The Amazing Spider-Man 5: Legacy of Oscorp   作:たきび/まもる

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オズコープ襲撃

数日後。

夕方のマンハッタンは、ちょうど帰宅時間を迎えていた。

オフィスビルからは仕事を終えた人々が次々と流れ出し、地下鉄の入口には長い列ができている。道路にはタクシーや配送車が詰まり、交差点ではいくつものクラクションが重なっていた。高層ビルのガラスには傾いた夕日が反射し、街全体が淡い赤色に染まり始めている。

その上空を、スパイダーマンがウェブを使って移動していた。

レイブンクロフトと州立刑務所がほぼ同時に襲撃されてから、すでに数日が経っている。警察はオットーとトゥームズの行方を追っていたが、まともな手掛かりはほとんど得られていなかった。

オットーを連れ出したのは、警察がデーモンと呼んでいる仮面の集団だった。

一方で、トゥームズを奪ったのは軍用装備まで持ち込んだ別の武装集団だった。二つの事件が偶然ではなく、何者かによって同時に計画されたことまでは分かっている。

しかし、その先に何があるのかはまだ見えない。

スパイダーマン自身も、空いた時間のほとんどを巡回と調査に使っていた。

オットーが残した資料。

通常の管理から消えたオズコープの研究や設備。

トゥームズ。

デーモン。

ミスター・ネガティブ。

どれも気になる。

それでも、まだそれらを一本につなぐ線がなかった。

スパイダーマンは一度、近くのビルの屋上へ降りた。

屋上の縁に立って街を見渡すと、少し離れた場所にオズコープタワーが見える。夕日を反射する巨大な建物へ、スパイダーマンはほんの少しだけ視線を止めた。

何かが引っかかる。

だが、それを説明できるだけの材料はない。

その時、腰のスマートフォンが振動した。

警察無線を拾うアプリを確認すると、ミッドタウンで武装強盗が発生したという通報が入っている。

「またか。」

スパイダーマンが画面を閉じようとした直後、別の通知が表示された。

数ブロック離れた場所で、武装集団が警察車両を襲撃。

さらにもう一件。

道路封鎖と発砲。

続いて爆発。

マスクの下で、スパイダーマンの表情が変わった。

通知は止まらない。

四件、五件、六件と、市内の別々の場所で事件が発生していく。それぞれの現場は離れているのに、通報時刻はほとんど同じだった。

「……多いな。」

スパイダーマンは地図を確認し、その中から最も近い現場を選んだ。

「多すぎる。」

ビルの縁から飛び出し、ウェブを撃つ。

そのまま最初の現場へ向かった。

 


 

その少し前。

オズコープタワーの正面玄関を、一人の男が社員たちに混じって通過していた。

社内システム部門の社員。

少なくとも、その顔も社員証も、オズコープのシステム上ではそう認識されている。

男はセキュリティゲートへカードをかざした。

短い電子音が鳴り、表示が緑色へ変わる。

何の問題もなく通過する。

受付にいた警備員が軽く顔を上げた。

「こんな時間から?」

男は歩きながら答える。

「ネットワークの点検。最近ちょっと妙な負荷が出てる。」

「大変だな。」

「僕もそう思う。」

それだけの軽い会話だった。

警備員はもう男から興味を失っている。

男はエレベーターへ乗った。

扉が閉じたところで、それまで浮かべていた表情が消える。

カメレオンは手元の端末を確認した。

予定時刻まで、ほとんどずれはなかった。

 


 

