大和の一軍昇格は彼女の2年目のキャリア、ペナントが始まってからだった。
「おっ。一軍だと初めまして」
「ほいほい。どーもー」
石埼と飛鳥がわざとらしく律儀に頭を下げて、笑い合う。
試合前のアップのときだ。
大体準備を終えると、ロッカーに戻り、スタメン発表を聞いてそのあとプルペンに直行する。
とにかく早い回で登板することはないと言われていたので、暫くはブルペンのベンチでメンバー表を眺めていた。
「おー」
「一軍だとメンバー凄いでしょ?」
石埼の言う通り、ファルコンズの売りはもはやオールスター級の打線だ。
しかし、飛鳥は違うところに目がいった。
「えっと……この人は5億でしょ。この人は4億5000万。もう1人4億がいてー、この人は3億7000万。あと2億が2人。1億2人。億超えだけで8人!豪華っすね!!」
「あんまその数え方してる人はいないけどね」
石埼はドン引きした。
しかし、飛鳥の背景も知ってる彼は飛鳥の興味が年棒だけなのも少し虚しくなって、額を数え続ける彼女を見つめる。
ファルコンズの売りといえばまるでオールスターのような打線の顔ぶれ。
スター選手も沢山いて、誰でも知ってるような豪華な名前が揃っている。
しかし、飛鳥は1人しか名前を知らないという。
……それだけ、彼女がここにいること自体、異質だという証拠だ。
彼女は、本来ここにいるべき人じゃない。
不幸が重なって、彼女がここで稼がなければいけなくなっただけだ。
「どこで投げるんだろー」
飛鳥が屈伸しながらブルペンのテレビで試合を見る。
能天気に構えてるが、彼女が登板するであろう機会がどのタイミングが周りは察していた。
今年は、ファルコンズの絶対的なクローザーである外国人投手『サフィラ』との契約が切れて3年。
クローザー不在の中、急場凌ぎのプルペン陣が毎日入れ替わりで9回を投げていた。
その中に1人。
数いるうちの1人に、1人の女が含まれていた。
背番号98。
大和 飛鳥。
一軍初登板は5月1日。
「うげ。負けてんじゃん。敗戦処理かよ」
「一軍デビューなんてそんなもんだよ」
「そうなんすか?未だに野球わかんないな……」
二軍で圧倒的な成績を残してもデビューはこんなもんなのか、と岩埼の説明を受けて水を飲む飛鳥。
とはいえ、場面は9回。
スコアが12-4で負け確の場面。
これぐらいどうでもいいシーンでないと女を試せないというのが、現実だ。
だが、飛鳥はそんなこと知ったこっちゃない。
彼女の思想は基本的に一貫している。
最初の扱われ方などなんでもいい。
結局―――自分の力で這い上がればいい。
「要するに実績作ればいいんでしょ?楽勝じゃ~ん」
飛鳥は一軍初登板でもまるで緊張してなかった。
ビジターのマウンドに真っ直ぐ向かっていく。
大量得点で盛り上がってるアウェーの空気に対しても特になんとも思わなかった。
野球場の相場なんてこんくらい盛り上がってんの普通じゃないの?という認識。
知らない、ということが彼女を無敵にしていた。
「おぉ、マウンドに立つと中々の音圧。迫力すご」
「緊張してると思うけど頑張れ」
「あ、はい。どうもー」
「全然緊張してないじゃん!」
何年も連続でGG賞をとっている日本代表捕手に指摘される飛鳥。
それすらガン無視して「スクリーンでけー」と能天気に口を開けロジンを触りながら見上げている。
集まった内野手陣は思った。
こいつ、ビックマウスだ、と。
球場は女が登板したとでザワついていた。
が、飛鳥はそれすらガン無視でいつも通り動く。
「さて、いっちょかますばい。あれ?みんな、ばいばい言わないんですか?」
「はよ投げろ」
セカンドに睨まれて「あ、はーい」と気怠い返事で投球練習を開始する飛鳥。
内野は散り、キャッチボールを始める。
数分ほど準備をすると、ボールが回収されて、相手チームのバッターも打席へ向かい始める。
いよいよといった感じだ。
―――その空気感で、大和の中の何かが切り替わった。
『プレイ!』
「……」
『……!』
打者だけじゃない。
捕手も、ベンチも口を閉じた飛鳥の雰囲気に目を見開いた。
彼女はサインを見て、頷く。
その時の目つきは凄まじく鋭く、威圧的だった。
そして、身を起こし、セットポジションに入る。
その時も、彼女は打者を……ミットを睨み続ける。
彼女と向かい合う誰もが息を飲んだ。
それは―――まるで『殺意』だったからだ。
―――いくぞ。
「……っぁ!!」
飛鳥は腕を振るった。
凄まじい豪速球がアウトロービタビタに決まる。
その速すぎる球にまた球場がザワつく。
球速の表示は、『159km/h』。
飛鳥は「遅せぇな」と表示を一瞥してから返球を受けてまたロジンを触りに行く。
さて、もういっちょ。
「……っぁ!!」
『ストライク!』
またアウトロービタビタ。
160km/h。
また球場がザワつく。
「……」
飛鳥がまたセットポジションにつく。
サインはストライク。
一球外しなんて玉無しはこの飛鳥様にはねえぜ。
というのはなんちゃって。
そもそもパ・リーグにはない風習だ。
なので、まずは初見殺し。
「……っ!!」
『ストライク!バッターアウト!』
スプリットで落として振らせた。
133km/h。
岩埼から教わった決め球だ。
これで3球三振デビュー。
しかし、飛鳥の気持ちは昂ったりしない。
「……」
―――まだ
―――まだ、足りない
―――もっと、もっと
―――もっと、直樹の代わりに
―――躍動しろ、その腕がちぎれるまで
「……っあぁ!!」
飛鳥は投げた。
その日、三者連続三振で華々しいデビューを飾った。
そして―――最速167km/hを記録した。
球数10球。
波に乗りまくった打線を一瞬で沈黙させた。
誰もが困惑する空間の中、飛鳥は動じずにマウンドを降りた。
気持ちとスピードと、制圧力で。
9回を抑えた。
そして、ベンチに下がる前に心の中であの70代の男に向けて告げる。
どうだ、私は示したぞ―――と。