マリバロン異世界転生   作:himuro0917

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マリバロンの妖術①

鳴海探偵事務所。

 

静かな午後。

 

事務所に響いているのは、タイプライターの乾いた音だけだった。

 

カチ、カチカチ……。

 

翔太郎は帽子を被り、いつものように原稿を書いている。

 

「……。」

 

その背後から――。

 

ドサッ!!

 

大量の紙束が机の上に叩きつけられた。

 

「ちょっと翔太郎くん!!」

 

「これ!!」

 

「なに!?」

 

翔太郎が振り返る。

 

そこには――。

 

怒りの形相を浮かべた亜樹子。

 

「……領収書?」

 

翔太郎は何事もなかったかのように鼻で笑う。

 

「ん?」

 

「あぁ。」

 

「これはハードボイルドに欠かせない、ハードボイルド小説だ。」

 

「これがどうした?」

 

亜樹子のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

そして翔太郎の耳元へ顔を近づける。

 

「どうしたじゃなーい!!」

 

「こんなの経費で落ちるわけないでしょーが!!」

 

「な、なにー!?」

 

翔太郎が立ち上がる。

 

「必要に決まってるだろ!」

 

「ハードボイルドを学ぶために必要なんだよ!」

 

「どこが経費なのよ!!」

 

亜樹子が翔太郎の頭をガシッと掴む。

 

「なーに馬鹿なこと言ってんのよ!」

 

「まったく!」

 

「お父さんもちゃんと教育して欲しいよ!」

 

「ねぇ!」

 

「翔太郎くん、お父さん、どこにいるの?」

 

「……。」

 

翔太郎の動きが止まった。

 

「親父さんは……。」

 

「その……。」

 

言葉が続かない。

 

フィリップの表情が変わる。

 

さっきまでの笑顔が消え、翔太郎を冷たく見つめる。

 

マリバロンも、空気の変化を感じ取った。

 

(……?)

 

翔太郎は視線を落とす。

 

「親父さんは……。」

 

「……。」

 

その時――。

 

カラン、カラン、カラン。

 

事務所のドアベルが鳴った。

 

全員が入口を見る。

 

「すみませーん。」

 

「お願いがあるんです。」

 

入ってきたのは――。

 

五人の男女。

 

年齢も服装もバラバラ。

 

しかし全員、どこか不安そうな顔をしている。

 

亜樹子の表情が一気に明るくなる。

 

「はい!」

 

「どうかしました?」

 

「お客様たくさん!」

 

翔太郎もすぐに探偵の顔へ戻る。

 

「どうぞ、座ってください。」

 

五人が並んで座る。

 

亜樹子がメモ帳を取り出す。

 

「それで、ご依頼は?」

 

五人は顔を見合わせる。

 

そして――。

 

声を揃えた。

 

「「「「「人探しをお願いします!」」」」」

 

「ええ!?」

 

亜樹子が目を丸くする。

 

「えーっと……。」

 

「皆さん、ご家族ですか?」

 

五人は一斉に首を横に振った。

 

「違いまーす!」

 

「私たち、身内が行方不明なんです!」

 

「ええ!?」

 

亜樹子がさらに驚く。

 

翔太郎は五人をじっと観察する。

 

「……。」

 

フィリップが本棚の前から振り返る。

 

『翔太郎。』

 

「ああ。」

 

『少し妙だね。』

 

「何が?」

 

『五人とも、別々の人間を探している。』

 

『なのに、同じ日にこの事務所へ来ている。』

 

翔太郎の目が鋭くなる。

 

「……確かに妙だ。」

 

マリバロンは腕を組み、五人を観察する。

 

「ふむ。」

 

「偶然とは思えんな。」

 

依頼人の一人が震える声で話し始める。

 

「実は……。」

 

「私の兄が、一週間前に突然いなくなったんです。」

 

別の女性が続く。

 

「私の夫も……。」

 

「三日前から連絡が取れません。」

 

「私の弟もです。」

 

「娘が帰ってこないんです。」

 

「そして――。」

 

最後の男が口を開く。

 

「私の親友も……。」

 

翔太郎が眉をひそめる。

 

「……みんな、いつからいなくなった?」

 

五人がそれぞれ答える。

 

翔太郎はメモを取る。

 

フィリップが静かに言う。

 

『翔太郎。』

 

『失踪した人たちには、共通点があるかもしれない。』

 

「……。」

 

マリバロンが突然立ち上がる。

 

「待て。」

 

五人を見る。

 

「貴様ら。」

 

「行方不明になった者たちは――。」

 

「最後にどこへ行った?」

 

五人は顔を見合わせる。

 

そして、一人が答えた。

 

「……風都の、とある場所です。」

 

「全員?」

 

「はい。」

 

翔太郎の手が止まった。

 

「……どこだ?」

 

依頼人が、ゆっくりと場所を告げる。

 

その瞬間――。

 

マリバロンの顔から笑みが消えた。

 

「……そこか。」

 

「どうしたんだ、姉さん?」

 

マリバロンは答えない。

 

ただ、遠くを見るような目をしていた。

 

(妙な気配だ。)

 

(人間のものではない。)

 

(この世界に来てから感じたことのない……妖気。)

 

フィリップも検索を始める。

 

『その場所について調べてみよう。』

 

翔太郎は帽子を被る。

 

「よし。」

 

「決まりだ。」

 

「五人の依頼人。」

 

「五人の失踪者。」

 

そして――。

 

「共通する謎の場所。」

 

翔太郎がニヤリと笑う。

 

「どうやら今回の依頼――。」

 

「ただの人探しじゃなさそうだな。」

 

マリバロンも不敵に笑う。

 

「当然だ。」

 

「この世界に、何かが蠢いている。」

 

 

 

五人の依頼人を前に、翔太郎と亜樹子は首を傾げていた。

 

「えっと……皆さん、どういう関係なんですか?」

 

亜樹子も尋ねる。

 

「親戚とか?」

 

五人は顔を見合わせる。

 

そして、声を揃えた。

 

「消えたのは、全員同じ職種だからなんです!」

 

「同じ職種?」

 

翔太郎が身を乗り出す。

 

「えっと、その仕事って?」

 

五人は再び声を揃えた。

 

「パティシエなんです!」

 

「……パティシエ?」

 

翔太郎の顔が曇る。

 

「甘い菓子を作る、あの?」

 

「はい!」

 

「なるほど……。」

 

翔太郎は帽子をかぶり直す。

 

「街中のパティシエが次々と消えている……。」

 

「まったく。」

 

ニヤリと笑う。

 

「ダンディな俺には、うってつけの事件ってわけだ。」

 

 

 

風都・洋菓子店

 

翔太郎は店内を調べていた。

 

ショーケースには色とりどりのケーキ。

 

「……。」

 

翔太郎は一つのケーキをじっと見つめる。

 

「甘ったるいクリームの匂いは……。」

 

「ハードボイルドには似合わねーな。」

 

ペシッ!

