マリバロン異世界転生   作:himuro0917

1 / 2
プロローグ

# プロローグ ―終焉、そして風車の街へ―

 

――その瞬間、すべてを悟った。

 

燃え盛る天空。崩れ落ちるクライシス帝国の要塞。

世界征服という永き悲願は、ただ一人の仮面戦士によって打ち砕かれようとしていた。

 

漆黒の玉座に座すクライシス皇帝は、静かに瞳を閉じる。

 

「……終わり、か。」

 

遥かなる異次元より侵攻を続けてきたクライシス帝国。

幾千幾万の兵を失い、幹部を失い、それでもなお勝利を信じ続けた。

 

しかし今、皇帝の眼前には赤き太陽の化身――RXが立っていた。

 

その姿は、まるで世界そのものの意思。

 

勝てない。

 

皇帝は初めて、自らの敗北を認めた。

 

「マリバロン……。」

 

呼び寄せられた魔女将軍は、膝をつく。

 

「皇帝陛下……!」

 

皇帝はゆっくりと立ち上がり、掌に黒く輝く一つの光球を生み出した。

 

それはクライシス帝国が数万年にわたり培ってきた叡智、魔力、科学、そして"意思"そのもの。

 

「我らの悲願を……託す。」

 

「しかし陛下! 私は最後まで共に――!」

 

「ならぬ。」

 

静かな、それでいて絶対の威厳を帯びた声。

 

「帝国は滅びようとも、夢は滅びぬ。」

 

皇帝は光球をマリバロンの胸へと押し込む。

 

「新たな世界へ行け。」

 

「そこで生きろ。」

 

「そして、いつの日か……クライシスを再興せよ。」

 

次の瞬間。

 

世界が白く染まった。

 

RXの放った光が、すべてを包み込む。

 

皇帝は最後に微笑んだ。

 

「さらばだ……。」

 

その姿は光となり、完全に消滅した。

 

そして――。

 

---

 

冷たい風が頬をなでる。

 

「……ここは?」

 

マリバロンはゆっくりと瞳を開いた。

 

見上げる空は、どこまでも青い。

 

耳を澄ませば、小鳥のさえずり。

 

頬を撫でる風には草花の香りが混じっている。

 

そして遠くでは、巨大な白い風車が幾つもゆっくりと回っていた。

 

「風車……?」

 

石畳の道。

 

赤茶色の屋根が並ぶ家々。

 

行き交う人々は誰もが見慣れぬ衣服をまとい、穏やかな笑顔を浮かべている。

 

ここはクライシス帝国ではない。

 

地球でもない。

 

「異世界……?」

 

胸に手を当てる。

 

確かに皇帝から託された黒き力は、この身に宿っている。

 

しかし、その力はどこか眠っているようだった。

 

「皇帝陛下……私は、生きているのですね。」

 

マリバロンは静かに立ち上がる。

 

風車が回るたび、まるでこの世界が彼女を歓迎しているかのように風が吹いた。

 

だが彼女はまだ知らない。

 

この平和な街で出会う仲間たち。

 

数々の試練。

 

そして、かつて"悪の幹部"だった魔女が、やがて世界を救う存在へと変わっていくことを――。

 

これは、クライシス帝国最後の魔女。

 

マリバロンが異世界で紡ぐ、新たなる伝説の物語である。

 

 

## 風車の街の出会い

 

「ちょっとあなた、大丈夫?」

 

澄んだ少女の声が耳に届く。

 

マリバロンはゆっくりと瞼を開いた。

 

目の前には、栗色の髪を風になびかせた元気そうな少女が、自分の身体を支えようとしている。

 

「ほら、立てる? 足、かなり怪我してるみたいだけど……」

 

その手が肩に触れた瞬間、マリバロンは反射的に払いのけた。

 

「ええい!!」

 

少女は驚いて後ずさる。

 

マリバロンはゆっくりと立ち上がり、黒いマントを翻す。

 

「私はクライシス帝国・諜報参謀マリバロン! 人間ごときが馴れ馴れしく触れるでない!」

 

少女はきょとんとした表情で首を傾げた。

 

「く……くらいしす? しょほうさんぼう?」

 

「そういう病気なの?」

 

「……病気?」

 

生まれて初めて向けられた反応だった。

 

恐怖でもなく、敵意でもなく、純粋な困惑。

 

「あなた、本当に大丈夫? ここ最近この街はいろいろあって、怪我して記憶がおかしくなっちゃった人も──」

 

――ドォォォォン!!

 

凄まじい爆音が街中に響き渡った。

 

二人は同時に空を見上げる。

 

風車の向こう側にそびえる高層ビルが、炎を噴き上げながら爆発した。

 

ガラス片が雨のように降り注ぎ、悲鳴が街にこだまする。

 

「きゃあああ!!」

 

逃げ惑う人々。

 

崩れ落ちる瓦礫。

 

マリバロンの身体は、考えるより先に動いていた。

 

「魔障結界!!」

 

漆黒の魔法陣が足元から広がる。

 

瞬く間に半径二十メートルを覆う半球状の障壁が展開され、降り注ぐ瓦礫やガラス片を次々と弾き返した。

 

ガガガガガッ!!

