ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜   作:ワンダ・プレイア

5 / 11
この世界について①

 ヴェクタの作った鍋いっぱいだったスープをみんなで空っぽにして、ヴェクタを筆頭にリゴルとルベラが手伝いに洗い場へ行ってしまった。

 

 僕はというと……建物の中、どうやらここは宿屋というらしい、そしてその宿泊者共有の部屋のひとつ、木彫りの家具がいっぱい置いてある場所に連れて来られた。これから色々教えてくれるんだって、まだ記憶喪失だって思っているのがいい方に転がってしまって人間のことを学べている……これで知識がなくてバレる要因は減りそうだ。

 

「じゃあ始めましょうか……カリエス殿?」

 

「綺麗な椅子だ、蝶々の柄なんだね」

 

 サニタスが向かい側に座っているけど、それよりも人間が作った物に目を奪われてしまった。

 

 木の一本から削ったのかな?それとも貼り合わせて椅子にしたのかな?よく分からないけど、魔族の世界には絶対に見ることのない美しい椅子に目を奪われそうになった。でもサニタスの咳払いでそうはならなかった。

 

「サニタス、ごめん」

 

「この街は木彫りの彫刻が有名な街ですから、美しいものです。しかし本題はそこじゃないですよ。さぁお座り下さい」

 

 ちょっと語気が強くなったサニタスの言葉で急いで椅子に座る、向かい合ってテーブルに向き合うと、サニタスは自分の荷物に手を入れてなにかを探し始めた。

 

 不思議な感覚で見守っていると、一冊の本と眼鏡を取り出した……カリエスの記憶にあった。いつも身につけている眼鏡だ、金色のフレームで丸い硝子がふたつ貼り付けられている。それを耳に掛けて再び僕と目を合わせた。

 

「私は、貴方がどこまで思い出せているか分かりませんし……思い出せたとしても理解しているかどうかも疑わしい。だから一から勉強し直す勢いで教えますね」

 

「全部?わかった、頑張る」

 

「……授与式で無礼を晒さないよう、今回はちょっとだけにしましょうか。聞いていればなにか思い出すかもしれませんしね」

 

 本を手にしようとしていたけど、それを引っ込めて代わりに自身の首につけていた飾りを取って机に置いた。コトンと音を立てたそれは蛇のリングの形をしたものだった、金色で蛇の目に赤い魔石がついている。でも尻尾を咥えているのはなんでだろう?

 

「神々を裏切り、我ら人の子の未来を囲み守り続ける神に感謝を……少しだけ記憶が戻った時。カリエス殿が口にしていた言葉です」

 

「うん。でもごめんなさい、意味までは思い出せてないんだ」

 

 サニタスの顔を見ていればふっと思い浮かんだ言葉の羅列だった。

 

 確か『ソロヴォル聖教会』という名前と共にサニタスがそこの神父さんってのだって記憶にあった。でも結局、教会がなにかも神様がなにかも分からないまま……逃げる前に人間の考えを理解するチャンスだし、ちゃんと覚えなきゃな。

 

「正直に話してくれて感謝します。では、改めて。我らが崇拝する神、『ソロヴォル』様について。簡単に言えば輪っかのようなこの首飾り、このような姿をされていると考えられています」

 

 机に置いた飾りに指を向けてそう教えてくれた、神様かぁ……随分と小さいんだな。

 

「当たり前ですが、これは形を模しているだけで本当はもっと大きいのですよ。この本大陸の『エルゴーグ』も含めた人類の世界をぐるっと囲める程の、長くて大きい蛇の神様なんですよ」

 

 蛇かぁ……人間の住む街や村の旗や建物に、細長くて白いロープのような動物が描かれていた。蛇は魔族の間でも有名だ、とても悪い意味で。

 

 元々魔族の仲間の一体だったけど、人間という不完全な生き物が生まれた際。その弱くて脆い生命を守るために魔族を裏切った大きな魔族……その眷属の蛇という生き物を引き連れ、サラマンダーやドラゴンのような精霊族を生み出して人間を守り続けているんだって。

 

 寝る前によくお母さんが聞かせてくれた昔話、その裏切り者ってのがサニタスがいうソロヴォルなのかな?でも……違う名前だった気がするけど、なんて名前だったっけ。

 