 

「痛ぇ!」

 

亜樹子のスリッパが翔太郎の頭に直撃した。

 

「なに贅沢言ってんの!」

 

「久々の依頼なんだから、真剣にやりなさい!」

 

「わーったよ……。」

 

翔太郎は頭をさすりながら店内を見回す。

 

「ったく……。」

 

その一方。

 

マリバロンはガラスケースの前に立っていた。

 

ケーキをじっと見つめている。

 

「……。」

 

「ふんっ。」

 

「ただ空腹を満たすためだけに、こんな小細工まで……。」

 

「怪魔妖族は丸薬だけで十分だというのに。」

 

「人間とは不思議な生き物よな……。」

 

そして――。

 

ショーケースの中にあるミルフィーユに目を留める。

 

「……ん?」

 

マリバロンの目が止まる。

 

 

「亜樹子!」

 

「なによ!」

 

「依頼は俺が調べるから、お前は事務所に帰ってろ。」

 

「なんで君はいつも私を追っ払おうとするのよ!!」

 

「所長の仕事があるだろ!」

 

「はぁ?なによ!!」

 

「半熟なくせに!」

 

「なにを!?」

 

二人が睨み合う。

 

「はー……。」

 

亜樹子が呆れる。

 

「お父さん、なんでちゃんと教育しなかったのかなー。」

 

「……。」

 

その瞬間。

 

マリバロンが、突然狼狽える――。

 

「なっ……!」

 

突然のマリバロンの行動に二人が振り返る。

 

「は……。」

 

「はあああああ!?」

 

マリバロンがよろめく。

 

「姉さん!?」

 

「マリバロンさん!?」

 

翔太郎と亜樹子が駆け寄る。

 

「どうしたんだ!?」

 

「どこか痛いの!?」

 

マリバロンはミルフィーユを一口食べていた。

 

そして――。

 

恍惚の表情。

 

「……。」

 

「この……ミルフィーユとやら。」

 

「こんな幸せな気持ちになるとは……。」

 

二人が固まる。

 

「……。」

 

「これは……。」

 

マリバロンの目が輝く。

 

「怪魔妖族が平伏す美味さよ……!」

 

「いや、何言ってんだよ……。」

 

翔太郎が呆れる。

 

しかし次の瞬間。

 

マリバロンの表情が一変する。

 

「ええい!!」

 

「なんとしても依頼者の――。」

 

「ぱ……!」

 

「ぱ……?」

 

「パ、パ、パティシエとやらを救出するのだ!!」

 

「いいな、翔太郎!!」

 

「お、おう……。」

 

翔太郎は苦笑する。

 

「姉さん、熱いな……。」

 

マリバロンは真剣そのもの。

 

「当然だ!」

 

「これほどの美味を生み出す者たちを、何者かが拉致しているのだぞ!」

 

「断じて許せん!」

 

亜樹子が小声で翔太郎に言う。

 

「……なんか目的変わってない?」

 

「俺もそう思う。」

 

すると、依頼人の女性が資料を取り出した。

 

「これが……父の資料です。」

 

彼女の名前は――浅川麻衣。

 

今回の依頼人の一人だった。

 

翔太郎が手を伸ばす。

 

だが――。

 

その前にマリバロンが資料を奪い取った。

 

「ふむ。」

 

口の周りには、さっきのクリームがまだ付いている。

 

「貴様の父親は――。」

 

「風都のパティシエ界の頂点に君臨していたわけか。」

 

資料を読み進める。

 

「なるほど……。」

 

「面白い。」

 

そして、ニヤリ。

 

「さらに美味いスイーツとやらを試すことができるなら……。」

 

マリバロンが翔太郎を見る。

 

「翔太郎!!」

 

「わかってる!」

 

「いちいち怒鳴るなって!」

 

翔太郎は資料を受け取る。

 

「ったく……。」

 

「刃さんに、ちょっくら聞いてくる。」

 

「風都警察に行ってくるぜ。」

 

翔太郎が事務所を出ていく。

 

「じゃあ、俺は聞き込みだ。」

 

「待って翔太郎くん!」

 

亜樹子も追いかけようとする。

 

「私は――。」

 

「所長は留守番!」

 

「なんでよー!」

 

二人の声が遠ざかっていく。

 

残された麻衣とマリバロン。

 

亜樹子が戻ってくる。

 

「……で、麻衣さん。」

 

「何か心当たりがあるんですか?」

 

麻衣はしばらく黙っていた。

 

そして、小さな声で答える。

 

「……多分。」

 

「原因は……あのお屋敷だわ。」

 

マリバロンの眉が動く。

 

「屋敷?」

 

麻衣は頷く。

 

「風都で一番有名な一族。」

 

「園崎家の……。」

 

その名を聞いた瞬間。

 

マリバロンの表情が変わった。

 

「……園崎か。」

 

「………。」

 

亜樹子が不安そうに尋ねる。

 

「マリバロンさん?」

 

マリバロンは資料を閉じる。

 

そして――。

 

「翔太郎が戻るまで待つ必要はない。」

 

「行くぞ。」

 

「え?」

 

「その屋敷へ。」

 

マリバロンの目が鋭く光る。

 