マンハッタンの別の通りでは、鬼のような仮面をつけた男たちが道路を塞いでいた。

警察がデーモンと呼んでいる集団だった。

複数の車両を意図的に斜めへ停め、警察車両が簡単には通過できないようにしている。そこへ到着した警官たちが車から降り、銃を構えた。

「武器を捨てろ!」

デーモンの一人が振り返る。

手にしていた棒へ、腕から黒紫色の力が流れ込んでいく。

その瞬間、上空から一本のウェブが飛んできた。

棒が男の手から勢いよく引き抜かれる。

男が上を見る。

街灯の上には、スパイダーマンがしゃがみ込んでいた。

「それ、道路で振り回すにはちょっと長いよ。」

デーモンたちが一斉に向きを変える。

スパイダーマンは人数を確認した。

七人。

以前なら、もう少し慎重に相手の動きを見るところだった。

だが、今は違う。

「悪いけど、君たちの使い方はだいたい分かった。」

一人が踏み込む。

拳へネガティブパワーが集中し始める。

スパイダーマンは拳そのものではなく、肩と肘の動きを見ていた。

発動する直前、ウェブを撃つ。

肩と肘を同時に固定された男は腕を十分に振れず、姿勢を崩した。その瞬間に黒紫色の光も乱れ、力が十分に出る前にスパイダーマンが足を払う。

男が道路へ倒れる。

すぐに追加のウェブで固定した。

別の男は短刀へ力を流そうとしている。

今度は手首と柄をまとめてウェブで覆った。

刃へ集まりかけていた光が不安定になる。

「はい、そこ。」

スパイダーマンはそのまま男の懐へ入り、腕を取って身体ごと道路へ投げた。

次は二人が同時に来る。

右から拳。

左から棒。

スパイダーマンは先に棒を持った男へウェブを撃ち、その腕を横へ引いた。

棒の軌道が大きく外れ、その身体が隣の男へぶつかる。

二人がもつれたところへ追加のウェブを重ね、まとめて道路へ固定した。

以前とは明らかに戦いやすくなっている。

力そのものではなく、力を出すための動きを崩す。

それだけで、デーモンたちの強化された身体能力をかなり抑えられる。

最後の一人を信号機へウェブで吊り上げると、スパイダーマンは少し息を吐いた。

「前よりは、だいぶ楽。」

吊り下げられた男が暴れる。

「まあ、楽って言っても君たち基準だけど。」

近くにいた警官が駆け寄ってきた。

「助かった!」

「こっちは任せていい?」

「ああ!」

スパイダーマンが頷いた直後、スマートフォンが再び振動した。

別の場所で、新たな襲撃。

さらにその先でも通報が増えている。

スパイダーマンの表情が曇る。

「……まだある。」

すぐにビルへウェブを撃った。

「ごめん、次行く!」

警官へそう言い残し、そのまま街の上空へ飛び出した。

 


 

オズコープタワー。

カメレオンはすでにセキュリティセンターへ入っていた。

室内には複数のモニターが並び、社内の監視カメラ映像、警報システム、入退室記録、警察などへの外部通報回線が一括で管理されている。

オペレーターの一人が振り返った。

「何かあった?」

カメレオンは端末を見ながら答える。

「市内で同時に事件が起きてる。外部回線の負荷が上がってるから、こっちにも影響が出てないか確認しに来た。」

「今のところ正常だけど。」

「正常なうちに見るんだよ。」

それらしい返答だった。

何度も社員として潜入し、同じような会話を繰り返してきた。

誰も違和感を持たない。

カメレオンは室内の一番奥にある管理端末へ近づいた。

「管理者権限借りる。」

オペレーターが顔を上げる。

「自分ので入れない?」

「一部だけ弾かれる。更新後から変なんだ。」

「またか。」

オペレーターはため息をついた。

「昨日も研究棟で同じこと言ってたぞ。」

「最高の会社だよ。」

オペレーターが管理者権限でログインする。

カメレオンはその入力を横から確認した。

「助かるよ。」

そう言うのとほぼ同時に、スタンガンを押し当てた。

オペレーターの身体が硬直し、そのまま床へ崩れる。

「お前……!」

もう一人が異変に気づく。

カメレオンは振り返ると、相手が警報へ手を伸ばす前に距離を詰め、同じようにスタンガンを当てた。

数秒後、セキュリティセンターで立っているのはカメレオン一人だけになった。

すぐに端末へ座る。

ここからは時間との勝負だった。

警報。

監視。

外部通報。

入退室管理。

ただし、全システムを完全に落とすつもりはない。そんなことをすれば、逆に異常が一瞬で露見する。

火災警報や生命維持系統、エレベーターの安全制御には触れない。

狙うのは侵入警報と監視カメラ、それに警察への自動通報だった。

カメレオンは必要な箇所だけを選びながら操作を続ける。

「三分あれば十分かな。」

監視映像の一部を静止画へ切り替える。

侵入警報をテストモードへ変更。

外部通報に意図的な遅延を設定する。

画面へ表示が出た。

SYSTEM DELAY ACTIVE

カメレオンは少しだけ笑った。

スマートフォンを取り出し、短いメッセージを送る。

GO

 


