ぼくは、スライム?〜偽物勇者と再生の子〜 作:ワンダ・プレイア
ゆっくりと言葉を吐き出しながら、声の大きさも気持ちも、全て小さくなったサニタスさんがついにその言葉にしてしまった。それと同時にヴェクタさんの息を飲む音と、コツっとなにかが机に乗る音が聞こえた。見ていないけど、多分片肘をついたんじゃないかって思った。覚悟はしていたけど、言葉として改めて言われるとやっぱ胸が痛くなる。
「私達には魔物の集落を制圧したという実績もある。他パーティは基本的には七人以上が多い中、私達は五人だった。だからその実績で人手が足りない勇者への斡旋をしよう。希望があるなら今のうち伝えてくれ、できる限り希望に合う場所へ推薦する」
マザー・スライムの手配書を裏返し、用意して置いた羽根ペンとインクを机の上に出したサニタスさんは俺達をまっすぐ見た。
いつも柔らかく笑っているサニタスさんの目が、今は笑っていない。本気でもう諦めてしまったのだろうな、そこはドライなんだよな……本来はそうあるべきだ、命懸けの戦いに身を置くのだから。
サニタスさんの言葉だ。「これはただの旅行でもなんでもない、人類の平和のために挑む戦いの前座だ。だから私達が例え死んだとしても仕方がないで済まされることが待っているだろう」と。
俺とルベラがカリエスのパーティに加わった時のサニタスさんの言葉だ。頭に過ったその記憶に背筋が伸びた気がした。
「カリィのパーティじゃないなら、オレは降りるぜ?西のエルフ共とマッチングするリスクがあんだろ?嫌だなぁ、気高さを鼻にかけた連中とイチャイチャしなきゃいけないなんてな」
「借金はどうするんだ、またチマチマ返す日々に戻るのか?」
「ああ、しゃーねーだろ。西のエルフとかいう害悪鼻垂れ傲慢ガイガイと一緒に旅をとか……おーこわ。死んだとしても嫌だからヴェクタちゃん真面目に働きまーす」
横を見れば左手をヒラヒラとさせて、面倒くさそうに右手の人差し指と中指を立てていた。ちょっと楽しそうだけど口からでてくる内容が酷い。
しかし、西と東のエルフねぇ……おんなじエルフなのに敵対関係にあるってのはなんとなく知ってるけど。俺が知る限りここまで嫌い同士なイメージは薄かった。
大昔になんかあったのだろうけど、ヴェクタさんに聞いてもはぐらかされたんだよな。ババアに聞くなって……めっちゃ美人なのに。
「ヴェクタさん、めっちゃ美人なのに……」
つい考えていたことが口から漏れて、ものすごく場違いで、ものすごく勘違いされるようなことを言ってしまい思わず口を閉じて慌ててそっぽを向いた。やっべ、またやっちゃった。
「リゴル!真面目な話をしてるのに、お前という奴は!」
「おい、プロポーズならもちっとロマンがある方が女は落ちんだぜ?次は花でも用意しておけよ?酒でもいいぜ」
わざとじゃない、つい考えていたことが言葉になっただけなのに。サニタスさんは俺の下心を叱りつけ、ヴェクタさんはまた茶化すような口調でニヤニヤしていた。
やっちまったよ……頭が良くない癖して考えようとするとつい喋ってしまう。そのせいで勘違いを生んじまうんだよなぁ……カリエス助けて、お前が居ないとずっと話が纏まらん。主に俺のせいで。
「まあいい……リゴル、お前はどうするのだ?ニムロージ重鱗流を広める口実に、カリエス殿の旅に参加すると言っていたが、お前の希望はなんだ?」
「お、俺は……師匠のおっちゃんの恩義のためだけに、勇者一行に参加して。おっちゃんの流派を、ニムロージ重鱗派を広めたかっただけっす。正直、カリエスとじゃないならあんまり……」