「パティシエたちをさらった者がいるなら――。」

 

「この私が直接問いただしてやる。」

 

そして彼女は、口元に残ったクリームを拭う。

 

「……それに。」

 

「園崎という一族。」

 

「その正体を知る必要がありそうだ。」

 

風都に再び、不穏な影が差し始めていた。

 

 

 

風都名物・風麺

 

 

屋台の暖簾が風に揺れている。

 

そのカウンターに座ってラーメンを啜っているのは、風都警察・超常犯罪捜査課の刑事、刃野。

 

そして、その隣には――以前アノマロカリス・ドーパントの銃撃を受けながらも無事に退院し、現場復帰した間倉警部。

 

「ズズズ……。」

 

翔太郎は刃野の隣に座る。

 

「刃さん、どうだ?」

 

間倉が即座に睨みつける。

 

「探偵!」

 

「警察をなめんなよ!」

 

「お前に話すことはない!」

 

翔太郎は呆れ顔。

 

「それは行方不明者が見つかってからの話だろ。」

 

「なぁ、マッキー。」

 

「誰がマッキーだ!」

 

刃野がラーメンを啜りながら二人を制する。

 

「まぁ待てって。」

 

「落ち着け、間倉。」

 

「そういやぁ……まだ調べてないところがあったな。」

 

翔太郎の表情が変わる。

 

「どこだ?」

 

刃野は箸を止める。

 

「浅川麻衣の父親――浅川雄三が消えた現場。」

 

「そこが……。」

 

「園崎家だ。」

 

「……園崎。」

 

翔太郎の顔が険しくなる。

 

刃野は続ける。

 

「調べさせてもらおうとしたんだがな。」

 

「門前払いされちまった。」

 

翔太郎が呆れる。

 

「いやいや!」

 

「なんでそこで引くんだよ!」

 

刃野は困ったように笑う。

 

「いやな……。」

 

「あそこの旦那が怖いんだよ。」

 

間倉も深く頷く。

 

「ほんと、怖いんですよねー。」

 

「捜査はこっちでやるから、立ち入らないでもらいたい、なんて言われちまってな。」

 

翔太郎は腕を組む。

 

「……。」

 

「つまり警察でも中に入れない。」

 

「だったら――。」

 

翔太郎は立ち上がる。

 

「探偵の出番ってわけだ。」

 

鳴海探偵事務所

 

フィリップは巨大な本棚の前に立っていた。

 

「パティシエ……。」

 

検索を開始する。

 

「このパティシエたちが、園崎家で失踪しているんだね?」

 

翔太郎が資料を広げる。

 

「ああ。」

 

「その園崎家の当主――園崎琉兵衛。」

 

「週に一度、パティシエを呼んでスイーツタイムを楽しむのが習慣らしい。」

 

「どうやら、そこに何かありそうだな。」

 

フィリップが呟く。

 

「園崎……か。」

 

翔太郎はふと気づく。

 

「……そういや。」

 

「亜樹子と姉さんはどこに行ったんだ?」

 

「まだ帰ってねぇのかよ。」

 

フィリップは検索を続けながら淡々と言う。

 

「そんなに会いたいなら、会いに行けばいい。」

 

「……。」

 

翔太郎がキョトン。

 

「どこに?」

 

フィリップが振り返る。

 

「園崎家さ。」

 

園崎家

 

豪邸の庭。

 

「待て待て待てぇぇぇ!」

 

箒を持った亜樹子が走り回っている。

 

その前を――一匹の猫が全力疾走していた。

 

「ミックちゃーん!」

 

「待ってぇぇぇ!」

 

ミックは怯えながら逃げ続ける。

 

「ニャァァァ!」

 

「待て!」

 

そこへ――。

 

「待つのだぁぁぁ!!」

 

もう一人のメイドが走ってくる。

 

マリバロンだった。

 

メイド服姿。

 

しかし顔は完全に不機嫌。

 

「ええい!」

 

「待てと言っているだろうが!!」

 

「この猫め!」

 

「なぜ私がこんな使用人の格好をせねばならんのだ!」

 

「怪魔の名門である、このマリバロン様が!」

 

「よりによって猫の追跡など――!」

 

ミックはさらに逃げる。

 

「ニャァァァ!」

 

「待たぬかぁぁぁ!!」

 

二人の騒ぎを、屋敷の二階から見つめる女性がいた。

 

園崎家次女――園崎若菜。

 

「……。」

 

「ちょっと。」

 

二人が止まる。

 

「あなたたち。」

 

「誰?」

 

亜樹子の目が輝く。

 

「あっ!!」

 

「あなた……!」

 

「園崎若菜さん!?」

 

「私、あなたの大ファンなんです!!」

 

「こんなところで会えるなんて!」

 

若菜の眉間に皺が寄る。

 

「……。」

 

「チッ。」

 

「質問してるのは私よ。」

 

「あなたたちは誰って聞いてるでしょ!」

 

亜樹子が慌てて頭を下げる。

 

「も、申し訳ございません!」

 

「私はこちらで雇われた美少女メイドの――」

 

「鳴海亜樹子と申します!」

 

マリバロンも胸を張る。

 

「そして私は――。」

 

「怪魔妖族大隊の諜報参謀、マ――。」

 

「!!」

 

亜樹子が慌ててマリバロンの口を塞ぐ。

 

「んぐっ!?」

 

「マリさんです!」

 

「えへへ……。」

 

若菜は二人を怪訝そうに眺める。

 

「……変なメイド。」

 

マリバロンは若菜を見つめる。

 

その瞳が鋭くなる。

 

(……。)

 

(この女。)

 

(何か禍々しいものを感じる。)

 

(それだけではない。)

 

(神秘的な力……。)

 

 

若菜は二人に背を向ける。

 

「仕事に戻って。」

 

「ミックを追いかけるなら、屋敷を壊さないでよ。」

 

「……。」

 

マリバロンは無言で敬礼する。

 

「……承知した。」

 

亜樹子が小声で囁く。

 

「マリさん!」

 

「今のところは正体バレてないからね!」

 

「分かっている!」

 

「しかし――。」

 

マリバロンは若菜の背中を見る。

 

(あの女……。)

 

(何者だ?)