 

破片は透明な壁にぶつかり、火花を散らして砕け散る。

 

少女は息を呑んだ。

 

「す……すごい……。」

 

周囲の人々も呆然と、その光景を見つめている。

 

マリバロンは結界を維持しながら、思わず歯を食いしばった。

 

「この私が……人間どもを守るなど……。」

 

かつてなら考えられない行動。

 

クライシス帝国の幹部として、人間は支配すべき存在でしかなかった。

 

それなのに。

 

目の前で怯える子どもの姿を見た瞬間、身体が勝手に動いていた。

 

「……しかし。」

 

マリバロンは爆炎の向こうを鋭く睨む。

 

「あの爆発……事故ではない。」

 

黒煙の中から、ゆっくりと巨大な影が姿を現す。

 

灼熱に燃え上がる肉体。

 

真紅に光る眼光。

 

そして全身から放たれる、灼熱の熱波。

 

「この世界にも……怪人がいるというのか。」

 

その怪物は、風車の街を見下ろえながら低く唸った。

 

「──殲滅。街を殲滅する。」

 

マリバロンは静かにマントを翻す。

 

「面白い……。」

 

その口元には、かつてRXを幾度も苦しめた魔女将軍の、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「異世界よ。まずは貴様らの実力、このマリバロンが見極めてくれる。」

 

 

 

硝煙が立ち込める街。

 

崩れたビルの瓦礫が音を立てて転がる中、怪人は人間に戻る。

そこにいたのは一人の青年

 

そしてその瞳には、憎悪しかなかった。

 

「……許さない。」

 

低く、震える声。

 

「俺は許さん……。」

 

拳を握り締め、空を睨む。

 

「この街を……破壊し尽くさなければ気が済まない!!」

 

青年は懐から、一本の奇妙な装置を取り出した。

 

掌に収まるほどの大きさ。

 

禍々しい赤黒い色をした"メモリ"のような装置だった。

 

カチッ――。

 

青年がスイッチを押す。

 

次の瞬間、不気味な電子音声が響き渡る。

 

**『MAGMA(マグマ)!!』**

 

ゴォォォォォッ!!

 

青年の全身が紅蓮の炎に包まれる。

 

皮膚は赤熱し、全身を灼熱の鎧が覆っていく。

 

両腕は溶岩のように脈打ち、口元からは白い蒸気が噴き出す。

 

やがて炎が収まると、そこには灼熱の怪人――**マグマ・ドーパント**が立っていた。

 

「グォォォォォォッ!!」

 

その咆哮だけで周囲の窓ガラスが砕け散る。

 

少女は顔面蒼白になり、半泣きで叫んだ。

 

「ちょっ、ちょっとちょっと!!」

 

「私こんなの聞いてないんだけど!?」

 

「な、何なのあれ!?」

 

そして隣に立つマリバロンを指差す。

 

「ねぇ、おばさん! あれ何なの!?」

 

「……。」

 

マリバロンのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「誰がおばさんだ。」

 

少女は慌てて口を押さえた。

 

「あっ、ご、ごめん!」

 

しかしマリバロンの視線は、すでに怪人へ向いていた。

 

(人間が……怪人へと変貌しただと。)

 

(この世界には、そのような技術が存在するのか。)

 

(ふふ……これは使えるかもしれぬ。)

 

諜報参謀としての思考が高速で巡る。

 

未知の力。

 

未知の技術。

 

皇帝陛下へ捧げるには十分すぎる情報だった。

 

――その時。

 

「グォォォォォ!!」

 

マグマ・ドーパントが両腕を掲げる。

 

次の瞬間、無数の火炎弾が周囲へ撃ち放たれた。

 

ドドドドドドドッ!!

 

炎の弾丸は建物へ、人々へ、容赦なく降り注ぐ。

 

「逃げろーー!!」

 

「火事だ!!」

 

街は一瞬で大混乱となった。

 

マリバロンは少女の前へ一歩踏み出す。

 

「これはまずい。」

 

少女は震えながら見上げる。

 

「え……?」

 

「周囲の人間どもを避難させろ。」

 

「私が奴を押さえる。」

 

少女は目を丸くした。

 

「え……でも!」

 

「早く行け!!」

 

マリバロンの一喝に、少女は身体を震わせる。

 

「わ、わ、わ、わかった!」

 

少女は必死に走り出した。

 

「みんな逃げてーー!! こっち!!」

 

マリバロンは静かに右手を掲げる。

 

漆黒の魔力が腕へと集まり、紫色の稲妻が迸る。

 

「久しく使っておらぬが……。」

 

パァン!!

 

その手から紫色に輝く光の鞭――**ビームウィップ**が伸びた。

 

電撃をまとった魔力の鞭は、蛇のように空中をうねる。

 

「来るがいい。」

 

マグマ・ドーパントが咆哮を上げる。

 

マリバロンは妖しく笑った。

 

「異世界の怪人……。」

 

「クライシス帝国・諜報参謀マリバロンの力、その身で味わうがよい!」

 

次の瞬間。

 

ビームウィップが紫電をまといながら唸りを上げ、灼熱の怪人へ向かって一直線に走った。

 

「怪魔妖族大隊長、このマリバロン様を甘く見るな。」

 

妖しく微笑むマリバロンの右腕で、紫電を帯びたビームウィップが唸る。

 

バシィッ!!