「ソロヴォル様の輪の中は魔物が嫌う結界が張られるとされ、生命の芽吹きが生まれ続ける……しかし、魔物は人類が生きることを許さない。だから人間側の英雄、『勇者』が生まれるのです」

 

「ゆうしゃ」

 

 そう、ぼくが寄生しているカリエスがそれになっているらしい。

 

「選ばれたの?僕が」

 

「ええっと……正確には貴方は勇者に立候補、つまり自己申告、いやこれじゃ言葉が難しいか?そうだな。なにか——」

 

「自分でなりたいって、思ったんだ」

 

 意味が伝わったのがよっぽど嬉しかったのか、サニタスは安心して顔を綻ばせて大きく頷いていた。誰かに命令されたんじゃなくて、カリエスは自分で戦おうとしていたんだ。なんで?

 

「今の勇者はソロヴォル様に選ばれ、神の加護が貰えるわけではありません。だから特別な力が備わっていることもないですし、ただの人間が世界の理を変えるために立ち上がっているのです。だからこそ我らの安泰の未来を得るために、『魔王』の討伐を目標に掲げているのですよ」

 

 また新しい名前が出てきた、でもこれはスライムであってもなんとなく知っている……魔族の王様だ。

 

 でもなにをしているかは知らない、なんとなく居るのは知っている。きっとサニタスがいう所の神様みたいなものだと思う。

 

「魔物を統べる者、神と呼ぶには禍々しい存在であり、死を司る神の成れの果て。または魔族を生み出し続ける悪の権化とも言われています」

 

 難しい言葉が大量にでてきた。魔王ってそんな色々やったんだ……人間にとって魔王は悪い奴なんだ。でもまだよく分からないや。

 

「じゃあどんな悪いことをしたの?」

 

「存在自体が人類にとっての悪なのですよ、だから倒さねばならない……それだけなんです」

 

 あんなににこやかにしていたサニタスの顔が一瞬で冷たい目になって笑顔が顔から消えていた。これは人間にとっての常識なんだろう。

 

 魔王が人間にしてきた仕打ちをぼくはあまり知らない。どちらかと言えばぼくの街を焼き払った記憶が新しいから、人間側にも悪い所があると思う。

 

 存在自体が悪なだけで、悪さをしてこないのなら距離を取り続ければいいのにな……人間はそれもできないの?そこまでしてじゃないと平和がないの?

 

「そうなんだ、じゃあ勇者って魔王を倒すための人間の代表で……えっと、授与式って奴に出るのが役目なんだね」

 

「授与式は私は勇者ですと名乗るための証を授与……つまり印!そう、証を貰うための式典……そうだな、特別な儀式をするんですよ」

 

「なんで勇者に証がいるの?戦いをするのにわざわざ証が必要なの?戦うのって剣とか弓とか使うんだよね?それって経験で戦うから、証って必要じゃないよね?」

 

「そうですねぇ……これは国の問題に関わる重要な……いやはや困ったな。上手い言葉が出てこない……ちょっとルベラを呼んできます」

 

 僕の質問攻めに頭を抱えたサニタスは椅子から立ち上がり、ちょっと待ってくれと言ってルベラを呼びに出て行ってしまった。

 

 それからきょとんとしたルベラを連れて戻ってきて、ふたり掛かりで勇者について教えてくれた。難しい言葉や言い回しをするサニタスの翻訳をルベラがしてくれて、なんとなくなのは変わらないけど。ちょっとだけ人間について理解し始めてきた、気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからサニタスとルベラの説明がひと段落ついて、今回の勉強会はこれで終わりだと言っていたサニタスは。さっき目が覚めてカリエスになっていたと気が付いた場所……病院と呼ばれる場所に連れてきてくれた。

 

 他の民家と特に見た目は変わらない、でも家の周りに白い花が咲いていて札みたいな看板がある。なんか虫みたいなのがいっぱい並んでるのが目についた、なにこれ?

