「おぬしがリョーツーンか」
「初めてお目にかかります、ナルサス卿。旅商人のリョーツーンと申します」
王宮にて。
ダリューンとナルサスの両名の前で、リョーツーンはかしこまってひざまずいた。
「ジムサの懇請とはいえ、いきなり陛下にとりつぐわけにもゆかぬ。まずはわれらが話をきこうではないか」
「いえいえ。ワシとて、いきなりアルスラーン陛下のご尊顔を拝せるとは思っておりませぬ。それが、大陸公路に冠絶する武勇と知略で知られるお二人にお会いできるとは、望外の喜びでございます。骨身を追ってくださったジムサ将軍には感謝しかありません」
つらつらと流れ出る美辞麗句に、ダリューンは早くもうんざりとした様子であった。あるいは、シンドゥラの能弁な国王を連想していたのかも知れぬ。
「ほう。われらの名はそんなに知られているか」
「それはもう。たとえるならば、甲乙のつけようがない天下の名馬でございます」
「そうか。われらは甲乙のつけがたい天下の名馬か」
「はい、それはもう」
「では、その場合、アルスラーン陛下は何にたとえられるのかな」
意地の悪い言い方をナルサスはしたが、角刈りの旅商人はけろりとした顔でいったものである。
「そうですな。いかな名馬といえど、馬小屋につながれていては、さしたる働きもできませぬ。ですが、大陸公路に鳴り響くアルスラーン陛下の人徳。ワシのようなものにもよくわかります。その人徳、駆けども駆けども果ての見えぬ草原の如し。まさに王者の徳はかくあれかし、でございますな」
と。
「………ほほう」
ナルサスは警戒心も露わに目を細めた。
そのとなりでは、ダリューンが感嘆のまなざしをリョーツーンに向けている。
「手紙配達人(ケシュラーク)の公共事業化、か。在野にも人材はまだまだいるようだな」
リョーツーンが二人の前から退出すると、ナルサスはふかく息をはいた。
「手紙というやつは、そうかさばるものではありません。ならば、ひとまとめにして運んでしまえば料金を格安にできます。一通ずつ配達するなど、金銭と手間と時間がかかってしかたがありませんや」
リョーツーンはそんなことを言い出したのである。
「むろん、手紙の行先はそれぞれ違います。ならば、主要な街道ごとに定期的に手紙をまとめて運ぶ役人と、地域ごとに戸別に手紙を仕分けて配達する役人を設けてはいかがでしょうってな塩梅で……」
さらにはそんなことも言い出した。
「官職は王立手紙配達役、とでも名づけましょうか。今いる手紙配達人は、その下級役人として雇っちまうんです。安定した給金と、パルス王家の後ろ盾が手に入るなら、そう文句も出ませんでしょう。手紙だけでなく、ちょっとした小荷物も運ぶってのもアリですな」
そんなことまで言い出したあとで。
「それで、ですな。手紙を運ぶなら、騎馬を主力にしてやるべきだと思いませんか。それも、山賊やらにも対処できるような腕利きの乗り手で。でも、パルス騎士に、手紙運びなんてさせられない。そこで、トゥラーンですよ! パルスの民にも劣らぬ乗馬技術。馬上であっても剣も弓もイケる。そこらの盗賊風情じゃ及びもつかない。彼らを雇えばいいんですよ! いかがですか、ナルサス卿」
そう締めくくったのである。
改革案としては、悪くない。すくなくとも、検討するだけの価値はあるだろう。
「………ダリューンは、どう思う?」
「うむ。正直なところ、胡散臭そうなやつと思っていたが、なかなか見る目のある男ではないか。我らが天下の名馬なら、アルスラーン陛下の人徳、駆けども駆けども果ての見えぬ草原の如し、か。なかなかに至言だな。うむうむ、まさしく王者の徳ではないか」
「……………」
ナルサスは無言で首を振るのだった。
「手ごたえアリ、だぜ」
王宮を退出したリョーツーンは、ひとりでほくそ笑んだ。
この事業がうまくいけば、トゥラーンはパルスの流通網と情報網に食い込むことになる。
その上でなら、トゥラーンはパルスの属国あつかいではなく、対等の国家として同盟関係を結べるはずだ。
「その流れにもっていければ、しめたものだぜ」
そうなれば、めったなことでは、この事業を中止することはできまい。
角刈りの旅商人の小さな瞳が、野望をたたえて輝くのだった……。
王宮にて。
「リョーツーンとやら、何者だ……」
ナルサスは警戒する。
「自身の立身出世のために手紙配達人の公共事業化を売り込んできた、と思ったのだが……」
リョーツーンは、退出するまで、ついに自分自身をこの事業の責任者として売り込むことをしなかったのである。
「私欲がないのか。それとも、この事業を仕切れるのは自分だけだ、という自負があるのか。どうにも、真意が読めぬ」
なんのために、手紙配達人の公共事業化を進めようとしているのだ。それで、リョーツーンは何を得るというのだ。
「パルスがトゥラーンの雇用を増やせば、略奪にはしるトゥラーン人は減る。すくなくとも、トゥラーンがパルスに略奪戦争をしかけることはなくなるだろう。パルスとトゥラーンの対等な軍事同盟か不可侵条約すら結べるかも知れぬ。そうなればチュルクへの牽制にもなり、チュルク王の野心の抑えにもなる。パルスとトゥラーンの友好を深め、戦争の起きにくい情勢をつくりだす。そんなことを考えるような殊勝な人間にも見えぬが……」
やがて、ナルサスは長い沈思の泉に沈み、そしてつぶやいた。
「リョーツーンとやら、なにをたくらんでいる……」