皆もスタレやろう!
ことの始まりは中国・軽慶市から発信された「発光する赤児」が生まれたというニュースだった。以後各地で「超常」が発見され、原因も判然としないまま時は流れ、世界総人口の八割が何らかの特異体質である超人社会となった。
生まれ持った超常的な力、”個性”を悪用する犯罪者・「
そんな中、
その夢の内容は、とある宇宙の小さな星「オンパロス」と呼ばれる地の出来事だった。そこは古代ローマのような文明であり、その地を築いた神々「タイタン」を信仰していた。しかし、突如世界を襲った怪物「暗黒の潮」と、それによってタイタンは狂気に堕ち荒神と化してしまう。そして人類を救うために立ち上がった12人の英雄たちがいた。身体に黄金の血を流し、信託を授かった「黄金裔」。時に出会い、時に別れ、死別さえも経験し、それでも彼らは世界を救うために足を止めなかった。
やがて、「鉄墓」と呼ばれる「壊滅」の指令…つまり強大な敵を前にし、天外より来た開拓者たちと共にそれを打ち倒した。幾千の時と輪廻を超え、やがてその先に勝利を掴んだまさに夢物語、愛と記憶で紡がれた魅力的な叙事詩だった。
そんな叙事詩は幼い希結理にとって、とても魅力的なものだった。それもそのはず、彼女は作家である父親譲りの生粋のロマンチストであり、オンパロスの物語は希結理の心を射止めたのだ。目が覚めてもその物語を鮮明に覚えていた希結理は、思わずノートの空白にその物語を余さず書き留めた。そして朝一にそれを両親に見せた。
「おお、凄いな希結理。いつからこんなのが書けるようになったんだ?」
「違うわお父さん。これは夢に出てきたのよ!」
「ははっ、そうかそうか。物語の神様が見せてくれたのかもな!」
「ふふ、ならお父さんみたいに作家さんになれるかしら?」
優しい両親は希結理を疑うこともせず、ただ褒めて、肯定してくれた。ただの夢だと、笑わなかった。希結理にとってそれは、何よりも嬉しい言葉であった。そして、それとほぼ同時に、彼女には個性が発現した。
「詳細は分かりませんが、彼女が夢に見た物語に登場する人物たちの能力の一部を使えるみたいです。極大解釈をするのであれば、お父様の個性の”アイディア”の遺伝だと思われますが…」
希結理の父の個性”アイディア”は本当に行き詰ったときにふと天啓が降りたように何かを閃く個性である。父はまあまあ人気な作家だが、この個性に助けられた場面も少なからずある。
そんな父の個性と希結理の個性はかなりかけ離れたものである上、希結理の個性は相当特殊なものであった。個性は遺伝が出ることが多いが、その全容は未だに謎に包まれている。希結理の個性はまさに底の見えない沼のようであった。希結理の夢に出てきた英雄になぞり、その個性は”黄金裔”と名付けられた。
「お父さん、お母さん。私、ヒーローになりたいわ!」
この叙事詩をいつか世界に広め、そして叙事詩に出てくるような
「希結理がそう言うなら、私たちは応援するわ」
「ああ。希結理は希結理のやりたいことをやりなさい」
これは、英雄に憧れた少女がヒーローを志す。そんな物語である。
そしてそれから12年経ち、中学3年生の冬。ついにやってきた受験シーズン。希結理ももれなく受験生の一人であるが、受験校はもちろん天下の雄英高校。数多くのプロヒーローを輩出した名門校であり、ヒーロー科の受験倍率は驚異の300倍。偏差値79の筆記試験と、実技演習試験を突破した40名が通れる狭き門である。
だがしかし、希結理には一点の陰り無し。なまじ頭のいい希結理は中学でも常に学年一位を独占し、模試は常にA判定。個性も発現したころから鍛えてきた。楽観ではなく、希結理は根拠のある自信を胸に受験校・雄英の前に立つ。
「ここからはじまるのね。私のロマンチックな物語が♪」
そんな物語の一節のような、ポエムのような言葉を口にする。希結理の言動は成長を重ねるごとにどんどんポエマーのような詩的な喋り方になっていき、語尾に音符がついていそうな口調は現在進行形で重症化している。しかしそれなりの理由があり、それは夢に見た英雄譚に登場する人物「キュレネ」の影響である。
自身と瓜二つの見た目、自身と同じロマンチスト。惹かれない理由などあるはずもなく、希結理の口調は自然とキュレネに寄っていった。その結果がこれである。どちらかというと奇人変人に入る部類だが、別にコミュニケーションは普通に取れるし、友人が少ないわけではない。生活に支障はなかった。
「――『歳月』が長き夜を見守りますように…ふふっ♪今日は素敵な出会いがありそうね」
そう独り呟きながら希結理は雄英に入っていった。
大きな講義室のような場所でプロヒーロー・プレゼントマイクから説明を受け、筆記試験を一通りこなした後。件の実技演習試験の時間がやってきた。
内容は市街地を再現した演習場でヴィランを模したロボット…仮想ヴィランを倒すというもの。仮想ヴィランにはそれぞれポイントが割り振られており、ポイントが高いほど強くなるらしい。
(スタートダッシュを切るなら『詭術』かしら?でも結局倒さないといけないなら『紛争』のほうが…)
スタート地点に着きながら希結理はプランを立てていく。その途中で、黒髪のキチッとした青年に注意されている緑髪の青年が目についた。
「ハーイ♪何かトラブルかしら?」
「えっ!?あ、あの!そ、その…だ、ダイジョウブ、です…」
その行動の意図はただ一つ。「面白そう」であった。緑髪の少年は先ほどまでの独り言が嘘のように意気消沈してしまう。女性と話すことに慣れていないといった様子だった。
「試験前だし、今は仲良くいきましょう?」
「む、確かに。試験前に色々と話すのはよくないな。すまなかった」
そう言うと黒髪の青年は頭を下げて離れていった。
「彼は彼なりに真面目なのかしら…私は愛乃希結理よ。よろしくね?」
「あ、えっと。緑谷出久、デス…」
「ふふっ、出久くんね」
端的に自己紹介を終えた希結理はその余裕を崩してはいなかった。それはこの直後に起こる出来事を目の当たりにしても、である。
『はいスタートォッ!!』
「えっ?」
『おいおい!実戦にカウントダウンなんざねえんだよ!走れ走れ、賽は投げられてんぞ!』
「あら、確かにその通りね?」
その合図と共に受験者は一斉に駆け出す。その傍ら、希結理は胸の前で手を合わせ、目を閉じる。
「――『詭術』がただの戯れでありますように…それじゃあ出久くん、お先に失礼するわね♪」
「え?」
そう言うと共に希結理はいつの間にか手元にあったコインを空高く投げ、キャッチした瞬間、ビュン!と突風が巻き起こり、気づけば希結理はそこには居なかった。
「あれ?どこに…って!出遅れたあああ!」
そして緑谷も出遅れたことに気づくとすぐに駆け出すのであった。