The Amazing Spider-Man 5: Legacy of Oscorp 作:たきび/まもる
長い下降の末、エレベーターは静かに速度を落とし、そのまま停止した。
扉の上にあった通常の階数表示はとうに消えている。代わりに、黒い画面へ白い文字だけが浮かんでいた。
PROCEED TO SPECIAL PROJECTS
低い電子音とともに扉が開く。
その先から、薄暗い緑色の光がエレベーターの中へ流れ込んできた。
六人はすぐには外へ出なかった。
中央のエレベーターを取り囲むように、地下施設が円形に広がっている。天井は意外なほど低く、高層ビルの地下に巨大な空洞を掘ったというより、一定の高さの区画を横へ横へと押し広げていったような構造だった。
床も壁も金属質で、通路の縁には緑色の照明が一定の間隔で埋め込まれている。ガラスケースや保管設備の内部からも同じ色の光が漏れており、施設全体が薄暗い緑色に染まっていた。
ハリーには見覚えのある光景だった。
以前、一度だけこの地下へ来たことがある。
ただし、あの時に見たのは、ほんの一角だったらしい。
中央の円形通路からはいくつもの区画が枝分かれし、その先にも研究室や保管庫が続いている。さらに外周側には別の円形区画へ接続する通路まであり、外から見たオズコープタワーの印象を壊さないまま、地下には地上から想像できない規模の施設が作られていた。
最初にエレベーターを降りたのはトゥームズだった。
ゆっくり周囲を見渡す。
「……これ全部、あのビルの下に隠してたのか。」
声が低い天井と金属の壁に反響した。
オットーも外へ出ると、壁面の設備や床下へ伸びる配線を確認するように視線を動かした。
「地上とはかなり独立している。電源も換気も、この区画だけである程度維持できるように作られているようだ。」
近くの壁へ手を触れ、設備の振動を確かめる。
「秘密を守るというより、最初から地上の施設とは別物として設計したと考えた方がいい。」
カメレオンはそんな二人の横を抜け、すぐ近くにある端末へ向かった。
「どうりで何週間潜っても見つからないわけだ。社員データを漁っても、建築図面を探しても、地上側から見える情報だけじゃここまで辿れない。」
ハリーもゆっくりエレベーターを降りる。
以前この場所へ来た時、自分は父の側近を脅し、同じエレベーターを使って地下へ降りた。そして、ここでグライダーや戦闘装備を見つけた。
だが、その時の自分には、この施設そのものを調べる余裕などなかった。
病気。
スパイダーマン。
復讐。
それしか見えていなかった。
ハリーは周囲を見ながら言った。
「前に来た時より広い。」
カメレオンが振り返る。
「増築された?」
「分からない。」
ハリーは首を横に振った。
「僕が見てなかっただけかもしれない。あの時は必要なものを探したら、それで終わりだった。」
オットーは少し離れた外周側の保管設備を見ていた。
強化ガラスの向こうには、かつてオズコープが試作したと思われる兵器や、生体実験用の装置、用途さえ分からない機械が並んでいる。
そのどれにも、オズコープのロゴがある。
「これだけの規模の研究を、地上の記録から切り離していたのか。」
オットーの声には感心よりも嫌悪が混じっていた。
「何年かけた。」
誰も答えなかった。
答えを知る人間は、もうここにはいない。
カメレオンは円形通路の中央付近に設置された端末を操作した。
まず、持ち込んでいた社員証をかざす。
拒否。
別の認証情報を使う。
それでも拒否された。
カメレオンは少し考え、自分の端末を接続する。
「やっぱり地上の権限とは完全に別だね。オズコープの社員になったくらいじゃ、ここでは何の意味もない。」
ハリーが横から画面を見る。
「当たり前だ。ここを普通の社員が歩けるなら、隠してる意味がないだろ。」
「元CEOの権限は?」
「もうない。」
「残念。」
「君に使わせるつもりもない。」
カメレオンは笑いながら操作を続けた。
しばらくすると、端末へ施設の構造が表示された。
