「ほう? きさま、ジムサではないか。この裏切者め。相変わらずパルスに尻尾を振っておるのか」
自分の前に立ちふさがった若者の顔を見て、イルテリシュは嘲りの声をあげた。
「わたしは裏切者の濡れ衣を着せられトゥラーンを追われたところをアルスラーン陛下にたすけていただいたのです。その恩を返すためにアルスラーン陛下のもとにいるだけのこと。かようにあしざまに罵られる覚えはござらぬ」
「ほう、舌だけはよく動くようになったと見える。だが、剣の腕はどうかな!」
「お望みとあらば、見せて進ぜよう」
「よくぞ、ぬかした!」
狂戦士と呼ばれ、魔将軍と呼ばれた男が抜刀する。
「ヒャッハー!」
そこに、歓喜の絶叫が轟いた。
「銀貨が山ほど落ちてるぜえ!」
「ヒョーホホホー! 銀貨のつかみ取りだあ!」
「待て待てえ、銀貨がまだまだ飛んでるだろうがあ!」
「もちろん、一枚たりとも逃がす気はないぜえ! 蜘蛛の矢の用意をしろお!」
イルテリシュは手のひらをジムサに向けて制した。
「……ちょっと待て」
「……うむ」
城壁の端に立った魔将軍は眼下を見下ろした。
「キョーッキョッキョッキョッキョ! 銀貨がいちまーい! 銀貨がにまーい!」
「邪魔をするなあチュルク兵ども! グロロロロロロ!」
「カカカカカー! 大漁だあ!」
そこでは、ブルハーンが率いるトゥラーン傭兵団が元気いっぱいに有翼猿鬼どもを狩りたてていた。
「……トゥラーン騎兵はもう少し上品だったと記憶しているが?」
「文句はリョーツーンに言ってもらおうか」
「まあよい。よくはないが、まあよい。では、はじめようか」
気を取り直した両名が、白刃をあわせた。
イルテリシュが親王の称号を帯びていたころ、その膂力はジムサを明らかに凌駕していた。
そして今。
その差は縮まるどころか、明らかに拡がっていた。
ジムサの鍛錬不足では説明がつかぬほどに。
ザッハークの魔力はイルテリシュの精神だけではなく、その肉体も変容させていたのである。
絶えず繰り出されるイルテリシュの斬撃を、ジムサは自分の直刀を折られぬように捌くだけで精一杯であった。
たまらず、飛びすさって距離をとる。
「どうした。やはり、舌ほどに剣は動かせぬか」
イルテリシュは片方の口角をあげてわらった。
ジムサは踏み込むと同時に腰に下げていた革袋を投げつけた。
投げつけられたそれを、イルテリシュはつまらなそうに両断する。
「ぬう?」
イルテリシュが訝し気な声をあげたのは、革袋の中身が投げつけられた勢いのままに自分の顔に飛びかかってきたからである。
「ぐあああーっ!」
ペシャワール城塞の城壁に、絶叫が轟いた。
革袋の中身、芸香の汁を顔面にぶちまけられた魔将軍は思わず自分の顔に手をやる。
ジムサの直刀が、その左腕を切断した。
「小細工をしてくれたものだな。トゥラーンの戦士らしく、正々堂々と果たしあいをすることもできぬまでに腐りはてたか」
忌々し気にイルテリシュがうめく。
「堂々たる果たしあいをお望みなら、武人として生き、武人として戦いなされ。今の親王では、怪物退治の戦い方でお相手するよりほかにありませぬ」
ジムサのその言葉を聞いたイルテリシュは、深く、深く息を吐いた。
直刀を手放す。
そして、残った右手で自分の顔を拭いだした。
それが、自分の顔に目ヤニや鼻水を残さぬためにやっていることを察したジムサは黙って見ていた。
「こんなところか。芸香の薫る首というのも、また一興よ。……さあ、やるがよい」
「介錯つかまつる」
ジムサの直刀が、狂戦士と、魔将軍とパルスにおそれられた男の首を斬り飛ばした。