 

 

 

鳴海探偵事務所

 

翔太郎が大声で叫ぶ。

 

「亜樹子と姉さんが潜入捜査~~~~!!!?」

 

事務所中に声が響き渡る。

 

「しかも姉さん、メイドって……!」

 

フィリップは楽しそうに微笑む。

 

「興味深いね。」

 

翔太郎は頭を抱える。

 

「いや、興味深いじゃねぇよ!!」

 

「よりによって園崎家だぞ!?」

 

そして翔太郎は帽子を掴む。

 

「……こうなったら。」

 

「俺も行くしかねぇ!」

 

フィリップが微笑む。

 

「もちろん。」

 

「僕も行くよ、翔太郎。」

 

二人は園崎家へ向かう。

 

 

園崎家・メイド室

 

「馬鹿者!!」

 

メイド長の怒声が響き渡る。

 

「若菜様やミック様になんて無礼なことをしたのです!!」

 

亜樹子とマリバロンは並んで正座していた。

 

「す、すみません……。」

 

一方のマリバロンは腕を組んだまま、ふてぶてしい顔。

 

「……。」

 

そこへ、他のメイドたちが小声で囁く。

 

「あの二人が来てから、ミック様がすっかり萎縮して……。」

 

「ほら、あんなに小さく丸まってるわ。」

 

「ニャ……。」

 

ミックは部屋の隅で丸くなっている。

 

メイド長が指を突きつける。

 

「城塚さん! 佐々木さん!」

 

「はい!」

 

「この二人に教えてあげなさい!」

 

「メイドの基礎の基礎から!!」

 

「はいっ!」

 

城塚が亜樹子の隣に座る。

 

そして――。

 

「モグモグ……。」

 

お菓子を頬張りながら言う。

 

「あんた、やっちゃったねー。」

 

「メイド長、マジで厳しいから。」

 

「これから大変よー。」

 

「そ、そんなこと言われたって……。」

 

亜樹子は困惑する。

 

「私、メイドなんて右も左も分からないし!」

 

すると佐々木が優しく微笑む。

 

「大丈夫ですよ。」

 

「ただ、この園崎家には決まりがあります。」

 

「決まり?」

 

「ええ。」

 

佐々木は指を三本立てる。

 

「見ざる、聞かざる、言わざる。」

 

「これが鉄則です。」

 

亜樹子は目を丸くする。

 

「なにそれ?」

 

「日光の猿?」

 

「……。」

 

城塚と佐々木が微妙な顔をする。

 

その瞬間――。

 

「ええい!!」

 

マリバロンが立ち上がる。

 

「そんなことを言っている場合か!!」

 

「この屋敷では失踪事件が起きているというのに!!」

 

「ちょ、ちょっとちょっと!」

 

亜樹子が慌ててマリバロンの腕を掴む。

 

「マリさん!」

 

「それは言っちゃダメでしょ!」

 

城塚が呆れる。

 

「……なんなの、このおばさん。」

 

佐々木も苦笑する。

 

「まあ、この屋敷では不思議なことが起きるのは珍しくありません。」

 

「無理なら、辞めてもらって結構ですよ。」

 

二人はそう言うと――。

 

「では、仕事がありますので。」

 

部屋を出ていく。

 

「あれ?」

 

亜樹子が首を傾げる。

 

「……いなくなった。」

 

そして小声でマリバロンに話しかける。

 

「ダメよ!」

 

「潜入捜査なんだから、そんなに騒いじゃ!」

 

「あなたも元・諜報……なんだっけ?」

 

マリバロンは胸を張る。

 

「ふん。」

 

「諜報参謀だ。」

 

「潜入捜査、情報収集。」

 

「そういった類は得意中の得意よ。」

 

「ホホホホホ!」

 

亜樹子はジト目。

 

「……本当に大丈夫?」

 

「なんか、すぐボロ出しそうだけど。」

 

「まあいいわ!」

 

亜樹子が立ち上がる。

 

「さっそく屋敷内を調査よ!」

 

「見ざる聞かざる言わざるなんて、私には無理!」

 

マリバロンもニヤリと笑う。

 

「ふん。」

 

(ここは敵のアジトかもしれぬ。)

 

(ガイアメモリ、ドーパント……。)

 

(その技術を知る絶好の機会。)

 

「行くぞ。」

 

園崎家・厨房

 

厨房では、浅川麻衣が一心不乱にスイーツを作っていた。

 

隣には料理長の進藤。

 

「浅川。」

 

「親父さんほどとは言わんが……。」

 

進藤は完成したケーキを見る。

 

「悪くはないな。」

 

「まあ、頑張れや。」

 

「はい。」

 

麻衣は深々と頭を下げる。

 

そこへ――。

 

「こんにちはー!」

 

亜樹子とマリバロンが入ってくる。

 

亜樹子が小声で言う。

 

「あの料理長、感じ悪いわね。」

 

麻衣は慌てて首を振る。

 

「そんなこと言わないでください。」

 

「園崎家で働けるってことは、パティシエにとって名誉なことなんですから。」

 

「そうなんですね……。」

 

亜樹子は厨房を見回す。

 

「それにしても、この屋敷……。」

 

「怪しい人ばかり!」

 

「園崎の人たちも!」

 

「メイド長も!」

 

「噂好きのメイドも!」

 

「感じ悪い料理長も!」

 

「それに――。」

 

「って、マリさーん!!」

 

振り返る。

 

マリバロンが――。

 

厨房に置かれていたスイーツを、嬉しそうに食べていた。

 

「ホホホホ!」

 

「怪魔の名門たるこの私には、これらの美味をいただく権利がある!」

 

「これは素晴らしい……!」

 

「これさえあればクライシス帝国も、もっと険悪ではなく協力して――。」

 

亜樹子が耳元で囁く。

 

「流石にやりすぎよー!!」

 

「ダメよ、ダメダメ!」

 

マリバロンが振り返る。

 

「な、小娘!」

 

