臨時休校から一夜明けた翌日。所々に包帯を巻いた相澤が、いつもの教室へ入ってきた。
「おはよう」
「「「相澤先生復帰早え~!?」」」
クラスメイトたちの驚きの声が教室に響く。それも無理はない。USJ襲撃事件で重傷を負ったはずの相澤が、もう教壇に立っているのだから。もっとも、彼がここまで回復できたのは、希結理の治療があったからこそだった。
『……これは、驚いたな』
相澤と13号を病院へ搬送している最中、医師は二人の状態を確認して目を見張った。相澤は骨折、13号は裂傷といった、重傷につながりかねない怪我が、すでにある程度まで回復していたのだ。
もし希結理の治療がなければ、ここまでの回復は望めなかっただろう。ただし、その代償は小さくなかった。治療で体力を大幅に消耗した希結理は、念のため保健室へ連れていかれ、リカバリーガールから注意を受けることになった。
「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ、戦いは終わってねぇ」
相澤自身はもとより最低限歩ける状態であれば教壇に立つつもりだったが、予想以上の回復に少し驚いていた。そして、自身の怪我を顧みず学校へ赴いてきた相澤のそんな言葉にクラスメイトは思わず息をのんだ。
「……雄英体育祭が迫ってる」
「「「クソ学校っぽいの来た~!!」」」
クラスメイト達は盛り上がるが、一部の生徒は不安を示す。「またヴィランに襲撃されるのではないか」と。そんな意見に、相澤は答える。
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すって考えらしい。それに何より、うちの体育祭は最大のチャンス。ヴィランごときで中止していい催しじゃねえ」
個性社会において、雄英体育祭はかつてのオリンピックに代わる一大イベントだ。大勢の観客に加え、プロヒーローたちも有望な生徒を探すために会場を訪れる。つまり、ここで実力を示せば、将来のヒーロー活動につながる可能性もある。
(絶対に見逃せない機会ね)
希結理にとっても、体育祭は夢へ近づくための大切な一歩だった。それは、変化した自身の個性を試す絶好の機会。
そして、誰もが優勝という一つの目標に向かって競い合う、青春の舞台でもある。ロマンチストである希結理にとって、これほど心躍るイベントはなかった。
「ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ。その気があるなら準備は怠るな!」
そんな相澤の激励の言葉で、朝のホームルームは終了した。
放課後、A組の教室は他科の生徒たちでごった返していた。体育祭を前にした敵情視察か、それとも単なる野次馬か。廊下にまで人があふれ、教室から出るのも一苦労だった。
「敵情視察なんてしても意味ねぇよ。どけ、モブども」
そんな生徒たちをいつもの調子で睨みつける爆豪。しかし、その言葉に反応した生徒がいた。
「うわさのA組、どんなもんかと見に来たが……ヒーロー科のやつらはみんなこんななのかい?こういうの見ちゃうと、幻滅するなぁ」
「ああ?」
爆豪の前に立ったのは気怠そうな表情をした男子生徒。爆豪は彼を視界の中心に据えて睨みつけるが、その生徒は続ける。
「……知ってるか? ヒーロー科落ちた奴の中には、そのまま俺みたいに普通科に行った奴がいるんだ。けど、今度の体育祭のリザルト次第ではヒーロー科への“編入”が可能なんだ」
──その逆もまた然り。
それはまるで敵情視察などではなく、宣戦布告そのものだった。しかしそんな大胆不敵な宣言も意に介さず、爆豪は人混みをかき分け歩みを進める。そして爆豪が去った後、希結理が一歩前に出た。
「何?君もさっきのやつみたいに、俺たちは眼中にないってか?」
「いいえ、少なくともあたしはそうは思ってないわ」
希結理は続ける。
「脇役なんて人はこの世にはいない。ヒーロー科への編入を目指すならその挑戦、あたしは受けて立つ。爆豪君は言い方こそ少しアレだけれど……自分の実力に自信があるからこそ、ああいう態度を取れるのだと思うわ」
「!!」
「手加減はしない、あたしは本気で1位を取りに行く。だから体育祭、全力でぶつかり合いましょう。お互い悔いの残らない戦いにするために」
A組の生徒たちも、普通科の生徒たちも、思わず目を見開いた。相手の挑戦を受け入れるだけでなく、一位を目指すと堂々と言い切った希結理。その言葉には、柔らかな口調とは裏腹の確かな闘志が宿っていた。