 

「グォッ!」

 

バシィン!!

 

「グアァッ!」

 

容赦ない連撃。

 

炎をまとったマグマ・ドーパントは反撃の隙すら与えられず、何度も地面へ叩きつけられる。

 

「人間如きが得た力で、この私に勝てると思うな。」

 

さらに鞭が閃く。

 

バチィィィン!!

 

「ガァァァァッ!!」

 

マグマ・ドーパントは最後の断末魔を上げると、その身体は炎となって崩れ落ちた。

 

そして胸部から一本のメモリが勢いよく飛び出す。

 

「ほう……。」

 

マリバロンの瞳が鋭く光る。

 

(怪人の核か。)

 

ゆっくりと手を伸ばす。

 

あと数センチ。

 

その瞬間だった。

 

ピシッ……

 

メモリに亀裂が走る。

 

「何?」

 

パリンッ!!

 

メモリは眩い光を放ち、そのまま粉々に砕け散った。

 

風に乗って赤い結晶片が舞い、跡形もなく消滅する。

 

「……なるほど。」

 

マリバロンは腕を組み、不敵に笑った。

 

「倒してしまえば手に入らぬ仕組みか。」

 

瞳には諜報参謀らしい冷静な分析の色が宿る。

 

「ならば次からは捕獲だ。」

 

「この世界の怪人ども……研究価値は十分にある。」

 

誰にも聞こえぬよう、小さく呟いた。

 

その時だった。

 

キィィィィン――。

 

二つの影が空から飛び降りる。

 

緑。

 

そして紫。

 

特徴的な二人で一人の仮面ライダーが、マリバロンの前へ静かに着地した。

 

緑の仮面の青年が周囲を見渡す。

 

「ドーパントがこの辺りで暴れていると聞いたんだけど……。」

 

「いない?」

 

「おいおい、どうなってんだよ。」

 

そして唯一その場に立っているマリバロンへ視線を向けた。

 

「……って、そこのおばさん。」

 

「何か知らねぇか? ここにいたの、あんたしかいねぇけど。」

 

マリバロンの額に青筋が浮かぶ。

 

「…………。」

 

その瞬間だった。

 

「ちょっとちょっと!」

 

少女が慌てて二人の間へ飛び込んだ。

 

「ダメだって! おばさんは!」

 

マリバロンの眉がぴくりと動く。

 

「あっ……。」

 

少女は慌てて言い直す。

 

「えっと……その人!」

 

「みんなを助けてくれたんだから!」

 

仮面ライダーの緑側は思わず吹き出した。

 

「ふふっ。」

 

「なんだ、亜樹ちゃんだったのか。」

 

「無事でよかった。」

 

そしてマリバロンへ丁寧に頭を下げる。

 

「それで……あのお姉さんは?」

 

マリバロンは胸を張る。

 

「私はクライシス帝国諜報参謀。」

 

「マリバロン!!」

 

その場の空気が一瞬張り詰める。

 

マリバロンは二人を鋭く見据えた。

 

「お前たちが、この世界の仮面ライダーか。」

 

「ならば……私の敵ということだな。」

 

妖艶な笑みを浮かべる。

 

「面白い。」

 

しかし、その堂々とした態度とは裏腹に、心の中ではまったく別のことを考えていた。

 

(……しまった。)

 

(勢いで名乗ってしまった。)

 

(帝国は滅び、怪魔妖族もいない。)

 

(ジャーク将軍もボスガンもゲドリアンもいない。)

 

(私一人で仮面ライダー……どう考えても勝ち目はないではないか。)

 

(少し格好をつけすぎた……。)

 

表情だけは微動だにしない。

 

それがマリバロンの最後の意地だった。

 

亜樹子が二人へ説明する。

 

「フィリップくん、この人ね!」

 

「爆発の時、人々を守ってくれたの!」

 

「私も助けてもらったんだから!」

 

翔太郎はマリバロンをじっと見つめる。

 

敵意は感じない。

 

むしろ疲労の色が濃い。

 

「……姉さん。」

 

帽子を軽く押さえながら口を開いた。

 

「よければ、うちへ来ねぇか?」

 

「話を聞かせてほしい。」

 

「ここじゃ落ち着いて話もできねぇ。」

 

マリバロンは一瞬だけ目を細める。

 

(……助かった。)

 

(ここで戦闘になれば終わっていた。)

 

(情報も得られる。)

 

(何より……今は生き延びることが先決。)

 

心の中で安堵の息をつきながらも、表情はあくまで尊大なまま。

 

「……いいだろう。」

 

「お前たちの話、聞いてやる。」

 

静かに頷くその姿を見て、翔太郎とフィリップは顔を見合わせた。

 

こうして、クライシス帝国最後の諜報参謀は、自らの宿敵である仮面ライダーとともに、風都で奇妙な共同生活の第一歩を踏み出すのだった。

 

 

##鳴海探偵事務所。

 

古びた木造の階段を上がり、マリバロンは室内へ足を踏み入れた。

 

机。

 

本棚。

 

コーヒーの香り。

 

そして壁に掛けられた一枚のカレンダーが目に留まる。

 

「……。」

 

マリバロンは足を止めた。

 

ゆっくりとカレンダーへ近づく。

 

そこには大きく書かれていた。

 