 

郊外で待機していたクレイヴンのスマートフォンが振動した。

画面を確認する。

それだけで立ち上がる。

周囲には武装した部下たちが待機していた。

クレイヴンは一言だけ告げた。

「行くぞ。」

部下たちは返事をしない。

必要がない。

全員が一斉に動き始めた。

 


 

別の場所。

広い倉庫では、数十人の夜叉会がすでに準備を終えていた。

全員が仮面をつけ、武器を手にしている。

建物の外には複数の車両が待機していた。

その中央に、マーティン・リーが立っている。

スマートフォンが振動した。

リーはメッセージを確認すると、そのまま画面を閉じた。

「時間だ。」

夜叉会が一斉に動き始める。

一人がリーのところへ近づいた。

「陽動側は予定通り動いています。」

リーは頷いた。

「必要以上に長引かせるな。警察の足を止めれば十分だ。無関係な人間を追う必要はない。」

「分かりました。」

男が離れていく。

リーは倉庫の外、オズコープタワーのある方角へ視線を向けた。

表情そのものは静かだった。

ただ、その目だけは普段のリーとは違っていた。

 


 

マンハッタン。

スパイダーマンが次に到着した現場には、デーモンの姿はなかった。

軍用に近い装備を身につけた男たちが、警察車両を意図的に狙っている。

道路脇には倒されたバリケードが転がり、何台かのパトカーが破損していた。

だが、金を奪っている様子はない。

人質も取っていない。

スパイダーマンは建物の壁から飛び降り、道路へ着地した。

「今度は仮面なし?」

男たちは返事をする代わりに、即座に散開した。

一人が銃を撃つ。

スパイダーマンは身体を捻ってかわし、着地と同時にウェブで銃口を塞いだ。

別の男が側面へ回り込む。

スパイダーマンはそちらを見ていなかった。

だが、スパイダーセンスが動きを知らせている。

振り下ろされた腕をかわし、そのまま掴んで勢いを利用し、前方へ投げる。

別の男がすぐに射線を作った。

スパイダーマンは近くの壁へ跳び、空中から二本のウェブを同時に撃つ。

二人の足首へ絡めて引く。

二人がまとめて道路へ転倒した。

「なるほど。」

スパイダーマンは着地しながら、男たちの動きを見る。

「君たちはちゃんと訓練されてるね。」

デーモンとは違う。

特殊な力で押してくるのではなく、複数人で相手の退路を狭め、一定の方向へ追い込もうとしている。

一人が正面から注意を引き、別の一人が側面へ回り、さらに後ろから射線を作る。

スパイダーマンは少し慎重に距離を取った。

「でも。」

上空の街灯へウェブを撃ち、大きく跳ぶ。

男たちの頭上を越える。

「僕も一人で戦うの、長いんだ!」

背後へ着地し、一人目を蹴る。

続いて二人目の腕へウェブを撃ち、その身体を三人目へぶつける。

最後の男が銃口を向けるより先に、武器だけをウェブで引き抜いた。

数分後には、全員が道路や車体へ拘束されていた。

スパイダーマンは周囲を見回した。

そこで、違和感がはっきりした。

「……何もない。」

近くにいた警官が聞く。

「何が?」

スパイダーマンは拘束した男たちを見る。

「目的。」

金品は奪われていない。

人質はいない。

逃走用の車両も、撤退するための動きも見当たらない。

「強盗じゃない。何も盗ってない。人質も取ってない。逃走ルートも用意してない。」

警官も周囲を見て、少し考え込んだ。

スパイダーマンはスマートフォンを取り出した。

市内で発生している通報を地図上へ表示する。

デーモン。

正体不明の武装集団。

それ以外の犯罪者。

複数の事件が、同時多発的に起きている。

その瞬間、スパイダーマンの表情が変わった。

「……しまった。」

画面を見たまま呟く。

「事件を起こすこと自体が目的だ。」

 


