お姉ちゃんはクローザー   作:伊つき

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160km/hの女

 

大和(やまと) 飛鳥(あすか)

高校3年生18歳。

彼女は、絶望していた。

 

つい先月、両親が事故で他界。

頼れる親戚はおらず。

そして、今日唯一の肉親である弟の大病が発覚した。

 

彼を治すために必要な治療費は莫大で、手術代は保険と医療分割制度でなんとかなるが、その術後経過の投薬や入院費はとても18歳の少女が払える額ではない。

両親が遺した遺産も保険金も足りない。

故に、手術を受けるかどうかも悩む段階にある。

 

「……」

 

絶望し、病院のソファーで項垂れる飛鳥。

過ぎったのはこの体を売ることだが、売ったとて額が足りないのは目に見えていた。

 

飛鳥はトイレの鏡に映る自分を、下唇を噛んで睨みつける。

金のつては無い。

自分で稼げる能力もない。

勉強もできず、一流企業に就職するにも彼女は高卒。

しかも手術を受けなければ弟の余命は4年。

一般企業で稼ぐのでは間に合わない。

そして、両親が残してくれた多少は綺麗なこの顔も何の役にも立たない。

 

彼女に与えられた才能があるとすれば―――

 

「……」

 

飛鳥はスマホでどのアスリートになれば稼げるか調べる。

とはいえこれも自暴自棄だ。

いくら昔から運動神経が女子の中で頭ひとつ抜けてるとはいえ、今から目指してプロになれる甘い世界など存在しない。

あったとしてもそれは稼げるメジャースポーツじゃない。

 

というか、調べた限り、女子スポーツの年俸はまるで足りてなかった。

 

飛鳥はまた廊下のソファーに戻り、項垂れる。

 

「……はぁ」

 

彼女は決心して弟の病室に入った。

横になっている彼はこちらを見る。

 

「姉ちゃん。もういいよ。俺、死ぬよ」

「直樹……」

 

覚悟を決めていた弟に、飛鳥は否定し「諦めないでよ」と叫ぶことも泣くこともできなかった。

彼女はもう先月から疲れきってるのだ。

だから、椅子に座って下を向く。

 

「直樹。……思い残すこと、ないようにしよう」

「……!」

 

諦めないでよ、と言ってくれると思ってた。

けれど最初から弱気な姉に弟は絶望して、下を向く。

そして、暫く沈黙が流れる。

やがて口を開いたのは弟の方だ。

 

「死ぬ前に……プロ野球選手に会いたい」

「そっか。直樹、野球好きだもんね。わかった。問い合せてみる」

 

飛鳥は即行動した。

席を立ち、スマホで直樹が好きなチームに問い合わせる。

病弱な子供をプロ野球選手が励ますなんてよくある話だ。

問い合わせが多すぎて相手にしてもらえなかった。

飛鳥は諦めた。

これで残ったのは何も夢が叶わなかった病弱の男の子だけだ。

飛鳥は、項垂れる。

 

「……」

 

どうしたらいい?

どうしたら弟は悔いなく逝ける?

いや、逝けるってなんだよ。

死なせたくない。

死んで欲しくない。

 

―――1人に、なりたくない。

 

「……っ!」

 

飛鳥は、顔を上げる。

やっぱり何も諦めたくない。

弟を助けたい。

その為には手術代を稼ぐ。

弟の夢も叶えてあげたい。

プロ野球選手に会うこともそうだけど、彼自身もプロを目指して有名な強豪校から推薦があったところだ。

 

「……私に、できること」

 

飛鳥は病室の隅に置かれているグローブとボールを見た。

それを手に病室を飛び出す。

 

「……」

 

バッティングセンターに行った。

昔から、彼女には一つだけ凄まじい力があった。

それは……野球ボールを投げる時、その球が凄まじく速いことだ。

幼い頃、弟に「姉ちゃん、女なのに俺より速い球投げないで!」と喚かれて以降、封印してきた。

でも、今はその豪速球が必要だ。

曰く、女子のプロ野球の最速は135km/hくらいらしい。

多分……ある。

自信がある。

135km/hは無理でも他の部活動で鍛えた筋肉があれば125は超えるはず。

女子プロ野球で稼げる額では弟の医療費は賄えないが、弟の代わりにプロ野球選手になって活躍してる姿を見せれたら……そんな気持ちだ。

 

「よし」

 

飛鳥は覚悟を決める。

とにかくまずは自分がプロを目指すに値する女かを試す。

野球の経験は弟とキャッチボールしたくらいだ。

 

「おりゃ!」

 

飛鳥は右投で投げた。

まずは一投目。

球速の表示を見上げる。

すると、彼女は目を見開いた。

 

「えっ!?」

 

思わず彼女が2度見したその数字は。

 

 

 

―――150km/h

 

 

 

速い。

速すぎる……!

本人もさすがに間違いかと思って疑った。

 

「ま、まさかぁ……壊れたんじゃ」

 

それかマグレか。

そう思ってもう一度投げてみる。

すると。

 

 

 

―――151km/h

 

 

 

「……」

 

 

2投目を投げた彼女はその数字を見て新しい欲望が芽生える。

自身の驚異的な肉体に、その魔力に呑まれる。

 

 

彼女は、投げ続ける。

 

 

 

―――151km/h

 

 

 

―――155km/h

 

 

 

―――152km/h

 

 

 

―――157km/h

 

 

 

―――160km/h

 

 

 

「……!?」

 

 

160が出た!

さすがの飛鳥も自分でその数字が信じられなかった。

しかし。

投げても。

投げても。

豪速球が飛び出る。

飛鳥は自分の腕を見下ろす。

封印していたこの腕が、成長してこんなに化けているなんて思わなかった。

力強く、握り拳を作る。

この力があれば、もしかしたら。

そう思った。

 

 

 

 

これは、突然変異で誕生した豪速球女が、球界(パ・リーグ)最強のクローザーになる話。

 

 

 

 

 

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