**2010**

 

「……二〇一〇年……?」

 

思わず呟く。

 

「我々がいた時代は……一九八八年。」

 

「まさか……。」

 

マリバロンの表情が険しくなる。

 

「異世界へ飛ばされただけではない……。」

 

「時間まで飛び越えたというのか……。」

 

皇帝の最後の転移魔法。

 

予想以上の力だったことを悟る。

 

その様子を見た翔太郎は気にも留めず、椅子へ腰掛ける。

 

「おーい、亜樹子。」

 

「客人なんだから、お茶でも頼む。」

 

すると奥から勢いよく

 

「はぁ!?」

 

「何で私なのよ!」

 

腰に手を当て、翔太郎を睨みつける。

 

「私がこの鳴海探偵事務所の所長なんだから!」

 

「翔太郎君がやりなさいよ!」

 

「なーーにぃ!?」

 

翔太郎も立ち上がる。

 

「客が来たら普通は所長がもてなすもんだろ!」

 

「普通は助手が動くの!」

 

「助手じゃねぇ! ハードボイルドな探偵だ!」

 

「どこがよ!」

 

二人は額を突き合わせ、今にも掴み合いになりそうな勢いで睨み合う。

 

その様子を見ながら、フィリップはソファに腰掛けたままクスクスと笑っていた。

 

「ふふっ……。」

 

「今日も平和だね。」

 

マリバロンは腕を組み、その光景を静かに眺める。

 

(……ふむ。)

 

(我らクライシス帝国も、隊長同士で醜く争うことは日常茶飯事だった。)

 

ガテゾーン。

 

ボスガン。

 

ゲドリアン。

 

それぞれが己の功績を競い、皇帝陛下への忠誠を示そうとしていた。

 

(こやつらも……似たようなものか。)

 

(組織が違えど、人というものは変わらぬらしい。)

 

少しだけ口元が緩む。

 

それは本人も気付かないほど僅かな笑みだった。

 

やがて翔太郎は咳払いを一つして椅子へ座り直す。

 

「さて、と。」

 

帽子を被り直し、マリバロンを見る。

 

「姉さん。」

 

「あんた、一体何者なんだ?」

 

「その格好も、あの力も普通じゃねぇ。」

 

「……まさか。」

 

翔太郎の目が鋭くなる。

 

「あんた、ミュージアムの人間か?」

 

マリバロンは眉をひそめた。

 

「……ミュージアム?」

 

聞き慣れない単語だった。

 

「初めて聞く名だ。」

 

「それは何なのだ?」

 

「知っているというなら……。」

 

マリバロンは翔太郎を真っ直ぐ見据える。

 

「ぜひ聞かせてもらいたい。」

 

翔太郎、フィリップ、亜樹子の三人は顔を見合わせる。

 

翔太郎は静かに息を吐いた。

 

「……どうやら、本当に何も知らねぇみてぇだな。」

 

フィリップは興味深そうにマリバロンを観察する。

 

「翔太郎。」

 

「彼女の反応は演技には見えない。」

 

「もし本当なら、とても興味深い存在だ。」

 

「彼女はミュージアムもガイアメモリも知らない。それなのに、あれほどの力を持っている。」

 

フィリップの瞳が好奇心で輝く。

 

「ねぇ、マリバロン。」

 

「今度は僕たちが質問してもいいかな?」

 

「君のいた"1988年"について、ぜひ聞かせてほしい。」

 

事務所に静かな空気が流れる。

 

フィリップの問いに、マリバロンはわずかに目を伏せた。

 

(……どこまで話す。)

 

(クライシス帝国のことを話すべきか。)

 

(我らは地球侵略を目的とした帝国。)

 

(そんなことを口にした瞬間、この世界の仮面ライダーは真っ先に私を倒そうとするだろう。)

 

(……それは困る。)

 

一方で、自分の姿を見下ろえる。

 

黒いローブ。

 

紫の装飾。

 

どう見ても正義の味方ではない。

 

(この姿で嘘をついても説得力はあるまい。)

 

しばらく考えた末、マリバロンは静かに口を開いた。

 

「……私は。」

 

「南光太郎に敗れた。」

 

その名を口にした瞬間、一瞬だけ胸が締め付けられる。

 

「それしか……覚えていない。」

 

沈黙。

 

亜樹子が首を傾げる。

 

「え?」

 

「記憶喪失ってこと?」

 

そして隣のフィリップを見る。

 

「フィリップくん……まさか。」

 

「調べてみるよ。」

 

フィリップは静かに目を閉じた。

 

次の瞬間。

 

彼の身体が淡い光に包まれる。

 

無数の本棚が広がる不思議な空間。

 

そして一冊の真っ白な本を手に取る。

 

「キーワード。」

 

「マリバロン。」

 

その姿を見たマリバロンは目を丸くした。

 

(……なんだ、この少年は。)

 

(突然身体から光を放ち……。)

 

(白い本を持ち出したかと思えば、私の名を呟いている。)

 

(まるで魔術ではないか。)

 

(いや……魔力は感じぬ。)

 

(ならば一体……。)

 

数秒後。

 

フィリップは静かに現実へ戻る。

 

しかし、その表情は珍しく困惑していた。

 

「……おかしい。」

 

翔太郎が身を乗り出す。

 

