The Amazing Spider-Man 5: Legacy of Oscorp   作:たきび/まもる

4 / 13
夜叉

夜。

廃棄されたルーズベルト駅の構内には、人の気配がなかった。照明の落ちたホームには一両の地下鉄車両だけが静かに停まり、その内部には、かつて客席だったとは思えないほど多くの研究機材や工具、モニターが持ち込まれている。

車内の中央に置かれた作業台には、数日前にデーモンたちとの戦闘で回収した品が並んでいた。

割れた仮面の破片。短刀。棒状武器の一部。

ピーターは椅子に座り、複数のセンサーから送られてくる測定結果をモニターで確認していた。電位、温度、磁場、放射線量。どの項目にも、戦闘中に見た黒紫色の光を説明できるほどの異常は出ていない。

「……何も出ないな。」

ピーターは椅子から身を乗り出し、作業台に置かれた短刀を手に取った。

あの時、この刃には確かに黒紫色の光がまとわりついていた。刃そのものに触れていないにもかかわらず、すぐ近くを通っただけで肌へ熱のような感覚も走った。

だが、今はただの刃物だった。

ピーターは短刀を裏返し、柄の部分も改めて確認する。

「発生装置もない。」

すでに分解できる部分は一度すべて開けている。内部に電池はなく、回路もなく、特殊な機械も存在しなかった。

それなら、あの力はどこから出ていたのか。

ピーターは短刀を作業台へ戻し、今度は棒状武器を手に取った。

こちらも同じだった。材質そのものに多少特殊な部分はあるものの、アスファルトを砕くほどの衝撃を発生させられる構造ではない。持ってみても、ごく普通の武器としての重量しか感じられなかった。

ピーターは腕を組み、椅子の背にもたれた。

目を閉じる。

戦闘中の光景を、頭の中で順番に思い返していく。

最初に棒を振り上げた男。

黒紫色の光は、武器に突然現れたわけではなかった。

肩から肘、前腕、手へと流れ、それから棒へ移っている。

拳で殴りかかってきた男も同じだった。攻撃を出す直前、腕の中へ力が集中しているように光が集まっていた。

短刀を持っていた男もそうだ。

最初から刃が光っていたのではない。

使う瞬間に、身体から武器へ流れ込むように光がまとわりついていた。

ピーターは目を開けた。

作業台の短刀を見る。

「……逆か。」

椅子から立ち上がり、車両の壁へ取り付けたホワイトボードの前へ移動する。

ペンを取り、中央へ大きく書いた。

WEAPON(武器)

その文字に、大きなバツをつける。

少し下へ、今度は別の言葉を書く。

HUMAN BODY(人体) ?

ピーターはホワイトボードを見ながら呟いた。

「武器が力を出してたんじゃない。」

その下に矢印を書く。

HUMAN BODY(人体)WEAPON(武器)

「使ってた人間から、武器に流れてた。」

そこでペン先が止まった。

問題は、その先だった。

「あいつら自身が作ってるのか?」

別の欄へ移り、いくつかの可能性を書き加える。

SOURCE() ?

SUPPLY(供給) ?

STORAGE(貯蔵) ?

自分の身体で作っているのか。誰かから供給されているのか。それとも一度蓄えた力を必要な時だけ使っているのか。

今の情報だけでは判断できない。

ピーターは作業台へ戻り、今度は割れた仮面の破片をピンセットで持ち上げた。

戦闘直後には、この破片にもごく僅かに黒紫色の光が残っていた。今では見た目から完全に消えているが、センサーへ近づけてみると、わずかな反応が出る。

ほとんどノイズと区別がつかないほど弱い。

ピーターは画面へ顔を寄せた。

「時間が経つと消える。」

破片の角度を変えながら、反応の変化を見る。

「物には残りにくい。」

少し考える。

「人間を介してる時だけ安定する?」

まだ仮説にすぎない。

ピーターは再びホワイトボードへ戻った。

端へ大きくUNKNOWN ENERGY(未知の力)と書き、その下へ、自分が確認した性質を整理していく。

人間の身体を媒介にしている可能性。

宿主から離れると急速に減衰する。

身体能力の強化。

武器の強化。

衝撃波の発生。

書き終えると、ピーターは少し離れて全体を眺めた。

「……何なんだよ、これ。」

ペンを指先で回しながら、今度は力そのものではなく、戦っている最中の動きを思い返す。

棒を振り下ろそうとしていた男の手首をウェブで引いた時、攻撃の軌道が崩れ、それと同時に黒紫色の光も不安定になった。

拳へ力を集中させていた男は、肘を強制的に曲げた瞬間によろめいた。

短刀を使っていた男は、手首と柄をウェブでまとめて固定したところ、刃を包んでいた光が急速に弱まった。

ピーターは身体を起こした。

「そうか。」

ホワイトボードへ戻り、新しい項目を書く。

ACTIVATION CONDITIONS(活性化条件)