 

「カリエス殿、街医者との話が終わったら寄り道せずに宿屋に戻ってきて下さいね」

 

「あれ?サニタスは来ないんだ。話をしなくていいの?」

 

 正直最後まで付いて来るもんだと思っていた、一緒に解決策を聞きたいとか言いそうだと思ったから。

 

 ちょっとだけ一緒に居ただけだけど、サニタスは心配性で面倒見がいいってことは理解した。だからカリエスが心配だとか言いそうなんじゃないかって思ったけど間違いだった。

 

「街医者の男は、ふたりで話したいとの申し出をされたのです……今まで見てきた医者の中で一番不気味な容姿でしたが、腕は本物らしいから一応は信頼は置いています」

 

「え、今から!?」

 

「そうです」

 

 当たり前に言ってきたサニタスに驚きで声を上げてしまった。僕はなにをされるんだろ、また薬だとか言われて飲まされたり顔になんか塗られたりするんだろうか……なんだか足がすくんでしまいそうだ。

 

「怖い、やっぱ一緒に来てよサニタス」

 

「勇者になるものが、医者なんぞに怖気ついてはいけません。ヴェクタと荷を纏めていますから。ほら、入って!」

 

 サニタスの怒った顔と無茶苦茶な喝に成すすべもないまま、病院の中に押し込まれて扉を乱暴に閉められた。窓から確認すれば、僕に目を向けることもなくさっさと帰っていってしまった……さっきのイメージに一個追加しよう。サニタスは裏切り者だ、酷い。

 

「来たか、坊主」

 

 気がつけば後ろに這い出るように現れた街医者に、悲鳴にもならない声を上げてしまって尻もちをついてしまった。

 

 起き上がろうにも、恐怖で力が入らない。見上げればオークより醜い顔で前掛けのようなエプロンが血にまみれている。

 

 よく見れば片手に刃の部分が厚い武器を持っている。

 

 滅茶苦茶怖い、医者って怖い職業なの!?逃げたい!助けて、リゴル!ルベラ!ヴェクタ!戻ってきてよサニタス!

 

 僕、それかぼくがこの魔族みたいな人間に食べられちゃう!スープにされて骨までしゃぶられちゃう!

 

「た、食べてもおいしくないよ。ぼくスライムなんだ、本当だよ……き、きっと味がないよ」

 

 視界が歪んできた、街医者の酷い顔が更に酷くなった。力が入らなくて、逃げることも立ち向かうこともできない。

 

 どうしよう、万事休すだ。ば、ばんじ……きゅうすってなんだ?

 

「腰抜かしやがった……同族の死体の解体作業をしていたんだ。お前には危害は加えねぇよ、そんなビビんなって」

 

「や、やっぱ人間は人間を食べるんだ!怖いよ、助けてお母さん」

 

「説明が面倒くせぇ」

 

 手に持っていた武器を近くの台に置いて、エプロンを脱ぎながら心底気だるそうな声を出していた。

 

「オークだよ、オークの解体している途中だったんだ。ここの連中はビビって包丁を入れたがらないんだ、だから俺がやってる。いい小遣い稼ぎになるしな」

 

「お、オーク?まぞ……魔物の解体をお医者さんが?」

 

「医者だけで十分食っていけるけどな。最近解体屋の爺さんがくたばってから……違う、こんなことやりたいんじゃない。とりあえず奥に来い、色々教えてやる。俺達パラサイトスライムについて」

 

 僕に差し出されたシワシワの手を見る。スライム……スライムって言った?

 

 今の僕と同じような五本の指があってちょっと青白いけど、確かに人間の手のそれだ。改めて思い返せばこの人、僕が目を覚ましてからずっと、僕の中身のぼくがスライムだって知っていた、じゃあもしかして——。

 

「あなたも、スライムなの?」

 

「おうよ。俺は『オスピス』、そう名前を貰った。お前さんと同じで死体に寄生して生きるスライムこと『パラサイトスライム』のオスピスだ」

 

 ぼくが見ていたスライムじゃない、全然違う……記憶に新しいお母さんの姿を思い出す。

 

 大きくて青くて、光が当たればキラリと光っていていつも色んな魔族の中心に居た。ぼくの大好きなたったひとりのお母さん。ぼくが唯一知っているスライム。

 

 でも、目の前の街医者は明らかに人間だ。そしてぼくだってただのスライムなんだ。見た目は……カリエスだけど。

 

「ぼくは、スライムだよ。ただの……スライム」

 

「ちげぇよ。パラサイトスライムっつうちょっとだけ特別な魔族なんだよ。俺とお前さんは」

 