 

スパイダーマンはすぐにヒルへ電話をかけた。

通話を繋いだまま、ウェブで次のビルへ移動する。

「ヒル。今どこ?」

『署を出たところだ。どうした。』

「今日の事件、数が多いだけじゃない。目的がない。」

『どういう意味だ。』

「さっきの連中、警察と撃ち合ってるだけだった。金も盗ってないし、何かを要求してるわけでもない。デーモンの方も道路を塞いで警察を止めてるだけ。」

電話の向こうで、ヒルの声が少し低くなる。

『陽動か。』

「僕もそう思う。」

スパイダーマンは高層ビルの間を抜ける。

「市内の警察を全部散らしたいんだ。僕も含めて。」

『何のために。』

「それが分からない。」

一瞬、スパイダーマンの視線が遠くへ向いた。

オズコープタワー。

数日前から何度も気になっていた建物。

「ヒル。」

『何だ。』

「オズコープ、何か出てない?」

少し間があった。

ヒルが別の端末を操作しているらしい音が聞こえる。

『今のところ異常報告はない。通常の警備状態だ。』

スパイダーマンは何も答えなかった。

異常報告がない。

本来なら安心材料のはずだった。

それなのに、なぜかそのこと自体が妙に引っかかる。

「……そう。」

『何かあるのか。』

「まだ分からない。」

その時、別方向から大きな爆発音が聞こえた。

街路から煙が上がっている。

スパイダーマンが振り返る。

「ごめん、また一件。」

『こっちでも重要施設への警戒を上げる。オズコープにも確認を入れる。』

「お願い。」

通話を切る。

スパイダーマンは煙の上がっている方向へ進路を変えた。

まだ、オズコープへ向かうだけの理由が足りない。

そして目の前には、今すぐ助けなければならない人間がいる。

それを無視することもできなかった。

 


 

オズコープタワーの正面玄関前へ、数台の大型車両が滑り込んできた。

停車と同時にドアが開き、クレイヴンの部下たちが次々と降りる。

全員が武装している。

正面警備にあたっていたオズコープの警備員たちがすぐに動いた。

「止まれ! 武器を捨てろ!」

返事はない。

同じ頃、建物の反対側にある搬入口へ、夜叉会が大挙して押し寄せていた。

別の警備員がそれに気づく。

「西側にも侵入者!」

一人が警報端末へ手を伸ばした。

押す。

反応がない。

「……何だ?」

もう一度操作する。

内部警報そのものは作動する。

だが、外部への通報が飛ばない。

警備員は画面を確認した。

SYSTEM ERROR

その瞬間、クレイヴン側が正面から突入した。

最初から無差別に銃撃するつもりではない。

警備員たちが作った陣形を確認し、その中で最も弱い箇所へ一気に入り込む。

ほぼ同時に、夜叉会も搬入口から侵入した。

一人が警備員の持つ防護シールドへ拳を叩き込む。

黒紫色の力が弾け、シールドごと警備員が後方へ吹き飛んだ。

別の男は棒へ力を流し、強化扉へ叩きつける。

正面と搬入口。

二方向から攻め込まれたことで、警備員たちの意識が完全に割れた。

その中央を、クレイヴンが歩いて入ってくる。

銃弾が飛ぶ。

身体を僅かにずらしてかわす。

すぐ近くにいた警備員の腕を掴み、体勢を崩して別の警備員へぶつけた。

盾を持った警備員が正面から突っ込んでくる。

クレイヴンは盾の縁を掴んだ。

そのまま押し返す。

力比べにはならなかった。

警備員はシールドごと床へ倒される。

部下の一人が通信を確認しながら言った。

「警報が戻り始めています。」

クレイヴンは立ち止まらない。

「だから何だ。」

「警察が来ます。」

そこでクレイヴンが僅かに笑った。

「遅い。」

そのまま建物の奥へ進んでいった。

 