中央のエレベーターを中心に複数の区画が同心円状へ配置され、外周へ向かうほど通路が枝分かれしている。さらに一部の通路は、その先にある別の円形区画へ接続していた。
ただし、完全な地図ではない。
表示されている区画もあれば、名称そのものが伏せられている場所もある。
画面にはいくつかの表示が並んだ。
そして、そのさらに奥。
ほとんど情報が表示されていない区画がある。
複数の認証層によって閉じられ、通常のアクセスでは中身すら確認できない。
ハリーはそこを見た。
「そこだ。」
カメレオンが横目を向ける。
「何も書いてないけど。」
「だからだよ。」
ハリーは画面の最奥を指した。
「父が自分の治療研究を、兵器や一般の生体研究と同じ場所に置くとは思えない。オズボーン家だけが必要とするものなら、認証も管理も別にする。」
リーが静かにハリーを見る。
「父君の考え方をよく理解しているんだな。」
ハリーは画面から目を離さなかった。
「息子だからね。」
当然のように答える。
リーは何も言わなかった。
カメレオンは画面の別方向を拡大する。
IDENTITY / ACCESS SYSTEMS
「僕が欲しいものはこっち。」
認証。
生体情報。
アクセス権。
その文字を見て、カメレオンの目が楽しそうに細くなる。
「ずっと探してたんだ。人の顔を変えられても、機械まで騙せるとは限らないからね。顔は社員なのに指紋で弾かれる。声は同じなのにカードが違う。今までは毎回、それを別の方法で埋めなきゃならなかった。」
ハリーが聞く。
「それを使えば全部解決すると?」
「全部じゃない。でも、かなり近づく。」
カメレオンは笑った。
「少なくとも、今よりずっと自由になれる。」
トゥームズはその話にはほとんど興味を示さなかった。
画面の別方向を指す。
ADVANCED WEAPONS
「俺のはこれだろ。」
オットーも同じ場所を見る。
「おそらくな。」
トゥームズが横目を向けた。
「ついて来る気か?」
「私の研究が使われている可能性があると言ったはずだ。君が欲しがっている装備がその一つなら、確認する。」
「また壊す気だろ。」
「危険なら。」
「先に俺が使ってから決めろ。」
「それでは遅い。」
トゥームズは露骨に嫌そうな顔をした。
「一番一緒に行きたくない奴と目的地が同じだな。」
オットーも平然と返す。
「それはこちらの台詞だ。」
カメレオンが少し笑う。
「仲良くね。」
二人が同時に睨んだ。
カメレオンは肩をすくめる。
「……冗談だよ。」
リーは一つの表示を見ていた。
ARCHIVES
ここまで来る間、ほとんど表情を変えていなかったリーが、その文字を見た時だけ僅かに目を細めた。
カメレオンもそれに気づく。
「そこ?」
リーは頷いた。
「記録を探す。」
「何の?」
「私のだ。」
カメレオンは少し興味を持ったようにリーを見る。
だが、リーはそれ以上説明しなかった。
ハリーが横から尋ねる。
「君自身の記録がオズコープにあるのか?」
リーがハリーを見る。
「あるはずだ。」
「社員だった?」
「違う。」
「なら何で――」
「君には関係ない。」
ハリーの表情が僅かに険しくなる。
「またそれか。」
リーは視線を逸らさない。
「治療法を探しに来たんだろう。なら、君は君の目的に集中すればいい。」
「言われなくてもそうする。」
それ以上、どちらも話さなかった。
ただ、以前倉庫で顔を合わせた時よりも、二人の間には明らかな緊張が生まれ始めていた。
クレイヴンだけは、施設の地図を見ていなかった。
中央の円形通路。
エレベーターの前。
そこに立ったまま、来た道を見ている。
カメレオンが聞いた。
「君は本当に何も探さないの?」
「必要ない。」
「せっかくオズコープの宝物庫まで来たのに。」
「俺の獲物はここにはない。」
クレイヴンはエレベーターを見る。
「まだな。」
カメレオンは呆れたように息を吐いた。
「来る保証はないよ。」
クレイヴンがゆっくり振り返る。
「来る。」
「なんでそこまで言い切れるの。」
