「さて。やっぱり仕事場からは近い方がいいよな。こうなるってわかっていたら、エクバターナ手紙集積所総本部はもう少し広い建物にしといたんだが。ワシの寝泊まりする部屋が捻出できるくらいの」
しかし、今や手紙集積所総本部はただでさえ手狭になりつつある。到底、リョーツーンの寝床などにできる余裕などはない。
仕事のかたわら、いろいろと心当たりを当たってみたが、めぼしい物件はすべてふさがってしまっていた。ルシタニア戦役からの復興が進んでいるから、空き物件は激減してしまっているのだ。
「こちとら、もともとが根無し草の旅商人だからな。そんなでかくなくてもいいんだが、郵政官って立場上、不用心なのもまずい。警備がきちんとした家となると、自然とでかくなる。ままならねえな、もう!」
そうこうしているうちに、チュルクの侵攻をうけたシンドゥラの救援のためにパルスが出兵することになった。
王立手紙配達人として雇われていたトゥラーン人たちも、ジムサに率いられて出立していった。おかげで、その穴埋めにリョーツーンは忙殺された。取りあえずは、護衛役をしていたパルス騎士たちに代役をさせるしかない。
「この隙を狙ってミスルあたりが悪さをするんじゃねえかな」
リョーツーンはぼやいたが、エクバターナには大将軍キシュワードとザラーヴァントが守りを固めている。リョーツーンのみたところ、ミスルには兵はいても将がいない。黄金仮面とやらも、噂を聞くかぎりでは舌と知恵が多少まわるぐらいで、将器と呼べるほどのものはもっていそうにない。
「まあ、悪さといっても、ちょっかい出すのがせいぜいか。……そうは言っても、エクバターナの防御りをもう少し補強しときたいところだな。かといって、城壁を高くしたり二重にしたりは金銭がかかるしな。……ん! まてよ!」
「おおーっ、いいじゃないか!」
エクバターナ城外のカリヤーンという地区。そこにある石切り場を見渡して、リョーツーンは楽しげな声をあげた。
「リョーさん、今度はなにをはじめる気だい?」
そのとなりで、テライスが不安げな声をあげる。
「ここに砦を築くんだ」
「エクバターナとの、こんな目と鼻の先にかい?」
「目と鼻の先だからいいんじゃないか。ルシタニア戦役のときは、エクバターナはあっさりと包囲されちまったらしいが、そのときにここに砦があればどうなってたと思う?」
「ルシタニア軍に陥落されてたと思うよ」
「そう、ルシタニア軍は陥落そうとして、包囲する。当然、エクバターナに背を向ける部隊が出てくる。そこを呼応してエクバターナからうって出て、カリヤーン砦とで挟み撃ちだ。それに対応しようとすれば、より多くの戦力を割かなきゃならない。その分、包囲陣に手薄になるところが出てくる……」
「そんなうまくいくかなあ」
「それはワシにもわからん!」
「ええっ!」
「だが、副宰相どのなら、この与太話にのってくるかも知れん」
「リョーさん……」
「まあ、聞けよ。ここは石切り場だから、あちこちに切り立った崖がある。あの小高い場所に砦を築けば、あそこは壕に、あそこは城壁になる。あそこに跳ね橋を架けて出入りして、いざってときは上げてしまえば、難攻不落の要害だ。これをちからずくで陥落そうとすれば、エクバターナに後背を向けて布陣するしかない」
「言われてみれば、そんな気もしてくるけど……」
「そして平時には手紙仕分所として使わせてもらう。めったなことじゃ、夜のエクバターナの門は開かないが、うっかり締め出された旅人の受け入れ先にもなる。エクバターナへ向かう手紙配達人の旅程にも融通が利くようになる。手紙配達人の護衛のパルス騎士が頻繁に立ち寄るようになるから、カリヤーンの治安もよくなる。宿場町として景気がよくなる。手紙仕分人の雇用も増える。今のカリヤーンの雇用は力仕事ばかりだが、非力だが文字の読み書きのできるやつも職に就ける。子供を手伝いでこき使うよりも学校で読み書きを覚えさせた方が得だと考える親も増える。いいことずくめだ」
「たしかに、アルスラーン陛下やナルサス卿がよろこびそうな話だけど……」
「ついでに、ワシの住居も砦につくってもらえば、国家予算で新居をいただき!」
「やっぱり、本当の狙いはそういうことだった!」
「郵政官が手紙仕分所に住み込んでなにが悪い。仕事熱心でけっこうなことじゃねえか」
「ものはいいようだなあ……」
「へへへっ、そうと決まれば、石切り場をもっと詳しく見て回らないとな」
「まだ、なにも決まってないからね、リョーさん」
上機嫌で石切り場を歩き回っていたリョーツーンであったが、やがて異変を感じ取った。
より正確に言うならば、異臭を嗅ぎ取ったのである。
「なんの臭いだ、こりゃあ。どうにも嫌な感じがするぞ。……ここだな。このヒビから、やたらと辛気臭い空気が漏れ出てきやがる」
角刈りの郵政官は、石の林立する間に生じた、小さな亀裂を見つけ出した……。