 

別の入口では、リーと夜叉会が警備員たちの防衛線と向かい合っていた。

リーはすでに仮面をつけている。

まだ、誰にも顔を見せるつもりはなかった。

夜叉会の一人が通信を確認する。

「警報系統が復旧しています。」

リーは前方を見たまま答えた。

「予定より早いな。」

「撤退しますか?」

「いや。」

静かな返事だった。

リーは一歩前へ出た。

「ここまで来れば隠れる必要はない。外の警察はまだ街中に散っている。今は速度だけを考えろ。」

目の前には強化された警備扉がある。

リーが片手を上げた。

身体の周囲から黒紫色の力が集まり、腕を通って指先へ集中していく。

力を一箇所へ収束させ、そのまま正面へ放つ。

衝撃が扉へ叩きつけられた。

厚い金属が大きくへこむ。

リーは間を置かず、もう一度同じように力を集中した。

二発目の衝撃で、扉は固定部ごと破壊される。

夜叉会が一斉に内部へ入っていった。

 


 

オズコープ内部。

カメレオンはすでにセキュリティセンターを出ていた。

警報系統は徐々に復旧し始めている。

想定より少し早い。

それでも、必要な時間は稼いだ。

廊下を歩きながらスマートフォンを確認する。

クレイヴン側は侵入成功。

夜叉会も侵入成功。

「十分だ。」

カメレオンはそのままエレベーターへ向かう。

ちょうどその時、正面の扉が開いた。

中からフェリシアが出てくる。

二人は普通にすれ違った。

フェリシアも一度だけ軽く会釈する。

カメレオンはそのまま歩き続けた。

数歩。

フェリシアの足が止まった。

何かが引っかかった。

振り返る。

少し離れたところを歩く男の背中。

知らない顔ではない。

確か、システム部門の社員だったはずだ。

それなのに、最近、似たような違和感を何度か覚えている。

研究棟。

経理。

警備。

見た目はまったく違う人間だった。

年齢も、性別も、服装も違う。

だが、なぜか何かが同じだった。

フェリシアは目を細める。

その瞬間。

男が鼻の横を指で軽く触った。

本当に一瞬だけの仕草だった。

フェリシアの表情が変わる。

「待って。」

男が足を止め、振り返った。

「何?」

「社員証、見せて。」

カメレオンは普通に笑った。

「今?」

「今。」

「正面で侵入者が出てるんだけど。」

「だから確認する。」

フェリシアは一歩近づいた。

「社員証。」

数秒、カメレオンは何も言わずフェリシアを見ていた。

やがて、小さくため息をつく。

「もう少し気づかれないと思ったんだけどな。」

フェリシアが構えた。

「誰?」

カメレオンの顔が変わり始めた。

皮膚が僅かに蠢き、頬や顎の輪郭が別の形へ移っていく。髪の色と長さまで変化し、目の前にいた社員の顔が、数秒でまったく別の人間へ変わった。

フェリシアは一瞬だけ目を見開く。

「……なるほど。」

「初めまして。」

カメレオンが一歩下がる。

フェリシアは即座に腰の端末へ手を伸ばした。

警報を送るつもりだと分かったカメレオンが飛び込む。

腕を掴む。

だが、フェリシアはその力へ逆らわなかった。

掴まれた腕を軸に身体を回転させ、その勢いを利用して逆にカメレオンの手首を取る。

そのまま身体を壁へ押しつけた。

「っ……!」

カメレオンの顔が歪む。

フェリシアは腕を押さえたまま言う。

「顔以外は普通なのね。」

カメレオンが少し笑った。

「悪かったね。」

「別に。助かる。」

フェリシアは膝を使ってカメレオンの脚を崩した。

体勢を奪ったまま、空いている手で端末を操作する。

手動警報を送信。

直後、建物内に新しい警報音が鳴り響いた。

カメレオンは顔をしかめた。

「あーあ。」

フェリシアが見る。

「何?」

「静かにやる予定だったのに。」

 