「この場所を知れば来る。ここで何が起きているか知れば、放っておけない。」
クレイヴンは少しだけ笑った。
「そういう男だろう。」
カメレオンは何も返さなかった。
数日前に映像を見ただけのクレイヴンが、すでにスパイダーマンの行動原理をかなり正確に見抜いている。
そのことが、少しだけ不気味だった。
それぞれが動き始めた。
ハリーは施設の最深部。
リーは記録保管区画。
カメレオンは認証技術区画。
オットーとトゥームズは兵器研究区画。
クレイヴンだけが中央に残る。
部下たちは円形通路へ散り、外周へ続く複数の経路を確保していった。夜叉会も、リーの指示で数人ずつ各通路へ分かれていく。
カメレオンは歩き出す前に全員へ言った。
「通信は残しておいてくれ。地上の警報はもう完全に復旧してる。ここへ警察が降りてくるまでどれくらいかかるかは分からないけど、永久に隠れていられるわけじゃない。」
オットーが答える。
「それならなおさら、必要以上の破壊は避けるべきだ。」
トゥームズが笑う。
「来る前から俺を見るなよ。」
「最も言っておく必要がありそうだからだ。」
ハリーは二人のやり取りを無視し、そのまま最深部へ向かう通路を歩き出した。
「時間を無駄にするな。僕は先に行く。」
リーも反対方向へ向かう。
クレイヴンはその場から動かない。
六人で地下へ来た集団は、この施設へ入った瞬間に一つの集団ではなくなった。
それぞれが欲しいものへ向かう。
最初から、そのためだけに集まった六人だった。
兵器研究区。
円形通路から分岐した先にも、施設全体と同じ薄暗い緑色の照明が続いていた。
壁面には強化ガラスが並び、その向こうに様々な試作兵器が保管されている。
小型無人機。
強化外骨格。
特殊弾薬。
人間が携行するには大きすぎる砲身。
トゥームズはゆっくり歩きながら、一つ一つを眺めていく。
「ここの社員、世界征服でもするつもりだったのか?」
オットーは笑わなかった。
「兵器開発を請け負っていた企業なら、この程度の研究自体は不思議ではない。」
いくつもの保管設備へ視線を向ける。
「問題は、なぜそれを通常の研究区画から完全に隠していたのかだ。」
「同じだろ。見つかったら怒られるから隠した。」
「君の発想で企業研究を語るな。」
「でも大体合ってるだろ。」
オットーは答えなかった。
壁面に端末を見つけ、立ち止まる。
表示されているのは、いくつかの研究記録だった。
制御系。
神経信号。
運動補正。
オットーには見覚えがある。
端末へ近づくにつれて、その表情が変わっていった。
「……やはり。」
トゥームズが振り返る。
「何かあったか。」
「私の研究だ。」
オットーは端末を操作しながら、記録を追う。
「そのまま使っているわけではない。だが、神経信号を機械制御へ変換する基礎理論は間違いなく私のものだ。ここで別の研究へ枝分かれしている。」
トゥームズが笑った。
「じゃあ来た甲斐あったな。」
オットーは画面から目を離さない。
「笑い事ではない。」
「何で? 研究はちゃんと役に立ってるだろ。」
オットーが振り返った。
「私が作ったものは、人間を助けるための技術だ。兵士に機械を直結して、より効率よく人を殺すためのものではない。」
トゥームズが肩をすくめる。
「道具は使う奴次第だろ。」
「その言葉を、君から聞きたくはない。」
二人は再び歩き始めた。
その先に、少し広い格納区画がある。
二人が近づくと、緑色の照明が順番に点灯していった。
中央に、大きな影が浮かび上がる。
左右へ折り畳まれた巨大な金属翼。
トゥームズの足が止まった。
照明が完全に点く。
人間が装着するためのハーネス。
背部の推進装置。
翼の各所に設けられた姿勢制御機構。
さらに、ミサイルや小型弾頭をはじめとする複数の武装まで搭載されている。
トゥームズはゆっくり近づいた。
先ほどまで浮かべていた軽い表情が消える。
そこにあったのは、ほとんど純粋な興奮だった。
「……これだ。」
オットーはすぐに近くの端末へ向かう。
