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訓練三昧
義勇独立飛行中隊の宿舎は木造である。雪と同じくらい大量にある木材をふんだんに使っているので、山の中にあるロッジみたいだ。
ウィッチに割り当てられた室内は、ベッドも机も全て木製。部屋の隅にある薪ストーブだけが金属製だった。
ちなみに男性隊員の部屋割りは、初日の夜に基地の当直士官と司令部と経理をまとめて三十分ほど悩ませた末、宿舎の一番端、元は物置だった小部屋に押し込むという結論に落ち着いた。
当人が「屋根があるだけで十分だ」と即答したので話が早かったのである。
朝、目が覚めてから、智子は少し後悔した。昨日の事故でストライカーユニットが三機損壊したのだ。これでは訓練にならない。
義勇独立飛行中隊に予備機などという贅沢なものがあるはずもなかった。
格納庫に向かった。修理がいつ終わるのかくらい聞いておかなければ。場合によっては座学と飛行場周囲のランニングばかりの訓練となる。
昨晩の新雪を踏みしめながら格納庫へ。緊急出撃に備えて大きな扉は開けっぱなしだ。にもかかわらず、中には熱気が籠もっている。整備兵たちが忙しげに作業をしていた。
「あれ……?」
中央には智子の九七式戦闘脚、オヘアのF2A、ビューリングのハリケーンが並んでいた。どれも傷がなく、修理が完了している。塗り直しまでされていた。
その脇では、油まみれの整備兵に囲まれた誰かが、床にしゃがみ込んで図面らしきものを広げていた。
「――この位置だと結氷する。冷却系はもう十センチ内側に寄せた方が確実。」
「しかしこの部品はロマーニャ製で、寸法が」
「削ればいいです」
「削っていいのか」
「ロマーニャは像と陶芸品以外は削っても怒りません」
整備兵たちがどっと笑った。
智子はきょとんとしたまま立ち尽くす。そこへエルマがやってきた。手伝っていたのか、制服のところどころに油がついている。
「穴拭少尉。修理、終わりましたよ」
上機嫌だ。智子は不思議な気持ちが抜けていない。
「もう終わったんですか……?」
「はい。整備兵の人たちに無理してもらいました」
「こんなにたくさんいましたっけ」
「メーカーや工場の人たちに頼んでおいたんです。外国からウィッチが来るから手伝ってくださいって、いっぱいお願いしました」
エルマはにこにこしながら説明した。
多数いる理由は分かった。だが義勇独立飛行中隊のストライカーユニットは、各々が持ち寄っているのでバラバラである。下手したら整備マニュアルが存在しないし、あっても現地語で書かれている。なのに一晩で修理を終わらせるとはよほどの腕利きなのか、他に理由があるのか。
「でもよく整備兵に徹夜させられましたね。言うこと聞かないでしょう」
エルマはすぐに答えた。
「果物やお菓子をあげたんです」
智子は首を傾げる。
「そんなのありました?」
「歓迎会をし損ねたじゃないですか。果物やお菓子が余っちゃって、もったいないから整備兵の人たちに差し入れしたんです。お酒もありましたから、とても喜んでくれましたよ。あっ、でもこのこと、ハッキネン大尉には言わないで下さいね」
人差し指を口につけ「しー」と言っていた。
ストライカーユニットの整備兵なんてのはプライドが高いから、階級だけで従わせようとしてもすぐボロが出る。仮にウィッチが高圧的な態度をとろうものなら、整備を遅らせるどころかいつまでたっても終わらなかったりするのだ。なのにこんな大勢の整備兵たちの言うことを聞かせるとは。
「……あと」
エルマが少し声を落とした。
「中川少尉も、夜通し一緒にいてくださって」
「あいつ、寝てないんですか」
「ええ。マニュアルのないものは、その、全部あの人が図面を引き直して……。整備の方たちも、最初はすごく困った顔をしてたんですけど」
エルマは格納庫の中を見た。
油まみれの男たちに囲まれて、尚樹はまだ何か言い争いをしている。というより、言い争いを楽しまれている。
「……三時間くらいで、名前で呼ばれるようになってました」
「そうでしょうね」
「あの、なんでですか?」
「知らないわよ」
智子は吐き捨てるように言った。言ってから、少しだけ声のとげを引っ込めた。
「……あいつ、そういうやつなの」
エルマはしばらく智子の横顔を見ていたが、なにも言わなかった。
智子は整備兵たちを見て、またエルマに目をやった。
「……中隊長職、向いてるんじゃないですか?」
「ええっ! いきなりなんですか!?」
エルマは怯えたようになって後ずさる。
「わ、私……なにか怒らせること言いました……?」
「昨日もアホネン大尉に反論してましたよね。やっぱり中隊長になるべくしてなったんじゃ」
「そんなことないです、私なんか駄目な子です! 無理です、無理ですって! 訓練でも穴拭少尉に負担ばっかりかけてるし……!」
顔を背けて両手をバタバタさせている。智子は「分かりましたからこっち向いてください」と言った。
エルマは恐縮して小さくなっていた。智子は落ち着かせるように言う。
「じゃあもうなにも言いません」
「どうも……」