「私の至福の時間に文句があるのか!」

 

「あるに決まってるでしょーが!!」

 

「ケーキ食べに来たんじゃないんだから!」

 

亜樹子は腕を組む。

 

「この美少女メイド探偵が事件を解決しないと!」

 

「翔太郎くんに所長らしさをアピールできないんだから!」

 

そしてマリバロンにウインク。

 

「なんとかして解決したいの。」

 

「ね、マリさん。」

 

「協力シテ♡」

 

「……。」

 

マリバロンは顔を引きつらせる。

 

「ええい!」

 

「そんな目で見るでない!」

 

「……分かった。」

 

「その代わり――。」

 

「事件が解決したら、この甘味を――。」

 

亜樹子は満面の笑顔。

 

「もちろん、もちろん!」

 

「さ、捜査再開よ!」

 

麻衣が二人を見る。

 

「……で。」

 

「何か手掛かりはありましたか?」

 

「私……父がいないと……。」

 

亜樹子が胸を張る。

 

「大丈夫!」

 

「私は父親譲りの名探偵――。」

 

「……ん?」

 

その時。

 

窓ガラスの向こうで何かが光った。

 

ピピッ。

 

亜樹子が目を凝らす。

 

そこには翔太郎のガジェット。

 

亜樹子への合図だった。

 

「……。」

 

「来た。」

 

園崎家・門前

 

亜樹子とマリバロンが門までやってくる。

 

「やっほー!」

 

「来たかい? 翔太郎くん!」

 

翔太郎は呆れ顔。

 

「おいコラ。」

 

「スタンドプレイもいい加減にしろ。」

 

「この屋敷がヤバいの分かってるのか?」

 

「分かってるわよ!」

 

「ちゃんと潜入捜査してるんだから!」

 

「……本当にか?」

 

その背後からフィリップが現れる。

 

「亜樹ちゃん。」

 

「無事で何よりだ。」

 

「君は本当にすごいよ。」

 

「くれぐれも無茶をしないでくれ。」

 

亜樹子が嬉しそうに笑う。

 

「フィリップくん!」

 

翔太郎はフィリップを見る。

 

「おい。」

 

「亜樹子が調子に乗るから、あんまり褒めるな。」

 

フィリップは笑う。

 

「でも亜樹ちゃんは、君よりハードボイルドだよ。」

 

「果敢に潜入捜査なんて――。」

 

「ハーフボイルドの君には無理だよ。」

 

「なにをーー!!」

 

翔太郎がフィリップに詰め寄る。

 

「フィリップ!!」

 

「ええい!!」

 

マリバロンが怒鳴る。

 

「やめんか!!」

 

「クライシスの隊長じゃあるまいし!」

 

「くだらんことで揉めるでない!」

 

全員が静かになる。

 

マリバロンは真剣な顔で続ける。

 

「手柄などどうでもいい!」

 

「まずは依頼人のために手を打つのが先決だ!」

 

翔太郎は少し驚いた顔をした後――。

 

「……姉さん。」

 

「すまん。」

 

「亜樹子を守ってやってくれ。」

 

マリバロンは傲慢に鼻を鳴らす。

 

「言われるまでもない。」

 

「私の寝床のために、全力で守ろう。」

 

「……。」

 

亜樹子が苦笑する。

 

「そこなのね……。」

 

フィリップも微笑む。

 

「マリバロンがいれば大丈夫さ。」

 

「僕は屋敷の反対側を見てくる。」

 

「何かあったらすぐに連絡するんだ。」

 

「分かった!」

 

翔太郎は頷く。

 

そして四人は、それぞれ別の方向へ散っていく。

 

誰も気づいていない。

 

マリバロンの一喝が――。

 

これまで何度も衝突してきた鳴海探偵事務所の面々を、初めて一つにまとめていたことに。

 

マリバロン自身も、それを意識してはいなかった。

 

ただ彼女は、屋敷の奥を見つめていた。

 

(この屋敷……。)

 

(やはり何かいる。)

 

 

 

園崎家・デザートタイム

 

園崎家の広い食堂。

 

長いテーブルの中央には、いくつもの高級なケーキが並べられていた。

 

その中央に堂々と座っているのは、風都の名士にして園崎家当主――園崎琉兵衛。

 

琉兵衛はフォークでケーキを一口食べると、しばし目を閉じる。

 

「……。」

 

そして、ゆっくりと頷いた。

 

「これは中々だな。」

 

「最近の中ではアタリの方だ。」

 

「はっはっはっ!」

 

その隣では、長女の園崎冴子が静かにケーキを口に運んでいる。

 

さらにその隣には次女の園崎若菜。

 

二人とも父親のように感想を口にすることもなく、優雅にデザートを楽しんでいた。

 

その様子を、少し離れたカーテンの陰から覗いている人物がいる。

 

鳴海亜樹子だった。

 

(この人が園崎の当主……。)

 

(す、すごい存在感……。)

 

亜樹子はゴクリと唾を飲み込む。

 

(そして、あそこにいるのが若菜姫。)

 

(その隣がお姉さん……。)

 

普段テレビで見ている人物を目の前にして、亜樹子は妙に緊張していた。

 

一方、その隣には――。

 

園崎家のメイド服を着たマリバロン。

 

しかし本人は、メイドとして振る舞う気など微塵もない。

 

腕を組み、鋭い目で園崎家の人間を観察している。

 

(なるほど……。)

 

(きゃつがこの家の親玉か。)

 

マリバロンの視線が琉兵衛へ向く。

 

(確かに……ただの人間とは思えぬ。)

 

(この男から感じる力……。)

 

(クライシス皇帝と匹敵するやもしれぬ。)

 

次に視線を冴子へ。

 

(そして、あの冷たい女。)

 

(こやつも相当なものだ。)

 

さらに若菜へ。

 

マリバロンの眉が僅かに動く。

 

(あの娘は……。)

 

(邪悪さだけではない。)

 

(何か神秘的な力を感じる……。)

 

その時だった。

 

琉兵衛がケーキを眺めながら口を開く。

 

「これは見事だ。」

 

「誰だね、今回のパティシエは?」

 

亜樹子がハッとする。

 

(そうだ!)

