あん時奢った酒でお口封の字だったろ、バラすんじゃねぇ!」
顔を真っ赤にしてリゴルとヴェクタが立ち上がって僕に大きな声を出して怒った。
怖くてつい顔を逸らしてしまった、また疑われたかな?もうちょっと慎重にならないといけないけど、うまく正しい記憶にたどり着けない。考えれば考えるほどに正解が分からなくなる。
「肝心の記憶は戻らずじまいですか」
スープを食べる手を止めて、大きなため息を吐き出したサニタスにみんなの注目が集まった。
ちょっと残念そうに、それでいてまだ諦めたくない執念が感じ取れるような目で。僕をまっすぐ見つめてこう言った。
「食事の後、町医者の元へ戻る前にもう一度お教えしましょう。勇者と魔王について」
サニタスの真剣な表情に、僕を含め全員が強張った表情で食事の手を止めていた。
自分の言葉で楽しい雰囲気が終わったのに気がついたサニタスが、軽い咳払いをしてスプーンを再度握り直していた。
「食事を!食事を済ませてからにしましょう。ここで話す内容ではないですしね、その方がいい……」
「良かったぜ、小難しい話でオレの飯に彩りを添えてくれなくて」
「ま、まあな。サニタスさんの話は難しくて食欲が……えぇっと——」
「じゃあしっかりと食べなきゃですね。ヴェクさん!わたくしにもおかわりを下さいな」
サニタスの言葉で気が緩んだみんなは、また和気あいあいとした食事に戻っていった。
「勇者、魔王……そして使命か」
カリエスが、この人間がなにをする予定だったかは分からないけど、とりあえず今できること。目の前のスープを掬い上げ口に運ぶことに集中した。