「どうした?」

 

「検索結果がほとんどない。」

 

「彼女の情報は何も出てこない。」

 

「唯一確認できたのは、今日この街でマグマ・ドーパントを倒し、人々を救ったという事実だけだ。」

 

「それ以前の記録が、一切存在しない。」

 

翔太郎は思わず笑う。

 

「なるほどな。」

 

「ってことは、姉さん。」

 

「あんた、この世界へ来たのは本当につい最近ってわけか。」

 

マリバロンは軽く頷く。

 

「……そういうことになる。」

 

そして今度は自分が質問する番だった。

 

「先ほどから気になっていた。」

 

「ミュージアム。」

 

「その組織とは、一体何者なのだ。」

 

亜樹子が真剣な表情になる。

 

「この街――風都に、ガイアメモリをばらまいてる悪の秘密結社よ。」

 

「ガイアメモリ……。」

 

マリバロンはその名を反芻する。

 

亜樹子は続けた。

 

「最近の風都は、おかしな事件ばっかり起きてるの。」

 

「悪い人がガイアメモリを使うと、その力に飲み込まれて怪人――ドーパントになっちゃう。」

 

「力に溺れて、街で暴れたり、人を傷つけたり……。」

 

マリバロンの脳裏に、先ほどのマグマ・ドーパントの姿が浮かぶ。

 

(なるほど。)

 

(あれは兵士ではなく、人間が変貌した姿だったのか。)

 

(しかも、意思ではなく力に支配されている……。)

 

(興味深い。)

 

諜報参謀としての好奇心が、静かに刺激される。

 

翔太郎は帽子を軽く押さえ、不敵に笑った。

 

「そして、そんな連中と毎日やり合ってるのが――」

 

親指で自分を指す。

 

「このハードボイルドな探偵。」

 

少し間を置いて、フィリップを見る。

 

「……いや。」

 

フィリップも小さく笑う。

 

「僕たち、だね。」

 

翔太郎は照れくさそうに頭をかいた。

 

「そうだった。」

 

「俺たち仮面ライダーWってわけだ。」

 

その言葉を聞いたマリバロンは静かに二人を見つめる。

 

(仮面ライダー……。)

 

(南光太郎以外にも、ライダーは存在するのか。)

 

(しかも、二人で一人の仮面ライダー……。)

 

(この世界、想像以上に面白い。)

 

警戒心は消えない。

 

それでも、マリバロンの胸にはわずかな高揚感が芽生え始めていた。

 

事務所に穏やかな空気が戻り始めた、その時だった。

 

**カラン、カラン――。**

 

ドアベルが軽やかに鳴る。

 

「こんにちは。」

 

明るい女性の声。

 

「あ、翔ちゃん。」

 

翔太郎は振り返り、目を丸くした。

 

「真里奈!」

 

そこに立っていたのは、落ち着いたOL風の女性だった。

 

**津村真里奈。**

 

翔太郎の幼なじみである。

 

「どうしたんだ?」

 

真里奈は不安そうにバッグを抱きしめる。

 

「お願いがあるの……。」

 

バッグから一枚の写真を取り出し、翔太郎へ差し出した。

 

「外川陽介を探してほしいの。」

 

「急に連絡が取れなくなっちゃって……。」

 

翔太郎は写真を見る。

 

隣から覗き込んだ亜樹子が、小さく息を呑んだ。

 

「あっ……。」

 

「この人って……。」

 

フィリップが視線を向ける。

 

「亜樹ちゃん。」

 

「心当たりがあるの?」

 

「いや……その……。」

 

亜樹子は翔太郎の袖を掴む。

 

「翔太郎君、ちょっと。」

 

そのまま事務所の奥へ引っ張っていく。

 

小声で話し始めた。

 

「ほら……あの人って。」

 

「さっき暴れてたドーパントだった人なの?」

 

「マリバロンさんが、人を守るために倒した……。」

 

翔太郎の表情が曇る。

 

「……なんだって!?」

 

帽子を深く被り直す。

 

(恋人に真実を伝えるべきか。)

 

(いや……。)

 

(今は言えねぇ。)

 

翔太郎は何事もなかったように戻る。

 

「真里奈。」

 

ぎこちなく笑う。

 

「悪ぃ。」

 

「今ちょっと……猫探しの依頼が立て込んでてさ。」

 

「本当に心配なら、風都警察を頼ってくれ。」

 

「腕利きの刑事もいる。」

 

真里奈は一瞬だけ俯いた。

 

そして、寂しそうに微笑む。

 

「……そっか。」

 

「翔ちゃんの力じゃ無理よね。」

 

「ごめんね。」

 

「わかった。」

 

深々と頭を下げる。

 

「ありがとう。」

 

そう言って静かに事務所を後にした。

 

**カラン……。**

 

ドアが閉まる。

 

その瞬間だった。

 

マリバロンが窓の外をじっと見つめる。

 

真里奈は歩きながら、ふっと笑みを浮かべた。

 

その笑顔は恋人を失った者のものとは思えないほど、不自然だった。

 

さらに――。

 

(……何だ。)

 

(あの鞄。)

 

マリバロンの瞳が細くなる。

 

黒く淀んだ気配。

 

禍々しい妖気にも似た力が、鞄の中から漏れ出している。

 