 

クレイヴンは突然鳴り始めた警報を聞き、顔を上げた。

廊下の先では、防火シャッターが降り始めている。

部下の一人が言った。

「ルートが閉じます。」

クレイヴンは走った。

シャッターが床へ届く直前、その下へ両手を入れる。

金属が大きく軋む。

クレイヴンはそのまま力で押し上げた。

部下たちが次々と下を通り抜ける。

最後にクレイヴン自身が身体を滑り込ませ、向こう側へ抜けた。

手を離す。

シャッターが勢いよく床へ落ちた。

「進め。」

部下の一人が振り返る。

「ドミトリ様は。」

「自分で何とかする。」

「ですが。」

クレイヴンが足を止めて振り返った。

「俺たちの仕事は道を開くことだ。違うか。」

部下は黙った。

「なら進め。」

クレイヴンは再び前を向いた。

 


 

オズコープの別区画では、リーたちも警報を聞いていた。

夜叉会の一人が振り返る。

「侵入が完全に把握されました。」

「構わない。」

リーは歩みを止めなかった。

「すでに警備の主力は分断されている。残った者を排除して、中央エレベーターまで道を作れ。」

「はい。」

別の一人が尋ねた。

「殺しますか?」

その言葉で、リーの足が止まった。

仮面越しに男を見る。

「必要ない。」

少し間を置く。

「目的を忘れるな。私たちは警備員を殺しに来たわけじゃない。」

男が頷く。

「分かりました。」

リーは再び歩き始めた。

 


 

マンハッタン。

スパイダーマンは、また一つの現場を制圧していた。

デーモンの一人を道路へウェブで固定し、最後まで抵抗していた男の武器を遠くへ飛ばす。

「はい、終わり。」

少し息を整える。

その時、スマートフォンが鳴った。

画面にはフェリシアの名前が表示されている。

スパイダーマンは少し驚いたが、すぐに通話へ出た。

「フェリシア?」

電話の向こうでは激しい警報音が鳴っていた。

『ピーター、オズコープが襲われてる。』

スパイダーマンの表情が一瞬で変わった。

「何?」

遠くで戦闘音が聞こえる。

『かなりの人数。正面と搬入口から同時に入られた。警報も最初は止められてた。内部に潜ってた奴がいる。』

スパイダーマンは近くの建物の上へ上がった。

遠くにオズコープタワーが見える。

「誰?」

『顔を変える男。ずっと社員に紛れてたみたい。今追ってる。』

顔を変える男。

スパイダーマンは一瞬黙った。

リーの電話。

ハリー。

オットー。

トゥームズ。

まだ完全には繋がっていない。

だが、それまで別々に見えていたものが、一つの方向へ集まり始めている。

「今どこ?」

『中。』

「フェリシア、無理するな。そいつは――」

『顔が変わるだけなら、今のところ私の方が強い。』

スパイダーマンは少し言葉に詰まった。

「……まあ、それはそうかもしれないけど。」

『でしょ。』

「でも気をつけて。」

『あなたもね。』

通話が切れた。

スパイダーマンはすぐにヒルへ電話をかけた。

「ヒル、オズコープ。」

『今聞いた。手動通報が入った。』

「僕が先に行く。」

『待て。中に何人いるか分からん。』

「分かってる。でも、ここまで全部陽動だった。」

スパイダーマンはウェブを撃った。

「僕たちをオズコープから離すための。」

糸を引き、一気に加速する。

「今行かないと遅い。」

電話の向こうでヒルが少し黙った。

『……無茶するな。』

「それ言う相手、間違ってると思う。」

『分かってるから言ってる。』

スパイダーマンは通話を切った。

オズコープへ向かう。

 


 