その下へさらに三つ。

POSTURE(姿勢)

FOCUS(集中)

CONTACT(接触) ?

ピーターはペン先で、先ほど書いたHUMAN BODY → WEAPONの矢印を指した。

「力そのものを止める必要はない。」

矢印の途中へ一本の線を引く。

「使う瞬間を崩せばいい。」

その横へ新しく書き加える。

DISRUPT OUTPUT(出力妨害)

ピーターはペンのキャップを閉じた。

「これなら、次はもう少し楽に――」

そこで言葉を止める。

少し嫌そうな顔でホワイトボードを見る。

「……次がある前提なの、嫌だな。」

ペンを置き、改めて整理した内容を眺めた。

未知の力。

出所は不明。

それを使っていた人間たちの正体も分からない。

誰が彼らへ力を与えたのかも分からない。

それでも、次に同じ相手と戦うことになった時、少なくともどこを見て、どう動きを崩せばいいのかは分かった。

ピーターは最後に測定データを保存すると、作業台の照明を落とした。

 


 

翌日の昼。

F.E.A.S.T.の施設内では、いつものように多くの人が行き交っていた。

厨房では食事の準備が進み、別の部屋では寄付された衣類が仕分けされている。相談窓口では生活についての話を聞くスタッフがいて、簡単な医療支援を受けている利用者の姿もあった。

ピーターはメイから渡された書類の束を片手に、施設の奥へ向かって歩いていた。

「これ、リーのところでいいんだよね?」

メイは別の作業を続けながら答える。

「そう。机に置いておいて。」

「本人に渡さなくていいの?」

「戻ってくるまで待ってたら、貴方また何かに呼ばれて消えるでしょ。」

ピーターは一瞬黙った。

最近の自分の行動を振り返ると、否定しづらい。

「……それはそうかも。」

「でしょ。」

「はい。」

書類を抱え直し、ピーターはリーのオフィスへ向かった。

 


 

