9月27日。
2位とのゲーム差は4.5。
マジックは「1」。
高確率で優勝が決まる日。
福岡ファルコンズは本拠地福岡ドームで今シーズンの最高メンバーを揃えてその日を迎えた。
誰1人欠けていない。
間違いなく優勝を掴み取った最強の31人。
ベンチ入り26人。
このシーズンを象徴する打線と投手陣。
スタメン9人と、先発6人。
そして、勝ちパターン3人。
抑え投手も、その日、福岡の地に足を踏み入れる。
セーブ王確定にして、たった2年で球界最強クローザーの名を欲しいがままにする福岡が誇る抑え右腕。
最強の守護神、大和 飛鳥。
66試合 68回3/1 防御率0.13 自責点1 94奪三振
WHIP0.544 K/BB15.67 61セーブ
完全に怪物と化したその女が、この日も9回のマウンドに上がる。
スコアは1-0。
『福岡ファルコンズのピッチャー!石埼に代わりまして―――大和ォォォ飛鳥ぁぁぁーーーー!!』
その日、大和はいつも通りだった。
内野陣と軽くやり取りをして、最終調整の投球をする。
試合の裏では弟の手術が行われているというのに、彼女はまるで数ある1つの登板の如く、優勝の緊張感もなくルーティンを淡々とこなす。
ネモネロが先発転向し、セットアッパーとなった石埼も肩のケアをしながらベンチで彼女を見る。
ベンチではほかの仲間も優勝の瞬間を逃さまいと乗り出していた。
アナウンスが流れると、球場は歓声とざわめきが半分。
福岡のファンの中で彼女が登板することということは勝ちが見えてくるとう実感を既に覚えさせている。
故に、いよいよ優勝する日を迎えるんだとシーズンの終わりを予感する歓声。
もう半分は、事前情報では聞いてたが、まさか本当に大和が登板するとはという困惑だ。
そんなファンの反応を背に、飛鳥はプレートを踏む。
「……」
特にファンの反応を受けて、彼女は何も感じてなかった。
というより聞こえてなかった。
集中していたのだ。
それは、優勝がかかった大事なマウンドだから。
……それが、大部分を占める。
「……っ」
『プレイ!』
審判のコールで9回が始まる。
飛鳥は、胴上げ投手のマウンドのその緊張感に、息を呑む。
そして、キャリア初、手元が狂った。
「うわあああ!?」
『デッドボール!』
球場に響き渡るくらいの叫び。
先頭打者が背中に161km/hの直撃を浴びた。
これは飛鳥が人生で初めて与えた死球だった。
「……っぁ!」
「……っ!」
打者がトレーナー達に囲まれ、数分悶えたあと、なんとか立ち上がって一塁へ歩き出す。
その最中、あまりにも痛かったのか飛鳥は睨まれ、飛鳥は珍しく素直に帽子を脱いで頭を少し下げる。
それで許して貰えた。
「……」
血の気の多い飛鳥がここまで素直に謝るのは珍しい。
彼女は謝ったあと、また淡々とロジンを触り、汗を拭う。
まさかの先頭デッドボール。
初めての事件だった。
だが、すぐに切り替える。
「――――――」
いつにも増して、凄まじい殺気。
飛鳥はセットポジションで構えると、鋭い眼光でストライクゾーンを見つめる。
そして。
―――どけ。その先に用があんだよ。
珍しくスプリットも織り交ぜ、多少打たれながらもゲッツーなどもとり、最後は全球ストレートで最速166km/hを記録して抑えた。
『空振り三振ーーーーー!!福岡ファルコンズ、パ・リーグ制覇!!優勝!!』
最後の打者を空振りにとり、右足を暴れさせたあと……その足が着地すると同時にマウンドにキャッチャーを始めとしたナインが飛んでくる。
ベンチも飛び出した。
しかし、ここで歴史史上類を見ない出来事が起こる。
「……」
「えっ!?」
キャッチャーを迎えることすらなく、飛鳥はマウンドを降りた。
寄ってくるナインを全無視でスタスタとベンチへ向かっていく。
胴上げ投手である彼女は、胴上げどころかキャッチャーと抱き合うこともなく、飛び出したベンチメンバーの合間を塗って彼らすらガン無視してベンチ裏に下がっていく。
あまりに前例のない出来事に球場が騒然とした。
無視されたキャッチャーは彼女の背中を2度見し、優勝したというのに胴上げ投手が不在で歓喜よりも困惑が空間を支配していた。
キャッチャーも野手たちも行き場を失って呆然と立ち尽くし、周囲を確認する。
そんな大混乱を置いて、大和 飛鳥は投げ終えたその体のまま、球場を出てタクシーを拾った。
そして、運転手に行先だけポツリと伝えてあとは疲労で項垂れる。
眠りについた彼女は、気がついたら病室にいた。
医者は手術が成功したと言っていた。
しかし、ベッドで眠る弟は目を覚ましていない。
次期に起きるらしいが、飛鳥は待ちわびたこの日に、目を開けない彼を前にして呆然としていた。
「……勝ったよ」
飛鳥は呟く。
「優勝したよ。連覇だよ」
また、呟く。
「お姉ちゃん、直樹の夢を代わりに叶えるために……頑張ったよ……。だからさ。目……開けてよ」
飛鳥は膝をつきベッドに縋る。
布団に顔を埋めた。
すると。
「姉ちゃん……日本一、なれそ……?」
「……っ!!」
飛鳥が慌てて顔をあげる。
涙目だった。
弟は……そんな姉の顔を見て、血色の薄い顔で頑張って笑顔を作る。
飛鳥も……頑張って笑みをつくった。
「当たり前じゃん。姉ちゃん、最強のクローザーなんだよ?それに……ファルコンズは常勝軍団なんだから」
飛鳥が泣きながら微笑む。
直樹も……頬を緩める。
「じゃあ、姉ちゃんの胴上げ見れるよな。俺……見れるよな」
「あぁ。姉ちゃんが最高の景色見せてやる。ファルコンズを信じな」
「わかった。日本シリーズ……楽しみにしてる」
そう言って、直樹は天井を見上げ、飛鳥は涙を拭って立ち上がる。
先生呼んでくるね、と言って飛鳥は病室を出た。
数分後、回復した直樹と先生の話を聞いた。
そして、術後療養の契約書にサインをする。
飛鳥は支払い能力を有し、弟の保護者として申し分ないまでに富と名声を得ていた。
全ては、この日の為に。
あとは、彼に夢を見せる。
そのあと……富も名声も手放す。
少女の代理躍動は終わる。
最後に残すは、日本一を賭けた最後のマウンドだけだ。