その頃。

オズコープ内部では、正面の警備線がほとんど崩れていた。

クレイヴンとその部下。

リーと夜叉会。

それぞれが別方向から中央区画へ向かって進んでいる。

カメレオンもフェリシアから一度距離を取り、合流地点を目指していた。

建物の外に停められた別の車両では、オットーとトゥームズ、そしてハリーが待機していた。

トゥームズが窓の外を見る。

「随分長いな。」

オットーが答える。

「まだ数分だ。」

「刑務所にいると時間の感覚が変になるんだよ。」

ハリーは何も言わなかった。

ただ、オズコープタワーを見ている。

警報灯。

割れたガラス。

警備車両。

かつて自分が所有し、毎日のように歩いていた会社。

その入口で戦闘が起きている。

ハリーの表情が僅かに険しくなった。

オットーがそれに気づく。

「気になるか。」

ハリーは少し間を置いた。

「別に。」

トゥームズが笑う。

「気になる顔してるけどな。」

ハリーが横を見る。

「君は黙ってろ。」

「はいはい。」

その時、車内の通信機へカメレオンから連絡が入った。

『通路が開いた。』

ハリーはすぐにドアを開けた。

「行くぞ。」

オットーとトゥームズもそれに続いた。

 


 

中央エレベーターホールに、六人が揃った。

周囲には激しい戦闘の跡が残っている。

壁の一部は破損し、警備設備は倒れ、遠くではまだ警報音が鳴っていた。

カメレオンは少し息を切らしながら、フェリシアに取られた腕を軽く押さえている。

クレイヴンがそれを見る。

「何だ、その腕。」

「ちょっと予想外。」

「弱いな。」

カメレオンが兄を睨む。

「顔が変わるだけだって言われたよ。」

トゥームズが笑った。

「間違ってないだろ。」

「うるさい。」

ハリーはその会話を無視して、エレベーターの前へ向かった。

操作盤はタッチパネルになっているが、それ以外はどこにでもある普通のエレベーターにしか見えない。

「全員乗れ。」

トゥームズが眉を上げた。

「普通のエレベーターだろ。」

「だから何だ。」

「地下の秘密施設へ行くんじゃないのか。」

ハリーが振り返る。

「知ってるなら黙って見てろ。」

六人全員が乗り込む。

最後にカメレオンが入り、扉が閉じた。

ハリーは操作盤の前へ立った。

一度、深く息を吐く。

以前ここへ来た時のことを思い出す。

父が死んだあと、ノーマンの側近へ拳銃を向け、この場所まで案内させた。

ハリーの指が動く。

特定の階数を選択する。

続いて、通常なら使わないロック部分をスライドさせる。

少し間があった。

何も起こらない。

トゥームズが横を見る。

「忘れたのか?」

ハリーは答えない。

もう一度操作する。

最後の入力。

数秒後。

通常の階数表示が消えた。

代わりに、新しい文字が表示される。

PROCEED TO SPECIAL PROJECTS

カメレオンが僅かに笑った。

「本当にあった。」

ハリーは冷たく返す。

「だから言っただろ。」

操作盤の表示が、通常のエレベーターとは異なるものへ切り替わった。

扉が一度開く。

すぐに閉じる。

そして、エレベーターが下へ動き始めた。

通常の地下階を越えても止まらない。

階数表示は消えたままだ。

トゥームズが天井を見る。

「どこまで下がるんだ。」

ハリーは前を向いたまま答える。

「分からない。前に来た時も、かなり深かった。」

オットーは壁へ軽く手を触れ、機体の振動を確認した。

「通常のエレベーター系統から完全に切り替わったな。」

カメレオンが尋ねる。

「上から追えない?」

「少なくとも通常の制御盤から追うのは難しいだろう。」

リーは何も言わなかった。

ただ、静かに下降を待っている。

クレイヴンも同じだった。

地下に眠っている研究や装備には、ほとんど興味がない。

彼の意識にあるのは、この建物へいずれやって来るであろう一人の男だけだった。

 


 