 

(麻衣さんのことを紹介しなきゃ!)

 

カーテンから出ようとした、その瞬間――。

 

「ホホホホ。」

 

マリバロンが先に動いた。

 

「この見事なケーキを作り上げたのは――」

 

「この女でございます。」

 

マリバロンは、隣にいた浅川麻衣を指し示す。

 

「えっ!?」

 

突然指名された麻衣は目を丸くする。

 

「わ、私ですか!?」

 

「ほら。」

 

マリバロンが促す。

 

「名乗れ。」

 

「は、はい!」

 

麻衣は慌てて一礼した。

 

「浅川麻衣です。」

 

琉兵衛は満足そうに笑う。

 

「ほう。」

 

「君が今回のパティシエか。」

 

「はい……。」

 

麻衣は緊張しながら頭を下げる。

 

しかしマリバロンはそんなことには構わず、園崎家の三人を睨みつけている。

 

「……。」

 

冴子がその視線に気づく。

 

「……何?」

 

マリバロンはニヤリと笑った。

 

「ホホホ。」

 

「随分と立派なお屋敷だが――」

 

「貴様達の仮面も、いずれ私が剥がしてやろう。」

 

「……!」

 

冴子の表情が険しくなる。

 

「不遜な態度ね。」

 

「園崎のメイドも落ちたものだわ。」

 

「は、は、マリさん!」

 

メイド長が青ざめる。

 

亜樹子も慌てて飛び出した。

 

「ちょっと! マリさん!」

 

「何を言ってるのよ!」

 

マリバロンは涼しい顔。

 

「何を慌てている。」

 

「私は事実を述べただけだ。」

 

「事実じゃないでしょ!」

 

「ホホホホ。」

 

そんな二人のやり取りを見ていた琉兵衛は、むしろ楽しそうだった。

 

「はっはっはっ!」

 

「面白いな、君たちは。」

 

「名はなんというのかね?」

 

亜樹子は慌てて姿勢を正す。

 

「えっと……鳴海亜樹子です!」

 

「美少女メイドの亜樹子です、エヘ!」

 

琉兵衛が笑う。

 

「美少女メイドか。」

 

「これは面白い。」

 

そして最後にマリバロン。

 

胸を張り、堂々と名乗る。

 

「ふむ。」

 

「私は――」

 

「バロン・マリだ。」

 

「覚えておくといい。」

 

「……。」

 

一瞬、食堂が静まり返る。

 

亜樹子は顔を引きつらせた。

 

(また言った……。)

 

「……。」

 

メイド長のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「二人とも。」

 

「こちらへ。」

 

「え?」

 

「ええっ?」

 

次の瞬間。

 

メイド長によって、亜樹子とマリバロンは食堂から引きずり出されていた。

 

園崎家・廊下

 

「なんという失礼な態度!!」

 

メイド長が怒鳴る。

 

「このタワケ者が!!」

 

亜樹子は深々と頭を下げる。

 

「す、すみません!」

 

「マリさんも謝って!」

 

「……。」

 

マリバロンは腕を組んだまま、鼻で笑う。

 

「フン。」

 

「何故私が謝らねばならぬ。」

 

「もう!」

 

亜樹子が頭を抱える。

 

「本当にもう……。」

 

二人がメイド長から解放される。

 

マリバロンは振り返り、園崎家の食堂を見つめた。

 

「……。」

 

「しかし。」

 

亜樹子が尋ねる。

 

「何?」

 

「妙だ。」

 

「何が?」

 

「先ほどの者たち。」

 

「この一連の事件の犯人という感じではない。」

 

「え?」

 

マリバロンは目を細める。

 

「だが――。」

 

「何かを隠している。」

 

「裏で何か糸を引いている可能性はある。」

 

亜樹子は困った顔をする。

 

「うーん……。」

 

「でも、証拠がないとね。」

 

「フン。」

 

マリバロンが鼻を鳴らす。

 

「ならば探せばよい。」

 

「それが諜報というものだ。」

 

「はいはい。」

 

亜樹子が歩き出す。

 

「それより、屋敷の中をもっと調べないと。」

 

その時だった。

 

「あれ?」

 

亜樹子が立ち止まる。

 

「ちょっと待って。」

 

マリバロンも振り返る。

 

「どうした?」

 

亜樹子が指を指す。

 

「あそこにいるの……。」

 

「料理長の進藤さんじゃない?」

 

屋敷の庭。

 

茂みの陰に、何者かが身を潜めている。

 

亜樹子が目を凝らす。

 

「やっぱり進藤さんだ。」

 

マリバロンの目が鋭くなる。

 

「……!」

 

「むむ。」

 

「怪魔の勘が冴えてきたぞ。」

 

「奴め……。」

 

「諸悪の根源かもしれぬ。」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

亜樹子が止める間もなく、マリバロンは進藤へ向かって歩き出す。

 

「待て!」

 

「貴様!」

 

進藤が振り返る。

 

「え?」

 

マリバロンが詰め寄る。

 

「そこで何をしている!」

 

進藤は驚きながら手に持った物を隠す。

 

「いや、これは……。」

 

「怪しい!」

 

「違う違う!」

 

進藤は慌てる。

 

亜樹子も追いつく。

 

「進藤さん、何してるんですか?」

 

「いやぁ……。」

 

進藤は苦笑いしながら、隠していた物を見せた。

 

それは――ゴルフクラブだった。

 

「ゴルフの練習。」

 

「……。」

 

「……。」

 

亜樹子とマリバロンが固まる。

 

進藤は照れ臭そうに笑った。

 

「はははは。」

 

「嬢ちゃん達、内緒にしといてくれな。」

 

「俺、下手くそだから練習したいんだよ。」

 

亜樹子はしばらく進藤を見つめ――。

 

「……。」

 

そして吹き出した。

 

「ははは!」

 

「なんだ、めっちゃいい人じゃん!」

 

「もう、びっくりさせないでくださいよ!」

 

進藤は頭を掻く。

 