正直、世界の運命とか、世界の平和だとか名誉とかには興味がない。
幼馴染で一緒に育ってきたカリエスと、俺を強くしてくれたおっちゃんが元気で居てくれるのなら、特にこれと言って希望もない。
他のパーティで三流流派が〜とか言われて馬鹿にされて荷物持ち……みたいな未来しかみえない、荷物持ちなんか馬にやらせればいいのに。あんな可愛い生き物をこき使うだなんて考えたくないけど、得手不得手を考えれば妥当なんだけどな。
ついおっちゃんの元に居た時、どっかのボンボンに茶化された言葉を思い出してしまい、ついカップを強く握って顔に力が入った。
金があるってだけで、産まれが恵まれていたってだけで、俺を罵る理由にしてたあいつら……腹が立つ。剣の腕や師匠を誇ってたけど、あいつらは勇者になってんのかな?なってなきゃどうしてんだろうな。いつか再会したら俺がどれだけ——。
「余計なことを聞いたな」
落ち着いたサニタスさんの声にハッとして顔を上げれば、申し訳なさそうにペン一式を片付けていた。俺がなにも言わなくとも、全て察したのが伝わってきて恥ずかしくなってきた。
良くないって自分に言い続けてきたのにまた思い出してしまった。もう過去のことだし、小さなことなのにまだ引きずってしまう。だから……この旅で変わろうってカリエスの背中を追ってきたのに、俺は……。
「まあ、お前達の古傷を抉ることになったが……旅から降りること自体は恥ではない。もし、私の行く先のパーティが駄目であったなら……次の世代になにか残せるように頼むぞ」
「倒せればしなくて済むのになぁ〜」
「それができれば俺達ここに居ないですよ……で、ルベラにはなんて言うんですか?まだ泣きべそかいて——」
「わたくしがなんですの?」
聞こえてくる筈のない甲高い声に、俺達全員は口を閉ざして慌てて平然を装うように空になったカップに口をつけた。やっべ、いつから居たんだよ!どこまで聞いてたんだよ!
「ルベラ、風呂は済んだのか?」
「はい!故郷のよりはちょっと狭いですけど、お湯で温かくて気持ちよかったです!髪だってほら、こんなツヤツヤに」
ルンルンと嬉しそうな声に、なるべく不自然にならないように顔を向ければ。少し湯気立って上機嫌なルベラの姿があった。
風呂上がりだからか、マントと手袋は取っていた。にしても——。
「おま!まだビチョビチョじゃねーか!髪乾かすのは大事だっていっただろ。お前の故郷と違ってここは少し寒いんだ!風邪引いちまうぞ!」
慌てた様子で立ち上がったヴェクタさんがルベラに近寄って、少し……いやかなり濡れたままのルベラが持っていたタオルを奪い取り、頭にもう一度被せた。
そしてなにか言っているルベラを無視して、ワシャワシャとタオル越しに頭を強く拭き上げていた。
「いいか、精霊族専用の薬ってだな?高い、手に入りにくい、調合がクソ面倒くせぇって何回いやぁわかんだ!この大雑把ちゃんめ」
「うわぁ、ちょ……風邪なんか引きません!わたくし丈夫ですもの!」
「うるせぇ!今拭いてやんから……あーあ、尻尾も濡れてんじゃん。脱皮した時かぶれてもしんねーぞ、ほら来い!」
「脱皮しただけじゃかぶれませんって!ちょっと運ばないで!ヴェクさん!」
ヴェクタさんにしっかりホールドされ、混乱したまま「あ〜れ〜」とかふざけた言葉を残しながら速攻で部屋から追い出されるルベラを見送った。
さっき話してた内容を知っている素振りもなにも無かった、風呂上がりに集まってるのが見えて来ただけだろう。
結局、サニタスさんとふたりきりになってしまった……俺あんまりこの人と一緒になることがないんだよな。なに話そうか?