オズコープタワーの外へ、スパイダーマンが到着した。

周囲にはようやく警察車両が集まり始めている。

サイレンが鳴り、建物からは社員たちが避難していた。負傷した警備員が救急隊員に運ばれ、正面玄関のガラスは大きく破壊されている。

スパイダーマンは一目見ただけで理解した。

遅れた。

陽動へ完全に引っ張られた。

地上へ降りる。

ちょうどその時、到着したばかりのパトカーからヒルが降りてきた。

「おい!」

スパイダーマンが振り返る。

「中に入る。」

ヒルはすぐに止めた。

「待て。まだ警備側から情報を取れてない。侵入者の人数も――」

「フェリシアが中にいる。」

ヒルの動きが止まった。

「誰だ。」

スパイダーマンが一瞬詰まる。

「……協力者。」

ヒルの目が細くなった。

「またお前の知り合いか。」

「今それやってる時間ないでしょ。」

スパイダーマンは破壊された正面玄関を見る。

壁には黒紫色の力が残したと思われる痕跡があり、それとは別に銃撃戦の跡も残っている。

複数の勢力が、同時にここへ入ったことは明らかだった。

「デーモンだけじゃない。州立刑務所を襲った連中もいる。」

ヒルの表情が変わる。

「確かなのか。」

「戦い方が聞いてたのと同じ。」

スパイダーマンは建物の奥を見る。

「オットーとトゥームズの脱走も、これの準備だったんだ。」

ヒルがすぐに理解する。

「なら二人とも中にいる可能性がある。」

「たぶん。」

「何が目的だ。」

スパイダーマンは少しだけ間を置いた。

「地下。」

ヒルが眉を寄せる。

「何だと。」

「オットーのメッセージ。消えた研究。たぶん全部そこにある。」

ヒルは一瞬考えた。

「場所は分かるのか。」

「まだ。」

スパイダーマンはマスクを整えた。

「だから探す。」

「一人で?」

その言葉で、スパイダーマンの動きが一瞬止まった。

オットーのメッセージが頭に蘇る。

見つけても、一人で背負おうとするな。

スパイダーマンはヒルを見る。

少し考えてから答えた。

「……警察は地上をお願い。」

「お前は?」

「地下へ行く。」

ヒルは露骨に嫌そうな顔をした。

「それを一人って言うんだ。」

スパイダーマンは少しだけ苦笑する。

「じゃあ、連絡は切らない。」

ヒルはまだ納得していない。

それでも、ここで止めても行くことは分かっていた。

「何か分かったらすぐ言え。勝手に全部抱えるな。」

スパイダーマンは一瞬だけヒルを見た。

「分かってる。」

今度は軽口ではなかった。

そのまま破壊された入口を通り、オズコープ内部へ走り出した。

 


 

エレベーターは、長い間下降を続けていた。

誰も喋らない。

やがて速度がゆっくりと落ち始める。

低い駆動音とともに、完全に停止した。

扉の前には六人が立っている。

それぞれが、まったく違う理由で同じ場所へ来た。

電子音が鳴った。

扉がゆっくり左右へ開く。

その先には、地上のオズコープとはまるで違う空間が広がっていた。

薄暗い緑色の照明に照らされた通路が中央から円形に広がり、その外周には保管庫や研究区画がいくつも並んでいる。さらに奥にも同じ構造が続き、地上からは想像できない規模の施設が地下深くへ築かれていることが分かった。

ハリーは少しだけ目を細めた。

以前来た時より、明らかに広くなっている。

オットーは目の前の研究設備を見ながら、しばらく言葉を失っていた。

トゥームズは施設の規模を見て、思わず笑った。

カメレオンは隠すことなく興味を示し、どこから調べるべきか考えるように周囲を見回している。

リーだけは表情を変えなかった。

自分の過去に関わる記録が、このどこかに残されている。

そのことだけを考えるように、施設の奥を見つめている。

クレイヴンは一人だけ、地下施設そのものを見ていなかった。

振り返る。

閉じていくエレベーターの扉を見る。

この場所へ来るまでの間、スパイダーマンは陽動に引きつけられていた。

だが、それで終わるとは思っていない。

いずれ気づく。

そして、ここへ来る。

クレイヴンの口元が僅かに緩んだ。

「来る。」

カメレオンが振り返る。

「何が?」

クレイヴンは閉じていく扉を見たまま、短く答えた。

「蜘蛛だ。」

エレベーターの扉が閉じた。

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