飛鳥の1年目は奈落の底からのスタートだった。
「よ、4軍……??」
見間違えか?と思った。
しかし、何度確認しても通知書には4軍スタートと書いてある。
飛鳥はこのチームどんだけ選手いるんだ……と思いながらもとりあえずすぐに受け入れた。
まあ、這い上がればいいだろ、としか思わない性格なので。
「これだけ人いたら、試合に出して貰えるだけでも有難いか……」
なんせ育成契約で、女だ。
頭の硬い昭和実力主義の球団にしては柔軟な対応をしてくれた方だろう。
「ちゃっちゃと抑えて上がるか」
飛鳥はキャンプから参加した。
育成契約の4軍スタートとはいえ、そうは思えないほどサポートは手厚かった。
使える施設などに格差はあれども、最新の機器での分析や、一流のトレーナーの指導を仰げた。
さすがは金持ち球団。
裏を返せばここまでやってやっても上手くいかないやつは即お払い箱とも取れる。
とある日の夜。
女だから寮に入るのではなく、球団が用意してくれたアパートに暮らす飛鳥。
家賃は全額出してくれている。
前にいたアパートは売っぱらった。
親が死んで保険金が入ったから払えなくはなかったし、通おうと思えば通えたが、身体のことを考えて近くに引っ越した。
家族との思い出はあるが、きっと縋っていたら未来は掴めない。
そう思ったから。
あと弟も東京の病院から福岡の病院に移してもらった。
「ん。再来週試合出してくれるのか」
飛鳥は、ベッドの上でプリントを見上げる。
一軍と二軍はシーズンが始まり、順当に試合を消化していく中。
4月に入ってもスロースタートな4軍は練習試合の日程もスカスカだった。
そんな中、再来週の3試合のうち、1試合は飛鳥の登板予定を組まれていた。
あくまで予定だが、有難い。
「ま、4軍で160km/hが打たれることはないでしょ」
飛鳥はプリントを捨てる。
彼女の予測通り、4軍で彼女の球が打たれることはなかった。
あまりに速すぎる。
周りのレベルと違いすぎるからだ。
4軍で数試合消化し、ノーヒットノーランも達成すると、6月に入る頃には飛鳥は三軍に昇格していた。
その時も飛鳥は打たれるわけないとタカをくくっていた。
しかし。
「えっ」
飛鳥はマウンドで振り返る。
飛鳥の154km/hがスタンドにぶち込まれた。
愕然とする飛鳥。
試合後、捕手やコーチと反省会をする。
「うん。やっぱり変化球がないのがしんどいわ」
「へん…………か、きゅう……………………?」
「うん。初めて聞いた日本語か?」
捕手の言葉を聞いて、飛鳥が固まった。
彼女は残念なことに脳筋ストガイだった。
変化球を習得しようとする発想がないままここにきた。
天性の脳筋なのだ。
せっかくアドバイスを貰っても「ちょっと何言ってるかわからない」状態の彼女に捕手とコーチが「ダメだ、こりゃ」といった様子で顔を見合わせる。
その翌日のオフ、飛鳥はベッドの上でネットで買った電子書籍を読む。
【初めての変化球】というタイトルだ。
プロ入り後に読むな。
「へぇ。簡単なのはスライダーか。流行りはスプリット?ん?スプリットとフォークって何が違うの?えっ。スライダーって曲がるんじゃないの?落ちるの?どっち?」
進捗はダメそうだ。