真里奈の姿が見えなくなった頃。

 

マリバロンは静かに振り返った。

 

「いいか。」

 

「先ほどの女。」

 

「あれはドーパントというやつかもしれん。」

 

翔太郎は呆れたように笑う。

 

「おいおい、姉さん。」

 

「真里奈がそんなわけあるか。」

 

「恋人がいなくなって必死なんだぞ?」

 

「そんな状況で……。」

 

マリバロンは机を叩いた。

 

**バンッ!!**

 

「黙れ!」

 

事務所が一瞬静まり返る。

 

「黙らぬか!!」

 

その鋭い声に、翔太郎も思わず言葉を飲む。

 

マリバロンは翔太郎を睨みつける。

 

「ならば、あの女の側にいてやれ。」

 

「そして、その未熟な中身を受け入れてみせよ。」

 

「人の心とは、悲しみだけでは測れぬ。」

 

「私はあの女から、邪悪な力を感じ取った。」

 

「それだけは断言できる。」

 

事務所に重い沈黙が流れる。

 

翔太郎は腕を組み、難しい顔をした。

 

感情では信じたくない。

 

しかし、マリバロンは先ほどマグマ・ドーパントの出現を誰よりも早く察知していた。

 

その事実もまた、無視できなかった。

 

ソファの後ろでは、フィリップと亜樹子が小声で話している。

 

「ねぇ。」

 

「うん?」

 

「マリバロンさん……。」

 

「なんか、うちに馴染んできたよね。」

 

「うん。」

 

フィリップは苦笑する。

 

「最初は世界征服でも始めそうな雰囲気だったのに。」

 

「今では依頼人の観察をして、翔太郎に説教している。」

 

亜樹子も思わず吹き出す。

 

「意外と探偵向きなのかも。」

 

その会話は、マリバロンの耳にも届いていた。

 

「聞こえているぞ。」

 

二人は肩をびくりと震わせる。

 

「ひっ!」

 

マリバロンはため息をつく。

 

「……まったく。」

 

「緊張感というものが、この事務所には欠けておる。」

 

その言葉とは裏腹に、事務所にはどこか和やかな空気が流れ始めていた。

 

だがその頃――。

 

事務所を離れた真里奈は、人目のない路地で歩みを止める。

 

ゆっくりと鞄に手を入れる。

 

その奥で、禍々しい一本のガイアメモリが、脈打つように赤黒い光を放っていた。

 

 

 

##人気のない路地裏。

 

津村真里奈は足早に歩いていた。

 

バッグの中にある一本のガイアメモリを強く握りしめる。

 

(外川……。)

 

(あなたが連絡を絶つなんてありえない。)

 

(誰かに倒された……?)

 

(それとも風都警察に捕まった?)

 

胸の鼓動が速くなる。

 

(どちらにせよ、このままじゃ終われない。)

 

(ウィンドスケールだけは……絶対に許さない。)

 

その時だった。

 

「真里奈。」

 

聞き慣れた声。

 

真里奈が振り向く。

 

「……翔ちゃん。」

 

帽子を軽く押さえた翔太郎が立っていた。

 

「さっきは悪かった。」

 

「依頼を断るような形になっちまって。」

 

「でもよ。」

 

翔太郎は優しく笑う。

 

「俺はお前が困ってるなら放っておけねぇ。」

 

真里奈の目が揺れる。

 

「翔ちゃん……。」

 

「話を聞かせてくれ。」

 

「外川に何があった?」

 

真里奈は俯く。

 

「本当に……知らないの。」

 

「急にいなくなって……。」

 

「電話も繋がらなくて……。」

 

翔太郎は静かに頷いた。

 

「そうか。」

 

だがその瞳は、真里奈のわずかな仕草も見逃していなかった。

 

バッグを抱く手。

 

額に浮かぶ汗。

 

そして何より──

 

何かを隠している目。

 

「真里奈。」

 

「一つだけ聞く。」

 

「お前……何か隠してねぇか?」

 

その一言で、真里奈の身体が硬直する。

 

「……え?」

 

「俺にはそう見える。」

 

沈黙。

 

数秒後。

 

真里奈は無理に笑顔を作った。

 

「やだなぁ。」

 

「翔ちゃん、探偵になって疑り深くなっちゃった?」

 

「そんなわけないじゃない。」

 

翔太郎は帽子のつばを下げる。

 

「……ならいい。」

 

「でも困ったら一人で抱え込むな。」

 

「俺を頼れ。」

 

そう言って背を向ける。

 

「じゃあな。」

 

翔太郎が角を曲がり、その姿が見えなくなった瞬間。

 

真里奈の笑顔が消えた。

 

「……ごめんね、翔ちゃん。」

 

バッグを開く。

 

中には、禍々しい紫色のガイアメモリ。

 

真里奈はそれを静かに見つめる。

 

「もう……後戻りはできないの。」

 

一方その頃。

 

少し離れたビルの屋上。

 

「やはりな。」

 

マリバロンが街を見下ろえていた。

 

「私の勘は外れておらぬ。」

 

その隣にはフィリップ。

 

そして少し後ろで双眼鏡を構える亜樹子。

 

翔太郎だけが、真里奈と接触するため単独行動を取っていた。

 

フィリップが静かに尋ねる。

 

