「いやあ、たすかりました、ダリューン卿」
手紙運搬役に就いたトゥラーン人と、その護衛役に就いたパルス騎士とでおこなった合同演習の帰路にて、リョーツーンは黒衣の騎士に愛想よく笑いかけた。
「なに、礼を言われるほどのことはしておらぬよ。ほとんど黙ってみていただけだからな」
「いえいえ、天下に名だたるダリューン卿に同席していただけるだけで、みな、訓練に身が入ります」
事実であった。「戦士の中の戦士」がリョーツーンの傍らにいる、というだけで、パルス人もトゥラーン人も、この訓練、というより事業が軽んじてはならぬものであることを肌で理解し、手を抜こうとする者などひとりもでなかったのである。
「たしか、エクバターナ向けの手紙はもう送れるようになっていたのだったな」
「はい。主要な宿場町からエクバターナの各所に手紙を安価に送る試みは開始しております。これがうまくいけば、近いうちに宿場町とその周辺への手紙も送れるようになるでしょう」
「アルスラーン陛下も楽しみにしておいでだ。これで民衆の声がご自身に届きやすくなると」
「地方のパルス国民から国王陛下への嘆願書もより確実に届くようになるでしょうからな」
「うむ。これからも協力は惜しまぬつもりだ。陛下の御世を支えるためならばな」
ダリューンは頼もしく笑った。
「おう、今かえったぞ」
王都エクバターナに建てられた手紙集積所総本部に着いたリョーツーンを、部下のテライスが出迎えた。
「おかえり、リョーさん。あの、リョーさんあてに手紙が届いているけど……。随分と大きいのに、畳まれもせずにていねいに丸められてて、なんだい、これ」
「おおっ! ついに届いたか!」
リョーツーンは色めきだってかけよった。手紙を受け取り、封を解いてひろげる。
「こいつはスゴイ! 想像以上だ! どうだ、テライスも見てみるか」
にやにやと笑いながらリョーツーンは丸顔の部下に手招きをした。
「なんだっていうんだ……うわっ、これは!」
「なーっ! スゲーだろーっ!」
「た、たしかにすごいけど、これ、春画じゃないか! それも、こんな過激な……」
「春画? なんのことだ。これは肖像画だ。れっきとした芸術だよ、テライスくん。芸術品に折り目なんてつけられないから、折りたたまずに丸められていたんじゃないか」
「いや、これはどうみたって、禁制されかねないような……」
「げ! い! じゅ! つ! だ!」
「無理があるよ、リョーさん!」
「副宰相どののアレが芸術品としてまかり通っているんだぞ! だったらこれも芸術だ!」
「怒られてもしらないよ……」
「日頃、あれだけ周囲の芸術への無理解をなげいているんだ、同じ口で他人の芸術に文句なんかいえるもんか」
「聞かなかったことにするよ、まきこまれたくない。……しかし、だれがこんな、ものすごい絵を描いたんだろう」
「へへへ、近いうちにもっとスゴイのがまとめてくる手筈になってるぞ」
「なにをしたの……」
「たいしたことはしとらんよ。パルス各地でお下劣絵画職人……いや、芸術活動にいそしんでいる連中に、それぞれの作品を回し見させたんだ。すると、あら不思議! お互いの作品に刺激され、天啓を受け、新たな表現、新たな概念に到達したんだ! こんな表情はどうだろう、その格好をこんな角度から描いてみたら、髪のつやはこんな風に描いてみたら、肌はこんな風に描いたら柔らかさが伝わるんじゃないか……。ああ、素晴らしきかな、創作魂!」
「作品を回し見って、どうやって」
「ワシがなんのために郵政官なんて官職をつくるために立ち回ったと思ってるんだよ」
「…………まさか、このために?」
「一介の旅商人が全財産をはたいたって、こんなことは不可能だからな。国家事業にかこつけて、パルス中を回ってお下劣絵画職人たちと話をつけて、手紙のやり取りがしやすいようにして……。苦労はしたが、それだけの価値はあったってもんよ!」
「嘘だといってよ、リョーさん…………」
テライスが嘆きに天を仰いでから数日後。
リョーツーンのもとに、手紙のつまった袋が届けられた。
「くーっ、この世の全てがこの袋につまっているといっても過言じゃねえな」
金貨のつまった宝箱を開ける盗賊のような、美女の衣服を脱がせる元楽士の巡検使のような手つきで角刈りの郵政官は袋を開け、そして怪訝な顔をした。