「ルベラの尻尾、また少し伸びていたな」
「え?あ、はい……マントで上手く隠してたり、服の下に収納?できたりで見る機会がないっすけど。やっぱあいつは精霊族なんすね、尻尾と手が違うだけだけど」
「ソロヴォル様の使いの種族、そして元魔物としての分類……かつては『リザードマン』と言われ我々人の子と一線を置いていた種族だ。その子孫に当たるとはいえ、悪目立ちが過ぎる……ルベラだけは、どのパーティにも貰い手がないのかもしれないな」
そう呟きながらポットとカップを片付けて、俺に軽く声を掛けてサニタスさんは部屋を出ていってしまった。
気難しい人だし、一番ルベラのパーティ入りに反対していたけどやっぱ父親の年齢だから心配なのかなぁ……独身らしいし、女性に見向きもしない人だけど。
そして、誰も居なくなっちまった。
「寝るか」
一応サニタスさんが泊まっている部屋だから、彼の荷物の貴重品一式を隠して軽く伸びをする……きっと煙草なんだろうな。
色々気にして隠しているつもりなんだろうけど、度々こっそり吸いに行ってるのをよく見かける。知らないのは鈍感過ぎるカリエスだけかもな、誰よりも早く寝るルベラさえ知ってたのに。そういう隠し事には、誰よりも無関心なだけかも知れない……やっぱカリエスの本心はよく分からない。掴みどころがないのもあるけど、本心を喋らないしな。
「サニタス?戻ったよ……あ、リゴル」
扉の向こうから新しい顔が覗いてきた、今度はカリエスだった。
さっきのオドオドしていた様子よりかは落ち着いて、いつもよりなんでか浮ついた様子で帰ってきた。
最近はちょっと塞ぎ込んでいて、どこか切羽詰まっているというか、なんというか……まあ久々に心から笑ってる顔を見たな。
「リゴル聞いてよ?僕さっき病院でね……」
小さな子供のように柔らかく笑うカリエスの話を聞きながら、ふと思い出してしまった。
昔のカリエスに戻ったみたいだなって。
魔物を倒して強くなりたいって言いだして、ちゃんとした王国の騎士になるとかで働きながら騎士学校まで行って、ソロヴォル聖教会からの勇者募集の声が上がれば飛び出して行った。その結果はこれだ。
勇者どうこう言い出して、色んな人に声を掛けてなんとか集めた今のパーティ……居心地は良いし満足している。でもカリエスだけはなぜか不満そうにしていた、まるで……。
そうかわかった、カリエスは——。
「そういうことだからリゴル」
「え?お、おう!なんだ……なんでも言ってくれ」
やっべなんも聞いてなかった、なんだって?カリエスはなんて言った?
「僕ね、ちゃんとした勇者になるよ」
カリエスの言葉は、とてもシンプルだった。
多分、カリエスは覚えていないんだろうな。俺達の目標は取り逃したってことも、道はあるけど険しくて現実的じゃないってこと、そしてお前も……戦えるかすら分からないってことも。全部、全部理解していない。
でも、やっぱそうだよ。記憶を無くしてもお前は……死に急いでいる、そうにしか見えない。
俺からすれば、勇者を都合のいい死に方にしているようにしか見えない。なぜ?
「なあ、カリエス……」
「カリエス殿、お戻りでしたか」
あんな重い話をしていたのに、煙草一本ですっかり元気になったサニタスさんが帰ってきて俺達の話を遮った。
慌てて口を閉ざすと、サニタスさんに軽く声を掛けられて同じ笑顔のまま向かい合って軽く話していた。
心配ごとをまるっと隠したサニタスさんの表情は更に明るくなる、本当にこの人は二枚舌なんだな、どこまでが本心かわっかんねぇ。
「では、早く寝てくださいね。明日は早いんですから……リゴル、寝坊するようなら叩き起こすからな。嫌なら起きろよ」
「はーい」
「うっす」
俺と入れ違いで部屋に戻り、施錠をしたサニタスさんを見送りつつ俺も部屋に戻ることにした。勇者になるならないとか一回置いておいて、とりあえずなにをするにもカマアマに帰んなきゃだしな。
「そういやリゴル、なんか言いかけてなかった?」
気を回してカリエスが話題を振ってくれたが、正直あんまり言いたくなくなってしまった。咳き込んだふりで適当にはぐらかして、なにもないよと振る舞って、サニタスさんより下手くそに本心を隠した。
「なんでもない、おやすみ。カリエス」
なんか色々あって疲れた、もう寝よう。とは言わずに。
「おやすみ、明日から頑張ろうね!勇者として」
また子供のような無邪気な声で心を弾ませたカリエスの声が聞こえた。一瞬思考が停止したが、振り返るとカリエスは自分の部屋に戻っていたのが見えた。
「そういや結局なにも決まんなかったな、他の勇者パーティに行くとかなんとか。あー……どうなんだろ」
結構話し合った気がするけど冷静に考えれば、なんも解決してなくね?俺達がバラけてどうするかの今後も、勇者として続けたいならどうするべきかも、なにも決まってないや。
「……どう頑張っても、俺には答えが出せないな。明日の俺、任せた!」
どっと押し寄せた睡魔に抗うこともなく、俺も部屋に戻った。なんか宿屋の恩恵で久々のひとりの部屋だ、堪能しよ。
なにも考えることもせず、もうなにもかも面倒になってベッドだけを考えて足を上げた。