先手を取ったのは希結理だった。希結理は轟に向かって駆け出すと同時に、すでにコインを宙に投げていた。
(…!こいつ、すでに個性を発動した状態!)
瞬間、希結理は目にもとまらぬ速さで壁、床、天井を駆使して駆けまわり、轟を翻弄する。さながらピンボールのようなその動きは、小柄な体も相まって中々捉えられない。氷結攻撃は不発に終わり、希結理は背後から轟に蹴りを入れた。しかし分かりにくい軌道に重きを置いていたためそこまで慣性は乗っておらず、少しひるんだ程度だ。
「ちっ、目で追うもんじゃねえな…」
「ふふっ、伊達に入試主席じゃないわよ♪」
希結理はコインを回収し、再度コインを宙に投げる。一方轟は自身を中心として全方位に氷結を繰り出した。希結理は咄嗟に回避するが、それも読んでいた轟は壁や天井に向かって氷結を伸ばしていく。
この狭い場所では立ち幅跳びで見せたような龍は出せず、高速移動と恐らく身体強化くらいしか攻撃手段は無いと轟は考えていた。そして、個性の詳細が分からない以上他の攻撃パターンを想定しても仕方ないと判断した。
(こいつ、対人戦闘慣れしてるな。いや、教科書みたいな動きっつーか…見様見真似っぽいっつーか…)
「いいのか、このままじゃお前の逃げ場が無くなるぞ」
「それは困るわね。もう少し楽しみましょ?」
「興味ねぇな」
そして三度目の攻防。希結理はコインを宙に投げて駆け出すが、それを見るなり轟はそのコインを凍り付かせた。するとあっという間に希結理の速度が元通りになった。
「さっきから見てれば馬鹿でもわかる。それがねえと高速移動できねえんだろ」
「やるわね。──『紛争』が戴冠して王になりますように」
やがて氷塊が辺りを埋め尽くし、高速移動が困難と判断した希結理は即座に『紛争』に切り替えて正面戦闘を試みた。
この訓練を観戦しているモニタールームの生徒たちは、激しい戦闘を見て盛り上がっていた。
「すげーな、轟のやつ。あたり一面氷だらけだぜ!」
「愛乃さんもすごいよ!推薦組の轟くんとほぼ互角だ!」
切島や芦戸の反応に続いて、皆思い思いの感想を語り合っている。やはり動きの激しい攻防は興味を惹かれるのだろう。
しかし爆豪はその攻防を見てその実力差を目の当たりにしていた。自分より入試の成績が良かった希結理。推薦入学者である轟。さらに、自分が見下していた緑谷ですら、自分の予想を超える力を見せた。そして二人のレベルの高い攻防を見て、思わず『敵わない』と思ってしまった。自分ではこの壁は越えられないんじゃないかと、思ってしまった。そして何よりも、そう思ってしまった自分に嫌悪感を募らせていた。
それは自分より劣っていると思っていた緑谷に敗北を喫した爆豪に対して、追い打ちをかけるには十分すぎる事実であった。特に、常に笑っている希結理が余裕そうに見えたのか、より彼の態度を逆撫でしていた。
一方、オールマイトはそんな爆豪を気にかけつつ、希結理の戦い方に注目していた。”黄金裔”という個性は似たような前例がなく、未だに詳細がよく分かっていない。だが希結理は宿っている複数の能力の長所や短所を理解し、使いこなしている。しかもこれでまだ伸び代があるというのだから恐ろしいものだ。
複数の系統が異なる能力を使う人物を、オールマイトは知っている。個性を奪い、与える個性。自身が葬り去った巨悪。その姿を一瞬でも自分の生徒に重ねたことに罪悪感を募らせつつ、オールマイトは首を横に振ってモニターに視線を戻した。
希結理たちの方に視点を戻そう。希結理は『紛争』で攻めを継続するが、氷だらけの足場に気を取られ、うまく攻撃することができない。それに葉隠がいるとはいえ、どこにいるか分からない障子も気がかりだった。
(焦凍くんを確保するのは難しそうね。狙うならタイムアップかしら?それに…)
希結理は気づいていた。轟が氷結攻撃を出すたびに、攻撃の精度が鈍っている。恐らく氷結攻撃にも何かしらの制限があるのだろうと考えていた。見れば轟の右半身は霜焼けしており、それがデメリットなのだろうと推測できる。
しかし希結理は、そのデメリットすらも彼にとってはデメリットではないのではないかと思った。当然、それだけの推論を立てる根拠が彼女にはあった。
「焦凍くん、どうして氷しか使わないの?」
「……何のことだ」
「個性把握テストのとき、自分で出した氷を自分で溶かしてた。消滅させるんじゃなくてね」
希結理は自分の推理を話していく。時間稼ぎというのも理由の一つだが、それ以上にその疑問は希結理の好奇心から来るものだった。一方轟の表情は話を聞くにつれ怪訝なものへと変わっていく。
「そして焦凍くんの名字、轟はNo.2ヒーローのエンデヴァーと同じ。焦凍くんは氷だけじゃなく炎熱系も扱えるんじゃないかしら?」
「……だとしたら何だ」
「純粋に気になったのよ。その背景にはどんな物語が眠っているのか」
「てめぇには……関係ねぇだろ!!」
直後、轟は廊下を埋め尽くすほどの巨大な氷塊を繰り出した。希結理にはこれを破壊するほどのパワーはない。
──今まで通りならば。
(出久くんの超パワーを見て少し考えていた。『紛争』は身体能力強化を全身に行き渡らせている。もし、それを一点に集中させることができたとしたら?)