 近くの棚から一冊の本を取り出して、ページを捲りある場所を開いて見せてきた。

 

「文字、読めるか?」

 

「もじゃもじゃがいっぱいだね、なんの模様なの?」

 

 純粋な感想を口にしただけなのに、オスピスと名乗った男は膝から崩れ落ちてしまっていた。慌てて支えようとした僕の手を払いのけ、オスピスが真っ青な顔をして僕を見ていた。

 

 今にも口を開けて襲ってきそうな覇気を感じてしまい、小さい悲鳴を上げて後ずさってしまった。

 

「あのデカ神父め、読み書きできるか聞かなかったな。騙した仕打ちが来ちまったか」

 

「文字はまだ習ってないんだ、だから読めないよ……看板の虫みたいなのも、全部文字なの?」

 

「そういや坊主、まだ名前が無かったんだったな。そりゃそうか、それで文字を理解していれば天才だったな。スライムにそんなのはいないがな……どっこいしょ」

 

 ゆっくりと立ち上がって膝についた埃を払い、もう一度本を開いてぼくに差し出した。

 

「分からないって、習ってないもん」

 

「スライムの坊主はな。だが外側が、人間のガワのカリエスが読み書きができたのなら?」

 

 そう言うとオスピスはぼくの……違う、僕のおでこに指を当ててきた。つんと突かれたけど、そんなことしたって分からない。リゴルやサニタスを分かったようには行かなかった。

 

「いいか坊主、俺達ってのは宿主……つまり寄生した相手の記憶を見ること。能力を知ることが可能なんだ」

 

「能力を、知る?使えるじゃないんだね。もっと思い出せば、ぼくも剣を使ってもっとカリエスっぽく振る舞えるのかな?」

 

「まあ多分、技能に関しては俺は分からん。この身体は勉強しかできなかった奴だったからな、体感的にはやったことがない」

 

 自分の胸を撫でて、面倒くさそうな顔をしたオスピスを横目に。試しに剣を振るう姿を思い出そうとしてみた……でもなにも出なかった。きっかけが必要なんだろうな、帰ったら本物の剣を握ってみよう。

 

「剣を握ったくらいだと、宿主の記憶はきっと手に入れられんぞ」

 

「な、なんで分かったの?それもパラサイトスライムの能力か魔法なの?」

 

「お前さん、その単純な性格は隠す努力をしろよ。いつかお仲間に正体がバレちまうぞ」

 

 僕の顔を見て大きな溜め息を零し、奥へと続く扉の取っ手を掴みながらオスピスは話を続ける。

 

「こんな廃れた片田舎で、しかも俺の病院でパラサイトスライムなんかが見つかりなんかしたら……この安泰な暮らしにも悪影響が出ちまう。少なくとも、お前らの下らない勇者ごっこするための授与式が終わって、正体がバレる前にそこら辺の魔族にでもぶっ殺されてもらわにゃ、俺は不安で夜も眠れなくなっちまう」

 

 ぺちっと頭を叩きながらブツクサと呟いていた。早口で言うもんだから上手く聞き取れなかったけど、唯一まともに聞こえたぶっ殺されるには反論した。

 

「ぼく、お母さんに会うまで死なないよ?」

 

「そうかい、なら人に紛れる技術を身に付けなきゃ、どのみちそのお母さんには会えんかもしれんぞ」

 

 ゆっくりと扉を開けて、奥の部屋に入っていくオスピス。慌てて後を追うべきか、待っていればいいか迷っていると既に扉の奥に進んでいたオスピスがこちらに振り返って手招きをしていた。

 

「おいで坊主、同族のよしみだ。お前に人に紛れる術を授けてやる。もし全部覚えたら、俺が一番大事にしているものをやろう」

 

 正直色々教えてくれたけど、うまく理解はしていない。

 

 急にぼくはちょっと特別なスライムだとか、生きるために人に紛れる?術を教えてくれるとか……サニタスが教えてくれた時より、もっと基礎的なことを教えてくれるんだろう。なんというか……魔族側の生きる力?みたいなの。どんな魔法なんだろう、空とか……飛べるのかな?

 

「おいどうした、早くこい!」

 

 痺れを切らしたオスピスの強い言葉に突き動かされるように、考えるよりも先に動いた身体が。オスピスの待つ奥の部屋に飛び込んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。