リーのオフィスのドアは開いていた。

ピーターは入口で軽くノックする。

「リー?」

返事はない。

中を覗いても、人の姿は見えなかった。

「入るよ。」

当然、返事はなかったが、そのまま室内へ入った。

机や本棚にはF.E.A.S.T.の支援記録や寄付に関する資料が整然と置かれている。どれも普段のリーから想像できるものばかりだった。

その中で、壁に飾られている一本の剣だけが少し異質に見えた。

細身の剣だった。

西洋の剣とも、日本刀とも違う。

ピーターは少し近づいた。

「……これ、本物?」

鞘に収められているため刃は見えない。装飾も派手ではないが、少なくとも新しいものではないことは見ただけで分かった。

しばらく眺めたあと、今度はデスクの上にある小さな像が目に入った。

人型ではある。

だが、人間とはかなり違う。

鋭い表情に異様な顔つきがあり、どこか獣じみた姿をしている。

ピーターは書類を机の端へ置こうとしたが、その途中で像の方が気になってしまった。

顔を近づける。

「何だこれ。」

角度を少し変えて見る。

それだけでは分からず、今度は手を伸ばした。

指先が像へ触れる。

「ピーター。」

背後から突然声がした。

「うわっ!」

ピーターの肩が大きく跳ねた。

手に触れていた像が滑る。

「あっ。」

机の端から落ちた像が、床へ向かっていく。

だが、床へ届くことはなかった。

ピーターの手が一瞬で伸び、床から数センチの位置で像を掴んでいた。

その姿勢のまま固まる。

ゆっくりと顔を上げる。

入口にリーが立っていた。

リーはピーターの手にある像を見てから、今度は本人を見る。ほんの少しだけ口元が緩んだ。

「ピーター。」

「はい。」

「感心しないな。」

ピーターは立ち上がった。

「いや、これは……。」

「人の物に勝手に触れちゃいけないって、メイに言われなかったのか?」

「言われた。」

「なら守った方がいい。」

ピーターは像を落とさないよう慎重に机へ戻した。

「ごめん。」

リーはオフィスへ入り、像の位置を少しだけ直す。

「怒ってないよ。」

「それならよかった。」

リーは像を見てから、もう一度ピーターへ視線を向けた。

「ただ、次に落とすなら、もう少し余裕を持って受け止めてくれ。」

ピーターの動きが止まった。

「……え?」

リーはいつも通りの穏やかな表情をしている。

「冗談だよ。」

ピーターは少し遅れて息を吐いた。

「びっくりした。」

二人とも軽く笑う。

「でも、本当にごめん。」

「分かった。」

リーは椅子へ腰掛けた。

ピーターは改めてデスクの像を見る。

「これ、何?」

リーも同じものへ視線を向ける。

「夜叉だ。」

「やしゃ?」

「知らない?」

「名前だけは聞いたことある気がする。」

ピーターは像の怖い顔をもう一度眺めた。

「悪魔みたいなやつ?」

リーは少し考えた。

「間違いではないが、それだけでもない。」

「どういうこと?」

リーは像を手に取った。

「古い伝承では、人を襲う恐ろしい存在として描かれることもある。一方で、守る者として扱われることもある。」

ピーターが眉を上げる。

「これが?」

「見た目で判断しない方がいい。」

「いや、だってかなり怖い顔してるよ。」

リーは小さく笑った。

「守るために、恐ろしい姿になることもある。」

ピーターはその言葉を聞き、少しだけ考えた。

「……なるほど。」

リーは像を元の場所へ戻した。

その動きを追っていたピーターの視線が、今度は壁に飾られた剣へ移る。

「あれも?」

リーが振り返る。

「これ?」

壁から剣を外したため、ピーターは少しだけ身を引いた。

「抜かなくていいよ。」

「抜かない。」

リーは鞘に収まったままの剣を両手で持つ。

「中国の剣だ。昔から家にあった。」

ピーターは少し興味を持った。

「家宝?」

「そんな大層なものでもない。」

リーは手元の剣を見る。

「でも、私にとってはそうかもしれない。」

ピーターは少し黙った。

「中国から持ってきたの?」

「ああ。」

リーは剣を元の壁へ戻した。

「昔の家から残っている物は、もうほとんどない。」

一度、剣を見る。

それからデスクの夜叉像へ視線を移す。

「これと、この像くらいだ。」

ピーターはリーを見る。

「家族の物?」

少し間を置いてから、リーは頷いた。

「そうだ。」

ピーターは、それ以上踏み込んでいいのか迷った。

だが、リーの方から椅子へ座り直し、静かに話し始めた。

「昔は、時間が経てば、失ったものもどうでもよくなると思っていた。」

ピーターは何も言わずに聞いた。

「忘れるわけじゃない。ただ、遠くなる。そういうものだと思っていた。」

ピーターが静かに尋ねる。

「違った?」

リーは少し笑った。

「残念ながら。」

窓の外へ視線を向ける。

「時間は何でも解決してくれるわけじゃない。」

その言葉に、ピーターの表情が僅かに変わった。

ベン。

グウェン。

ジョージ。

意識して呼び出したわけでもないのに、いくつかの顔が頭に浮かぶ。

リーがそれに気づいたのかどうかは分からなかった。

「でも。」

リーは続ける。

「痛みが消えないからといって、ずっと同じ場所に立っている必要もない。」

ピーターが視線を上げる。

リーはピーターを見ていた。

「持ったまま歩くしかないこともある。」

ピーターは少しだけ笑った。

「……うん。」

リーも、それ以上は何も聞かなかった。

ピーターが誰を思い出したのか。

どんな出来事を抱えているのか。

何を失い、誰を失ったのか。

無理に知ろうとはしない。

それがピーターには、少しありがたかった。

「僕もそう思う。」

リーは静かに頷いた。

その時、デスクのスマートフォンが振動した。

リーが画面を見る。

ほんの一瞬だけ、表情が消えた。

しかし、すぐにいつもの穏やかな顔へ戻る。

「すまない、ピーター。」

「うん。」

「少しだけ外してもらえるかな。」

ピーターはすぐに頷いた。

「もちろん。」

ドアへ向かう。

リーが電話に出る気配を背中で感じながら、ピーターはそのままオフィスを出た。

 