仕様。
制御系。
神経インターフェース。
運動予測。
自動姿勢補正。
表示される情報を追うごとに、顔が険しくなっていく。
「待て、トゥームズ。」
「何だよ。」
「触るな。」
トゥームズはすでに翼へ手を伸ばしていた。
「ここまで来て?」
「これは私の制御技術を使っている。しかも、かなり直接的に。」
「だったら、あんた詳しいんだろ。ちょうどいい。」
「そういう意味ではない。」
オットーが近づく。
「この装備は搭乗者の神経信号から、次の動きを予測して機体を制御するようになっている。飛行経験がなくても、身体を動かす感覚で操作できる。」
オットーは翼とハーネスを見比べる。
「それだけ強く、人間と機械が接続されるということだ。」
トゥームズは翼を見上げたまま答えた。
「最高じゃないか。」
「危険性の説明をしている。」
「俺は利点を聞いてる。」
トゥームズが振り返る。
「なあ。俺は昔から、高い場所へ入る仕事は得意だった。屋上。高層階。普通なら入れない場所。ロープを使って、パラシュートを使って、色々やった。」
もう一度、翼を見る。
「でも、これがあれば全部いらない。」
オットーはトゥームズを見る。
「だからこそ渡せない。」
トゥームズが笑った。
「決めるのはあんたじゃない。」
オットーは黙った。
今の自分にはアームがない。
物理的にトゥームズを止める手段もない。
それでも一歩、前へ出る。
「君が何をしようと、私には関係ないと言いたいところだが、これは違う。私の研究から生まれたものなら、これで誰かが死んだ時、私は無関係ではいられない。」
トゥームズは少しだけオットーを見る。
「そういうの、疲れないか?」
「疲れるよ。」
オットーは即答した。
「だから、今度こそ間違えないようにしている。」
トゥームズの笑みが、ほんの少しだけ消えた。
記録保管区。
リーは一人、緑色の光に照らされた通路を歩いていた。
左右には目立つ兵器も、巨大な試作品もない。
並んでいるのは端末と記録媒体。
古い紙資料。
実験記録。
研究報告。
人間そのものではなく、人間について記録された情報だけが保管されている。
リーは一つの端末の前へ座った。
検索欄へ、いくつかの条件を入力する。
年代。
中国。
神経研究。
認知。
感情。
薬物。
膨大な数の記録が表示された。
リーは表情を変えず、一つずつ条件を絞っていく。
やがて、ある研究番号が画面へ残った。
リーの手が止まる。
ファイルを開く。
古い実験記録だった。
被験者。
投与薬剤。
催眠誘導。
認識領域への干渉。
感情刺激。
脳活動計測。
事故報告。
リーの指が止まった。
画面には被験者の顔写真が表示されている。
若い頃の自分だった。
まだ今の生活を持つよりも前。
今の名前で、この国に根を下ろすよりも前。
自分の人生が変わる前の顔だった。
リーは画面へ少し近づいた。
その表情から、これまで保っていた静けさが少しずつ消えていく。
次のページへ進む。
事故。
異常な神経活動。
原因不明のエネルギー反応。
施設損傷。
被験者生存。
研究継続可否。
さらに、その後の記録が続いていた。
同じ現象を再現しようとしている。
別の被験者。
別の薬剤。
別の刺激方法。
失敗。
また失敗。
さらに別の実験。
リーは画面を見つめたまま、ゆっくり息を吐いた。
「……そういうことか。」
誰に聞かせるでもなく、低い声で呟いた。
自分の人生を変えた出来事だった。
何年も調べてきた。
なぜ起きたのか。
何をされたのか。
誰が決めたのか。
それを追い続けてきた。
そして、その答えが今、目の前にある。
だが、記録の中でそれは大きな事件ではなかった。
英雄の誕生でもない。
怪物の誕生でもない。
罪の告白ですらない。
単なる実験事故。
失敗例の一つ。
研究データの一項目。
リーの目に、黒紫色の光が僅かに浮かんだ。
施設のさらに奥。
ハリーは一人で歩いていた。
中央の円形施設からさらに離れた、独立性の高い区画へ入っている。
緑色の照明は変わらない。