「今日も訓練しますから、エルマ中尉も飛んでください」
「また撃墜されるんですか……」
「あれは勝手に撃墜って言っただけでしょうが」
「今日は休日にしません……?」
「しません。朝食後に滑走路に集合です」
智子はそう告げると、いったん自室まで戻った。
去り際、格納庫の隅で誰かが「ナオキ、コーヒー飲むか」と声をかけているのが聞こえた。もう呼び捨てである。
朝食はウィッチにとって大事な仕事の一部である。体力に加えて魔力も消費するので、カロリー補給は一般兵士よりも優先されている。
食堂に集合。席に着いたらすぐに食べはじめる。スオムス郷土料理というわけではなく、ごく普通にライ麦パンとバターとスープであった。ただ量は多い。戦争のため、カールスラントあたりだと乳製品は品薄らしいが、ここはバルトランド経由で入ってくる。
智子はパンがそれほど好きではない。扶桑人は米と味噌汁なのだ。むしろ海軍出身のハルカの方がパン食に慣れていた。
そのハルカはパンを口に運びながら、なにやらぼんやりしていた。智子は思わず注意する。
「ちょっと、眠いの? 訓練中の事故の元よ」
はっとするハルカ。
「あっ、いえ、ごめんなさい。実は智子少尉のことを考えてまして」
「私のこと? どんな」
「昨日の夜、私のベッドに来てくれないかなあって考えてました。北欧の夜空を感じながら、たった二人の扶桑人がベッドで互いの温度を感じるって、とっても幻想的じゃないですか」
「……なんで私とあんたがそんなことすんの」
「運命だから、でしょうか」
返答に困ることを言うハルカ。
「あ、それと扶桑人は三人ですけど、あの人は数に入れません」
「入れなさいよ」
「入れたらフレンドシップになっちゃいます」
「そこは関係ないでしょ」
「でも昨日のアホネン大尉がなんだか魅力的だったんで、ちょっとときめいちゃったんです。こんなこといけませんよね。だって二人の素敵な女性が私を取り合うなんて、もうお姫様になったみたいで……」
「取り合ってないわよ」
智子が言うものの、ハルカは聞いていない。夢見心地のままスプーンからスープをこぼし続けていた。
その向かい側の席では、尚樹が皿を三枚重ねて平然と食べていた。
「あんた、量」
「魔力がない分、燃料は物で摂るしかない」
「一晩起きてたんでしょ。寝なさいよ」
「寝る」
「今すぐ寝なさいよ」
「訓練の後で寝る」
「訓練出るつもりなの?」
「教官殿が集合と言っただろ」
智子は口をつぐんだ。
隣でウルスラが黙々とパンを噛みながら、ノートに何かを書き込んでいる。表紙には「嚮導戦闘脚 推定諸元 第一稿」と読める文字があった。
朝食後、滑走路脇にウィッチたちが集合する。彼女たちの目の前で、アホネンたちの第一中隊が離陸した。
雪の反射が眩しいので、智子は目を細めてそれらを眺めた。皆綺麗な飛び方である。離陸から上昇までの流れに澱みがなく、編隊にも乱れはない。各々が好き勝手する義勇独立飛行中隊とはえらい違いである。
あのアホネンという中隊長の統率力は見事なものだ。腕がいいというエルマの評は間違いではないようだ。第一中隊は雲の中に隠れてすぐに見えなくなった。
「……悔しいけど、綺麗ね」
智子が呟くと、隣で同じ空を見上げていた尚樹が短く言った。
「そりゃそうだ。あれで下手だったら、昨日あんな口は叩けない」
「フォローしてんの?」
「事実を言ってるだけだ」
智子は改めて告げる。
「…………今の第一中隊を見て分かったかしら。あれこそがウィッチの編隊というものよ」
彼女は言葉に力を込め、気合いを入れる。
「残念ながら今の義勇独立飛行中隊にあのような実力はない。でも、各々が全力を尽くせば必ずや第一中隊に負けない技術を得ると確信……」
そこまで言ってから気づく。一人足りなかった。
「……ビューリングはどこ?」
皆も気づき、あたりを見回していた。ウルスラが言う。
「なんか、お腹が痛いみたいです……」
彼女は朝食の席でビューリングの隣だった。食べ終わったら腹痛を訴えたのだという。
「部屋にいるのかも……」
「バターが身体に合わなかったのかしらね。仕方ないわ」
「……ふうん」
尚樹が空を見上げたまま、どうでもよさそうに相槌を打った。
智子はその横顔を一瞬だけ見た。
こいつは、こういう時に何も言わない。何も言わないということは、何か思っているということだ。事変の一年で嫌というほど学習した。
だが今は追及しない。追及したところで、この男は喋らない。
智子は改めて宣言する。
「今日はこの面子で訓練よ。ビューリングよりもずっと上手になって、あの女を置いてきぼりにするわよ!」
「イエース!」
「はい!」
「……了解」
「はいー……」
腕を振り回して鼓舞し、先陣切って離陸する。
その日の訓練は午前午後とみっちりおこなった。
当然のように筋肉痛に悩まされ、技量はまるで上昇しなかった。
なお、夕方の点呼のあと、尚樹は自室で泥のように眠り、翌朝までまったく起きてこなかった。
心配したハルカが様子を見に行こうとして、智子に襟首を掴んで引き戻された。
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