 

廊下を歩きながら、ピーターは先ほどの会話を思い返していた。

夜叉。

中国の剣。

家族から残った物。

時間が経っても消えないもの。

リーにも、自分の知らない過去がいろいろあるのだろう。

そんなことを考えながら廊下の角を曲がったところで、ピーターの足が止まった。

手元を見る。

書類の束をまだ持っている。

「……あ。置いてないじゃん。」

ピーターは小さくため息をついた。

メイに頼まれた一番簡単な仕事さえ忘れている。

仕方なく来た道を引き返した。

 


 

リーのオフィス前まで戻ったところで、ピーターはドアが完全には閉まっていないことに気づいた。

僅かな隙間から、リーの声が聞こえてくる。

ピーターはノックしようとして手を上げた。

その時だった。

「……それは確かなのか?」

手が止まる。

少し間がある。

「分かった。」

電話の向こうで誰かが話しているらしいが、相手の声までは聞こえない。

ピーターは別に聞き耳を立てるつもりではなかった。

書類を置いて、すぐに出ればいい。

そう思っていた。

だが、次に聞こえた言葉で身体が動かなくなった。

「ハリーについては?」

ピーターの表情が変わった。

聞き間違えるはずがない。

ハリー。

リーがなぜ、その名前を口にしているのか分からなかった。

「そうか。」

少し間がある。

「なら、話は変わる。」

ピーターはドアの前に立ったまま動けない。

ハリーとリーに、何の接点があるのか。

少なくとも、自分は聞いたことがない。

「君がそう判断するなら。」

さらに少し間を置いて、リーが続ける。

「任せよう。」

ピーターは手元の書類へ目を落とした。

開けるべきか迷う。

だが、結局ドアには手をかけなかった。

静かに一歩後ろへ下がり、それからさらに数歩離れる。

表情には、はっきりと疑問が残っていた。

それでも、まだ何も分からない。

リーが誰と話していたのか。

ハリーについて何を話しているのか。

それを知る材料は何もなかった。

ピーターは書類を持ったまま、今度は足音を立てないように廊下を歩いていった。

 


 

ニューヨーク郊外。

道路脇に一台の車が停まっていた。

運転席にはカメレオンが座り、耳にはイヤホンをつけている。

助手席には、フィアーズから得た情報を自分なりに整理した資料が広げられていた。

スペシャルプロジェクト。

特殊兵器。

研究データ。

そして、そこへ結びつけることができそうな複数の人物。

カメレオンは電話の相手へ向かって笑った。

「面白い話を聞いた。」

相手の声は聞こえない。

カメレオンは助手席の資料へ視線を落とす。

「アンタの計画にも使えるはずだ。」

少し間を置く。

資料のページをめくる。

そこには、ハリー・オズボーン、オットー・オクタビアス、エイドリアン・トゥームズといった名前が並んでいる。別のページにはスパイダーマンについて集めた情報も挟まれていた。

カメレオンの笑みが深くなる。

「いや。」

少し考え直す。

「使えるなんてもんじゃないな。」

一枚ずつ資料を確認しながら、頭の中で関係を組み立てていく。

「全部まとめられる。」

片手をハンドルへ置いた。

電話の向こうから何か返ってくる。

「この件、僕に任せてくれ。」

さらに相手が何か言う。

カメレオンは小さく笑った。

「分かってる。ハリーは見つける。」

少し間を置く。

「それだけじゃない。」

フロントガラスの向こうへ視線を向ける。

遠くにはマンハッタンの高層ビル群が見えていた。

その中でも、オズコープタワーは簡単に見つけられる。

「もっと面白くできる。」

カメレオンは通話を切り、イヤホンを外した。

助手席へ置かれた資料の一番上には、SPECIAL PROJECTSの文字がある。

そこへもう一度目を落とし、鼻の横を軽く指で擦った。

「さて。」

カメレオンはエンジンをかける。

「もう一度、王子様に会いに行こうか。」

車はゆっくり道路へ戻り、オズボーン家の別荘へ向かって走り出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。