だが、奥へ行くほど扉の数は減り、一つ一つの認証が重くなっていく。
生体認証。
暗証番号。
アクセスキー。
ハリーはそのたびに、父から受け継いだ古い認証情報や、かつて自分が使っていたコード、自分自身の生体情報など、使えるものを一つずつ試していった。
拒否。
拒否。
一部承認。
少しずつ進む。
やがて最後に、大きな扉が現れた。
横には専用の認証端末がある。
ハリーが手を置く。
スキャンが始まる。
数秒後。
ハリーの表情が変わる。
続いて表示された。
「……まだあるのか。」
苛立ったように呟く。
だが、画面をよく見る。
鍵穴ではない。
見覚えのある、古いオズコープの認証規格だった。
ハリーは少し考えた。
それからポケットへ手を入れる。
取り出したのは、長く持ち続けていた小さな白いキューブ状の端末だった。
父から残されたもの。
ハリーはそれを認証部へ差し込む。
一瞬、画面が暗くなった。
数秒後。
緑色の文字が現れる。
大きな扉がゆっくり開いていく。
その先には、これまでの区画よりも静かな研究室があった。
中央に置かれているのは、人間一人を完全に収められる大きさのカプセル。
周囲には複数の薬剤。
遺伝子治療に関するデータ。
治療経過。
そして、ひとつの表示。
COMPLETE
ハリーは動かなかった。
長い間探していたものだった。
欲しかった。
それを手に入れるために、何人もの人間を傷つけた。
親友さえ憎んだ。
完全な治療法。
それが今、目の前にある。
ハリーはゆっくりと研究室へ足を踏み入れた。
中央区画。
クレイヴンはまだ待っていた。
緑色の照明が円形通路を照らしている。
目の前にあるのは、地上へ繋がる唯一のエレベーター。
部下の一人が近づいた。
「セルゲイ様。」
クレイヴンは振り返らない。
「何だ。」
「上から連絡です。警察がオズコープへ到着しました。」
「そうか。」
部下が続ける。
「スパイダーマンも確認されています。」
その瞬間、クレイヴンが笑った。
隠す様子もなく、本当に嬉しそうに。
「来たか。」
「こちらへ降りてくる可能性があります。迎撃の準備を――」
「必要ない。」
クレイヴンはエレベーターから視線を外した。
この地下施設の通路は狭い。
天井も低い。
動ける場所も限られている。
「ここでは狭い。」
部下が見る。
クレイヴンは歩き始めた。
「地下で殺しても面白くない。」
「では。」
「狩り場を作る。」
クレイヴンの口元には笑みが残っている。
「蜘蛛には、空と木が必要だ。」
その頃。
地上では、スパイダーマンがようやく地下への経路を見つけていた。
通常のエレベーター。
操作盤を調べても、地下深くへ向かう階層は表示されない。
スパイダーマンは制御盤を確認する。
配線。
通常の動作履歴。
制御系。
その中に、直前の移動記録だけ説明のつかないものが残っていた。
存在しない階へ、エレベーターが移動している。
「隠しコマンドか……。」
スパイダーマンはウェブシューターから細くウェブを伸ばし、制御盤のカバーを開けた。
回路を確認する。
地上で使われている通常の制御系とは別に、途中から切り替わる経路がある。
「ハリーなら知ってた?」
口に出してから、一度手が止まる。
ハリー。
F.E.A.S.T.で聞いたリーの電話。
フェリシアが見つけた、顔を変える男。
オットー。
トゥームズ。
まだ考えなければならないことは多い。
だが、今は下へ行くしかない。
スパイダーマンは操作系へ手を伸ばした。
その時、表示が一瞬だけ乱れた。
通常の階数表示が消える。
黒い画面へ、白い文字が浮かんだ。
PROCEED TO SPECIAL PROJECTS
スパイダーマンの手が止まる。
「……スペシャルプロジェクト。」
初めて見る名前だった。
その文字を数秒見つめる。
「オットーが探してたのは、これか。」
扉が閉じる。
エレベーターが、ゆっくり地下へ向かって動き始めた。
その先ではすでに、同じ場所へ集まった六人が、それぞれ別の目的へ向かって動き始めていた。