「国王陛下。リョーツーン卿の報告を聞く限りでは、チュルク国王カルハナの首をさらしたのは魔将軍イルテリシュの手によるものとみて間違いないと思われます」
解放王アルスラーンの円座の間で、ナルサスは淡々とアルスラーンに告げた。
「わからないんだ、ナルサス。チュルク王宮を襲ったのがイルテリシュだとして、なぜチュルクをねらったのだろう? イルテリシュとチュルクの間に、どのような因縁があるというのだろう」
「これはまだ推測にすぎませぬが、おそらくは、イルテリシュは人間の軍勢を欲しがっているのではないかと」
「何万という有翼猿鬼の大群では不足だというのか」
「有翼猿鬼の群れでは襲うことはできても占領することも支配することもできませぬ。また、先日、ザラーヴァント卿が有翼猿鬼の群れを撃退したように、蜘蛛の矢などの対策を練られると脆い面もあります。それになにより、イルテリシュ自身が、有翼猿鬼の親玉であることに耐えられずにいるようにも思われます」
「うむ。かつては国王として堂々と軍勢を率いたことのある身であれば、人妖を操って人里を襲うなどというおぞましい真似など好き好んでやりはせぬだろうな」
ダリューンが大きくうなずいて賛同した。
「人間の軍勢を手に入れたい、というのならば、トゥラーン王宮を襲っても意味はありませぬ。トゥラーンの兵力のほとんどはジムサ卿の指揮下、トゥラーン傭兵団としてパルスに駐屯しています。トゥラーン国内に残っている兵もヒルメ……クシャーフル卿が掌握し、国境警備や治安維持につとめております。これらの軍勢の指揮権をのっとるのは困難であり、たとえ成功しても得られる兵数は一万かそこら」
「割に合わぬ、ということか」
キシュワードが皮肉気な笑みを浮かべた。
「そういうことだ。ひるがえってチュルクを見れば、トゥラーンよりも兵は多く、まもりは固く、カルハナ王にしてからチュルク王家をなかば乗っ取るかのようにして即位している。そのくせ、チュルク国民に慕われるような政をしていたわけでもない」
「奪った王位は奪われやすい、ということか……」
アルスラーンが表情を曇らせると、ダリューンが声を張り上げた。
「陛下! そのようなことをおっしゃられますな。解放王アルスラーン陛下の御世が続くことを、パルスの民たちは心から望んでおります。陛下からパルスの王位を奪おうとするような不埒ものが出てくれば、われら、一丸となってそれに抗いましょうぞ」
涼しい顔でナルサスがそれに続く。
「陛下は、ご自分がパルス国王であることを当たり前のことと思っておられませぬ。パルスの民のために、よりよい王であろうと、王にふさわしい人物であろうとなさりつづけておられます。そういう主君は、そうそう得られるものではありませんでな。みすみすと奪われるつもりはござらぬ」
一同は、黙って大きくうなずいた。
「話がそれましたな。これからのイルテリシュの動向ですが……」
ナルサスは自分の見解を披露した。
……階段宮殿を制圧したイルテリシュは、そこを拠点として、まずは国都ヘラートを支配下におくだろう。次はチュルク国内の諸侯を恭順させ、ついにはチュルク全土を呑み込むにいたる。そのあとはチュルクの兵権を掌握し、再編し、そしてパルスへの侵攻を開始する……。
「意外と、気の長い話に思えますな。もっと短絡的な行動に出るかとにらんでおりましたが」
そう言ったのはイスファーンである。
「そうだ。思うにイルテリシュ自身は自分がザッハークの一党に加わったとは考えておるまい。ザッハークの魔道士連中が自身の国盗りの協力者になった、ぐらいの認識でいるのではないか。だから長期的な視野にたった行動をする」
「ザッハークの眷属も一枚岩ではない、ということか」
「そうだ、ダリューン。どうもやつらには、統率者の不在、というものを感じるのだ」
「だが、やつらがパルスにとって危険な存在であることにかわりはあるまい」
「その通りだ。なので、シンドゥラのラジェンドラどのと喰いあってもらう」
「……どうやってだ?」
「ラジェンドラ王に一報をいれるだけでよい。チュルク国王が何者かに殺され、チュルク全土が混乱している、気を付けられよ、とな。デマヴァント山の噴火によって、パルスの東部が荒廃している今、シンドゥラが西へ国境をひろげても、復興費用ばかりがかさんで旨味はない。そこで、北のチュルクにラジェンドラどのの目を向けさせてやるのさ。カルハナ王を喪ったチュルクが混乱し、治安が悪化しているのを平定する名目でシンドゥラが出兵する。チュルクの国土を横取りされたくないイルテリシュは、それを迎え撃つ。末永く争ってくれれば、パルスのために重畳なことだ」
「……そう、うまくいくか?」
「うまくいかなければ、別の策を採るまでだ。その準備はできている」
事も無げにナルサスは言い放つのであった。