希結理は『詭術』の権能で市街地を駆け巡り、やがて停止する。その前に、仮想ヴィランが立ちはだかった。
「1ポイントが2体、2ポイントが1体ね」
「目標発見。ブッ殺ォス!」
しかし、希結理は笑みを崩さない。それどころか、わずかな昂りすら感じている。己の鍛錬の成果、積み重ね、それを披露するときが来たのだと。物語の序章が始まるのだと。
「──『紛争』が戴冠して王になりますように…さあ、行きましょうか」
瞬間、希結理の姿が仮想ヴィランたちの視界から消える。気づけば、鈍い音と共に2ポイントの右側に居た機体は希結理によって殴り飛ばされていた。その華奢な体躯からは考えられないほどの鈍い一撃。2ポイントはすかさず希結理に対して攻撃を繰り出すが、希結理はそれを避けながらカウンターを叩き込み、吹き飛ばされた機体に巻き込まれその後ろにいた1ポイントもまとめて撃破。希結理は一瞬にして4ポイントを獲得した。
そこへ仮想ヴィランの増援が駆けつけるが、それらも『紛争』の権能によって蹂躙していく。迫って来るヴィランを体一つで返り討ちにするその姿は正に王の如し。
「どんどん行きましょうか。──『大地』が道を護りますように」
その言葉と共に、希結理の傍には黄金の龍『龍霊』が召喚される。希結理は龍霊に乗り、市街地を駆け巡る。その巨体で仮想ヴィランを蹴散らしていく。横取りが結果的に受験者を助けた時もあったが、人助けができるのであればたとえライバルだとしても、希結理にとってそれは本望。
「なんだ!?あれも個性か!?」
「ドラゴンに乗ってる!異形型じゃないのか?あんなのアリかよ!」
「あれ?攻撃を受けても痛くない。なんで?」
──個性”黄金裔”。希結理が夢に見た12人の英雄に準じた能力を行使することが出来る。併用は不可であり、その都度能力を切り替えなければならない。例えば『紛争』によるシンプルな身体能力増強。例えば『詭術』による高速移動。多彩な能力を使いこなすその様は現在の超常社会でも”強個性”として数えられる部類だ。
しかし、希結理とて努力を怠ったことは一度たりともない。黄金裔の力を借りるには、それぞれの黄金裔が課した試練を突破し、火種を受け継がなければならない。戦闘、技術、思考、その内容は黄金裔によって異なるが、希結理は初期から保有していた『歳月』『大地』『門と道』を含めてすでに8つの能力を解放している。これはひとえに、希結理が試練をクリアするために日頃から努力してきた故である。
そしてもう一つ。黄金裔の力を借りるとき、決められた台詞を読み上げなければならない。希結理が能力行使前に祈りをささげているのは希結理の趣味ではなく、一種の儀式なのだ。ロマンチストの希結理にとってそれは恥ずかしい事でも何でもなく、寧ろ率先して唱えたいとさえ思っている節があるが、切り替えにタイムラグが発生するのも事実。だがその弱点を感じさせないのは希結理が周囲の状況を把握し、常に最適な能力選択を行っているからだ。
それに加えて体づくりも欠かさず行ってきた。英雄に、ヒーローになるべく努力してきた少女。それが愛乃希結理という少女だった。
その時、会場が揺れた。建物を破壊し、土煙を上げながらその姿を現したのは、この試験のいわば妨害ギミック、0ポイントの巨大仮想ヴィラン。周囲のビル群を超える体躯。倒すメリットなどあるはずもなく、試験の内容を鑑みれば逃げ一択だ。もちろん、希結理も無謀な戦いを挑むほど馬鹿ではない。しかし、希結理は一瞬見えたその少女を見逃さなかった。少女は瓦礫に足を取られ、その場を動けない様子だった。
「っ!」
(あのままじゃ踏みつぶされちゃう!)