「どうして彼女だと分かったんだい?」

 

マリバロンは不敵に笑う。

 

「長年、怪魔妖族を率いてきた。」

 

「裏切り者。」

 

「間者。」

 

「謀反。」

 

「その手の人間は嫌というほど見てきた。」

 

「恐怖を抱く者と、秘密を抱く者では、目が違う。」

 

フィリップは感心したように頷く。

 

「経験則による人物観察か。」

 

「興味深い。」

 

マリバロンは遠くの真里奈を見据える。

 

「さて……。」

 

「化けの皮を剥がしてやろうではないか。」

 

 

##夜の風都。

 

ビルの屋上から、街の灯りを見つめる真里奈。

 

その手には、あのガイアメモリが握られていた。

 

「……外川。」

 

「あなたの代わりに、私がやる。」

 

風に髪を揺らしながら、真里奈は静かに呟く。

 

「ウィンドスケール……。」

 

「あなたたちは、何も知らない。」

 

「私たちがどれだけ苦しめられたか。」

 

数年前。

 

小さな工場を営んでいた真里奈の父。

 

彼はウィンドスケールの下請けとして、必死に働いていた。

 

しかし、大企業との契約を盾にした無理な要求。

 

コスト削減。

 

責任の押し付け。

 

そして、工場は倒産。

 

父はすべてを失った。

 

「……あの会社は、私たちの人生を奪った。」

 

その時だった。

 

「でもよ。」

 

背後から声が響く。

 

「復讐したって、失ったものは戻らねぇ。」

 

真里奈が振り返る。

 

そこには翔太郎が立っていた。

 

「翔ちゃん……。」

 

「聞いてたの?」

 

「少しだけな。」

 

翔太郎は帽子を深く被る。

 

「外川も同じことを考えていたんだろ。」

 

「だから、あのメモリを使った。」

 

真里奈の表情が変わる。

 

「……知ってたの?」

 

「フィリップが気付いた。」

 

「そして俺も、少し調べた。」

 

翔太郎は真っ直ぐ真里奈を見る。

 

「なぁ真里奈。」

 

「お前、本当に外川を助けたいのか?」

 

「それとも……。」

 

「自分の憎しみを晴らしたいだけなのか?」

 

その言葉に、真里奈の表情が歪む。

 

「……違う。」

 

「私は……。」

 

「私はただ、あの人が苦しんだ分だけ……。」

 

声が震える。

 

真里奈の手には、ガイアメモリ。

 

翔太郎が叫ぶ。

 

「真里奈!」

 

「やめろ!」

 

しかし――。

 

真里奈は涙を流しながら、メモリを見つめる。

 

「ごめんね……翔ちゃん。」

 

「もう、止まれない。」

 

カチッ。

 

スイッチが押される。

 

不気味な音声が響く。

 

**『T-REX!!』**

 

「変身!!!」

 

周囲の瓦礫がティーレックスに吸い寄せられるように集まり、黒い炎のようなエネルギーと共にその巨体へと取り込まれていく。骨格が軋み、肉体が膨張し、見る見るうちに異常なまでに巨大化していく。

 

「私は……。」

 

「私の奪われた人生を取り戻す。」

 

そしてその瞳には、ウィンドスケールだけではなく、この街そのものへの憎しみが宿っていた。

 

「全部……壊す。」

 

「何もかも……。」

 

翔太郎は静かに構える。

 

「真里奈……。」

 

「お前だけは、俺が止める。」

 

その時。

 

隣にフィリップが立つ。

 

「翔太郎。」

 

「ああ。」

 

二人は互いに頷く。

 

「行くよ翔太郎。」

 

「おう。」

 

二人はそれぞれのメモリを構える。

 

「サイクロン!」

 

「ジョーカー!」

 

「変身!!!」

 

2人が1人の仮面ライダーになる。

 

仮面ライダーダブルだ。

 

そして少し離れた場所。

 

マリバロンは腕を組みながら、その戦いを見つめていた。

 

「人間の怒りが、怪人を生む……か。」

 

「クライシスの怪魔とは違う。」

 

「だが……。」

 

彼女の目が鋭く光る。

 

「やはり、この世界の力は危険だ。」

 

「そして……面白い。」

 

風都の夜に、再び仮面ライダーの戦いが始まる。

 

 

 

##風都の夜空。

 

巨大な影が街を揺らしていた。

 

全身を黒い外殻で覆った巨大怪人――T-Rexドーパント。

 

その一歩で道路がひび割れ、建物の窓ガラスが次々と砕け散る。

 

「全部……壊す。」

 

「私から大切なものを奪ったこの街も……。」

 

「ウィンドスケールも……全部!!」

 

ティーレックスの咆哮が響く。

 

翔太郎とフィリップ――仮面ライダーWは、その姿を見上げていた。

 

「こいつ……。」

 

「ただ暴れてるだけじゃない。」

 

フィリップが冷静に分析する。

 

「ガイアメモリの毒素が、彼女の復讐心を増幅している。」

 

翔太郎は拳を握る。

 

「真里奈……。」

 

「お前、本当はこんなこと望んでねぇだろ。」

 

その時。

 

巨大な尻尾が振り下ろされる。

 

「危ない!」

 

Wが飛び退いた瞬間。

 

ドォォォン!!