「いやぁ、悪かったな。」

 

その横で、マリバロンは無言。

 

「……。」

 

亜樹子が振り返る。

 

「マリさん?」

 

マリバロンは腕を組み、進藤を見つめる。

 

そして、静かに呟いた。

 

「……私の感も当てにならぬな。」

 

「精進が足りぬか。」

 

亜樹子は思わず笑ってしまう。

 

「怪魔妖族の大隊長なのに?」

 

「うるさい!」

 

「小娘!」

 

「私とて、この世界に来てまだ日が浅いのだ!」

 

「はいはい。」

 

「……。」

 

マリバロンは不満そうに顔を背けた。

 

しかしその直後――。

 

ほんの一瞬。

 

マリバロンの表情から笑みが消える。

 

「……。」

 

「どうしたの?」

 

亜樹子が聞く。

 

マリバロンは何も答えない。

 

ただ、園崎家の奥をじっと見つめていた。

 

「……いや。」

 

「何でもない。」

 

そう言いながらも、マリバロンの胸には一つの疑念が残っていた。

 

この屋敷には――

 

自分でもまだ感じ取れない何かがいる。

 

その正体を、マリバロンはまだ知らなかった。

 

 

園崎家・門外

 

園崎家の巨大な門の前。

 

左翔太郎は腕を組みながら、落ち着かない様子で屋敷を睨んでいた。

 

「……遅ぇな。」

 

「亜樹子のやつ、大丈夫かよ。」

 

「姉さんがいるから大丈夫だとは思うけど……。」

 

翔太郎は頭を掻く。

 

「姉さんは姉さんで、なんか危なっかしいんだよなぁ……。」

 

「……ああ、もう!」

 

その瞬間だった。

 

「おやおや。」

 

背後から声がする。

 

「これはこれは。」

 

「こんなところで何をしているのかな?」

 

「――!」

 

翔太郎が振り向くより早く、腕を取られる。

 

「ぐっ!」

 

そのまま身体を押さえ込まれた。

 

「な、なんだテメェ!」

 

翔太郎を押さえつけているのは、長身の男だった。

 

整った顔立ち。

 

高級なスーツ。

 

そして、その目にはどこか余裕がある。

 

園崎霧彦。

 

「おやおや、これはこれは。」

 

「若菜ちゃんのストーカー君かな?」

 

「ああ!?」

 

翔太郎が睨みつける。

 

「ストーカーじゃねぇ!」

 

「俺は若菜姫のファンだ!」

 

霧彦は笑う。

 

「ふむ。」

 

「ストーカーは皆、同じことを言う。」

 

「いいか、君。」

 

「私はね――」

 

霧彦は得意げに語り始める。

 

「園崎家というものがいかに――」

 

「……。」

 

翔太郎は聞いているふりをしながら、霧彦の声を注意深く聞いていた。

 

(……この声。)

 

(どっかで聞いたことがある。)

 

そして脳裏に浮かぶ。

 

青い騎士。

 

剣。

 

あの時、ダブルと戦ったドーパント。

 

(まさか……。)

 

(いや、根拠はねぇ。)

 

だが、探偵としての勘。

 

翔太郎の直感が告げていた。

 

(こいつ……あの時の野郎じゃねぇのか?)

 

その瞬間――。

 

「キャーーーーーッ!!」

 

屋敷の中から悲鳴が響き渡る。

 

「!」

 

翔太郎の表情が変わった。

 

「亜樹子!」

 

霧彦が驚く。

 

「なに!?」

 

翔太郎は力任せに霧彦の拘束を振りほどく。

 

「悪ぃな!」

 

「ちょっと待て!」

 

「屋敷に入るな!」

 

霧彦が叫ぶ。

 

だが翔太郎はすでに門を駆け抜けていた。

 

「こら!少年!」

 

霧彦は慌てて追おうとする。

 

「屋敷に入るな!」

 

しかし、その足が止まる。

 

(……まずい。)

 

(園崎家の内部に、あいつを入れるわけにはいかない。)

 

霧彦は険しい表情で屋敷を見上げる。

 

(身の危険を少しは考えろよ……。)

 

園崎家・厨房

 

「浅川麻衣。」

 

暗い厨房。

 

麻衣の前に、異形の怪人が立っていた。

 

その姿はケーキやクリームを思わせながらも、どこか生物的で不気味だった。

 

「お前は――。」

 

「私の舌先を満たす権利を得た。」

 

「さぁ……。」

 

「私とともに――」

 

「ぬぁっ!?」

 

突然、紫色の光弾が飛来する。

 

ドゴォン!!

 

スイーツドーパントの身体が吹き飛ぶ。

 

「ホホホホ。」

 

厨房の入口。

 

そこに立っていたのはマリバロンだった。

 

「この女を狙ってくることなど、最初から分かっていた。」

 

亜樹子が目を丸くする。

 

「え!?」

 

「マリバロンさん、気づいてたの!?」

 

マリバロンは鼻で笑う。

 

「たわけ!」

 

「当たり前だ!」

 

「既にパティシエばかり狙っているではないか。」

 

「ならば探し回るより、獲物を用意して待ち構えるのが定石よ。」

 

「まあ……。」

 

一瞬だけ視線を逸らす。

 

「依頼人を囮にするのが好ましくないことくらいは、私も理解しておる。」

 

亜樹子がジト目になる。

 

「いや、分かってるなら最初から言ってよ……。」

 

スイーツドーパントが立ち上がる。

 

「貴様……!」

 

「私を愚弄したな……!」

 

身体から甘ったるい匂いが漂う。

 

「ならば――。」

 

「このスイーツの力を味わえ!」

 

「食らえ!」

 

ブシュッ!!

 

大量の粘液がマリバロンへ向かって飛んでくる。

 

「フンッ!」

 

マリバロンはビームウィップを振る。

 

バシュン!

