「万騎長シャプールの不肖の弟よ、こちらに来れば兄に会わせてやるぞ! 地獄でな!」
挑発の効果は抜群であった。
イスファーンは憤怒の形相で暗灰色の衣の魔道士へ向けて馬を走らせた。
さて、どんなふうに仕留めてくれようか……。
舌なめずりするような尊師の表情が、一瞬で驚愕に凍った。
「ぐあっ」
悲鳴をあげて地面の上で転げまわる。
その右肩には矢が突き刺さっていた。
「よけいなことをするな」
「そういうな。めぼしい獲物がなくて暇なのだ。同じパルス人を討っても功を誇る気になれぬからな」
イスファーンの不機嫌そうな声を、次の矢をつがえるギーヴは笑って受け流した。
「獲物が二人に増えたか」
「強がりが下手だな、へぼ魔道士」
立ち上がった尊師も軽くあしらう。
さらにあらたな馬蹄の轟きが二つ近づいてきた。
「イスファーン! ギーヴ!」
「お二人とも、ご無事ですか!」
アルスラーンとエラムであった。
「どういうことだ! なぜこうも次々と集まってくる」
「落ち着いて耳をすませたらどうだ」
ギーヴに指摘されて、尊師はようやく気付いた。
イスファーンの連れた二頭の狼が、遠吠えを繰り返している。
「これに気付かぬとは、どこまで追い詰められておるのだ。余裕がなさすぎるだろう」
イスファーンが、いっそ気の毒そうに声をかけた。
「こうなればアルスラーン! きさまに一騎打ちを申し込む! ルクナバードなど捨てて、かかってこい!」
「バカか、お前は」
直截すぎるひと言を尊師にぶつけたのはギーヴであったが、アルスラーンは無言で宝剣ルクナバードを抜き放った。
「貴様らのご主人様は我との決闘をのぞんでいるようだな。下僕どもは引っ込んでおれ!」
尊師は跳躍し、暗灰色の衣を大きく広げてアルスラーンに襲い掛かった。
羽を広げた蝙蝠を思わせる光景を、一条の光が切り裂いた。
光り輝くルクナバードが、尊師の身体を脳天から股間まで両断したのである。
千年を優に超える年月を生きた魔道士の最期であった。
「ザッハークの魔道士とやらは、こいつで最後かな」
「今までで一番の小物くさいし、一見すると美男子だが、どうも作り物めいた不自然さがある。こいつが最後の残りかすで間違いなかろう」
イスファーンとギーヴが薄気味悪そうに語った人物評を聞かずにすんだのは、尊師にとって、ささやかな幸運ではなかったか。
「……ふむ。尊師も消滅したか。『核』を潰されたな。身体の正中線を腰まで斬られたとみえる。それとも胸の真ん中を貫かれたか」
アンドラゴラスの肉体に憑依した蛇王ザッハークはつまらなそうにつぶやいた。
ザッハークは今、戦場にいる。
人間を殺し、人間に恐れられ、人間に眷属をけしかけるのを久々に満喫していた。
自分より弱い者どもに侮られ、蔑まれ、弄ばれた記憶。
それがあってこそ、人間どもを侮り、蔑み、弄ぶ悦楽が生まれるのだ。
だが、それを千年も続ければ、人間どもを虐げる楽しみも薄れてくる。飽いてくる。
今一度、人間どもに屈する苦痛と恥辱を思い出すべきではないか。
その本末転倒な思いつきが、カイ・ホスローの背信をザッハークに敢えて看過させた。
両肩の蛇が羊の脳のまずさに苦情を言い立てるのに我慢すること一年。
カイ・ホスローは、ついに叛旗をひるがえした。
ザッハークを斃せると本気で信じ込んで奮戦するカイ・ホスローの姿は、実に滑稽であった。
ただ、誤算がなかったわけではない。
蛇王の制御キー。
その最後の一本のマスターにカイ・ホスローが承認されたのは、完全に想定外であった。
宝剣ルクナバード。
制御キーはそう名づけられた。
だが、カイ・ホスローはルクナバードの正しい使用方法にまではたどり着けなかった。
蛇王の巨体に潜む「核」の存在にも気づけず、どんなに切り裂いても再生するザッハークの肉体をもてあまし、ついにはデマヴァント山に封印したのである。
思いのほか封印はよくできていた。
封印を解くのに三百年かかった。
だが、おかげで鮮やかに思い出した。
人間どもへの憎悪を。
憎しみのままにザッハークは剣を振るった。
しかし、そろそろ宴の終わりが近づいてきている。
アルスラーンに反感を抱いていた諸侯どもが、自分の選択に迷いを抱きはじめている。
兵どもも、このままアンドラゴラスが勝利すれば、解放奴隷たちは、それどころか自由民さえもが奴隷身分に堕とされるのではないかと勘付きはじめている。
「さて。そろそろ人間どもの、予に対する絶望と恐怖を堪能する頃合いか」
憎むために生きている人造人間は邪悪に嗤った。
アンドラゴラスの肉体の両肩が、異様な盛り上がりを見せた。
それは肩当てをふきとばし、太く、長く変形し。
ついには、二匹の大蛇へと姿を変えた。
「蛇王ザッハークだ!」
誰かの悲鳴を聞いて、憎しみに縛られ、憎しみに歪んだ男は恍惚となった。
ハア~イ! そういうわけでございましてですね。
勢いのままに、敵役と設定を深読みして深掘りしてみました。
いやあ、書いてて楽しかったです。
いよいよ次で最終話です。
楽しんでもらえたら幸いです。