 

突然、紫色の光の壁が展開された。

 

ティーレックスの攻撃を完全に防ぐ。

 

「なに!?」

 

翔太郎が振り返る。

 

そこには――。

 

マントを翻したマリバロンが立っていた。

 

「全く……。」

 

「目の前で街を壊されているというのに、呑気に語り合うとは。」

 

「仮面ライダーというものは随分と悠長だな。」

 

翔太郎が驚く。

 

「姉さん!?」

 

フィリップも目を細める。

 

「マリバロン。」

 

「君は彼女を敵だと思っていたはずじゃ?」

 

マリバロンは鼻で笑う。

 

「当然だ。」

 

「この世界の怪人。」

 

「ガイアメモリ。」

 

「すべて私にとっては研究対象だ。」

 

そう言いながら、ティーレックスを見る。

 

「しかし……。」

 

「力に飲まれた人間ほど、醜いものはない。」

 

「自らの意思で戦っているのではない。」

 

「ただ、憎しみに操られているだけだ。」

 

翔太郎は少し驚く。

 

「……姉さん。」

 

マリバロンは鋭く睨む。

 

「勘違いするな。」

 

「貴様らを助けているわけではない。」

 

「この街を破壊されれば、私が調査する対象も消える。」

 

「それだけだ。」

 

しかしフィリップは微笑む。

 

「なるほど。」

 

「君はそういう言い方しかできないんだね。」

 

「何だと?」

 

「本当は人を助けたいのに。」

 

マリバロンの表情が一瞬止まる。

 

「……くだらん。」

 

「私はクライシス帝国の諜報参謀だ。」

 

「人間を守る存在ではない。」

 

そう言いながらも、マリバロンは再び手を掲げる。

 

紫色の魔力が集まる。

 

「だが……。」

 

「目の前で無力な者が踏みにじられる光景は……。」

 

一瞬だけ、クライシス皇帝の最後の言葉が蘇る。

 

――夢は滅びぬ。

 

マリバロンは目を開く。

 

「気に入らぬ。」

 

「それだけだ。」

 

 

紫色の光の鞭が伸びる。

 

ティーレックスの巨大な腕へ巻き付き、動きを止める。

 

「今だ!」

 

翔太郎が叫ぶ。

 

「分かった!」

 

Wは走り出す。

 

しかし。

 

ティーレックスの力は強大だった。

 

「グォォォォ!!」

 

怪力で鞭を引きちぎろうとする。

 

マリバロンの腕に負荷がかかる。

 

「くっ……!」

 

「なんという力……!」

 

翔太郎が叫ぶ。

 

「姉さん、無理するな!」

 

「黙れ!」

 

マリバロンは歯を食いしばる。

 

「この程度で……怪魔妖族大隊長が退くと思うな!」

 

「私は……。」

 

「クライシス皇帝陛下より使命を託された存在だ!」

 

その言葉に、Wは一瞬動きを止める。

 

彼女はまだ悪の幹部。

 

しかし――。

 

今、誰よりも街を守るために戦っている。

 

フィリップが静かに言う。

 

「翔太郎。」

 

「ああ。」

 

「彼女は変わり始めている。」

 

Wは必殺技の態勢へ入る。

 

「真里奈。」

 

「これで終わりにする。」

 

「お前の復讐も……苦しみも。」

 

「俺たちが受け止める!」

 

その瞬間。

 

マリバロンが叫ぶ。

 

「今だ!!」

 

Wの一撃がティーレックスへ放たれる。

 

巨大な身体からメモリが排出される。

 

「ガイアメモリ……!」

 

マリバロンが手を伸ばす。

 

しかし――。

 

翔太郎が先にメモリを破壊する。

 

パキィン!!

 

消滅するメモリ。

 

マリバロンは目を見開いた。

 

「……なぜ壊した。」

 

翔太郎は答える。

 

「こんな力に頼らなくても、やり直せる奴はいる。」

 

「だからだ。」

 

マリバロンは黙って翔太郎を見る。

 

(……力を奪うのではなく。)

 

(人間そのものを見るのか。)

 

理解できない。

 

しかし、不思議と嫌悪感はなかった。

 

倒れた真里奈へ翔太郎が駆け寄る。

 

「真里奈。」

 

「……翔ちゃん。」

 

「ごめん。」

 

翔太郎は優しく笑う。

 

「謝る相手は俺じゃねぇ。」

 

「生きて、やり直せ。」

 

少し離れた場所で、マリバロンはその光景を見つめていた。

 

(仮面ライダー……。)

 

(南光太郎も、そうだった。)

 

(なぜ奴らは……。)

 

(敵だった者まで救おうとする?)

 

その答えは、まだ分からない。

 

だが――。

 

マリバロンは初めて、自分が守った街の風を感じていた。

 

「……風都。」

 

「悪くない場所かもしれんな。」

 

その呟きを聞いた亜樹子が笑う。

 

「今、ちょっとだけ素直になった?」

 

「なっておらぬ!!」

 

「私はただ分析を――!」

 

フィリップと翔太郎は顔を見合わせる。

 

「やっぱり。」

 

「ああ。」

 

「もうすっかり事務所の一員だね。」

 

「誰がだ!!」

 

風車の街に、魔女将軍の新しい日々が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。