希結理は左拳を握りしめる。今までやったことのない行為のため、念のために利き腕ではない方を構え、イメージする。
(仮に出久くんの拳が100%だとしたら、あたしの『紛争』は全身が5%程度の状態かしら?だったら、左腕にそのパワーを集めるイメージで…!)
希結理の左腕に、そのパワーは集約されていく。やがて赤黒い獅子のようなオーラがその側に現れる。
「『紛争』集約、30%…【赤炎獅子】!」
獅子と、氷塊が激突した。衝撃はモニタールームまで響き、固定カメラは煙に包まれたため、その様子をとらえることはできない。
「んだこの衝撃!?さっきの爆豪の爆破とは訳が違うぞ!?」
「これほどの高威力の技のぶつかり合い…!ビルは大丈夫ですの?」
上鳴の言葉に続き、八百万はその心配を口にする。だがオールマイトは一切動じていない。
「大丈夫だ。ビルは無事さ!もちろん、轟少年も愛乃少女もね!」
オールマイトは生徒たちに向かってサムズアップをする。しかしその内心は少しの焦りと驚愕に包まれていた。
(一瞬ビルがまた壊れるんじゃないかとヒヤッとしたが愛乃少女、この土壇場で新技を思いつくとは…!素晴らしいポテンシャルだぜ…)
轟も思わず腕で顔を覆い、その場で踏みとどまる。そして煙が晴れると、既にそこに希結理の姿はなかった。
「っ!?居ねぇ。どこ行った…?」
(足音は聞こえなかった。天井も床も抜けてねぇ。まさか、まだ能力を隠してたのか?)
「ただいま、透ちゃん」
「わあっ!?って希結理ちゃんか」
轟を煙に巻いた希結理は『門と道』の権能を使って四階まで戻ってきていた。その顔には交戦後ということもあってか、疲労感が垣間見える。
「……っ。──『理性』が真理を広めますように」
「希結理ちゃん、大丈夫!?」
「ええ、少し個性を使いすぎただけ。大丈夫、もう少しだから」
希結理はそう言いながら四階全体へ植物の根を伸ばしていく。『理性』によって生み出された根は、その進路を塞いでいく。轟が炎を使わないことにこだわっているのなら、あの二人では突破は難しいだろうという判断だった。しかし、次の瞬間、希結理と葉隠は虚を突かれた。
『パリン』という音が突然聞こえ、希結理と葉隠が窓の方を振り返ると、窓の外から腕だけが伸び、核の方へ迫っていた。
「っ!──『詭術』がただの戯れでありますように…!」
──想定外。完全に建物の内部を守ることを意識していた二人は建物の外が死角となっていた。希結理は咄嗟に権能を『詭術』に切り替えたが、核を部屋の奥…すなわち窓際に配置していたこともあり、障子の伸びた腕が核をタッチするほうが一足先だった。
『ヒーローチーム、WIN!』
オールマイトのそんな声が響き渡り、訓練は愛乃・葉隠チームの敗北で終了した。
・新技【赤炎獅子】
イメージはモーディスの追加攻撃。緑谷のワン・フォー・オールから逆輸入した。使用中は他の部位の身体能力強化が失われる。希結理は割と弱めに調整しようと頑張ったので腕は壊れてません。でも多分痛い。やはり緑谷とは個性を使ってきた年数が違う。
『理性』:植物の根を自在に生やし、伸ばすことができる。実は頭の回転も速くなる。
今回は希結理が明確に疲れが出ています。権能を切り替えながら轟との戦闘をこなしていたので当たり前っちゃ当たり前。特に詭術の高速戦闘は疲れそう。