希結理は駆け出そうとした。だがそれよりも早く、飛び出した者がいた。それは先ほどのおどおどした少年、緑谷出久だった。希結理が足を止めるほどの風圧を生み出しながら跳躍し、その拳を握り締め仮想ヴィランに向けて、放った。
「SMAASH!」
その拳を受けた仮想ヴィランの顔面は粉々になり、後方に倒れていく。その時、希結理は予感がした。彼が自身の物語を彩ってくれる、物語が面白くなる、そんな予感。希結理は羨望の眼差しでしばらく緑谷を見上げていた。しかし、そんな希結理を感傷に浸らせる暇もなく、現状は彼女を現実へと引き戻す。
(自由落下…?もしかして増強型の個性で大ジャンプしただけ!?)
だが希結理の心配は杞憂に終わる。落ちてくる緑谷を助けられた少女が触れ、恐らく個性で着地をサポートした。希結理はその二人の元へすぐに駆け寄った。
「大丈夫?」
「あ、うん。ウチは大丈夫。それよりも彼を…」
「うう…せめて1ポイントでも…!」
「あまり無理しない方がいいわ、出久くん。左腕以外の四肢がボロボロになってるわよ?それにもう…」
『試験終了ー!』
そんな緑谷の耳に、プレゼントマイクによる無慈悲な宣言が響き渡った。その合図とブザーをもって、雄英高校の実技演習試験は終了した。
「あ、ああ…」
「…とりあえず、治すわね?──『天空』が
希結理が個性を『天空』に切り替えると、緑谷を癒し、ボロボロの腕と足はみるみるうちに元通りになっていく。その様子を見て緑谷と助けられた少女は思わず「おお…」と声を漏らした。
「おやまぁ、大怪我の子がいるって聞いたんだがね…」
「あら。確かリカバリーガール、だったかしら?」
3人に歩み寄ってきた老婆はリカバリーガール。個性”癒し”は怪我をした本人の体力を消費して治癒力を活性化させるもので、それによって試験の負傷者を治癒する…予定だった。
「すごい、あっという間に元通りに…回復系の個性なん?」
「いいえ、個性の一端というだけよ」
「確かに、さっきはドラゴンのようなものを乗り回していたし、最初は僕の前から一瞬でいなくなった。風圧があったってことはワープじゃなくて高速で移動したということだし、そうだとしたらジャンルの違うものを一遍に使いこなせる個性。今までそんなの見たことも聞いたことも…」
「おお、すごい剣幕だ…」
「ふふっ、意外とお喋りさんだったのね?」
「そんだけ喋れるなら私の処置は要らなそうだね。ほら、他に怪我した子はいるかい?」
リカバリーガールは3人をよそに他の怪我人の処置にあたっていく。希結理はついでに少女の方も治療してあげる。軽症だが、治すに越したことはないだろう。
「治療はこんなものかしら?それじゃあ二人とも、お互い試験に合格してたらまた会いましょう♪」
「…あっ。あの、ありがとう!愛乃さん!」
緑谷は精一杯声を張り上げた。自分のポイントは0、また会おうという約束は恐らく果たせない。だからせめて、治してくれたことへのお礼を、自分に話しかけてくれたことへのお礼を言っておきたいと思った。希結理は言葉で返事はせず、ただ振り返って無邪気な笑みを浮かべた。
その笑顔は、緑谷出久にとってあまりにも眩しいものであった。
一方希結理は、緑谷のポイントが0なのは「せめて1ポイントでも…!」という言葉から理解はしていた。だが希結理はそれ以上に、緑谷が雄英に来ることをどこか確信していた。彼はこんなところで終わるような人間ではないと、そう思った。そして何よりも…
「『歳月』は嘘をつかない。素敵な出会いはこんなところでは終わらない。でしょう?出久くん♪」
希結理は誰に向けてでもなくそんな言葉を放ち、家路へとつくのであった。これから始まるであろう物語に胸を躍らせながら。
希結理が現在保有している火種と能力
・『浪漫』…???
・『門と道』…???
・『紛争』…身体能力向上。
・『天空』…治癒。
・『詭術』…高速移動。
・『理性』…???
・『歳月』…???
・『大地』…『龍霊』の召喚。