パルス国に王立手紙配達役なる官職が設けられることはなかった。
代わりに、「郵政官」なる名称で、手紙配達人の公共事業化を監督する官職が新たに設けられた。
パルスの文官たちをおどろかせたのは、初代郵政官に任じられたのが、どこの馬の骨とも知れぬ旅商人だったことである。
名を、リョーツーンといった。
「リョーツーンとやらは何者だ」
「とはいえ、副宰相どのがじきじきに取り立てたのだ。いずれ、ひとかどの人物であろう」
「もと楽士の巡検使のような、か?」
「……すくなくとも、無能者ではあるまいよ」
「お手並み拝見、といくか」
「……といった具合で、このたびの人事、官吏のあいだではあまり好意的には受け止められてないようだな。女性がたとの寝物語できいた話だが、的外れではあるまいよ。複数の情報源をすりあわせた結果だからな」
などと、もと楽士の巡検使ギーヴは副宰相ナルサスに、皮肉気な笑みを浮かべながら伝えたものである。
「しかたあるまい。他に適任がいないのだ」
「ほお? エラムの手にも余るか」
「エラムには、もっとほかにやってほしいことが、いくらでもある」
「なるほど」
「それに、発案者だけあって、郵政官という役職の重要さを、あのリョーツーンという男はよくわかっている。この点で、あの男は替えがきかぬ」
「手紙を出すのが安くすむのが、そんなに重要なのか?」
「手紙を安価に届けられるという仕組みそのものが重要なのだ。これにはさまざまな可能性が秘められている」
「ふむ。そういうものか」
「興味があるのなら、あの男と顔をあわせる機会をつくってやってもいいぞ」
「男を紹介されてもなあ」
ギーヴは、あきらかに気の乗らぬ表情で、あからさまに気の乗らぬ声をだすのだった。
郵政官リョーツーンは精力的に働いた。
パルスの主要な宿場町で手ごろな空き家を手紙の集積所に仕立て上げる仕事に目途を付けると、角刈りの郵政官はトゥラーンへと赴いた。
リョーツーンはまず、トゥラーン王宮を訪れた。
国王トクミシュと親王イルテリシュをうしなったトゥラーン王家は滅亡したも同然であったが、そのトゥラーン王族のなかに、これはという人物をリョーツーンは見いだした。
トクミシュが元気に大剣を振り回していたころは文弱、惰弱、軟弱のむだめし喰らいの扱いをうけていた男だが、かるく茶飲み話をかわしただけでリョーツーンは、彼が博識であり、素直で柔軟な思考のできる人物であることを見抜いた。
名を、ザッツンマーナブ。のちにトゥラーン国王になる男である。
今までのトゥラーンは、略奪の指揮がもっとも上手い男が国王となっていた。
これからのトゥラーンは、他国への出稼ぎをもっとも上手く仕切れる男が国王となるようになってゆくのである……。
「いやあ、収穫だった。トゥラーン王家に、ああも話の通じる男がいるとは思わなかったぜ」
トゥラーンとの「商談」をまとめてパルスにもどったリョーツーンは、上機嫌で部下に話しかけた。
「とんとん拍子で仕事がすすんでいくなあ。こわいくらいだ」
そう答えた丸顔の男は、名をテライスという。ナルサスがリョーツーンにつけた部下のひとりで、角刈りの郵政官と妙にうまがあった。
「まだまだ、これからだぜ。もっと忙しくなるぞ、覚悟しとけよ」
リョーツーンは活気に満ちた笑顔をするのだった。