「……俺の用は済んだ。それじゃ」
男子生徒はそう言うとその場を去っていった。それに応じてか、他の生徒たちも徐々に散っていく。
そして希結理の宣言は、A組のみんなを2週間後の体育祭に向けて奮い立たせるには十分であった。
──体育祭当日。
会場を埋め尽くす観客の歓声が、控室にまで響いていた。観客席には大勢の人々が詰めかけ、競技場の中央へと期待のこもった視線を向けている。会場全体が、これから始まる戦いへの熱気に包まれていた。
雄英体育祭。それは、未来のヒーローたちが自らの実力を世に示す舞台だ。希結理たちは体育着に着替え、控室で出番を待っていた。競技の公平性を期すため、コスチュームの着用は不可。己の体と個性のみで勝ち上がらなければならない。
そうしていざ入場となったとき、轟が緑谷に声をかけた。
「なぁ、緑谷。ちょっといいか?」
「ん?どうしたの?」
「客観的に見ても俺の方が実力は上だが、お前……オールマイトに目ぇかけられてるよな?」
「!!」
轟のそんな言葉に、緑谷は動揺する。しかし緑谷がその事について返答する前に、轟は続ける。
「その事に関して詮索はしねぇ。だが緑谷、お前には勝つぞ」
「……そりゃ、僕よりは轟くんの方が実力は上だよ。けど、他の科の人も本気でトップを取りに行こうとしてるんだ……だから──僕も本気で獲りに行く!」
轟の宣戦布告とも取れるような宣言に対し、緑谷はそう返した。その返答を聞いた後、轟は視線を希結理に移した。
「そして愛乃、お前にもだ」
「あら、あたし?」
「初めての戦闘訓練じゃ、決着はつかなかった。……だから今度は、きっちり勝たせてもらう」
「あら、轟君。随分と自信があるのね?」
「ああ、お前にも負けるつもりはねぇ」
「ふふっ。もちろん、受けて立つわ。あたしだって負けないわよ♪」
希結理はいつもの調子で返すが、その目は闘志に満ちている。そんな返事を聞き届けた轟は会場の入口に向き直る。
会場を緊張の糸が貼り巡る中、やがてプレゼント・マイクの声が響き渡った。
『遂に来たぜ!! 年に一度の大バトル! ヒーローの卵と侮んなよ!! つーかお前等の目的はこいつ等だろ!?──ヴィランの襲撃を乗り越えた鋼の卵共、1年A組だろぉ!!』
入場の瞬間、大きな歓声が会場を包みこんだ。自分たちがどれほど期待されているのか、目を向けられているのか。A組が理解するには十分すぎるほどであった。
「選手宣誓!選手代表!1ーA、愛乃希結理!!」
用意されたステージの上で言葉を上げたのは、18禁ヒーロー、ミッドナイトだ。その呼びかけに応え、希結理が登壇する。
「頑張れ、希結理ちゃん!」
「そうか、入試成績トップって、愛乃さんだもんね。頑張って!」
「……ちっ!」
応援する麗日と緑谷、恐らくそこにいるのが自分ではないのが気に入らないであろう爆豪。そんな彼らを尻目に、希結理はマイクを手に取り、言葉を発した。
「宣誓!あたしたちはヒーローシップに則って、正々堂々と戦い抜くことを誓います。1−A、愛乃希結理」
選手代表としての模範的な宣誓に、誰もが体育祭の始まりを確信した。その時だった。
「──宣誓はここまで。ここからはあたし自身の宣言よ♪」
「「「!?」」」
「ここにはヒーロー科だけじゃない。普通科、サポート科、経営科…色んな生徒がいて、その誰もが栄光を手にするチャンスを持っている。それでも……」
──あたしが勝つ。
一瞬、会場が静まり返った。
優等生のような宣誓から一転、堂々と優勝を宣言した希結理。その言葉に観客がどよめき、選手たちの表情にも新たな闘志が浮かぶ。
「あたしは小さい頃から、英雄に憧れてきた。その夢に近づくための第一歩として──あたしは、この体育祭で優勝するわ!」
(そうだ、僕が来たってことを知らしめるんだ。負けてられない!!)
緑谷はオールマイトの言葉を思い出し、
(言ってくれるじゃねえか、愛乃)
轟はリベンジに燃え、
(んだとクソチビ!ぜってぇ俺が勝つ!!)
爆豪はその闘志を前面に出していた。A組や他の生徒たちも、希結理の宣言に対して奮い立っている。
「いいね、ロックじゃん」
「あそこまで言われたら、俺たちも負けてられねぇぜ、漢としてよ!!」
「この体育祭を、あたしたちの青春の一ページとして刻みましょう!……以上よ♪」
そして次の瞬間、会場を揺るがすような歓声が巻き起こった。
『うぉぉぉぉ──!!』
『いいぞ雄英生ー!!』
そんな希結理の宣言を以て、雄英体育祭が開幕した。