「普通の紙じゃなくて、羊皮紙? それに、絵画にしては小さめだな。どういうことだ?」
丸められた手紙をひとつ取り出し、封を切ってひろげる。絵画でないのは、ひと目で明らかだった。
「これ、国王アルスラーン陛下への嘆願書じゃねえか。まあ、陛下への書類なら、折り目はつけらんねえな」
「どこかですり替わったのかな。ときどき起こるんだよね。はやく対策をたてないと」
テライスがのんびりした声をあげた。
「くそーっ、ここにきておあずけかよ! ……まてよ。陛下への嘆願書がここにあるってことは、ワシに届くはずだったお下劣絵画は……。げーっ、まさか!」
リョーツーンの全身から脂汗が噴き出した。
……アルスラーンの書斎を訪ねたダリューンは、部屋に入るなり、異変を察した。
机の上には今日とどいたという嘆願書であろう、丸めた手紙の山が出来ていたのだが、黒衣の騎士の主君は、その机の前で、かたまっていたのである。顔を真っ赤にして、微動だにしない。
「陛下、いかがいたした」
ダリューンが問いかけても、耳に届いていない様子である。その手には手紙らしきものがひろげられている。アルスラーンは自身の晴れ渡った夜空のような色の瞳の向け先を、その紙からそらすことができずにいるようであった。
「……失礼いたす」
これはただ事ではない。
そう判断したダリューンは、アルスラーンの背後に回り、手紙をのぞきこんだ……。
王都エクバターナの空に馬蹄の響きがとどろいた。
道ゆく人々は、馬蹄を響かせているのが黒衣の騎士が駆る黒影号であることを知ると、急いで道を開けた。
漆黒の甲冑に身を固め、槍を小脇に抱えたその剣呑な装いは人々をおどろかせたが、距離が近くなってその表情がわかるようになると、さらに人々を戦慄させた。
ダリューンの顔は憤怒に染まっていたのである。
「リョーツーンのバカはどこだ! でてこいリョーツ!」
戦士の中の戦士が殴りこんできた手紙集積所総本部に、凄絶な怒声が轟いた。
「女性の描き方について、ギーヴどのに意見をきくといって出立しました……」
テライスの消え入りそうな声が、そう返答したという……。
どうにかこうにか、1エピソード目をオチまで書くことができたようで、ほっとしています。
クロスオーバー作品での両さんは調味料に例えればカレー粉やXO醤のようなもので、大抵の料理をうまくするけど、一歩まちがえれば素材の味を殺してしまうんだなあって痛感しています。読んでくださったみなさんにとって、本作がアルスラーン戦記の持ち味を殺していないことを祈るばかりです。
しかし先達の作品の影響ってすごいですね。
カクヨムのほうでロボット・ラノベを書いてみたのですが、どういうわけか「両さんっぽい高校生が、ザブングルっぽいゲーム異世界で、男塾っぽいロボットと相棒になって大暴れ」という作品になってしまいました。いっそのこと、開き直って「こちら機動新世紀ガンダムX」をハーメルンで書けばよかったかなあ、なんて気もしています。
カクヨムで今はファンタジーを執筆中ですが、そちらも隠し味程度に入れたはずのパロディ要素に引っ張られて、油断すると「……これって異世界シャア?」って方向に転がりそうになってます。
今作の「こちらアルスラーン戦記」も次のエピソードを書き始めてはいるのですが、人情回モードならぬ俗物回モードな両さんとアルスラーン戦記世界を両立させるのに、予想以上にてこずっています。俗物な両さんで話をつくろうとするとですね、ついつい「マムシ酒ならぬ、ザッハーク酒のできあがりだ! ざまあみやがれ!」とかになってしまうんです……。かといって、人情回な両さんだとアルスラーン陛下が全面協力してくれるので、物語になりません。アルスラーン戦記一部だと、アルスラーン殿下陣営、ヒルメス陣営、ギスカール陣営、どこに放り込んでも、あっというまに収集がつかなくなります。よくこんなキャラクターをコントロールできるなあって、秋本先生の偉大さを痛感するばかりです。もう、いっそのこと、両さんの代わりにコブラを放り込もうかな。サイコガンの代わりに弓の名手にして、お宝大好き、美女も大好き、軽妙洒脱な義賊キャラ……ギーヴが二人になるだけですね。こんな感じで迷走しているので、どうやら、次のエピソードをみなさんにお届けできるのは、もうしばらく先になりそうです。
気長に待っていただけるとうれしいです。