 

粘液を弾き飛ばす。

 

「そんな幼稚な攻撃が――。」

 

「この私に効くと思うか!」

 

「ふふふふ……。」

 

スイーツドーパントが笑う。

 

「どうかな?」

 

マリバロンが足元を見る。

 

「……?」

 

「なっ!?」

 

床に飛び散った粘液が、みるみる固まっている。

 

マリバロンのブーツを完全に包み込んだ。

 

「しまった!」

 

「ええい!」

 

マリバロンが力を込める。

 

しかし足が抜けない。

 

「くっ……!」

 

スイーツドーパントが迫る。

 

「さぁ。」

 

「私の舌先を満たしてもらおう。」

 

麻衣が怯える。

 

「ひっ……!」

 

亜樹子が叫ぶ。

 

「麻衣さん!」

 

「逃げて!」

 

「はい!」

 

麻衣は厨房から飛び出す。

 

「待てぇぇぇ!」

 

スイーツドーパントも追いかける。

 

その瞬間――。

 

「そこまでだ!」

 

廊下の奥から翔太郎が駆け込んできた。

 

「サイクロン!」

 

「ジョーカー!」

 

二本のメモリが同時に起動する。

 

「変身!」

 

緑と黒の風が巻き起こる。

 

仮面ライダーダブル。

 

「うぉらぁぁぁ!!」

 

ドゴォン!!

 

ダブルの拳がスイーツドーパントを吹き飛ばした。

 

「ぐはぁ!?」

 

スイーツドーパントが転がる。

 

「なんだ、貴様は!?」

 

ダブルがゆっくり立ち上がる。

 

「仮面ライダーダブル。」

 

そしてお決まりのポーズ。

 

「さぁ、お前の罪を――。」

 

その時。

 

ヒュンッ!!

 

ダブルの背後から斬撃が降り注ぐ。

 

「――!」

 

ダブルが飛び退く。

 

床が切り裂かれる。

 

「なっ!?」

 

煙の向こうから、青い騎士が姿を現した。

 

ナスカドーパント。

 

「ふふふ。」

 

「仮面ライダー君。」

 

「まさかこんなところで会えるとはね。」

 

翔太郎の目が鋭くなる。

 

「……やっぱりテメェか。」

 

「ん?」

 

「門のところにいた野郎……。」

 

ナスカは笑う。

 

「ほう。」

 

「気づいていたのか。」

 

その瞬間、スイーツドーパントがナスカへ飛び掛かる。

 

「こいつは私が倒す!」

 

「なに?」

 

ドゴォン!!

 

スイーツドーパントの一撃がナスカを吹き飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

翔太郎が驚く。

 

「おいおい……。」

 

「仲間割れか?」

 

スイーツドーパントはそのままダブルへ向き直る。

 

「邪魔をするなぁぁ!」

 

園崎家・庭園

 

戦いの音を聞きつけ、冴子が庭園へ現れる。

 

「何事……?」

 

そして目の前の光景を見て、目を見開く。

 

「……!」

 

「仮面ライダーダブル。」

 

「なぜここに……。」

 

冴子は冷静にメモリを取り出そうとする。

 

「ならば、ここで引導を――。」

 

その瞬間。

 

「……ん?」

 

空気が変わった。

 

ゴゴゴゴゴゴ……。

 

庭園全体が青黒い光に包まれていく。

 

冴子の表情が凍る。

 

「この力……。」

 

そして――。

 

「少々、屋敷が騒がしいようだね。」

 

低く響く声。

 

ゆっくりと現れたのは、園崎家当主――園崎琉兵衛。

 

「お父様……。」

 

琉兵衛は笑っていた。

 

しかし、その姿が徐々に変貌していく。

 

青黒いオーラ。

 

巨大な角。

 

異形の身体。

 

テラードーパント。

 

「ふははははは!」

 

「どうやら皆、少し遊びすぎたようだ。」

 

巨大な恐怖の波動が園崎家全体を覆う。

 

「さあ――。」

 

「恐怖に飲み込まれるがいい。」

 

ズズズズズ……。

 

空間そのものが歪む。

 

ダブルが後退する。

 

「なんだ……この圧力は……!」

 

フィリップの声が響く。

 

『翔太郎!』

 

『まずい!』

 

『この力は今までのドーパントとは桁が違う!』

 

マリバロンも、ようやく粘液から足を引き抜く。

 

そしてテラードーパントを見上げる。

 

「……。」

 

マリバロンの顔から余裕が消える。

 

(この力……。)

 

(やはり、この男……。)

 

(クライシス皇帝に匹敵する……!)

 

スイーツドーパントすら動きを止める。

 

ナスカも剣を構えたまま、琉兵衛を見つめる。

 

冴子は冷静に判断する。

 

「……撤退よ。」

 

「ここで戦うべきじゃない。」

 

翔太郎も歯を食いしばる。

 

「くそっ……!」

 

「フィリップ!」

 

『ああ!』

 

マリバロンも亜樹子の腕を掴む。

 

「行くぞ!」

 

「えっ!? ちょっと、マリさん!」

 

「今は退く!」

 

「この男と戦うには――」

 

マリバロンはテラードーパントを睨む。

 

「情報が足りぬ!」

 

それぞれが一斉に園崎家から離れていく。

 

その様子を、テラードーパントとなった琉兵衛は静かに見下ろしていた。

 

「ふははは……。」

 

「逃げるか。」

 

「それでいい。」

 

そして、その視線が一瞬だけ――

 

マリバロンへ向けられる。

 

「……異世界の客人よ。」

 

「君とは、いずれゆっくり話をするとしよう。」

 

マリバロンは振り返る。

 

「……!」

 

その言葉を聞いた瞬間、マリバロンの背筋に冷たいものが走った。

 

(この男……。)

 

(私が異世界から来たことを――)

 

「知っているのか……?」

 

だが、その答えを確かめる暇はない。

 

「マリさん! 早く!」

 

亜樹子の声。

 

マリバロンは踵を返す。

 

「……今は退く!」

 

こうして――

 

園崎家での戦いは、誰一人として勝者を得ぬまま終わった。

 

しかしこの日。

 

仮面ライダーとミュージアム。

 

そして異世界から来たマリバロン。

 

三者の間に、新たな緊張関係が生まれたのだった。

 

 

 

 

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