「なんだと! あの鳥面人妖どもがギランの商人どもに化けていたってのか」
巨大な有翼猿鬼が墜死すると、他の有翼猿鬼どもは逃げ去ってしまった。
グラーゼから総督府でなにが起こっていたかの説明を受けて、リョーツーンは思わず大声をあげた。
「うむ。ホーラムたちを喰い殺し、その皮をかぶっていたらしい」
「悪趣味な連中だな。しかし、よく見破れたもんだ。いったい、どうやったんだ?」
「やつらが不穏なことを言い出したので、『鳥面人妖だ』と言ってやったら、あっさり認めて正体をあらわしたのだ」
「バカしかいねえのか、ザッハークの眷属は! なんのために化けてたんだよ」
うんざりした顔になったリョーツーンにグラーゼは苦笑した。
「まあ、どうやら、あやつら、ここでおれたち全員を始末するつもりだったようだからな……。あやつらなりに、芝居がかったまねをしてみたのだろう」
鳥面人妖に成り代わられていた四人の海上商人たちは、その家族もほとんどが喰い殺されていた。
彼らの遺産のほとんどは国庫に納められることになり、とりあえず金貨のつまった袋や銀貨のつまった袋が牛車に積まれて王都へ運ばれることになった。
エクバターナへの旅は順調にすすみ、旅程もあと一日を残すのみ、という段になって、それは起こった。
何千という有翼猿鬼の大群の待ち伏せにあったのである。
空飛ぶ怪物どもは暗雲のごとく夕日をさえぎり、血の夕立を降らせようとキシュワード一行に襲い掛かってきた。
怪物どもの不幸は、この一行の護衛についていたのがジムサ率いるトゥラーン傭兵団だったことである。
「ヒャッハー!」
「わざわざ銀貨のほうから、やってきてくれたぞお!」
「一枚も逃がすかあ!」
「ギランで儲けそこねた分、ガッツリ稼がせてもらうぜえ!」
有翼猿鬼の首ひとつで銀貨一枚。
パルスが懸けた賞金によって、トゥラーン騎兵にとって有翼猿鬼は空飛ぶ銀貨も同然となっていた。
蜘蛛の矢がいくつも放たれ、即席の網と化して有翼猿鬼の大群に覆いかぶさる。
「首を撥ねるのはあとでいい、まずは羽根を折れえ!」
「おお、まずは逃げられないようにしないとなあ!」
「ヒャッハー!」
地面に落下した有翼猿鬼にトゥラーン騎兵が笑顔で襲い掛かっていく。
「まだまだ銀貨が飛んでいるぞお!」
「ヒョッホーオ! 入れ食いだあ!」
「母ちゃんとチビども待ってろよお! 父ちゃんガンバルからなあ!」
蜘蛛の矢が、さらにいくつもの軌跡を描いていった……。
トゥラーン傭兵団がすっかり有翼猿鬼狩人の集団と化してしまったのをキシュワードが目の当たりにしていたころ、リョーツーンは一足先にパルス王宮に参内していた。
「……まさか、ギランにもザッハーク一党の手が伸びていたとは」
郵政官長の報告を聞いて、アルスラーンは表情を曇らせた。
「ギランで蠢動していた者はグルガーンと名乗っていたそうです」
「グルガーン……初めて聞く名だ」
「おそらくはザッハークの魔道士の一人かと。すでにギランからは逃亡済みのようです」
そこまで報告すると、リョーツーンは部屋の隅にいって控えた。
「陛下。こうなると、ミスル国にもザッハークの息がかかっていても不思議ではありませぬ」
淡々とした声をあげたのはナルサスである。
「グルガーンとやらが、今はミスルに潜んでいるということか」
「いや、そうではないのだ、ダリューン。もっと以前から、ミスルには陰謀好きな何者かがずっと暗躍していて、ミスル軍をパルスへと侵攻させようとしてきた。どうも、そういうことらしい」
「何か物証があるのか」
「物証なり確証があれば、とっくに陛下に申しあげている」
「つまり、推測の域を出ぬということか」
「困ったことに、推測の域を出たときには既に手遅れということも多々あるのでな」
「うむ……」
「陛下。ミスルで蠢いているのが単なる野心家や陰謀家のたぐいであれば、まずはナバタイ地方を征服し、ミスルの国力を高めるでしょう。それからパルスへ目を向ければ成功の確率も高まります。ですが、ミスル国内の動きを見ていると、まるで、ミスルがどうなってもかまわないから、とにかくパルスに侵攻したがっているようにしか見えませぬ。マルヤムやルシタニアがどうなってもかまわぬからパルスを蹂躙させたがっていた魔道士どものように」
「パルスの大地に血を吸わせ、蛇王復活の力とする。それがザッハーク一党の狙いであったな」
アルスラーンの声は深刻な響きを深めてゆく。
「陛下。こうなれば、なにとぞ、パルス水軍の建設をお急ぎくださいますよう。ミスルは、意外と水軍の充実している国でございます。しばしばディジレ河で兵を運ぶため、軍船を使い慣れているのです。これらの軍船で五万ほどのミスル軍を運んでギランを急襲されれば、今のままではエクバターナから兵を送って撃退するしかありませぬ。そうなれば手薄になったパルス王都を狙ってミスルの本隊がディジレ河を越えてくるのは火を見るより明らかでございます」
「わかった。パルス水軍を建設しよう。責任者には、グラーゼになってもらう」
アルスラーンは決断をくだした。
グラーゼ提督誕生の瞬間であった。
「陛下。パルス水軍建設の補佐に、是非とも推挙したい人物がございます」
「ナルサスには、そのような人物に心当たりがあるのか」
「はい。陛下もよくご存じの人物です。リョーツーン卿を、グラーゼ提督の補佐につけるべきと愚考する次第でございます」
「ええっ! ワシがですか!」
リョーツーンは驚きの声をあげた。
「それは文字通りの愚考ではないのか」
ダリューンが遠慮のない声をあげた。